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ネクストライフ 作者:相野仁

第二章「新天地」

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九話「知らぬ恥」

 何度やっても袋に魔法が定着させられなかったマリウスは人の意見を聞く事にした。
 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という言葉がこの世界にあるそうだ。
 無知の恥なら散々晒しているので今更だ、という開き直りに似た感情もある。
 尋ねるならやはり専門家が一番だろう。
 マリウスにとって尋ねやすい相手と言えば模擬戦を契機に親しくなったルーカスとニルソン、それからレイモンドくらいだ。
 宮廷魔術師長と魔法兵団長の仕事内容は分からないが、漠然と忙しそうな事は想像出来る。
 言い方は悪いが一番暇そうなのはレイモンドだ。
 宮廷魔術師にして魔法兵団の大隊長たるレイモンドは、練兵場にて部下達の調練を行っていた。
 と言っても全員ではない。
 魔法兵団の総数は六千強で団長と副長がそれぞれ三千の連隊を率いる。
 連隊は三個の大隊から成り、一個大隊千人で構成されている。
 つまり大隊長のレイモンドは千人の部下を持つ上級指揮官なのであった。
 練兵場がいくら大きいからと言ってさすがに千人が一緒に魔法訓練を行える程の広さはなかった。
 百人程度が二組に分かれて同じ方向に魔法を撃っている。

「【ファイア】」

「【サンダー】」

 同時に放たれた魔法は合成魔法と化して強大化し炸裂する。
 使う魔法と対象の同一化によって合成する技術は普及しているようだ。
 もちろん、幾多の練習の成果には違いない。
 レイモンドは二組の後ろから指示を飛ばしていたが、マリウスに気づくと中断させて近寄ってきた。

「マリウス殿、どうかされましたか?」

「相談したい事があったのですが、どうも折が悪かったようで……」

 ちらりと兵士達の方を見る。
 露骨な態度を取った者こそいなかったが、興味ありげに見てくる者、迷惑そうな表情な者ばかりだった。

「いやいや、これから休憩入れようと思ってたので。お気になさらず」

 レイモンドは愛想よく言ったが、とても信用出来る空気ではない。
 魔法兵達が休憩が出来て嬉しそうなら救いはあったが、どう見ても迷惑をかけただけだ。
 用件は手早く済ませた方がいいと判断し、行き当たった障害について説明した。

「ああ、ヌンガロですか。戦闘時に携帯するものの素材ですから、そんな簡単に壊れるはずがないのですがね。一度実際に見せていただいても?」

 半信半疑といった態のレイモンドの言う事にマリウスは大人しく従った。
 エマとロヴィーサがヌンガロという袋の耐久力について言及しなかったのであれば、少なくとも壊れやすいものではないのだろうな、と思っていたのだ。
 残りのヌンガロを一枚取り出し、威力を出来るだけ抑えて「アナザールーム」をかけてみたらあっさりと破砕した。

「うわっ。壊すには最低でも五級の攻撃魔法並みの威力が必要なはずなんですがね」

 レイモンドの驚きようは大げさな程だったが、こっそり見ていた魔法兵達から大きなどよめきが起こったところを見ると演技という訳ではないのだろう。
 「嘘だろ」「何で魔法を付加させるだけでヌンガロが破れるんだよ」と言った声も聞こえてくる。
 迷惑そうだった魔法兵達の顔つきが畏敬の類へと変化したのはよかったが、マリウスとしては不本意である。

「念の為にうかがいたいのですが、マリウス殿は空間系の魔法が得意なのではありませんか?」

 マリウスはレイモンドの質問の意図が読めず、首をひねりながら答えた。

「いえ得意ではありませんよ。ワープ、テレポート、ディバインシールド以外はむしろ苦手かもしれません」

「そ、そうですか」
 単純に使う頻度が少ないという意味だったのだが、レイモンドは露骨なまでに顔を引きつらせた。

「私の得意魔法が何か?」

 心底不思議そうなマリウスの表情を見て、レイモンドは数秒躊躇した後で答えた。

「いえ。得意な系統な魔法であれば威力は上がるものですから。もしかしたらマリウス殿にとっては空間系がそれではないかと」

 得意魔法を使った結果なら、ヌンガロが破れるのも仕方ないと言わんばかりの口調だった。

(得意魔法なら威力が上がるとか、そんな設定があったのか……)

 マリウスにとっては初耳である。
 ゲームの時は敵の弱点属性を突けば与えるダメージが増加したが、それだけだった。
 レイモンドは考え込んだがそれは長い時間ではなかった。

「実のところアイテム袋を作る工程の詳細は失伝しているので、正しい作成法でやれていない可能性は高いですが、それでもマリウス殿の魔法威力は桁違いですな」

 マジックアイテムは原則として魔法を付加させて作るものだから、素材となるものも魔法で壊れにくいものが選ばれるという。
 そこまではマリウスも想像がついていたし、それ故に今回の件で困惑しているのだった。

