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ネクストライフ 作者:相野仁

第二章「新天地」

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間話「談義」

 ヘルカが娘を寝かしつけて夫のところへ戻ると、待っていたのは厳しい視線だった。

「エマ殿から聞いたぞ。お前、戯れすぎではないか?」

 どうやらエマはヘルカが逃げ切ったと思った時期に痛撃を加える作戦に出たようだ。
 そしてそれは見事に成功した。

「あら、やきもちですか?」

 茶化してごまかそうとして上手くいかなかった事を夫の顔を見て悟った。

「マリウス殿とは上手くやっていきたい、というのは国家としての決定だ。お前の余計な真似でこじれたらどうする」

 苦々しい口調にヘルカは笑みを消して目を細める。
 夫も優柔不断で愚劣な連中に同調していると思うと、腹が立ってきたので真っ向から批判した。

「腫れ物に触るような扱いをする方がよほど印象を悪くすると思いますけど」

「それくらい分かっている。しかしどうすべきか苦慮しているのも事実なのだ。それが分からぬお前ではあるまい」

 聞き分けのない幼子をなだめるような夫の態度に、ヘルカは反感を募らせた。
 彼女にしてみれば誰も彼も不要な恐怖心を持っているとしか思えない。

「だから懐に飛び込めばいいんじゃありませんか。刺されるか、包み込まれるか、よく分かるというものです」

 知ろうともせずに何が分かると言うのか。
 豪胆な妻の言葉にアルヴィンは心の中でだけため息をついた。

「お前の気性は知っている。俺はそこに惚れ込んだのだからな。だが、今回の件に関しては失敗でしたのではすまんのだ」

 懐柔を狙ったなだめの言葉も、火がついたヘルカには通用しなかった。
 彼女にしてみれば夫は怯惰になっているとしか見えない。

「私は逆に幻滅しましたけどね。あなたはもっと勇敢だと思ってました。それなのに、うじうじ分かりもしない事で悩み続けて。父に結婚を許して貰う為に父の部下達に一人で立ち向かっていった時に勇気は枯れ果てたんでしょうか」

 妻の容赦ない言葉のナイフにたじろぎながらもアルヴィンは反論を試みる。

「私の性根は変わらんさ。ただ、お前やミオを守らなければならない。それだけだ」

 夫の言葉を聞いたヘルカの炎は大量の油を注がれたように激しく燃え上がる。
 保身に走る理由に用いられるなど、彼女の気性と矜持が許さなかった。

「騎士の妻たる身が、夫が勇気を出せない言い訳に使われるなんて恥辱の極みですわ。私達がいなくなればあなたは勇敢な騎士に戻れると仰るのですね」

 夫の心を容赦なく叩く。
 アルヴィンは自分の迂闊さを呪いながらも反論は諦めなかった。
 ここで引いてしまっては、妻の性格からして取り返しのつかない事態になりかねなかった。

「お前達がいてこそ、俺は勇気を持てる。しかし、お前達を失う可能性がある選択肢は出来れば避けたいのだ」

 妻子を案じるアルヴィンの言葉は、従来ならば喜ばれていただろう。
 しかし今はヘルカの不快感をそそっただけだった。

「そこが惰弱だと言うのです。マリウス様がその気になれば、その時点でこの国は滅びるじゃありませんか」

「うっ……」

 極端だが反論出来ない事実を突きつけられ、アルヴィンは怯んだ。

「情けない連中だな。そうだ、滅ぼそう、なんてマリウス様が考えついたらあなたはどうします?」

「その時は命懸けでお前達の楯になるさ」

 アルヴィンは顔をしかめながらも淀みなく答えた。
 それくらいの覚悟は既に持っているが、妻はそれを冷笑した。

「ワイバーン六頭を秒殺する魔法使い相手に? 何秒もちますか?」

「む……」

 言い返せない。
 自分一人では一秒も厳しいし、騎士団全員でかかって何秒だろうか。

「仲よくなれるならそれに越した事はないでしょう?」

「だ、だがな、お前のやり方は……」

「大丈夫ですよ。私が愛してるのはあなただけですから」

 ぐっと詰まりながらもアルヴィンはしつこく食い下がる。

「そ、そうではなく、マリウス殿がどう思うかがだな」

「問題ないか、それとも手遅れか、ですわね」

 あまりにもきっぱりと断言され、アルヴィンは絶句してしまった。
 妻は何と恐ろしい事を企てたのだろう。
 冷や汗をたっぷりと流すアルヴィンを見てヘルカは優しく微笑んだが、微笑まれた方にとっては悪魔の笑顔に見えた。

