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ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

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想いを胸に抱き

 メリンダ・ギルフォード。
 後世において不滅の輝きを放つこの名を、人類の多くがまだ知らなかった時。
 すなわちそれは魔王と魔人の群れが世界にはびこる、暗黒の時代であった。
 そんな時代で、メリンダは仲間と共にとある村に入る。
 暗黒の時代と言えども、人の集落そのものはいくつも存在しているのだ。
 魔から身を隠すようにひっそりとではあるが。
 魔王達が人類を本気で滅ぼしにかからないのは、その気になればいつでも出来るとたかをくくっているのと、彼らの頂点アウラニースが人類の根絶という行為に全く興味がないからだった。
 もしアウラニースがそんな気を起こしていれば、人類はとっくに地上から消え去っていたに違いない。
 ある意味人類の守護者とも言える存在だったが、人類にしてみればあずかり知らぬ事である。
 メリンダと仲間達は宿をとった。
 休める時に休むのは旅の基本、そして戦いに身を置く者の基本である。

「何か食おう」

 戦士のカールの提案に皆はうなずく。
 彼ら丸一日歩き通しだったのだから、腹は減っている。

「美味しいものがあればいいんだけど」

 そう言ったのは神官であるリーンだった。
 彼女は別に美食家というわけではない。
 ただ、疲れを癒して気分転換を図るのには美味しいものを食べるのが良い、と信じているのだ。

「あまり期待はできないよ。この宿の人には悪いけどね」

 メリンダは穏やかにそう指摘する。
 魔に目につけられぬよう、息をひそめながら日々生きるという人の方が圧倒的に多い。
 美味しい食べ物を出せる店など、よほど運が良くない限りあたるものではなかった。
 まして宿泊の為の施設の場合は更に望みは薄いと言える。
 そもそもいい食材の確保が困難である為、店側の責任とするのも酷なのだが。

「食べられたら何でもいいさ。腹いっぱいに食える事ほど幸せな事はねえ」

 ややぶっきらぼうに言ったのは、狩人のロナールだった。
 貧しい家に生まれた彼は小さい頃からひもじい思いをして生きてきて、それに耐えかねてメリンダの仲間に加わったという過去を持つ。
 別にこれは彼だけが特別ではない。
 神官であるリーンを除けば、メリンダ自身も含めて似たようなものだ。

「そういう事だと割り切った方が幸せだろうね」

 穏やかに、どこか諭す口調で言ったのは騎士ヴィンセントである。
 カール、ロナール、ヴィンセント、リーン、メリンダというのがこのチームの面子なのだ。
 全員が二十代と過酷な旅を続けるには若い。
 それを可能にしているのが、個々の能力に加えてきちんとした連携を確立させているからだ。
 カールは筋骨たくましい大男だが、専守防衛に重きを置いた堅実でしぶとい戦い方ができる。
 文字通り体を楯として、パーティーを守る男だ。
 ロナールは粗野な外見からは想像もできぬほど俊敏な立ち回りを得意とするし、動物やモンスター、草花について詳しい上に危険察知能力に関しても優れている。
 ヴィンセントはカールほどではないがタフな防戦ができるし、鋭い剣撃で敵に打撃を加える事も可能な攻防共に長じた男だ。
 リーンは癒しの祈りで仲間の傷を癒し、更には薬学にも精通している、パーティーには欠かせない人材である。
 とどめがメリンダという存在であり、彼女は魔人達の戦いぶりをヒントに魔法というものを考案し、体系化させつつあるという規格外の才能を持っていた。
 リーンの癒しの祈りも、メリンダの助言でより強力で精度の高いものへと成長したという実績もある。
 そんなメリンダではあるが、それだけで何とかやっていけるほど世界は甘くない。
 彼女自身、その事をよくわきまえていて、仲間に対して謙虚で誠実な態度をとり続けていた。
 五人は質素だが量の多い食事を平らげると、部屋へと戻る。
 言うまでもなく男女別々で、メリンダはリーンと相部屋だった。