「魔法威力がありすぎるとなりますと、ヌンガロの製造から関わった方が逆に近道かもしれません」

 ヌンガロはヌーグという魔法を込めやすい割に魔法で破れにくいという都合のいい生地を用いて作られているという。
 製造工程で一度魔法を使っているので、その時にマリウスが魔法を込めれば耐久力が上がるのではないか、というのがレイモンドの提案だった。

「幸いにもヌンガロの製造は国家事業ですから、マリウス殿が望めば比較的容易に製造に参加出来るでしょう」

 ヌンガロのように一度他者の魔力を通した代物に魔法を付加する場合は、逆に脆さが出るのも不思議ではないと説明された。
 言葉の端ばしからとってつけた感がはっきりと漂っていたが。

「ヌーグを壊すのには四級魔法相当の威力が必要とされますしね。一階級上がると相当な差ですよ。マリウス殿にとっては小さな差かもしませんが」

 励ますかのように朗らかに笑うレイモンドだったが、マリウスとしては同調出来なかった。
 まさに「自分にとっては小さな差」かもしれないというのが問題だったのだ。
 それについての心当たりはありすぎる、というのが本当のところであった。
 スペックの高さが裏目に出てる事が多い気がしているマリウスだった。

「国家事業となると、陛下に許可を求めねばならないのでは?」

「ええ。王の職務室にいらっしゃるでしょうから問題ないでしょう」

 マリウスが職務中の国王に声をかけて手を止めさせる事に何の疑問も持っていない様子だ。

(もしかして、一国の王の職務を差し止めたり出来るのか?)

 だとしたらとんだ強権である。
 元が一般人のマリウスは戸惑いを隠せない。
 これまでターリアント語の習得に徹してきたので、肩書きの威力を実感した事はなかった。
 魔法兵団ならいいのかと言われると反論に困るのだが、まだ影響は小さそうだと自分自身に言い聞かせる事は出来た。
 他人の顔色をうかがってばかりの気もするが、この世界で生きている人間の価値観や常識を学ぶ絶好の機会である。
 本などを読んだところで到底把握しきれない事を教わっているのだから、マリウスにとっては「黄金よりも価値がある」状況だ。
 嫌になれば逃げるという手もあるのだ。
 小さくない混乱は起きるだろうが、マリウスは自分の身の安全より責任感を取る程お人好しではない。
 ただ、現状でフィラートを捨てるのは惜しかった。
 税金で明日に不安を覚える事がない暮らしをさせてもらっているし、何よりもロヴィーサとエマがいる。
 ロヴィーサは前世を含めてもこれまでに出会った女性の中で間違いなく一番と断言出来る美貌の持ち主だし、エマの方も相当なものだ。
 他国に行ったところで今のような暮らしを望めるか分からない以上、無理をする必要は感じなかった。
 記憶を消す魔法もあるし、他人を洗脳する魔法もある。
 その気になればどうにでもなる、という安心感が逆にマリウスに大胆な行動を取らせなかった。 
 要するに多すぎる選択肢が逆に行動を制限する原因になっているのだ。

「分かりました。政務室に顔を出してみます。どうもありがとうございました」 

 マリウスがレイモンドに丁寧な礼を言うと、後ろの兵達が息を飲んだ気配が伝わってきた。
 きっと実力と地位を笠に着た嫌な奴だという認識があったのだろう。

「ところでマリウス殿、これは魔法使いの端くれとしても興味なのですが、マリウス殿の得意系統はどんなものなのですかな?」

 質問してきたレイモンドの眼は子供のような輝きに満ちていた。
 興味本位という言葉に嘘があるようにはとても見えなかったが、マリウスにとっては返答に困る質問だった。
 しかし、規格外だの常識外だのといった評価は今更ではあるという結論がすぐに出た。

「得意系統も苦手系統もありませんよ。フリージングなど、まだ覚えていない魔法ならありますし、強いて言えばそういった魔法が苦手でしょうか」

 レイモンドは軽く唸っただけだったが、後ろの兵士達からは何度目かのどよめきが起こる。
 そろそろレイモンドがツッコミを入れた方がいいとマリウスは思ったが、思われた方はそれどころではなかった。

「万遍なく強いとかつくづく規格外ですな! しかしフリージングの会得がまだとは意外です! 覚える必要がない寒冷地出身ですかな! いや、寒冷地出身でも覚える者は多いし……」

 興奮気味に大きな独り言を口走っている。
 元の世界でオタクと呼ばれる人種が自身の好きなものについて力説しているかのような様子で、マリウスは黙って二歩下がった。
 後ろの兵士達をちらりと見ると、全員が「あーあ」と言わんばかりの表情になっている。
 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
 どうしたものかとマリウスが思案をめぐらせ始めると、レイモンドは不意に勢いよくマリウスの方を向き直った。 

