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ネクストライフ 作者:相野仁

三章「魔の足音」

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十四話「デート」

 不快感を隠そうとしないマリウスに対し、ベルンハルト三世は馬車の中でひたすら下手に出て許しを乞うた。
 ロヴィーサ達の目の前で哀願するあざとさに舌打ちしたい気分に駆られたマリウスは、復讐に出る事にした。

「ロヴィーサ様、無事優勝しましたので約束の履行をお願いします」

「はい」

 心積もりは出来ていたのであろう、ロヴィーサは二つ返事で受けた。
 何の事か分からず目を白黒させる王にマリウスは教えてやった。

「デートですよ。魔演祭で活躍すればいいと約束していたのです」

「なっ……」

 不意打ちで知らされた父親は、驚愕をはっきりと声と顔に出してしまった。
 それを見たマリウスはしてやったりと、多少溜飲を下げた。
 ベルンハルト三世は「酸欠金魚」と喩えたくなるような反応をしばらくしていたが、やがて肩を落として許可を出した。
 娘を可愛がっていると心を読んだ際に知ったからこそ出来た事だが、それにしても意外なまでに衝撃を受けているように思えた。

(政略結婚の為の駒って扱いしてるから、もう少しドライかと思っていたけど……)

 どうやら国や王家の為に政略結婚させるのと、娘を可愛がる親心というのは両立するらしい。
 マリウスの感覚からすると奇妙としか言いようがないのだが。

「それでどこがいいでしょう? 王都は前に案内されたので、別の場所がいいと思うのですが」

「あら、マリウス様がエスコート出来るのは王都くらいでしょう?」

 エスコートしてもらうつもりなのか。
 マリウスが驚いてロヴィーサの顔をまじまじと見つめると、

「だってマリウス様は妾を口説いてらっしゃるのでしょう?」

 と悪戯っぽく微笑みながら小首をかしげた。
 マリウスの圧倒的強さを見たはずなのに、全く態度を変えようとしないのには逆に好感を持った。
 掌を返して媚びてきていたら、きっと幻滅しただろう。
 オロオロとした態度を隠しきれていない王やルーカスらの反応を楽しみながら、マリウスはアステリアに言われた事について触れた。

「唐突ですが、魔王ザガンってフィラートに封印されてる可能性が高いですよね。怪しい場所を調査してみたいんですが」

「好きなようにすればいいが、魔王が復活するかは……?」

「魔人は昔から動いてるみたいですが、魔王が蘇るかは……」

 マリウスの申し出に対する反応は明らかに鈍かった。
 どうやら魔人の脅威は現実的なようだが、魔王についてはお伽話なような印象を持っているらしかった。
 建国王が倒したという伝説がある割には、ピンと来ないというのが実際のところのようだ。

(いくら何でも危機感なさすぎじゃないか?)

 マリウスは驚くと言うよりは困惑した。
 ザムエルがマリウスを狙ってきたくらいだから、魔人達は本気で魔王の復活を企んでいると思うのはマリウスだけのようだ。
 正確には過去の英雄達の封印を盲信している、と言うべきかもしれない。
 魔王に勝てるような英雄が施した封印がそう簡単に破れるはずがない、という考えているのだ。
 「数百年もかければ破れてもおかしくないだろう」と思うのはマリウスだけのようである。
 こんなところまで価値観の差が影響するとはとんだ誤算だった。

(いや……アステリアも一応はそうなのか?)

 美女なのに思い出しても楽しさとは対極の感情しかないが。
 もし本気で危機感を持っているのがアステリアくらいしかいないのならば、迂闊に排除するわけにはいかなくなってしまう。
 危機感がある人間が一国を統治している状況は好ましいからだ。
 何か企んでいそうだった美貌を浮かべ「味方してやるからいらん事するな」と釘を刺しておくべきかも、と思った。
 フィラートは国王が過激とは無縁に近い人柄のようだし、己が反対すればホルディアへの攻撃は抑えられる自信はある。
 しかし他国は果たしてどうだろうか。

(何で俺がアステリアを擁護しなきゃいけないんだ……)

 マリウスは一つ舌打ちをすると、デートプランを練る方に意識を向けた。




「路上の店を覗いてみましょう」

 マリウスは王都に帰った三日後、そう言ってロヴィーサを連れ出した。
 近衛が二人の護衛を申し出たが、王の「マリウスが守る対象を増やしてどうする」の一言で却下された。
 マリウスは変装用魔法の「カモフラージュ」をロヴィーサにかけた。
 マリウスの方は凱旋の際にフードを被っていたので、服装を変えてしまえば誰も素顔が分からないのだ。
 「カモフラージュ」が便利なのは服にも効果が及ぶ点だ。
 ロヴィーサの私服だと、一番悪いものでも貴族か富豪の娘が着るような代物しかなかったので。
 ロヴィーサとはそれなりの間、接してはいるが、親密とは言いがたい。
 初デートは短めにするべきだとマリウスは判断した。
 初デートは親密さを上げて「次」を誘いやすくする為の手段みたいなものだから、冒険はしない方がいいのだ。
 失敗した時の危険も少なくなる。
 理想は楽しませつつ物足りなさも感じさせ、「次はもっと一緒にいたい」と思わせる事なのだが。
 とりあえずマリウスはヘルカに、ロヴィーサの好物などについて聞き出しに行った。
 ロヴィーサの事をよく知っていて、ロヴィーサに事前に情報収集した事が伝わりそうにない相手は他に浮かばなかったのだ。
 こっそり会った事のある相手と思念で会話する「テレパス」を使ってだ。



