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ネクストライフ 作者:相野仁

第二章「新天地」

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六話「お勉強中」

「混沌より光と闇、天と地が生まれ」

 エマが読んでいるのは大陸に伝わる創世神話だ。
 何故フィラートの歴史より後なのかと思ったマリウスだったが、見せてもらって納得した。
 歴史書と比べて文字数が多くて綴りがずっとややこしかったのである。
 先に神話をやっていたらターリアント語を会得しようとする意欲が大きく減衰していたに違いない。

「光はナイアーラトテッフ、闇はティンダロスとなり大いに争う」

 マリウスはヘルカが自身の担当から外された事を知って驚きながらも胸を撫で下ろしたが、理由が分かった時には純粋に驚愕した。

「私も教えられるようになりましたので、お願いします」

 多少のぎこちなさはあったものの、エマはきちんと意味の通じるファーミア語で挨拶したのだ。

(エマさんってリアル完璧超人じゃないか?)

 と、マリウスは唸った。
 補正の恩恵を受けているマリウスに対し、エマの場合は素養があるとは言えあくまでも努力の賜物のはずである。
 多少の引け目を感じながらも、行いで取り返そうとマリウスは思う。
 力を得る過程に差異はあっても、もたらす結果の価値は等しいはずだと考えながら。

(それにしてもティンダロスとは……)

 思いがけない名前が出てきてマリウスは驚いた。
 エキストライベントの最終ボスとして名前のみが出ていたのがティンダロスである。
 神話に、それも闇の神として出てくるとは意外さを禁じ得ない。
 ゲームとは違うと散々思いながらも新しい事が分かると驚いてしまうのが根が一般人の悲しさであろうか。
 余談だがナイアーラトテッフの名は初耳だった。

「両神相倒れ、ナイアーラトテッフより太陽、天使、大地、人、獣が生まれ、ティンダロスより魔と月と海が生まれた」

 エルフ・ドワーフ・獣人などが出てこないのが疑問だったが、「人間」に伝わる神話だからか、と思って黙っている事にした。
 一通り読み終えると復習はせず、魔道書を使う事となった。

「マリウス様ならば、逆にとっつきやすすぎるかもしれませんけど」

 というロヴィーサの提案を二つ返事で承知した。
 どの道マリウスに拒否権などないし、「ロヴィーサ式呪文」には興味があったのだ。
 おさらいするつもりで学び始めたが、すぐに違和感を持った。
 用意された魔道書が全て新しい。
 創世神話について記した本は古ぼけていたのにも関わらずだ。
 わざわざ買ったのかと思ったが、エマとロヴィーサの分まで新しいところを見ると他に理由がありそうだ。
 とここまで考えた後、マリウスは「ロヴィーサ式呪文」の事を思い出した。
 呪文が変われば魔道書も刷新する必要があるかと納得した。
 エマとロヴィーサが読んだ後復唱するように言われ、目で文字を追う。
 魔法は術者が使おうとしなければ詠唱しても発動しないので、声に出して練習出来るのだ。
 エマの白くて女性にしては長めの指がマリウスの書の文の上に置かれ、口と供に動く。

「火よ起こりて我が敵を焼きたまえファイア」

「火よ……ん?」

 想定外の長さに思わず途中で止めてしまった。

「どうかなさいましたか」

 不思議そうな二人にマリウスは尋ねた。

「これって“ロヴィーサ式”じゃないですよね?」

「ええ。言わば軍事機密ですから、誰でも入手出来る魔道書には掲載出来ないのです」

 エマが答える。
 呪文はゲームの時と違って一回や二回練習したくらいで覚えられない、との事だが本にして研究されたらまずいという訳だ。

「マリウス様は既に多くの魔法を使えますし、言葉の習得にはこれくらいがちょうどいいかと思ったのですが」

 どこか探りを入れるようなロヴィーサの言にはひとまず頷いておいてから答えた。

「模擬戦で“ロヴィーサ式”の威力を思い知ったので興味を持ったのです。まさか無詠唱を連発するハメになるとは、夢にも思いませんでしたので」

 正直に本音を打ち明ける。
 完全に信頼されたとは言いがたい現状で、軍事機密に探りを入れるような形になってしまったのを後悔しても遅いからだ。
 ロヴィーサはうさんくさそうな顔をしながらも答えてくれた。