「きっと上手くいきます。あなたがたが取り越し苦労をなさってると、マリウス様と触れ合って確信していますわ」

 アルヴィンとしては最早妻の考えが的中している事を祈るしかなかった。




 ヘルカがエマの攻撃をかわし反撃で勝利を収めていた頃、王宮では密やかな集まりがあった。
 第一区画にあるベルンハルト三世の私室にルーカス、グランフェルト、フレッグの三人が招集されたのだ。
 挨拶もそこそこに王は話を切り出した。

「ルーカスよ、マリウス殿の動きはどうか?」

「は、怪しい点はございません。彼は部屋を抜け出す事、王宮を動き回る事、魔法を使った事、いずれもただの一度もなく、我らの取り越し苦労であった可能性が高いかと存じます」

「そうか……」

 この場にいる者達を含めて十指に満たぬ者しか知らされていない事実。
 隙だらけにしか見えぬ王宮は実のところ、建物そのものがマジックアイテムの一つであり、最大の防衛線なのである。
 外の防壁を高くしないのは民の為というも嘘ではないが、真の理由は美味そうな餌を見せて害虫達を必殺の領域に招き入れるという点にあった。
 ルーカスがマリウスに怪しい点はないと断言出来た理由は、この防衛線の一つであるマジックストーンにある。
 設定した相手が設定した行動を取った場合にのみ砕け散るという特殊なマジックアイテムで、ルーカスが管理している。
 十日も王族がそばにいる状況で、マリウスは魔法を使う事もなく、外部と連絡を取るそぶりもなく、また王宮内をかぎ回る事もなかったとマジックストーンが教えてくれている。
 ヘルカが考えるような事くらい、ベルンハルト三世は想定していたのだ。

「となるとマリウス殿は本当にこの大陸に偶然漂流した事になるが、ルーカスよ、どんな要因が揃えば起こり得ると思うか?」

 王の下問にルーカスは謹んで奉答する。

「は、何らかの理由で大海原に船で出た後、方角が分からなくなったというのはいかがでしょうか? 雲で太陽や月が隠れてしまっていたのならば、ありえぬ事ではないかと」

「うむ。魔王ザガンによって方位磁石の現物も製法も失われてしまったからな。一度海で方角を見失うと、帰れなくなるのは無理もないか」

 ルーカスの言は王を得心させるものであった。
 だがそれで全て解決した訳ではない。

「しかしルーカスよ。方位を知る為の魔法は何かないのか? 例えば太陽や月を探るとか……」

「はい、そのような魔法はございません。それ故にかつて方位磁石が開発されたのです」

 ルーカスの指摘はもっともであった。

「なるほど、魔法と言えど決して万能ではない、か」

「御意。神ならぬ身である以上、万能など叶わぬ夢でしょう」

 ルーカスの言を最後にしばし沈黙が落ちた。
 どんな魔法使い相手であっても付け込む隙がない訳ではない、という暗示に皆がしばし思いにふける。
 最初にベルンハルト三世が重くなりかけた空気を破った。

「マリウス殿には来月の“魔演祭”に出てもらうつもりだ」

 ぽつりと独り言をつぶやくかのような王の言葉に、一同はギョッとなった。
 年に一度開催される“魔演祭”は、大陸各国の王が国一番の魔法使いを連れて集まる会である。
 マリウスが行くのならば王の身は安全かもしれないが、残された者達については暗殺未遂の黒幕が判明していない現状では非常に危険だ。       
 王宮の防御が堅いと言ってもあくまでも人間相手の話である。
 臣下達は互いに目を交わしあった後、グランフェルトが具申した。

「恐れながら陛下、王宮はともかく陛下と姫様に第二撃が来なかったのは未知たるマリウス殿を警戒したが故でしょう。マリウス殿が“魔演祭”に参加すれば守りは必然的に薄くなりますぞ」

