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ネクストライフ 作者:相野仁

三章「魔の足音」

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三話「狂王アステリア」

 ボルトナー王国の王都、ボルトンは平原のど真ん中にある。
 守るのに易いとは言いがたい反面、兵站の維持も困難そうな立地だった。
 フィラートスに比べたら広さや華やかさで劣る、とマリウスは思った。 
 マリウスは誤解しているが、ボルトナー軍は決して弱くない。
 「ボルトナー軍と野戦をするのは愚の骨頂」という評は大陸全ての国に鳴り響いている。
 ただ、野戦以外は苦手で魔法に対して脆さがあるのだ。
 ボルトナーの主要産業は牧羊で、羊や牛の乳や肉が主な輸出品で、最大の輸出国がフィラートである。
 ボルトナーがフィラートに対して友好的なのは、最上の客であるという面もあるのだった。
 ボルトンから離れたところにポツンと建つ白く大きな建物が、今回の魔演祭の試合会場だという。
 競技の性質上、魔法耐性の高い素材を使い、何重もの防御結界を重ねがけしてある。
 魔法使いの質は決してよくないボルトナーだが、魔演祭は持ちまわり制で回ってくる年が分かっているのだから準備にも時間がかけられるのだ。

「まあ、ちょくちょく国が消えたりしてますがね」

 マリウスに解説していたルーカスが苦笑する。
 彼が初めて参加したのは十年前で、その時は十三ヶ国あったという。
 十年のうちに国が三つも消えたわけだ。
 マリウスには想像もつかない興亡の速さである。

(まあ次回開催の時、ホルディアあたりはどうなるか分からんよな)

 マリウスは意外と根に持つタイプだった。
 彼らはボルトナー側が用意した王都内にある宿泊施設に荷物を置くと、着替えて王宮内で行われる前夜パーティーに参加する事になっていた。
 マリウスがその事を聞かされたのはフィラートスを出発してからで、不意打ちもいいところだった。

「私、踊れませんよ?」

 不快感を珍しく前面に押し出したマリウスに、ルーカスは「貧乏くじを引いた」と冷や汗をかきながら言い訳した。

「ダンスはありません。参加者同士の顔合わせをする立食パーティーです」

 それを聞いてマリウスは胸をなでおろした。





 パーティーは午後六時から始まった。
 各国の王族や代表者が集うだけだけあって、会場は広々としていて千人くらいは入れそうだった。
 ボルトナー国王アウグスト三世が簡単に挨拶をする。

「皆様ようこそ。ささやかですが、お楽しみ下さい」

 王とは到底思えぬ短さに皆微苦笑しながらも、好意的な拍手を送った。
 話好きは多くても、他人の長話を聞くのが好きな人はいなかったのだ。
 料理は子羊や牛肉のステーキ、ポトフ、チーズやヨーグルトといった国産品を使った自慢の料理が並ぶ。
 マリウスは早速舌鼓を打った。
 牛肉のステーキは岩塩がよくきいていて、元の世界の「漢の手料理」を思い起こさせる味で懐かしさを覚えた。
 子羊の肉は蕩けるような柔らかさで、かかったソースがよく合っている。
 ポトフもチーズも非の打ち所のない美味さで、マリウスの手と舌は忙しく動く。
 もっともこれはマリウスだけではなく、他の面々も同じだった。
 王族のパーティーと言えば食事は控えめで交流が中心、というのがマリウスの想像していたものなのだが、少なくとも今回の場合は異なっているようだ。
 マリウスが食べているとエマやルーカスがさりげなく世話を焼いてくれる。
 この世界のパーティーのマナーにまだまだ疎いからだ。
 普段なら参加するロヴィーサは、王妃の隣で上品な仕草で食事をしていた。
 各国の耳目を集める公の場で、一国の王女が一魔法使いの世話をする、というのは障りがあるのだ。
 皆が腹七分くらいとなったところで、今年の参加者の名が公表された。
 セラエノ王国代表はヘムルートとアガシュ。
 ベルガンダ帝国代表はアレスとトム。
 ランレオ王国代表はフィリップとバーラ。
 バーラ王女の参戦表明で会場内がどよめいた。
 ガリウス王国代表はカイルとポール。
 フィラート王国代表はマリウスとルーカス。
 どよめきは起こらなかったが、会場内に緊張が走った。
 ホルディア王国代表はミレーユとアネット。
 問題国という事と、両名とも初参加という事で小さくざわめいた。
 ミスラ共和国代表はアレックスとウォーレン。
 バルシャーク王国代表はジャスパーとマーク。
 ヴェスター王国代表はカタリナとステイシー。
 そして開催国ボルトナー王国代表はジョルジュとグレゴール。
 以上、二十名の争いとなる。

