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ネクストライフ 作者:相野仁

三章「魔の足音」

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二話「道中にて」

 魔演祭──一言で言うならば、各国の魔法使い自慢大会だ。
 各国の王によって選出された者達が力を見せ、それで各国の力を類推する材料の一つとする。
 優れた魔法使いならば国力を大きく向上させる事も可能だからだ。
 もっとも、必ず強い魔法使いを出さなければならないという規則はない。
 侮られて諸交渉で不利になる覚悟があるのならば手を抜いてもいいし、好成績を出せば国力が高いと認められる訳でもない。
 大陸三強と言われるのはフィラートのルーカス、ランレオのフィリップ、セラエノのヘムルートだが、だからと言って三人の所属国が三強だという訳ではない。
 三強と言うのならばフィラート、ホルディア、ランレオであろうか。
 この国々は互いに隣接している上に、他にも隣接している国がいるのでどこか一国に戦力を集中して叩くのは困難になっている。
 ホルディアの先の狂的出兵も、国力の均衡が容易に崩せない焦りからではないか、という見方が強まっている。
 そしてマリウスは王家一行とルーカス、それに多数の護衛、侍女達と一緒に魔演祭の開催国であるボルトナー王国の王都、ボルトンに向かっている途中であった。
 ボルトナー王国の王都ボルトンはフィラートスからは馬車で約十日かかる。
 直線距離だともっと短いのだが、両国の間には「大陸一の険」と言われるシャローム山脈がそびえている。
 飛行能力のあるものしか生きていけないとまで言われる過酷な場所で、両国に行きたい者はランレオを通過するのが常だった。
 今日はランレオで一泊する。
 今回は公式行事である為、他国にも勢威を見せる必要があり、ワイバーンに襲われた時のように「最低限の数で」という訳にはいかなかった。
 ちなみに護衛の最高責任者は前大将軍、グランフェルトだ。
 マリウスとルーカスは、護衛の騎士二人と同室だった。
 これは警備上の兼ね合いではあるが、マリウスにしてみれば己が三人を守るつもりでいる。

「それにしても今回は、出場者二名とはね」

 ボルトナー側からの通知が来た時、誰もが意外さを隠せていなかったので、マリウスには疑問が浮かんでいたのだ。

「もしかして私のせいでしょうか。ルーカス殿と並べ比較するような?」

「恐らくは。競技内容はくじとは言え、ある程度開催国の思惑が通るのが普通です」

 今回は各国の出場者は二名、競技種目は三つとの事だ。
 素直に考えれば開催国ボルトナーにとって有利な内容であるはずだ、とルーカスは述べた。

「我が国とは友好関係にありますから、こちらが心配する事はないでしょうがね」

「そういうものですか? 力関係が変わると態度も変わるとか、国同士だと珍しくないでしょう?」

 マリウスの疑問にルーカスと騎士達はやや苦笑を浮かべた。

「弱かった国が強くなるとそうかもしれませんが、元から我が国はボルトナーよりも数段強いですから」

 あまりにも行き過ぎると逆効果もしれません、と続いた。 
 この期に及んで行き過ぎた話をするという事は、遠回しにやりすぎるなと釘を刺されているのではないだろうか。
 ロヴィーサに唆された事は黙っているべきか。
 迷ったが、結局マリウスは何も言わなかった。
 どれくらいの力を出せるのか、まだ分からない。
  マリウスとルーカスの世話役として、獣人の侍女が二人ついていた。
 うち一人は王宮内で何度か見かけた事がある、黒髪の少女だった。

「アイナと申します。よろしくお願いいたします」

 初めて挨拶を交わした時、どこかおどおどとしながら頭をぺこりと下げる少女にマリウスは愛想よく笑いかけた。

「そんなに固くならなくても、私は優しい方だから」

「い、いえ。国賓魔術師たる方に粗相があっては、一族全員の首が飛ぶとヘルカさんが」

(ヘルカーッ!)