 ルーカスもそれに賛同する。

「情けない話ですが、マリウス殿なしとなれば王宮の防御力は飛躍的に落ちましょう。進んでドラゴンの牙に近づく事はないかと存じます」

 フレッグも二人に続く。

「お恥ずかしい限りですが、少なくとも私の情報網をかいくぐる程度の力は備えている敵です。どうかご用心を」

 臣下達の相次ぐ諫言にベルンハルト三世は苦笑した。

「持つべき者は忠実な臣下かな。だが、今回は全員で行こうと思う」

 数瞬、空白の時間が訪れる。

「へ、陛下……?」

 困惑を隠せぬ表情でグランフェルトが言葉を投げかける。
 王しか参加出来ぬという決まりはないが、さすがに全員というは異例だった。

「どうせ攻撃をされる危険があるのならば、多少とも手が回る状態にした方がよい。それに我が祖、初代ベルンハルト王は仰ったそうな。敵が攻めてくる時こそ、敵の息の根を止める好機であると」

 王の真意を察し一同は頷いた。

「グランフェルトとフレッグの罷免を決意したのもそれがあったからだ。そなたらが自由に動けるのは予としてもありがたいのでな」

「陛下のご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

 頭を垂れる二人を頼もしげに見る。

「事が事だけに家族に話すのもならぬ。……もっとも、鋭敏なエマはある程度気づいておるやもしれぬがな」

 主君の言葉に父たるフレッグは苦笑に近い表情を浮かべた。 

「“神の娘”であられるロヴィーサ様と比べるのもおこがましい、不出来な娘でございます。幸運にもロヴィーサ様のご恩寵を賜っています事を笠に着て愚かな真似をいたさぬか、それが気がかりでなりませぬ」

 本気でそう考えている訳ではなく、謙遜の意味合いが強い。
 元より才覚を買われて是非とも、とほぼ請われた形で侍女となったのだ。
 そんなエマの事を誰よりも評価しているのは娘の父であった。

「エマに限っては無用の心配であろう。娘に実によくしてくれておる。もっとも、それ故に婚期を逃さぬかの心配ならありそうだが」

 拙劣な笑い話のようになり、主従は笑いで包まれた。
 一しきり笑った後、フレッグが不意に尋ねた。

「婚姻と言えばロヴィーサ様こそいかがなさるおつもりで?」

「うむ……それについては決めかねておる。あやつ、国に益をもたらす者ではなくては嫌だと申してな。あの気性では無理に嫁がせたところで害にしかならぬしのう」

 さすがと言うべきか、娘の一筋縄ではいかぬ性格を知悉していた。
 王家の婚姻ともなれば私情を挟む事が許されるはずもないが、あくまでも国家の益とする為に行う、言わば国家事業のようなものだ。
 益どころか損害が発生しかねない状況は慎まねばならない。

「バーナードやアシュトンらの一派が狙っているようですが……」 

「狙っておるのはヘルナーらも同じだ。しかし、ここにきてマリウス殿が現れた……」

 遠慮がちに述べたルーカスに王は意味ありげに笑う。

「まさか、マリウス殿と奴らをかみ合わせると?」

 目を瞠ったルーカスとグランフェルトに対してフレッグが答えた。

「殊更画策せずとも奴らは既にマリウス殿を障害と見なして動き始めているようだ。どの程度善戦するか、期待しようではないか」

 マリウスが勝つと決め付けるかのような言い方にグランフェルトは首を傾げた。

「マリウス殿は力はともかく、策や搦め手は苦手なようだぞ。奴らとてそこまで愚かではないから、まともにはいかぬはずだが」

 もっともなはずの疑問に対してフレッグは自信ありげに微笑んだ。

「搦め手が得意な者をそばにつけて注意を促せばよかろう」

 その言葉に全員が彼の娘のエマを思い浮かべた。
 エマなら味方として信頼出来るし、敵の策を切り抜ける知恵も期待が持てるという訳だ。
 それを予測したかのようにフレッグは王に向けて言葉を続ける。

「私が申し上げているのはヘルカの事です。失礼ながらロヴィーサ様すら御しきれぬあの者であれば、よき楯となってくれましょう」

「……なるほど、あの者ならある意味最適かもしれぬな。マリウス殿との信頼関係も既に作りつつつあるようだし」

 答えるのに間があったのは、かつてヘルカの心身の逞しさと行動力が頭痛の種であった事を思い出したからだ。

「ヘルカとエマ、それにロヴィーサにも言い含めておけばさしあたり何とかなるであろう。問題はマリウス殿自身の気持ちだが……」

「そればかりは何とも。手段を選ばねば女にも困らないでしょうし」

 様々な意見が出たが、結論は出なかった。
 しばらくはなりゆきに任せる、という事で落ち着いた。
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