「メリンダは恋人を作らないのですか?」

 若くなかなかの美貌を持った女性神官は、青い目を向けながら不意にそんな事を尋ねる。

「私を相手にする人なんていないよ」

 答えるメリンダの口ぶりは実にそっけない。
 本気でそう思っているし、そんな事を考えるゆとりもないという事であろう。
 リーンとしては仲間として、また友人として勿体ないと思っている。
 だが、強要するのおかしな話だという気もしていたので、しつこく食い下がるつもりはなかった。
 彼女はメリンダの事はある程度理解している……少なくとも彼女自身はそう思っている。
 物心のつく前に生まれ故郷を魔の手に滅ぼされ、メリンダの親は苦難に耐えながら彼女を育てた。
 そんな彼女の両親はどちらも魔人によって殺されたという。
 魔人に対する怒りや憎しみを捨てられなくとも、仕方がないと言えるだろう。
 リーン自身、両親を失って神殿に拾われ、その神殿も魔の軍勢によって攻め落とされ、各地を転々としたのだから、「恨みは捨てましょう」とか「憎しみは何も生まない」などと綺麗事を述べるつもりはない。
 憎しみは少なくとも魔と戦う気力を生んでくれる、と神官とは思えない事を考えているほどだ。

「落ち着いたら探してみてはどうです? 私も手伝いますから」

 ただ、他に何も考えないのもよくない、という気もしていたのでこんな言い方をするのである。
 落ち着く日は果たして来るのか、という事はこの際考えていない。
 リーンの心情を察したメリンダは困惑を顔に浮かべながら、

「それでも無理じゃないかな」

 と小さくつぶやいた。
 メリンダが弱気なのは凡庸で誰かの印象に残るのは難しい、という彼女の容姿に理由があるのかもしれない。
 実際男達の視線を浴びるのは大概リーンであり、そうでなければ立派な体格と風格を持つ戦士達であった。
 メリンダがリーダーだと知るとほとんどの人間はまず怪訝そうな顔をするのである。
 彼女は第一印象に限れば、とても独力で魔人を倒せる実力者には見えなかったのだ。

「戦いが終わったら……オシャレをしましょう」

 リーンは殊更力強く提案する。
 その勢いに押され、メリンダはついうなずいてしまう。
 戦いは一体いつになれば終わるのか、何を達成すれば終わりと言えるのか。
 そういった疑問は飲み込んで言わなかった。
 一方で男達の方はと言うと、武具の手入れを済ませるとさっさと寝てしまう。
 女性陣とは対照的だったが、体力の事を考えれば寝られる時に寝るというのは正しかった。
 翌朝、五人は合流して出発する。
 彼らの当面の目標は、この先しばらく進んだ先にある森の中の洞窟に本拠を置いているという、魔人の撃破であった。
 この魔人を倒せば近隣の人里の安全が、少しは高まるのである。
 やりすぎては魔王の注意を引く危険もあるものの、何もしないわけにもいかない。
 それだけ人類側の情勢は芳しくないのであった。
 人里を離れてそれなりに進んでいくと、モンスターの群れとばったり遭遇する。
 肉食の兎型モンスター、ブラッドラビットである。
 その体躯は人間ほどあるし、強靭な脚力を活かして俊敏に動き回り、黒い体毛は斬撃や打撃、弓矢による狙撃にも強い厄介なモンスターであった。
 メリンダ一行が驚きながらも緊張を強いられなかったのは、魔法に対する耐性は持っていないからである。

「【フリーズ】」

 つまりメリンダの魔法攻撃で簡単に一掃できるのであった。
 彼女が放った冷気でブラッドラビットの群れは一斉に氷像と化す。

「さすがだね」

「俺達の出番はなしか」

 カールとヴィンセントが苦笑交じりに賞賛する。
 体を張って仲間を守る事を役目とする彼らにしてみれば、物足りなさを感じるのは無理もなかった。
 しかし、メリンダはにこりともせずに口を開く。

「魔人相手じゃこうはいかないだろうし、貴方達はそれまで力を温存していて」

 その言葉に仲間達は顔を見合わせたものの、彼女が頑固だという事は知っているので反論は慎んだ。
 代わりというわけではないだろうが、ロナールは違う事を口にする。

「それにしてもこのあたりでブラッドラビットの群れとは……奴らのエサになるものなんてないはずだがな」

 警句とも言える内容に、一同の表情に真剣さは増す。
 ブラッドラビットは確かに人間も襲う獰猛なモンスターではあるが、本来は雑食性だ。
 森に生えている草や木の実、生息している小動物などを食べているので、そこから離れて人里付近までやってくるのは珍しい。
 一匹や二匹ならばまだしも、群れでとなると。

