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ネクストライフ 作者:相野仁

第二章「新天地」

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十二話「ヌーグ」

 侍従の一人に案内されたのは王宮の一画で、宮廷魔術師の管轄エリアだった。
 国家事業だけに魔法を込める工程は宮廷魔術師達が交代制で受け持っているという。
 マリウスが中に入ると、元の世界で十二畳分はありそうな部屋の床一面に白い生地が並べられていた。
 小さな窓が二つとカーテンがあるだけの殺風景な部屋で、ヌーグに魔法をこめる為だけにあるかのようだ。

「おや、どうかしましたか」

 不思議そうな顔を向けてきたのは宮廷魔術師の一人で、本日担当のウィルスンだった。
 事情を説明すると、ウィルスンはほんの一瞬だけ鋭い目つきになったが、すぐに人当たりのいい顔を浮かべてマリウスに向き直った。

「マリウス殿、初めまして。ご高名はかねがねうかがっています。運悪くこれまで知己を得られませんでしたが、序列五位の宮廷魔術師のウィルスン・アルバトムと申します」

 マリウスの事を最も目の敵にしているとは想像すら出来ない、友好的な態度だった。
 フィラートでは本心を隠して正反対の態度を取る者の事を「透明の仮面を被る者」と称して忌避するが、ウィルスンが被る透明の仮面は巧緻すぎてバーナードやアシュトンすら驚いたに違いない。 

「初めまして、マリウス・トゥーバンと申します。無知な田舎者ですが、よろしくお願いします」

 マリウスは恐怖が混ざっていない態度に密かに感激し、出来る限り丁寧に挨拶をした。
 宮廷魔術師の序列を自己申告してきた人間は初めてだったが、特に疑問には感じなかった。

(ふん、お人好しの田舎者めが。今に見ておれ) 

 そんなのほほんとぎこちないターリアント語で話しかけるマリウスを見たウィルスンは一層敵意を燃やした。
 彼にとって国賓魔術師は伝説のクラウス・アドラーが推挙されるも辞退し、
その後誰も座らなかった栄光の地位である。
 誰も選出されなかった最大の理由は、クラウスが初代ベルンハルトと仲違いしてフィラートを去り、ランレオ王国を興した上にそのランレオが敵対国になったからだ、と言われているのだがウィルスンは気にしていなかった。

(誰も届かなかった地位に就く、それこそアルバトム家に相応しい)

 ルーカスとニルソンは目の上のタンコブだが、両者ともに五十歳なので三十過ぎのウィルスンの競争相手にはなりえない。
 最大の競争相手は序列三位のレイモンドだと考えていた。
 マリウス・トゥーバンなる田舎者はそのうち失脚するに決まっている。

(いや、私が失脚させてやる。真の姿を見抜いた英雄として新しい国賓魔術師の座に就くのだ)

 妄執と言える領域にまで達していた。
 アルバトム家の祖は魔王ザガンとの戦いに参加したクラウスの弟子の一人とされている。
 国を出たクラウスにはついていかず、初代ベルンハルトの下に残って公爵位と領地を守ったという。
 ウィルソンに言わせれば大英断である。 
 クラウスにつき従ってランレオを興すのに協力していても、公爵にはなれなかったのは今のランレオを見れば分かる。

(大陸を救って国を作って侯爵とか馬鹿げている……)

 少なくとも魔王と戦った時、爵位がどうだの考えていた者はいないはずだ。
 フィラートでは悪しざまに言われる事も珍しくないクラウスとて、人類の為、大陸の明日の為に命懸けで戦ったに違いない。
 だがウィルスンはそんな事を想像する事すら出来ない。
 英雄の子孫というアルバトム家の誇りはいつしか特権意識へと歪んでいき、ウィルスンはより肥大した特権意識に選民思想すら持ち合わせていた。

「ヌーグに魔法をね……」

 ウィルスンは事情を説明されても何の感銘も受けなかった。
 彼にとってマリウスは力任せに大切なヌンガロを壊した野蛮人でしかなかった。
 誰にも壊せないものを壊した、というのであればさすがに驚いたに違いないが、ヌンガロはウィルスンだって頑張れば破けるのだ。

「ならばこの五つをお任せしましょう。今日届いたばかりの品です」

 マリウスを貶めるならば完成間近の逸品を選ぶべきではあったが、ヌーグはフィラートという国家にとって大切な事業の柱である。
 田舎の野蛮人にこれ以上損害を与えられてはたまらない、という国に仕える者としての意識が私欲に勝った。

「ヌーグヘンプという植物から抽出した繊維を持って作られた生地に、我々宮廷魔術師が簡易な魔法をこめ、魔法になじませる訳です」

 栄光ある国賓魔術師がこんな簡単な説明を受けるなど、恥辱の極みであるべきなのに目の前の野蛮人はふむふむと頷いているだけだった。

(厚顔無恥にも程があるぞ、野蛮人!)

