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ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

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世代交代

ご愛顧ありがとうございます。
7巻は5月25日発売予定です。
はいそっとも宜しくお願いします。
 トゥーバン王国にて戴冠式が行われ、新たなる国王が誕生した。
 その名はジーク。
 初代王マリウスの息子である。
 新しい君主を一目見ようとする人々が、王城へと詰めかけていた。
 ジークは十八歳の若者である。
 母親譲りの涼しげな顔立ちをした好青年で、貴族の姫君から人気があった。
 そのジーク王は金色の甲冑と赤いマントを纏い、国王の証である黄金の冠を被って杖を持っている。
 先代であり父であるマリウスが嫌がり、一度もしなかった王としての正装であった。
 彼の右側には弟であるフリード、その反対側には妹のネルガルが立っている。
 フリードは正装しているものの、ネルガルの方は軍服を着ていた。
 黒い髪と黒い目、紫色の瞳は神秘的な雰囲気をかもし出し、更には美貌でも群を抜いている。
 強さのみならず美貌でも母親譲りのお姫様である為、かなり人目を集めているのだが、本人は全く意に介せず退屈していた。
 あくびをかみ殺した回数は百や二百では足りないだろう。
 何とか我慢しているのは、列席中の父の目に配慮しての事である。
 大きく成長しても変わらず父親が大好きなネルガルにとって、父の反応より重いものはない。
 母たるアウラニースも参加しているのだが、こちらは彼女にはどうでもよい事だった。
 他にもジーク王の弟と妹はいるものの、今回は参加していない。
 ジーク王を輔弼する二人、という構図にする為であった。

「神々のご照覧あれ! 新たなる王に祝福を!」

 人々は唱和し、新しい王の誕生に歓迎の意を表す。
 彼ら群衆は知らない。
 神々はいわゆる悪神しかおらず、マリウスによって滅ぼされた事を。
 彼らが祈るべき神とはマリウスとアウラニースである事を。
 マリウスはあえて言う必要を感じなかったし、アウラニースは己の功績を吹聴するような性格ではない。
 式典が終わると酒と食べものが群衆にふるまわれて盛り上がった。

「しっかし、あれだよな。どうしてマリウス様はまだお若いのに、ジーク様に跡目をお譲りになったんだろう?」

「若くて新しい風をって事らしいぜ」

「へえ、それは立派な考えだな」

 彼らは叫ぶように語り合い、騒ぎ合う。
 彼らはマリウスの事を特に過大評価している一団だと言える。
 それだけ安全で豊かな平和な暮らしを送らせてもらえている、という自覚があるのだ。
 それはつまり、マリウスの名の下に集った廷臣達がきちんと国家運営をしているという証であろう。
 心や記憶も読める国王相手だから、真面目に勤めるしかないのだが。
 二代目ジークはより与しやすい王なのかと言うと、実はそうでもない。
 何故ならば妹であるネルガルがいるからだ。
 両親の長所をほぼ全て引き継いだと言えるトゥーバン王国のお姫様は、正しく規格外である。

 曰く、魔演祭にも剣闘祭にも強すぎて出場を認められない。
 曰く、二歳の時点で既に魔王ゾフィ―より強かった。
 曰く、三歳の時、アウラニースをパンチでダウンさせた。

 などと、様々な風評がある。
 あいにくと人々は真に受けてはいないが、「あの両親の子供ならば」という奇妙な信頼はあった。
 いずれにせよ、善政を敷いてくれる王朝が存続するのであれば、民衆には喜ばしい。


 一方で重責を担わされたと思っているジークは、あまり楽しめていなかった。
 そっとため息をついてグラスに入った酒を飲み干す。
 そこへ妹のネルガルがやってくる。

「どうしたの? ジーク兄上? 幸せが逃げちゃうよ?」

 ネルガルは実の兄から見ても息を飲むほど美しい顔を、ぐいっと近づけてきた。
 ジークはそっと顔をずらす。
 自身の美しさに対して無頓着である点まで母譲りな妹に内心舌打ちをしながらも、異なる事を口にする。

「いや、とうとうこの日が来てしまったと思ってな」

「ああ、王位継ぐの嫌がっていたもんね」

 ネルガルの瞳には、どこか面白がるような色が浮かんでいた。
 彼女は二人の兄が、どちらも王位を継ぎたくないと嘆いていたのを知っている。
 より正確には偉大すぎる父と比べられたくないのだ。
 大陸を救い、世界を救った伝説の大魔法使いマリウス。
 それが彼らの父であった。
 ジークもフリードも父の事は嫌いではない。
 誰もがその名を知り、崇め敬うのは誇らしくあり、自慢でもあった。
 だが、成長するにつれて「自分は父とは違う」という意識が育ってくると、重圧にもなってくる。
 何も知らない無邪気な子供時代は気にならなかったのだが……。