「お教えするのは構いませんが、急に異なる詠唱を使っても上手くいきませんよ?」

 一度馴染んだ詠唱を変えるのは魔法使いにとっては困難で、小さくない混乱が起こった。
 エマとヘルカの献身的な協力によって新呪文の有用性が証明されていなければ、頓挫していただろう。

「なかなか認められなかったのは単に異大陸由来のものだから、という理由だけではないと当時の妾には分からなかったのです」

 詠唱の改良さえすればいいと無邪気に思っていたと、ロヴィーサは自嘲気味に語った。
 その様子から一国に浸透している事を変えるのは並大抵では出来ないのだな、とマリウスは思った。
 エマが暗くなりかけた雰囲気を変えるべく口を開いた。

「では試すだけ試してみましょう。火よ焼け、ファイア」

 やはり短いなと思いながらマリウスは試し撃ちするつもり続いた。

「火よ焼け【ファイア】」

 マリウスの掌から青白い火の玉が出た。

「……え?」

 ロヴィーサが信じられないものを見た、という顔をする。
 エマは驚きはしなかったが若干表情を強張らせ、厳しい視線を送ってきた。
 マリウス本人もむろん驚いた。
 万が一、と思って掌でとどめるつもりで使っていなければ、今頃ロヴィーサを殺していたに違いない。

「普通、一度で成功しないのですが、まあマリウス様は別格と言う事で」

 ロヴィーサのフォローは空々しかったが、マリウスは責めようとは思わなかった。
 ゲームだと一度で使えなければ不具合扱いされるが、ここは現実である。
 ゲームとの違いを見つける度にそう思ってきたのに、何故こういう場合だけ同じなのだろうか。

(もしかして魔法関連はこうなのか?)

 つい最近気づいた賢者補正だ。
 その割には木の実など判別出来ないものも多かったよな、と思いつつマリウスはため息をこぼすと火の玉を消した。
 厳しい表情のエマにどう言い訳しようか、と考えていたら先にエマが口を開いた。

「図ってか図らずかは存じませんが、マリウス様はこの国の人間か、あるいはターリアント大陸の人間でないかを証明した、という事になりますね」

 え、そうなるの、と思ったが喉のあたりで言葉を飲み込んだ。
 事実だとしたらこのタイミングでわざわざ指摘してきたのは何故だろう。
 どこかお人好しで扱いやすそうなロヴィーサと違い、超人侍女の方は油断も隙もあったものではない、と思っている。
 今の発言にもマリウスが想像出来ないような意味がありそうだ。

「マリウス様、あなたがターリアント語を習得すれば色々な輩が多様な理由で甘言を弄するでしょう。迂闊な言動を慎んでいただかねば、多種の不幸を生みかねません」

「あ、気を付けます」

 迂闊と言われても困るのだが、やる必要があった事かと訊かれたらノーと答えざるを得ない。
 妙な輩に変な勘違いをされるのもよくない。
 これ以上ロヴィーサとエマからの評価を下げない為にも心する必要がありそうだ。
 エマが厳しい表情をしていたのはマリウスに隙があるせいなのか、と考えているとロヴィーサが軽く手を叩いて二人の注意を集めた。

「気を取り直して次にいきましょう。氷の蔵、かのものの時を止めあるべきままを保て、フリージング」

 いきなり知らない魔法が来たが、つい今し方迂闊な真似は慎もうと思ったところである。
 何とか態度に出さない事に成功した。
 詠唱と詞から察するに保冷保存の類の魔法だろうか。
 ゲームではアイテム袋が普及していたので、必要がなかった種類の魔法と言える。
 そうなると他にもゲームには存在しなかった魔法、あるいは職業なども存在するのだろうか。
 ゲーム好き、ファンタジー好きのマリウスとしてはわくわくするような展開である。

「マリウス様、集中して下さいませ」

「ごめんなさい」

 二人からの評価は恐らく下降線である。





 休憩時間になり、名前の知らない黒髪の侍女がお茶を運んで来た。 
 給仕だけすると何も言わず一礼して下がった。
 ケモノ耳だったから恐らく獣人なのだろう。
 結構可愛かったな、と思いつつ一口含む。
 カカオ茶は美味しくはあったが、これまでよりもずっと落ちるものだった。