「前回覇者のフィリップ殿、二位のルーカス殿、三位のヘムルート殿を脅かす存在が現れるのか、楽しみです」

 発表を終えたボルトナーの王太子、ロバートはそう締めくくった。
 ほんの一瞬ではあったが、マリウスに視線が集まった。
 皆が気になっているのだろう。
 マリウスは周囲の目に気づかないフリをして、「結局競技の説明はお預けか」と思いながら牛乳茶を飲んでいた。
 参加者で最もレベルが高いのはヘムルートの百二十で、次がミレーユとアガシュの百十であった。
 初参加らしいミレーユとアガシュはともかく、ヘムルートが三位というのは手を抜いた結果だろう。

(セラエノは強い奴は出すけど、本気は出さないってスタンスなのかな)

 兵の質の高さは有名との事だから、ことさらアピールする必要を感じていないのかもしれない。
 そしてホルディアはどちらも侍女の上にアネットのレベルは三十台というありさまで、マリウスはおちょくられているかの気分になる。
 他人のレベルを見抜けるのはマリウスくらいのようだから、口にするわけにもいかなかったが。
 とそこでホルディア女王アステリアが挨拶回りをしているのが目に入っていた。
 容姿で言えばロヴィーサと並び、美女が多い会場内でも一、二を争う美しさだったが、好感を持っている者はさすがにいないようだった。
 ただ伏し目がちに話し、去り際に微笑むアステリアを見て鼻の下を伸ばす男がちらほらいて、女性達の白い目が増えた。
 例えばアウグスト三世とかロバートとか。

(ボルトナー王家は女好きなのか?)

 マリウスが思わず偏見を抱きそうになった程、分かりやすかった。
 呆れ返っているとアステリアがマリウスに近づいてきた。

「初めまして、マリウス様。ホルディア女王、アステリアと申します」

 声は音楽的に美しく、仕草も上品で非の打ち所がなかったが、マリウスは感銘を受けなかった。
 美人の上品な仕草など、ロヴィーサで散々慣れている。
 とは言え一国の王に挨拶をされて無視をするのもまずい。

「初めまして、マリウスと申します。礼儀知らずの田舎者ですが、どうかご寛恕を」

「いえいえ。我が国の兵を殺さず、捕らえて下さった事、心より御礼申し上げます。とても慈悲深い方で、私とても感嘆いたしましたの」

 死んだ貴族達やイグナートなどが見れば「お前は誰だ」と問わずにはいられなかっただろう。
 それくらいアステリアの言動は女性的で品があり、「気が触れたフリをしていた」という言い訳に絶大な説得力を生んでいて、フィラート以外の人間に「もしかして本当にアステリア女王は被害者だったのではないか」という疑念を植えつけ始めていた。

「もしよければ私の婿になっていただけませんか?」

 マリウスは危うく牛乳茶を噴いて、アステリアの顔を白濁まみれにするところだった。
 近くにいた者達からもどよめきが起こる。
 外交手段の一種として知識にはあったが、今アステリアから持ちかけられるとはさすがに想定していなかった。

「大変光栄ですが、私の一存では決められない事ですから」

 どうにか断りの言葉を絞り出すと、アステリアは「そうですか」と微笑んで場を離れた。

(これで何とかなると思っているのか?)

 マリウスとしても怪訝に思わずにはいられない。
 否定的な空気が緩和されたものの、肝心のフィラートは騙されない。
 開戦しても問題ない情勢になれば躊躇せず攻め込むであろう。

(正気のフリが出来る狂人……いや、影武者って可能性もあるか)

 アステリアの顔を知っている人間はいない、とルーカスが言っていたので充分に考えられる。
 マリウスが魔法を使えば一発で分かる事だが、例の如くフィラートにはバレても、というスタンスならば。
 いっそ魔法で確認してやろうか、と思う。
 「不穏な気配を感じた」とでも言えば何とかなるだろう。
 そう思っているとマリウスにとって想定外の事が起きた。

<人がいなくなった後、この場所で>

 何と目の前のアステリアが「テレパシー」を使ってきたのだ。
 問題なのは魔法の発動をマリウスさえ感知出来なかった事である。

(魔法の発動を隠すマジックアイテムか?)