「ナニカに追い出されたか? それとも先遣部隊だったか?」

 ヴィンセントが思いついた可能性を言葉にした。
 前者ならば単により強いモンスターが森に住み着いただけであろう。
 わざわざブラッドラビットを追い出したくらいだから、すぐに人里にはやってこない可能性が高い。
 問題は後者だった場合で、送り出したのは十中八九魔人だ。
 そうなると、ブラッドラビットの群れを倒せる者がいる場所を教えてしまった事になる。

「魔人の先遣隊が単一モンスターだけで構成されているとは考えにくいけど……このへんは魔人の性格次第で変わるから、断言はできないしね」

 普通は斥候ができるスキルなり何なりを持ったモンスターを入れるのだが、冷酷な魔人だと平然と先遣隊を捨石のように扱うのだ。
 遠くない位置に魔人の本拠があるという情報を持っているが故に、メリンダ達は判断に迷う。
 やがてリーダーたるメリンダが意を決したように言った。

「仕方がない。ここは罠があると覚悟して進もう」

「異議なし」

 彼女の決断に全員が賛成する。
 彼女がリーダーと信用されているというだけではない。
 ここで彼らが引いてしまうと、後ろにある人里が襲撃されてしまう可能性がある。
 自分達の安全と引き換えに戦い方も知らない人が危険に脅かされる事をよしとするような性格であれば、魔の眷属と戦いながら旅をする道を選びはしなかっただろう。
 いちいち口にはしないが、メリンダ達は皆一種の矜持を持っていたのだった。
 彼らが道なき荒地を進んでいくと、やがて前方に森が見えてくる。
 立派な高さと幹の太さの木々は、季節の割に赤々と燃えるような葉を生い茂らせていて、メリンダ一行に不気味さを覚えさせた。

「さて鬼が出るか悪魔が出るか」

 カールはそうつぶやく。
 それを聞きつけたわけではないだろうが、前方より影が現れる。
 銀色の体毛を持つシルバーウルフ、二足歩行ができて人間と同等以上の格闘技術を持つというグラップベアーが五体ずつだ。
 たとえ十体が同時に相手と言えども、メリンダパーティーの敵ではない。
 されど、敵全体の数が分からない以上はむやみに力を消耗するわけにもいけなかった。

「それを狙って故意に戦力を小出しにしているなら、恐ろしい相手という事になるけど」

「そんな知恵者、未だかつてお目にかかった事がないな」

 メリンダの言葉をヴィンセントが受け継ぐ。
 魔の眷属で知略を用いる者と言えばソフィアとなるが、彼女はこの地にはいない。
 つまり彼らの「別に敵はそこまで考えていない」という判断は正しかった。

「何にせよ、メリンダは休んでいてくれ」

 ヴィンセントはそう言って鞘から長剣を抜く。
 太陽の光を浴びて刃が銀色の輝きを放つ。

「同感だな」

 他の男達もそれぞれ、斧と剣を抜いた。
 彼らの最大戦力であるメリンダの消耗をできるだけ抑える、というのがパーティー戦略の基本であった。

「無茶はしないでね」

 そして可能ならばこう声をかえたリーンの消耗もである。
 女性二人がまともに戦えなくなった時、それこそパーティーが全滅する時と言ってよいのだから。
 シルバーウルフは群れで狩りをするモンスターではあるが、異種であるグラップベアーが混ざっているせいで連携が機能していなかった。
 男達はそこを巧みに突き、一体ずつしとめていく。
 全てのモンスターが息絶えた時、男達はそれぞれかすり傷を負っただけであった。
 これならば女性陣の負担も軽く、まず大成功と言っていい結果である。
 傷を回復し終えた時、拍手の男が聞こえてきた。
 誰だと問う事なく、一行は音の方に視線を向ける。
 立っていたのは緑色の皮膚を持ち、赤い爬虫類のような瞳を持った一人の人型生物だった。
 だが、その体から放たれたれる禍々しい魔力が、その者が人ではない事を証明している。