「ん。昨日のものの方が美味しかったですね」

 話のネタふりを兼ねて多少は味が分かるんだぞ、とアピールするマリウス。

「それはありがとうございます」

「これまではエマが淹れてましたからね」

 礼を述べるエマと種明かしをするロヴィーサ。
 教師役になった為に給仕から外れたのだろう、とマリウスは推測する。
 そこから話は転がり、ロヴィーサは薔薇水、エマはレモン茶が好きだと聞き出すのに成功した。
 マリウスにとっては小さな前進である。
 そして話は広がり、食文化や召喚士などの職業にも言及された。
 この流れなら訊ける、と思ったマリウスは最も気になっていた事に触れた。

「そう言えば風呂はどうやって沸かしているのですか? 薪をくべるようなタイプには思えませんが、マジックアイテムでもあるのですか?」

 一流の宿泊施設の大浴場を髣髴させる広さだ。
 人力でまかなえるとは到底思えない。
 森にいた頃はないものねだりは出来ぬと我慢していたが、やはり風呂好き民族出身だけあって訊いてみたかったのだ。
 ロヴィーサが答えてくれる。

「マジックアイテムは使っていますが、沸かしていません。温泉を汲み上げて利用しているのです」

「温泉?」

 マリウスが疑問に思ったのは温泉を掘ってパイプを敷くのがこの世界、いや国の技術で可能なのかという点だったが、ロヴィーサ違う意味に受け取った。

「ええ。原理は不明ですが、地下千メートルくらいまで掘ると熱い湯が湧き出すのですよ。パイプを敷いて汲み上げているのです」

「地下千メートルも掘って湯を汲み上げるなんて凄い技術ですね」

 マリウスはこの世界にもそういう技術があるのかと感心して頷くとロヴィーサが否定した。

「いいえ。マジックアイテムの一種を使って掘ったそうです。旧世界のアイテムですね」

「旧世界?」

 表現にひっかかりを覚えたが、すぐに歴史を思い出した。

「そうか、一度魔王ザガンに……」

「はい、道具袋、方位磁石、上級マジックアイテムなど、数多くの現物と製法がその時に失われたと言います。湯を汲み上げるパイプは残っていますが、掘る為のアイテムは失われてしまったのです」

 だから文明などに奇妙なちぐはぐさがあるのか、とマリウスは得心した。
 文明が完全に破壊される前に初代ベルンハルトとクラウス・アドラーが封印するのに成功した、という事だろう。

「初代ベルンハルトが王様になったって事は、この国にザガンが封印されてる可能性もあるのでは?」

 魔王を監視する為などという理由で、そうするパターンはフィクションだと珍しくない。
 そう思いながら尋ねるとロヴィーサはあっさりと頷いた。

「はい。そういった伝承は残っています。が、肝心な点は大きな内乱が起こった際に紛失してしまったようで……」

 ロヴィーサが肩を落とし、エマが露骨に顔をしかめたのも無理からぬ事だった。

(本当にあるんだ、そんな間抜けな事) 

 呆れるマリウスの心情を知ってか知らずか、エマが苦々しげに付け加えた。

「今となっては国内に点在する、生態系の乱れた場所のいずれかではないかと想定出来る程度なのです」

 心当たりがあったマリウスは確認を取ってみた。

「もしかして、奈落の湖ですか?」

「はい。候補地の一つですね」

 奇しくも魔王が封印されているかもしれない場所でガンガン魔法を使いまくっていた訳だ。
 それらしきものは全く感じ取れなかったし、あれだけメチャクチャにしたのに何も起こらなかったから可能性は高くないだろうな、と思ったが。

「では一度見回ってみましょうか? 運がよければ何か分かるかもしれません」 

「宜しいのですか? 陛下に伺わなくてはなりませんが、是非お願いしたいですわ」

 ロヴィーサが嬉しそうに手を合わせる。
 後世の者達は口を揃える。
 この事こそが「 新世界の黄昏(カタストロフ)」の引き金だったと。
 
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