 思わず叫びそうになったが、辛うじて堪えた。
 久しぶりに存在感を出したと思ったら一体何を吹き込んだのか。
 今ではアイナともう一人、赤髪のレミカはすっかり打ち解けてくれたのだがそれを見たルーカスが、

「マリウス殿、意外と女性に強いのですな」

 と奇妙な感心をするという一幕もあった。
 羨ましそうな気配を察知したマリウスは何も言い訳せずにニヤリと笑うという返し方を選択し、ルーカスを悔しがらせるという結果を得た。
 今、二人の侍女が護衛を含め四人分のお茶を淹れる。
 ランレオの名産の一つがレモンで、これを使ったレモン茶は絶品だというのがターリアントの通説である。
 それが偽りでも誇張でもない事をマリウスは自身の舌で知った。

「美味い」

 マリウスとルーカスの声が重なる。
 それを見てアイナが顔を綻ばせた。
 二人のレモン茶を淹れたのは彼女であった。

「よかったです。エマさんに教わった通り出来たみたいで」

「エマ殿やヘルカ殿とは親しいのかな」

 この問いを発したのはむろんマリウスである。

「は、はい。私とレミカは見習い時代にヘルカさんとエマさんに面倒を見てもらいまして……」

 エマはともかくヘルカが後輩の面倒を見るなんて、とても想像出来ないマリウスだったが、言葉にするのは止めた。

「スコーンです、お試し下さい」

 そう言ってレミカが差し出してきたものを一つ取る。
 レミカは食道楽らしく、様々な味のジャムやクリームを作ってはスコーンと合わせていて、今日のジャムはイチゴだった。

「うん、美味しい」

 マリウスとルーカスは舌鼓を打ちながら、侍女達にもすすめる。
 侍女達もすすめに応じ、自分達の仕事が及第点な事に口元を緩めた。
 護衛の騎士達はこの間、部屋の外で立ち番をしている。
 彼らの身分や格は残念ながらも侍女達よりも下で、マリウス達がお茶を楽しみ、侍女が相伴に預かっても、護衛も加わる事はない。

「果物王国だけあっていいものが用意出来ます」

 と、レミカは語った。
 果物王国とは言うまでもなくランレオの別称だ。
 特産品はレモンだが、他の果物もかなり有名だという。

(その割にはエマさんのものよりは落ちるかも……)

 もっとも、優秀な者ほど身分の高い人間につけられる傾向があるようだから、エマと比べるのは酷かもしれない。
 エマより優秀な人間なんてマリウスには想像出来ないが。
 それにヘルカには勝っている気がする。
 そう言って褒めると二人は目を丸くしてマリウスに礼を言った。

「ヘルカさんより優秀だなんて……」

「あ、ありがとうございます」

 マリウスの中ではどうであれ、二人にとっては優秀な先輩らしかった。
 その間、ルーカスは言葉を発せず黙々とお茶をしていた。
 マリウスと侍女達の交流を見守っているかのようであった。
 侍女達にしてもどこかルーカスに対しても遠慮している印象である。
 そんな雰囲気を察しながらもマリウスはルーカスに話題を振った。

「ランレオってフィラート、ホルディアに次ぐ大国との事ですが、どんな国なのですか」

 マリウスが期待したのは魔演祭でどんな人間が来るのか、という情報だった。
 ルーカスは一瞬迷ったが、隠すような事はないと判断して答えた。

「建国以来我が国を敵視している国でして」

 フィラートに負けたら地位を追われるといった事をマリウスは初めて聞いた。
 ホルディアと迂闊に開戦出来ない大きな理由の一つであるとも。

「マリウス殿の全面的な協力をいただければ、ホルディア、ランレオと同時に戦って負ける事はありますまいが」

 だからと言ってわざわざ複数の国と同時に戦おうと考えるのは愚かである。
 ただでさえ国はダメージを受けているのだ。

「果物は美味しいですが、フィラート人としては面白くない相手です」

 レミカが顔をしかめる。
 「美味しいもの作る国は素晴らしい」と笑顔で語った彼女が、いい顔をしないくらいだから、相当ライバル心を持たれているのだろう、とマリウスは想像した。