「活気がありますね」

 ロヴィーサは民衆達の表情が間近で見れて嬉しそうだった。
 容姿のよさに関してはあまり変えられなかったので、街行く男達の視線を集めてはいたものの、誰も王女だとは気づかなかったようである。

「あっちは飾り屋、こっちは宝石、あら、あれは彫り物かしら」

 マリウスも意外さを禁じえないテンションの高さと歩行速度でロヴィーサは露店巡りをしていた。
 ヘルカの助言は見事なまでに的中したようだ。

「あれはヒポグリフの羽飾り、こっちはブラックダイヤ、それはグリフォンの木彫り像ですね」

 幸い知っている物がほとんどだったので順次説明していく。
 時おり警備兵らしき人間を見かける。

「お詳しいですね」

 ロヴィーサのその一言に「この大陸の常識に疎い人間」という印象を抱かれているはずだった事を思い出して冷や汗をかいたが、ロヴィーサの方は単純に感心したようだった。

「兄ちゃん詳しいね、可愛い彼女に何買ってやんなよ」

 飾りモノを並べてる店主が威勢のいい声をかけてくる。
 デート中のせいかロヴィーサは何も反応せず、意味ありげにマリウスの方をチラッと見た。
 マリウスが持つ軍資金は全て税金である。
 ヌンガロを作った創案権収入はまだ入ってないので無一文だったのだが、ベルンハルト三世が小遣いをくれたのだ。
 ならば民衆に払って税金を還元するというのが正しい使い方のはずである。
 そうマリウスは即座に結論を下し、どれがいいかロヴィーサに尋ねた。
 ロヴィーサが選んだのは小鳥の羽帽子で、千五百ディールだった。
 高いか安いか判断出来ない二人だったが、店主の「センスがいい彼女と、気前のいい彼氏に乾杯」と言いつつロヴィーサの頭に被せてくれた。

「似合いますか?」

 ロヴィーサのはにかみながらの問いかけにマリウスは何度も頷いた。
 本来の容姿でも「カモフラージュ」後の姿にも似合っているという、ある意味恐ろしい結果に言葉が急には出なかった。 
 数秒後、やっと口に出せた。

「とてもよく似合ってます。とっさに褒め言葉が出なかったくらいです」

 やや大げさに褒めるとロヴィーサはやはりはにかみながら礼を言った。
 デートだからか、街中で民の暮らしを間近で見ているせいか、いつもとは違う反応でマリウスの目にも新鮮だった。
 その後も露店主の売り文句に乗せられたフリをして、複数の品物を買う。
 マリウスは己の懐が全く痛まないので平気で、それどころか経済が回るのに一役買っているつもりでいた。
 ロヴィーサは浪費とまでいかなくとも、割と購入欲は旺盛らしい。
 意外に思い水を向けてみると、「経済の活性化につながるのなら」と返ってきた。
 ただの浪費家より好感が持てるのは確かだが、王女としての立場を忘れてくれないのは残念ではあった。

「そろそろ食事にしましょう」

 そう言ってマリウスは屋台で売ってる串焼きを五本買い、二本の串焼きを珍獣を見るような目で見ているお姫様に渡した。

「これは……?」

「焼き鳥だよ。四色鶏って鳥の肉を焼いたやつだ。あんた初めて?」

 不思議そうなロヴィーサに怪訝そうに問いかける店主にマリウスは慌てた。

「ええ。僕ら、実は四色鶏を食べた事なくて……」

「ふうん。今時よっぽどのド田舎にいたんだねぇ」

 物珍しそうにジロジロと二人を見る店主に礼だけ言ってそそくさとその場を後にする。
 小声で詫びてきたロヴィーサにマリウスは気にしないように、と言って考えた。
 五本で五百ディールとはかなり安い気がする。
 定期的に王宮内で出されていたコカトリスやレインボーチキンの値段は不明だが。
 焼き立てで熱い肉に香辛料らしきものがまぶしてあった。
 元の世界の焼き鳥と似た味でマリウスは少し嬉しくなった。
 ロヴィーサはと言うと、マリウスの食べ方を見た後、おずおずと真似して肉を口にした。