 存在は知らなかったが、「ステルス」のような魔法がある以上、否定は出来ない。
 ホルディアはマリウスを含めフィラートの想像を超えた力を持っているようであった。






 マリウスがこっそり抜け出して人気のない会場に戻ると、アステリアはミレーユを伴って既に来ていた。
 罠の類がない事を確認してから中に入って話しかけた。

「てっきり一人と思ったのですが」

「あなたと違って私は敵地を護衛なしで歩ける強さは持ち合わせていなくてね」

 アステリアは皮肉げに肩をすくめる。
 パーティーで見せた淑やかさや上品さは消し飛んでいて、ふてぶてしさが現れていた。

「敵地、という自覚があるのならば私が敵という自覚もありますよね?」

 マリウスが軽く威圧するとミレーユがアステリアの前にすっと移動したが、アステリアは不敵に笑った。

「もちろんさ。ただ、敵意も戦闘力もない女をあなたが攻撃出来るか、非常に怪しいけど?」

 マリウスは舌打ちをした。
 バルデラ砦奪還の際に奴隷兵達を助けた事に悔いはないし、己の甘さを宣伝する危険性も理解したつもりでいたが、まさにつもりでしかなかった事を理解した。
 旗色が悪いと判断したマリウスは流れを変える事にした。

「本題に入ってもらいましょうか。まさか私を挑発する為に呼び出したわけではないでしょう」

「ああ、そうだね。一つ、私に魔法をかけて思惑を見てみるがいい」

「……それが本題?」

 豪胆と言えば豪胆な申し出にマリウスは思わず呆気に取られた。
 どんな巧言令色を使ってくるのかと心に砦を作っていたというのに、予想外すぎる角度からの攻撃に砦は役に立たなかった。
 そもそもこの女はいつマリウスの読心魔法について知ったと言うのだろう。

「知りたいのではないのかな。私の本心を?」

 マリウスは挑発に乗る事にした。
 魔法をかけるとカウンターで発動するマジックアイテムの存在を想像し、いつでも防御魔法を使うだけの心積もりをした上で。
 「リードシンク」を使えばどんな思惑も見通せるし、マリウスの魔力ならばマジックアイテムの防御も無駄だ。
 アステリアの思考が流れ込んでくる。

「なん……だと……」

 マリウスは思わずうめいていた。
 バルデラへの侵攻の真の目的は「フィラートの敵愾心を煽る事」であり、「マリウスがホルディアを攻めに来る事」だった。
 そしてフィラートからホルディアの進路上にある「魔王デカラビアの封印地」に誘導し、魔王を滅ぼしてもらうという計画だった。
 奴隷兵での侵攻、守兵の殺戮、強引すぎる貴族の排除と急激な変革もその為の手段でしかない。
 もっとも変革自体は本物で、フィラートの侵攻が遅れた場合は豊かな国にする為のものではあった。
 アステリアが狂人としか思えなかった理由をマリウスは悟った。
 目の前の女王は魔王を滅ぼす事こそが目的で、ホルディアはその為の手段でしかなかったのだ。

「本当に使えたのだね」

 目を丸くしたアステリアにマリウスは己の失策を悟った。
 アステリアは単にカマをかけただけだったのだ。
 駆け引きの類では勝ち目のないマリウスは、それでも質問せずにいれなかった。

「もし使えなかったら?」

「更に敵愾心を煽りに走っていただけさ。ここで殺されない程度にね」

 そうすればフィラートはホルディアに攻め込む。
 ランレオの事も忘れてはならないが、ホルディア、ランレオの両国の力を考えれば、マリウスがホルディアに当たる可能性は高い。
 マリウスがホルディアに怒っていて、志願すれば更に確率は跳ね上がる。
 全てアステリアの計算通りだ。
 読めたならば魔王という存在をマリウスに認識させる事が出来る。
 アステリアの真の目的に差し障りは出ない。

「正気か? 故郷を丸ごと使い捨てにするとか……」

 マリウスはおぞましさで思わず素の口調になった。

「魔王が復活すれば大陸丸ごと、すなわち数億の被害が出る。数千万の被害とどちらがマシか、という問題なのさ」

 言っている事は間違っていないように聞こえるが、マリウスには受け入れられない。

「切り捨てられる者はどうなる? あなたは人の心がないのか?」

 マリウスがなじるとアステリアはきょとんとした顔になった。

「妙な事を言うな。あなたはもしかして、戦争もモンスターも存在しない国からでも来たのか?」

 図星すぎてマリウスは言葉に詰まった。
 アステリアの考え方はイカレていると油断しすぎたようだ。

「何かを得る為に何かを捨てる。捨てても捨てずとも死ぬ者を捨てる。百万の為に十万を捨てる。この大陸はそうして回っているのだぞ?」
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