「フリードが羨ましいよ」

 ジークは心の底から言った。
 彼の気持ちは弟ならば分かるだろうと思う。
 そして目の前の美しい妹は決して理解出来ないだろうとも。
 お年頃になっても未だに父への偏愛が消えないどころか、こじらせつつあるネルガルならば、どれだけ比較されても平気に違いない。
 「お前はマリウスには及ばない」と言われてもニコニコと「そうだよ。お父様は本当に凄いんだから」と肯定するだけであろう。
 むしろ、父に手厳しい評価を下す人間と接触した方が危険かもしれない。
 一度「マリウスは英雄かもしれないが、国王としては無能だ。妻や有力な臣下の傀儡になっている」と酷評した人間と出会った時、近くにいたジークは激しい悪寒が全身を襲ったのを覚えている。
 あの時のネルガルは、紫の瞳から光が消えて表情がなくなり、天変地異が発生したかと錯覚するほどの殺気を放っていた。
 それをまともに浴びた批判者は、それだけで生死をさまよったほどである。
 絶対に怒らせてはいけないランキング、首位を大爆走しているのがジークの妹であった。

「じゃあ変わってもらえば?」

「無理言うなよ……」

 あっけらかんととんでもない事を言い放った妹に、ジークはげんなりとした顔で返事する。
 玉座の交代などホイホイ出来るはずがない。
 国王失格と判断された場合はその限りではないだろうが、親達の反応がとてつもなく恐ろしかった。
 若い王の下で栄達したいと望むものは多くいようとも、誰一人として彼を傀儡にして権勢を握ろうとは思わないはずである。
 マリウスとアウラニースはそれだけ畏怖されていた。
 もっとも、この両名よりも更に恐ろしいのが、彼の前で無邪気な顔をしているネルガルだろうが。
 父への愛をこじらせている困った妹ではあるものの、いや、父への深い愛情を抱いている事から分かると言うべきなのか。
 とにかくネルガルは家族想いである。

「兄様によからぬ事を企む奴がいたら、私が星の彼方まで殴り飛ばしてあげるね」

 にっこり笑ってそう語るのは今回が初めてではなかった。
 もしも殴られる者の体が頑丈であれば、彼女の言葉は比喩ではなくて現実となるだろう。
 頼もしい事この上ない存在であるが、同時にやりすぎやしないかという心配から逃げられない。
 それがネルガルという少女だった。

「おう、頼りにしているよ」

 ジークは本音はともかく、そう力なく微笑む。
 父たるマリウスからは「ネルガルを使いこなすのもお前の仕事」と言われている。
 幸いな事に本人に協力する意思はあるし、成長して手加減というものが出来るようになったので、決して無理難題ではなかった。

「じゃあまず、お嫁さん探しからね」

「……おい、どうしてそうなる?」

 あっけらかんと想像外の事を言いだした妹に、ジークは言わずにはいられない。
 ネルガルはと言うと、心底不思議そうな顔をして首をかしげた。

「えっ? だって国王様になったんだから、結婚して跡継ぎを作らなきゃいけないでしょう? お父様も八人と子供を作ったんだし、ジーク兄様もそれくらいはやらないと」

「止めてくれ、死んでしまう」

 彼は本気で懇願する。
 マリウスは一晩で夢魔三人と妻達複数を同時に相手にして、必ず全員満足させるという豪傑だ。
 到底同じ事が出来るとは思えない。
 もし真似をしようとしても、腎虚になるか廃人になるかの二択になるおそれがある。

「えっ、何かだらしない……」

 ネルガルは露骨にがっかりした。
 幻滅したと言うのは言い過ぎだろうが、失望に近いものは抱いていそうである。

「父上が間違っているんだよ、色々と」

 ジークの言葉を知れば、きっと世の男性のほとんどが賛同してくれるに違いない。
 ただし、無情な事に二人の会話を聞いている者はおらず、したがって彼に援軍は現れなかった。 

「でも、どのみち結婚はしなきゃいけないよ」

「そうだけど、何か今日はやけにしつこいな」

 同じ話を執拗に続ける妹に対して、彼は違和感を覚える。
 本来の彼女は、他人が乗り気でない話を止めないほど性格が悪くないはずだった。

「べっつにー」

 ネルガルは口を尖らせ、意味ありげな視線を向けてくる。

「いい加減年の近い男と恋愛してみろって何度も言われた事、ちっとも根に持っていないよ? いい機会だから、たっぷり仕返ししてやろうとか、全然思っていないよ?」

 仕返しする気、満々だ。
 ジークは恐怖する。
 ネルガルが本気になったら、彼では止められない。
 唯一制止出来る父も、彼の結婚を望んでいるのでこの事に関しては、あまりアテには出来ないだろう。