「魔人か」

 メリンダの言葉にその者はニタリと粘着質な笑みを浮かべ、大きく首を縦に振った。

「俺は魔人グリュワース様だ。なかなかいい女がいるじゃねえか」

 赤く細長い舌を出しながら、リーンの方に双眸を向ける。
 女ならば誰もが生理的嫌悪を覚えずにはいられないような、下品な色合いを帯びていた。
 思わずリーンが両肩を抱いて後ずさりし、男達が庇うように視線上に立つ。

「あー、男はいらね。ついでに不細工な女もいらね」

 魔人グリュワースはそう言うと、真の姿に戻る。
 人型の輪郭がぼやけていき、緑を基調としながらも黒い模様がある大きな蛇へと変わった。
 その姿は人間達にとっても見覚えがあるモンスターである。

「ポイズンスネーク……の魔人か」

 毒攻撃を得意とする蛇型モンスターで、それ以外はさほど脅威ではない。
 ただ、魔人である以上、脅威でないはずの部分も大きくパワーアップしているだろう。

「そうだ。男はさっさと死ね!」

 グリュワースはそう言い放つと、体をくねらせると言うよりはしならせたと言った方がよい動作で、瞬時に間合いを詰める。
 魔人が真っ先に狙ったのはヴィンセントであった。
 攻守両面で活躍できる者を真っ先に狙ったのは、当然の判断と言える。
 けれども、それ故にメリンダに読まれていた。

「【シールド】【バリケード】」

 彼女は防御系の魔法を二つ、ヴィンセントの前に展開したのである。

「ぬうっ?」

 目に見えない障害に当たったグリュワースは、何が起こったのか理解した。
 そして構わずに突き進む。
 並みのモンスターならば跳ね返されたり逆にダメージを受けてしまうメリンダの防御魔法も、魔人の突貫攻撃は阻めなかった。
 もっとも、ヴィンセントにしてみればそれで充分だったのである。
 メリンダのおかげで攻撃速度は彼が防ぎとめられるくらいに低下したのだった。
 鋭く伸びた上下四本の牙は、彼の長剣によって食い止められる。
 そこに剣を持ったカールが側面から襲い、更に反対側からロメールが痺れ毒をぬった吹き矢を飛ばす。

「こしゃくなっ!」

 グリュワースが力を込めるとヴィンセントの体は浮き上がり、後方へと殴り飛ばされる。
 そして魔人はそのまま体を捻って、人間どもの攻撃を回避してしまった。
 ところが、それこそがこしゃくな人間の狙い通りだったのである。
 ポイズンスネークの魔人が攻撃を回避したと思い込み、一瞬動きを硬直させた瞬間を見計らってメリンダの魔法が放たれる。

「<……焼き尽くせ!>【エクスハラティオ】」

 白い業火の壁が広い範囲に渡って発生し、グリュワースの体を焦がす。

「ぐっ、おっ? に、人間が、こんな、力を?」

 魔人たる者が必死に耐えねばならないという攻撃に驚きながらも、グリュワースは全ての力を防御に回した。
 そうでなければ致命傷を受けると判断したのである。
 彼にしてみればとてつもない屈辱だったが、命にはかえられなかった。
 その間、人間達は追撃をしかけようとはしない。
 別に勝利を確信したわけではなく、メリンダの攻撃に魔人が耐え切った場合を想定しての事である。
 常に次の事を考えるのが若いながら修羅場をぐぐってきている彼らの強みであっただろう。

「ぬおおっ……」

 魔人は根性で耐えぬいたが、すさかずそこに追い討ちがかけられる。

「【コンゲラーティオ】」

 先ほどとは正反対の冷気攻撃であった。
 通常のグリュワースであれば耐え抜いたに違いない。
 しかし、エクスハラティオで大きなダメージを受けた直後の彼では無理だった。
 せめてもの意地か、氷像にされる事は避けたものの、力尽きてしまう。
 彼の死体が消えた時、牙だけが残った。