「マリウス殿、よろしければお時間がある時にご指南願えませんか!?」

 レイモンドの言葉が耳に届いた時、兵士達は「言ってしまった」と一斉に思った。
 実はマリウスに魔法の指導をしてもらおうという意見は前々から出ていたし、感情を抜きにすれば反対する者はいなかった。
 だが言い出すきっかけがなく、様子見という扱いだった。
 今回のレイモンド発言ははっきり言えば暴走である。

「構いませんよ」

 だから兵達はマリウスが二つ返事で承知した事に更に驚くハメになった。
 もっとも、これに関してはマリウスの方に問題があると言える。
 言葉が通じないからと特定の人間としか接触しなかった為、マリウスの人柄が知られていないのだ。
 滅多な真似はしそうにないと王族周辺の評価は勝ち取ったのだが、一方で接触する機会がなかった者の評価は芳しくない。
 何もかも同時に得る事は叶わぬのだ。
 それとなくそれらの事を察知したからこそ、マリウスは兵士達の評価を上げるべくレイモンドの依頼に応じたのだった。

「ただ、私はこれまで人にものを教えた事がないので、上手く出来るとは限りませんよ」

 若干の不安点があるとするならそれともう一つ、この世界の魔法に対する知識は完全ではないという事だ。
 安請け合いをしたと失望されぬよう、励んでいかなくてはならない。

「いえいえ、何なら稽古をつけて下さるだけでも結構ですから」

 釘をさしたマリウスに対してレイモンドは鷹揚に笑った。
 ただの謙遜と受け取ったのだ。
 マリウスは今後の展望を占う意味で早速やってみる事にした。

「リフレインという魔法をご存知ですか?」

「はい。最後に使った魔法をもう一度放つ為の十級魔法ですよね」

 知っているのか。
 いきなりマリウスにとってアテが外れた展開になった。
 知っていて鍛錬で使わないとなると、ゲームの時と違って使えないのかもしれない。
 とは思っても、引っ込みはつかない。

「ファイアとサンダーを別々の隊が撃ってるという事はそれが隊の得意魔法なのではありませんか?」 

「ええ」

「例えばファイアを撃った後に別の隊が即座にリフレインを使えば、ファイアによる連続攻撃が可能です」

「それは知っていますが、皆が覚えてなくては意味がないでしょう?」

 その答えにマリウスは驚いた。

「もしかして魔力共有とか出来ないのですか?」

 魔力共有とは周囲の人間に魔力を分け与える事だ。
 魔力の回復が追いつかなくなった人間をフォローしたり、敵に有効な魔法を覚えている人間が少なかった場合にその人間に魔力を供給しまくったり出来る。
 つまり魔法が使える人間がいれば、それで人数分の威力が出せるのだ。
 賛否両論があり、魔力提供する為だけのプレイヤーが出現してシステムが変更されたものの、最後まで消滅はしなかった。
 これまでゲームに存在した事は変わっていながらも存在していた為、魔力共有も可能だと思っていたのだ。

「魔力の共有……? な、何ですか、それ」 

 だからレイモンドの滑稽な驚きようが意外で、マリウスの方こそ驚きたいくらいだった。
 簡単にではあるが説明し、実際にやってみせる。
 レイモンドに魔力を分け与えたのだ。 

「す、凄い……これがマリウス殿の魔力ですか」

 間違ってもレイモンドの体を壊さないように手加減したが、それでも大きな力となったようだ。

「魔法を使う直前に止め、魔力の塊を譲渡するという想像をしました」

「なるほど……上手くいきませんね。返すのは無理なのですか?」

「いいえ、出来るはずです。頑張って練習して下さい」

 レイモンドはがっかりしていたが、いきなり成功する訳もなかった。

「しかし、リフレインの習得と併せれば何とかなりそうですな。おかげさまで戦力向上させる為の光明が見えてきましたよ」

 礼を述べるレイモンドに手を振って鷹揚に応える。
 そろそろ辞去した方がいいと判断し、しつこく感謝の言葉を投げて来るレイモンドに今度召喚術を教わる約束をしてその場を去った。

(それにしても何でリフレインを会得しないんだろ)

 マリウスと違って無詠唱を気軽に出来ないのならば、なおさら有用な魔法のはずである。
 と、ここまで考えたところでマリウスはようやく前提が間違っていた事に気がついた。
 マリウスはゲーム時代、つまり対モンスターで考えていたのだが、レイモンド達は国の魔法兵団、すなわち対人類を想定せねばならない軍隊なのだ。
 モンスター相手には有用でも、人類相手に馬鹿正直に同じ魔法を連発したところで防がれる可能性の方が高い。

(モンスターには有効だから素知らぬフリをしてくれたのかな)

 穴があったら埋まりたくなったマリウスだった。
 「リフレイン」 という魔法が使われない理由を知るのはまだ先の話である。
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