 何度怒鳴りつけてやりたくなる衝動に駆られながらもウィルスンはギリギリのところで堪えていた。
 怒鳴ってしまうと野蛮人と同類になるし、そもそもまともに戦ったら勝ち目がない事くらいは百も承知である。
 ルーカスとニルソンと同時に戦って無傷で勝つような化け物なのだ。
 ニルソン一人にも適わないウィルスンが勝てるはずがない。
 偉大なるアルバトム家の一員たる自分は、手を汚さず華麗な策を用いて野蛮人を葬り去るのだ。
 そう思っていたし、そんな思考がおかしいと夢にも思わぬウィルスンだった。
 大体、ヌンガロの改良はウィルスンの野望の一つなのだ。
 田舎の野蛮人にかき回されてはたまらない。

「習うよりも慣れろと申しますし、まずは一つ試してはいかがですかな」

 ずいっと目の前に一枚のヌーグを差し出されたマリウスは、どの程度魔力を込めるべきか考える。

(ヌンガロよりは丈夫ってだけなんだよなぁ)

 それも言い方は悪いが他人の基準であって、マリウスにはどうか分からない。
 そもそもヌンガロとヌーグの区別がマリウスにはつかない。
 袋状になっているか、ただの布かくらいは分かるがそれだけである。
 とりあえず最小ギリギリの魔力を込めてみる。
 魔法使いならば、魔力という魔法に変換される前の代物も知覚する事は出来る。
 マリウスが抑えた魔力を知覚したウィルスンは、その強大さに度肝を抜かれあわや叫びそうになった。

(な、何考えてるんだこいつ……学習能力というものがないのか!?)

 ヌンガロを何枚も破砕した反省など全くしていない、とてつもない大馬鹿者だとウィルスンは感じたが、次に映った光景に目が飛び出そうになった。
 マリウスの魔力を浴びたヌーグはしわだらけになった。
 これはヌーグが魔力に充分馴染んだ状態を示していた。

「あ、あ、ありえん……」

 ウィルスンは取り繕う事も忘れてその場にへたりこんだ。
 ヌーグは馴染むのと破砕する境目が非常に曖昧で、それ故に一か月も時間をかける必要があるのだ。
 一瞬で破砕しないギリギリの魔力を通すなど、神業としか言えない。

(ま、まぐれ……そうだ、まぐれに決まっている)

 脳内に閃いた一つの単語にウィルスンは勇気づけられた。
 ヌンガロを破砕させまくったという男が、ヌーグを一瞬で魔力を馴染ませるという繊細な神業を出来るはずがない。
 そう思い立ち上がる。
 マリウスはというとそんなウィルスンの態度を見て、また何かやらかしてしまったかと、冷や汗を流していた。

(せっかく俺に好意的な人だったのになぁ……)

 自分の能力がいささか恨めしく思う一幕だった。
 ウィルスンの悪意には全く気付いていない。
 「賢者」は決して万能ではなく、実際に向けられたら反応するが、潜在的なものまでは察知出来ないのであった。

「申し訳ありません、見苦しいところをお見せしました。いきなり成功するとはさすがに国賓魔術師殿ですな」

 ウィルスンは自分自身を叱咤し、必死に平常通り振舞おうとした。
 いつの日か目の前の男を自分と同じ、いやそれ以上の屈辱を味わせてやる事を誓いながら。
 そんなウィルスンの様子をマリウスは、礼儀正しく見なかった事にしてあげようと思った。
 出来れば自分のやらかした事も見なかった事にして欲しいな、と思いながら。

「いえいえ、こちらこそ。無知故に愚かしい真似をしてしまいまして」

 どう切り出していいのか分からず、とりあえず謝っておいたマリウスだったが、ウィルスンの敵愾の炎に油を注いだだけだった。

(フォローの仕方も知らんのか、野蛮人! やはりまぐれだな!)