「ふー、弱い魔人で助かったな」

 カールが額の汗を拭いながら言うと、ロナールが苦笑する。

「弱い上に頭も悪い魔人だったな。そのせいで俺とカールは何もしてねえ」

 ポイズンスネークなのに最大の武器である毒攻撃をしかけないまま死んだのだから、頭が悪いと評しても謗りにはならないであろう。

「そうだな。しかし何か奇妙な気がする」

 メリンダは言葉にできぬ違和感と不安を覚えた。

「メリンダ?」

 仲間達の怪訝そうな顔と声に彼女は首を横に振り、微笑を浮かべる。

「いや、気のせいだろう。余力が残っているうちにここから離れよう」

「そうだな」

 彼女の提案に仲間達は即座に賛成した。
 魔人が死ねば、魔人に従えられていたモンスター達は散り散りになる。
 統制がとれなくなった以上戦いやすくなっているのだが、問題は数だった。
 これまでに少なからず体力と精神力を消耗している。
 数によっては厳しい戦いになるのは目に見えていた。
 こうしてメリンダ達はまた一人、魔人を撃破して凱旋したのである。
 ほとんどの人はこの事を知らないし、これからも知る事はない。
 後の世においてメリンダの偉業を称える文献や吟遊詩人の歌は数多く残されているが、残念ながら創作も多くあった。
 彼女が自身の功績を誇る性格でなかったのが最大の原因とされるものの、他にも理由はある。

「何だ、グリュワースはやられたのか?」

 突如として空から声が降ってきた。
 愕然として人間達が天を仰ぐと、漆黒の翼をはためかせながら、一匹の人型が空にたたずんでいる。
 鷲のような頭と翼を持ち、獅子のような四肢を持つ者。
 グリフォンの魔王アルマロスであった。
 それを知らずとも、かの者が放つ圧倒的な魔力は人間達の戦意を軽くへし折ってしまう。

「何となく気になって久しぶりにこの大陸に来てみれば、まさかこんな事態に遭遇するとはな」

 魔王アルマロスは怯えた表情で体を震わせる人間に、獰猛な一瞥をくれると地に降り立つ。

「まあ運はいいのだろうな。俺の配下の魔人どもを何人か屠ってくれたらしい奴らとは、こうして出会えたのだからな」

 魔王からの殺気が大きく膨れ上がる。
 この重厚で暴風のような重圧と比べれば、グリュワースのものは優しいそよ風か、それにも劣るものでしかなかった。
 人間達は目の前の存在が魔人より遥かに強い魔王なのだと、感覚で悟ったのである。

「に、逃げろ、メリンダ、逃げろ」

 最初に立ち直ったのはメリンダだったが、一瞬遅れて立ち直ったヴィンセントがそう声をかけた。
 正確に言えば、恐怖と絶望でかすれる声を必死に振り絞ったのである。

「で、でもっ」

 メリンダにしてみれば、苦楽を共にした仲間を見捨てるなどありえない行為だ。

「そうだ、メリンダ、リーン。お前らだけでも行けっ!」

 続いてカール、ロナールが叱責する。

「貴方達だけじゃ」

 なおも渋るメリンダの手をリーンが必死で掴み、一目散に走り出す。

「彼らの想い、無駄にしちゃダメ」

「リーンっ」

 二人の女性が離れていくと、アルマロスは口を開いた。

「満足か?」

「何だ、餞別代わりにあの二人を見逃してくれたとでも言う気かよ?」

 カールが軽口を叩く。
 そうでなければ今にも心が砕け散りそうであった。
 頂が見えぬ巨大な山が己を押し潰そうと迫ってきたとしても、目の前の魔王と戦うよりは生存率は高い。
 そんな考えがよぎってしまう。
 真面目なヴィンセントが何一つ注意しないのは、彼も全く同じ心境だったからだ。

「そうではない」

 魔王アルマロスは厳かに言葉をつむぐ。
 対峙している人間どものなけなしの勇気すら、砕きつくそうとするかのように。

「貴様らが何をしようと無駄だと教える為、あえて好きにさせたまで。あの二人も後で捻り殺してくれよう」

「はっ、させるかよ」

 三人の男は武器を構えたが誰も飛び掛らない。
 がむしゃらに突撃しても何もできないと本能で悟っているのだった。
 しかし、その判断をアルマロスは行動で嘲笑う。
 彼は人間達が認識できぬ速さで動くと、ロマールの頭を殴ったのである。
 魔王にしてみれば雑としか言えない攻撃であったが、された狩人は身動き一つできず頭部を粉砕されてしまう。
 残された二人が気づいた時にはロナールの首から上は吹き飛び、赤い血しぶきが宙を舞っていた。