「実質的な被害はほとんどないのですが、何かにつけてランレオはフィラートより上と喧伝されては……」

 アイナが困惑気味に答える。
 プライドの高い上流貴族などは、険悪化したホルディアよりも更にランレオの方が嫌いだという。
 ルーカスが知っている情報の一部を明かす。
 諜報部からの情報で、ランレオはワイバーンの討伐に成功し、「マリウスなど恐れるに足らず」と息巻いているそうだ。
 「ただし精鋭が何人も死んだ」と苦笑交じりに付け加え、それを聞いたルーカスも「相変わらずか」と苦笑したのだが。
 この事をマリウスに教えると、マリウスは目を丸くし、口も大きな丸を作った。

「え……? ちょっと何を言っているのか、分かりませんが」

 ワイバーン一頭倒すのに精鋭が何人も死んでいるのに、自分が怖くないなどどういう思考回路をしているのか、さっぱり理解出来なかった。
 別に恐れられたいわけではないが、ついていけないものを感じたのだ。

「そんな感じでとにかく我が国を敵視するのがランレオです。この時期は例の暗黙の了解のおかげで、何事もなく通過出来ますがね。こういう集まりに国威を見せておいてランレオを大人しくさせておく必要はあります」

 アイナとレミカもやや不快げに頷く。
 ルーカスを含め三人ともマリウスと同じく、ランレオの発想にはついていけないのだ。
 そしてホルディアと全面対決となれば、大喜びで乱入してくるという見方が国内では圧倒的だった。
 ルーカスはホルディアとランレオと同時に戦うとなれば、マリウスの全面的な協力を得られても五分だと見ている。
 マリウスの火力は空前絶後でも、移動時間というものが必要だからだ。
 バルデラ砦を始め国境は一通り巡り終えたので、防衛戦には苦労しないであろうが……。

「もしかしてホルディアはそのへんも見越していたのでしょうか?」

 マリウスの疑問にルーカスは即座に頷いた。

「結果論ではありますが、ただの狂行ではなく裏にいくつもの理由がある、狂気の知恵のようなものだと考えます」

 「月女神の涙」の力を封じるかのような動きからも予測出来る。
 マリウスにとって実に忌々しい連中であった。
 自信満々に自分の敵意を買ったのにはきちんとした理由があったのだ。
 ホルディアを攻撃しながらランレオから守るのは距離の問題があってマリウスにも困難だ。

(やっぱり魔演祭とやらで目にものを見せてやるのが一番か)

 ボルトナーがあくまでもフィラートに好意的ならば、自国に有利な競技内容にしつつもマリウスが力を発揮出来る環境を用意するであろう。
 いくらホルディアに利口者がいるとしても、マリウスの力の底まで見抜いているはずがない。

(俺の賢者補正みたいなものでも持ってるなら話は別だが)

 上位職ともなれば補正スキルがつくし、ゲームの世界ではないのだから生まれつき持っている人間だっているかもしれない。
 恐らくエマあたりも持っているはずだ、とマリウスは見当をつけていた。
 ただ、ホルディアの連中が持っているとは思えなかった。
 持っているならば皆が「狂行」「狂気」と口を揃えるような行動はしないであろうから。
 何を考えているか分からないという勢力では魔人達もそうであった。

(今、何してるんだろう?)

 マリウスは内心首をかしげた。
 普通に考えれば、今回のような事態は襲撃の好機である。
 各国の王や主力が一同に会するし、半月以上も国を留守にするのだ。
 どちらかを狙えば人類国家は間違いなく混乱するだろう。
 第一回より開催が中断された事はないというから、この時期を狙った襲撃はないのだろうが、それが逆に変だった。
 何か他に企みがあるというのならば魔人を捕まえるなり、死体に「サイコメトリー」を使うなりする必要があるかもしれない。

(国の為に働くって大変なんだな)

 お茶を終えて余ったスコーンを護衛達に差し入れに行った侍女達の背を見ながら、マリウスはしみじみと思った。

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