(まずい、逃げ道がどこにもない気がする)

 彼は胃痛を感じながら、必死に頭を回転させる。
 そして苦しまぎれの言葉を発した。

「それを言うなら、フリードの奴だって」

「国王になった兄を差し置いて、先に結婚するとか出来ないんじゃない?」

 ささやかな抵抗は瞬殺される。
 妹の紫の双眸には、嗜虐的な光が浮かんですらいた。

(こいつ、頭もいいんだよな……)

 ジークは内心うめく。
 この分だとあらゆるあがきを粉砕するつもりでいるのだろう。
 ネルガルが恐ろしいのは、両親に似ず頭の回転も速い事だろうか。
 エルの影響をたっぷり受けた結果ではないか、とマリウスがのほほんと語った事がある。
 肉親想いの実の妹で戦闘力も最強クラスなのだから、実に頼もしい。

(本人の性格を考慮しなければ……)

 などとつい考えてしまうのが、実の兄たる所以だろうか。
 妹は遠慮もせず、更に口撃してくる。

「ねえねえ、今どんな気持ち? 散々妹に言ってきた事、逃げたいけど逃げられない状況で言われるのってどんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち?」

「……私が全面的に悪かったので、許して下さい」

 ジークはさっさと降伏する事を選んだ。
 相手が何かにつけて負かされてばかりの妹とあっては、自尊心の出番などありはしない。

「よろしい」

 ネルガルは兄に謝らせて満足したのか、会心の笑みを浮かべてそれ以上は口をつぐむ。
 彼はさすが敵に回してはいけない存在一位、と心でつぶやく。
 言ったところで傷つくほど繊細ではないが、せっかく止まった攻撃が再開する危険は高い。

「ねえ、ジーク様、ネルガル様。何のお話をしていらっしゃるの?」

 兄妹の会話が止まったと判断した、貴族令嬢達が声をかけてくる。
 さすがに新国王とその肉親のやりとりに横槍を入れる勇気はなかったのだろう。
 彼女達は皆美しいドレスに身を包み、宝石を飾っている。
 魅惑的な体つきがよく分かるし、若い男ならば眼福としか言えない光景であった。
 だが、彼女達の美しさはネルガル一人の前に霞んでしまう。
 服や装飾品ではどうにもならない壁があると、残酷なまでに突きつけられるのだ。
 ただ、ネルガルは別に彼女らと妍を競うつもりなどなく、最低限の挨拶をしてさっさと離れてしまう。
 兄に結婚してほしいという気持ちは本心なのだ。

「いや、ネルガルの奴が結婚しろってうるさくてね」

 ジークは困った顔をしながら、事実を言う。
 離れたと言ってもネルガルの聴力であれば、彼が何を言ったのか聞こえている。
 それをよく知っている新国王としては、デタラメを言ってごまかす気にはなれなかった。

「あらまあ、意中の方がいらっしゃるのですか?」

 彼の言葉を聞いた令嬢達は、品と優雅さを損なわぬ程度に色めき立つ。
 国王の妃の座は、彼女達にしてみれば何よりも欲しいものだ。
 マリウス、アウラニース、ネルガルという恐ろしい存在が目を光らせているので、権勢を得たいという気持ちはほとんどない。
 それを抜きにしても国王の妻という地位は、彼女らにとって大変魅力的である。

「いや、残念ながらいないんだよ」

 これまた本心だった。
 令嬢達はこれを聞いて安堵し、同時に内心で闘志を燃やす。
 若く前途有望な新王の心を射止めるというのが、彼女達の人生最大の目標と言っても過言ではない。

「まあ、両親の許しを得ないといけないけどな」

 彼はそう言って牽制も忘れない。
 新国王の受難は既に始まっている。


 後世、ジーク王は非凡な二代目と言われる事になった。
 二代目は初代を超えようとして失敗する例が多いものの、彼には無縁な心情だったし、そもそも道を誤っても力づくで引き戻す妹がいたのである。
 政策も先代によって承認されたものを継続するばかり。
 では、どうして非凡とされたのか。
 それは哭天女帝と呼ばれた妹、ネルガルの手綱をしっかりと握っていたからに他ならない。

「その力、天地を揺るがし、摂理を歪める」

 と謳われた妹の力を背景に、彼は立派に世界の平和と秩序を守った。
 マリウスが図った世代交代は成功したのである。
 少なくとも政治的には。
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