「……美味しい」

 小さくつぶやく。
 庶民の味が理解出来る舌で一安心と言うべきだろうか。
 王宮などでは想像もつかないような食べ方を、ゆっくりと上品にやっていく姿を眺めながらマリウスは自身の分をたいらげた。
 次の食べ物は茹でた黒芋だ。
 二つに割って白い中身を口に含む。
 元の世界のサツマイモに近い味だった。
 ロヴィーサも文句一つ言わず味わっているどころか、幸せそうですらある。
 ヘルカ曰く「ロヴィーサに好き嫌いはない」との事ではあったが、単に食べ物の種類だけではなく味つけについても適用されるようだ。
 次は焼きソーセージで、ロヴィーサはここでも粗野な仕草で食べ物を貪った。
 ここまで千ディールしか使っていない。
 二人分の食費としては安上がりだとマリウスは思う。
 ロヴィーサがそろそろ満腹になりかけているのを確認し、デザートを求める。
 ロヴィーサが好きな果物がリンゴとブドウとの事なので、どちらもたっぷり使ったパイを売っている店で二つ注文する。
 二百ディールを払ってパイを受け取ると、二人はほぼ同時にかじりついた。
 マリウスが一気に半分食べたのに対して、ロヴィーサは上品に一口分だけという違いはあったが。
 人間、こちらの世界でも美味い物を食べれば幸せな気分に浸れるのだな、とマリウスは実感する。
 交わした言葉はそこまで多くはないが、同じ道を歩いて同じ物を見て、同じ物を食べてささやかな幸せを共有する、というのはいいものだった。
 ロヴィーサが満足そうにしているのは、わざわざ魔法を使って確認しなくとも伝わってきた。

(意外と食い意地が張ってるのかも……?)

 マリウスはそういう印象を持っておかしかった。
 王宮内での食事はマナーに則った上品なもので、ロヴィーサは今日ほど健啖ではなかったように思えるのだ。
 むろん、庶民達が醸し出す賑やかな雰囲気が心の垣根を低くしたのかもしれないが。
 和やかな雰囲気のまま王城に戻り、初デートは終わった。
 時間にすればせいぜい二時間前後だったのだが、長かったようにマリウスは思えた。
 男の視線を集中させるロヴィーサと二人で歩いているのに誰にも絡まれる事はなかった。
 王都だけあって治安はいいようだ。

「よければまた遊びに行きませんか?」

 別れるまでに「次」の誘いをするのを忘れなかった。
 ロヴィーサはあっさり頷いて承知した。
 一瞬たりとも気まずい空気にはならなかったので、首尾は悪くなかったと言えるだろう。
 マリウスはそう満足して自室に引き上げた。


「如何でしたか?」

 エマの問いかけにロヴィーサは間髪入れずに答えた。

「想像してたよりもずっと楽しかったわ。朴念仁かと思いきや、意外とデート慣れしてるのかも」

 ロヴィーサは嘘偽りなくそう感じた。
 興味があった庶民の日常や食べ物を知るいい機会だったし、彼女が食べにくい物、タレや汁が飛んで服にかかってしまう恐れがある物はきちんと避けてくれた。
 デザートは好物のリンゴやブドウを使ったパイだったのもよかった。
 他の男性とデートした事ないので、マリウスのエスコート能力がどの程度なのか量るのは出来ないが、ロヴィーサ個人としては充分満足出来た。
 マリウスはロヴィーサが骨の髄まで王女なのだと勘違いしていたが、ロヴィーサは初デートの気恥かしさでそう装っていただけなのだ。
 使命感が全くなかったわけでもないのだが。
 物心がつく前から腹芸を身につける事を強いられてきただけあって、マリウスよりまだまだ上手だった。

「本当にマリウス様はちぐはぐな方だけど……結婚相手としては悪くないわね」

 どうせ嫁ぐなら見知った相手、住み慣れた土地の方がいいと思うのはロヴィーサであっても例外ではない。
 ただ、魔演祭とその後の魔人戦でマリウスの評価や価値は爆発的に上がった為、諸外国の外交戦略の標的になる。
 マリウスとの結婚を望むならば勝ち取る努力をせねばならない。
 実のところフィラートにおいて、マリウスの地位ならば一夫多妻制は認められるのだが、自発的に教える気にはならない程度にはロヴィーサにも乙女心というものは存在する。

(今まで素っ気なく接してきたのに、ここで掌を返して……)

 どれくらい浅ましいのか自覚はあるが、ロヴィーサは止める気はない。
 今まで自分は国民の血税で生活をしてきたのだ。
 彼らが一生懸命に汗を流して働いてくれるからこそ、今日の自分がある。
 それを考えると、国家利益に貢献して彼らに少しでも楽をさせてやりたいと思うのは人として当然ではないのか。
 心底そう思っている。

「エマ、協力してね」

 二つ上の忠実な侍女は躊躇なく頷いてくれる。
 己は決して一人ではない、一人で生きている訳ではないという想いこそがロヴィーサの支えだった。
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