 偉大で高貴なるアルバトム家の一員たる自分に恥をかかせておいて、いい加減なフォローしかしないなど到底許せるものではなかった。
 すぐに馬脚をあらわすだろうと、他のものもすすめてみる。

「他のものも是非お試し下さい。マリウス殿のお力で製造の効率化を! この国に更なる繁栄を!」

 大層なウィルスンの煽り文句にもマリウスは疑問を持たなかった。
 今までに何度も大層な反応を見てきたせいである。
 一般人として生まれ育った者と、腹芸を物心がついた頃より叩き込まれてきた者の差でもあった。

「ではやってみます」

 マリウスは二枚目のヌーグを手に取り、先程と同じように魔力を込めた。
 二枚目も皺だらけになって丸まる。

(そ、そんな……そんな馬鹿な)

 二度目だっただけにウィルスンは驚きを出さない事に成功したが、心は充分すぎる程に打ちのめされていた。
 結局、マリウスは五度続けて成功した。
 それを目撃していたウィルスンはがっくりと肩を落とした。

(あ、ありえないだろう……神業が連発なんて……そんな偶然何度も続いていい訳がないだろう)

 ウィルスンがこれまで培ってきた全ての事がマリウスの実力だと認める事を拒絶する。
 田舎の野蛮人が神業を出来るなど、あってはならない。
 この暗く歪んだ頑固さこそが序列五位止まりにされている理由なのだが、本人は気づいていなかった。

(ま、まだだ……魔法を付加させ、強いものを作れば。マリウスなどよりも強いものを)

 ウィルスンの怨念とも言うべき妄執が、まだマリウスに対して兜を脱がせなかった。
 しかしながら、これまで隠していた負の感情が仮面を超えて溢れ始めていてたちどころにマリウスは察知した。

(あれ? もしかして俺、警戒されてると言うより憎まれてる?)

 大方突然現れた馬の骨が国賓魔術師になったせいだろうな、と見当をつけた。
 一度気づきさえすれば大体の事は見抜けるマリウスだった。
 そしてウィルスンはマリウスに見抜かれた事に気づかなかった。
 マリウスは力はあれど無知な田舎者で、明敏さとは無縁の野蛮人というイメージが固定されてしまったからだ。

「マリウス殿が作って下さったもの、一つ魔法付加を試してみてもよろしいですかな」

 だからこんな質問を繰り出した。
 請け負った工程がすんだら王に報告し、仕上げ先に送らなければならない。
 無許可で魔法付加などを試すと罪に問われ、最低でも地位は剥奪されるだろう。
 ウィルスンは後で「国賓魔術師に圧倒的実力を背景に無理やりやらされた」と訴え出て、失脚を狙うつもりだった。
 マリウスが無罪である事を証明する術などあるはずがない。
 来て日が浅く、フィラートの風習や国法を知らぬ野蛮なマリウスなら引っかかるとタカをくくっていた。

「いえ。まずは陛下に報告すべきでしょう」

 だからマリウスの返答は意外だった。

(な、何だと……)

 またしても想定外の展開に打ちのめされるウィルスン。
 彼がここまでしてやられる展開になるのは珍しかった。
 反王家的ですらあるウィルスンが王と側近にある程度勘付かれながら宮廷魔術師としての地位を確立させたのは、本人の実力と立ち回りの上手さによるものである。
 でなければウィルスンのような男が出世出来るはずもない。
 だが、マリウスによって心理的に大きなダメージを負った事によって、本来持ち合わせていた冷徹さ、狡猾さ、演技力が発揮出来なくなってきていた。

「ではこれにて失礼」

 ウィルスンはヌーグを持って立ち去るマリウスを黙って見送り、扉が閉まると両膝をついた。

「ゆ、許さんぞ……お前だけは許さんぞ」

 怨嗟に満ちたつぶやきを繰り返す。
 これまで散々冷笑し「負け犬だ」と罵ってきた、ウィルスン自身が破ってきた者と同じ有様で、最早バーナードやアシュトンすらも利用し、陰で嘲笑っていた策略家の面影はなかった。
 ヌーグやヌンガロという、ウィルスンの野心と関係あるものではなかったのならば、もう少しタフさを発揮出来たかもしれない。
 しかし、自分の野望を悉く先んじられ、ウィルスンの心は崩壊寸前だった。
 アルバトム家の誇りと名誉への執念だけが支えになっていた。
 ──マリウスが手がけたヌンガロは彼自身にしか魔法を付加させる事が出来ず、また高い魔法抵抗力を持つ一品として人気が出るのだが、まだ先の話である。
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