「ろ、ロナール!」

 ヴィンセントとカールはせめて一矢を報いようと動き出す。
 魔王アルマロスにとっては、亀よりも遥かに鈍い速度に過ぎなかった。

「くだらん」

 彼が両拳を左右に突き出すと、それだけで残り二人の頭部が砕かれてしまう。
 女性陣を残る為に残った三人の男は、何一つできずにその生涯を終えた。

「さてと、あっちか」

 グリフォンの魔王たるアルマロスにしれば、残り二人が逃げている位置は視覚と聴覚の両方で用意に捕捉できる。
 そして、軽く羽を動かして地を蹴ると、あっという間に追いついた。
 二人の前方に回りこむと、女達が自分に気づけるように動きを止める。

「あ、あ……」

 ほどなくしてメリンダ達はアルマロスの存在に気がついた。
 その体が血に濡れている事も、濡れ方からして全てが返り血である事も歴戦の戦士である二人には理解できてしまう。

「カール、ロナール、ヴィンセント……」

 メリンダが目をつぶり、三人の名を漏らす。
 そこにアルマロスが冷徹な言葉を放った。

「実に無駄なあがきであった」

「くっ……」

 メリンダが死を覚悟して杖を構えると、リーンが彼女を両手で突き飛ばす。

「な、何を……?」

 思わず顔を見た最後の仲間である女性神官は、切なそうな表情で彼女を見る。

「誰かが逃げなきゃいけないなら、それはメリンダ。貴方でしょ」

「ま、待って」

 立ち上がろうとするメリンダを声で制する。

「魔法って本当にすごい技術だと思う。もっと進化させて。魔王を倒せるくらいにね」

「神官。次の足止めは貴様か?」

 アルマロスの声に身を震わせたが、それを一瞬で押さえ込んだリーンは健気にうなずく。

「ええ。ひょっとして待ってくれるのかしら?」

「ああ、何をしようと無駄だからな」

 強大な力を誇るが故の傲慢さ。
 それこそがメリンダが生き延びる一条の光であった。

「とは言え、いつまでも待つ気もない。死ね」

 三人の男を葬った拳で、女性神官の頭も砕く。
 やはり時間稼ぎすらできず、四人目も散る。
 魔王という存在の圧倒的な強さは、メリンダは身をもって知る事になった。

「くっ……」

 メリンダは目から涙をこぼしながら、リーンの最後の願いに従う事にする。

「ふっ、何をする気だ?」

 アルマロスは冷笑したが、次の瞬間表情が強張った。
 メリンダは会得したばかりの「テレポート」を使ったのである。
 魔王の知覚能力でも探れない遥か遠き地へと転移した以上、もはや追う事はできなかった。

「ぬっ……転移ができるとはぬかったわ」

 アルマロスは舌打ちしたが、すぐに気持ちを切り替える事にする。
 せっかく手に入れた新鮮な若い人間の死体を、残る配下達に与えるのだ。
 もっとも、意地汚い者が多いので、男達の死体はもう残っていないかもしれないが。
 グリフォンの魔王は、逃がした人間の事をすぐに忘れてしまった。
 ただし、忘れたのは彼だけで、仲間を皆殺しにされたメリンダの方は泣きながら復讐を決意する。

(絶対に、絶対に、仇はとるから)

 海が見える地で、メリンダはそう誓う。
 テレポートはまだ自分一人分しか移動させる事ができない。
 仲間全員を移動させられるまで磨いていれば、彼らは死ぬ事はなかった。
 そう責めずにはいられなかったのである。
 後の世でメリンダの伝説に創作が多いもう一つの理由は、彼女の仲間となった者はこのように死んでいる場合が多かったからだ。
 メリンダ・ギルフォードが絶大な功績を達成したのは紛れもない事実なのだが、その仲間達はしばしば全滅しているというのも動かせぬ現実だったのである。
メリンダの話をまともに書こうとすると長くなる現実が倒せない……。
それはおいといて、ネクライ5巻は10月31日発売予定でございます。
よろしくお願いいたします。
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