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ネクストライフ 作者:相野仁

第二章「新天地」

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四話「気づいたこと、気づかないこと」

 マリウスが国賓魔術師となって早くも十日がすぎた。
 身の回りに特に変わった事はなかったが、外交カードとして利用されているのだろう、とぼんやりと考えていた。
 変わったと言えば諜報部部長フレッグと大将軍グランフェルトが罷免になった。
 結果的に無事だったもののワイバーンの襲撃を察知出来ず、王と姫の身を危険に晒し兵に犠牲が出たとあっては、全く咎めないという訳にもいかなかったのだ。
 諜報部の後任はバーナード、大将軍はアシュトン。
 マリウスは知る由もなかったが、両者とも王家への忠誠心は薄く、権勢欲は強い者達である。
 彼らの狙いは王子や王女と自分の一族の男女が婚姻関係を結び、自身の立場を強化する事にあった。
 視野の広くない彼らにとっての当面の敵は王女と仲よくなりつつある得体の知れない魔法使い、マリウス・トゥーバンだ。
 模擬戦を見た者達からの情報で実力行使は無謀と悟った彼らは、追い落とすか、それとも味方に引き込むか、と色々と策を練っていた。
 全知でも全能でもないマリウスは、元の世界のフィクションでも急激に地位を得た人間は妬視反感を買う事が多いよな、と思うのがせいぜいであった。
 ロヴィーサ絡みの恋の鞘当までは想像出来ても、地位権勢にも絡んで来るとまでは読めていなかった。
 図らずも圧倒的な力を見せる形になって怯えらてしまった、という時点で思考放棄してしまったのが平和な国で生まれ育った人間の限界だった。

「おはよう」

「おはようございます」 

 マリウスは王宮の廊下ですれ違う侍従達にぎこちないながらもターリアント語で挨拶する。
 その上達速度ついては二人の女性教師が舌を巻いたし、他の人間にも好意的に受け止められているが、本人は釈然としなかった。
 元の世界で語学は決して得意ではなかったのに、異世界の言語はすぐ上手くなるなんてありえるだろうか。
 こちらの言語の方が易しいのかもしれないし、教師達が優秀なのかもしれない。
 そう思っても違和感は拭えきれない。
 こちらの世界のレベルが低い、などといった上から目線の考えは出てこなかった。
 文明やら科学技術はともかく人間の知的水準は高いように思える。
 だとすれば要因はマリウス自身だろうか。 
 変わったことと言えば「賢者」マリウス・トゥーバンになった事に他ならない。
 そこまで考えてあっと思った。

(ひょっとして賢者補正……?)

 元の世界との差が原因ではないというのなら、心当たりはもう一つしか残っていない。
 賢者補正。
 魔力の最大量と回復量の増加、消費魔力の減少、魔法の威力の向上、といった恩恵を受けられるものだ。
 他にも知力や魔法抵抗力の向上、状態異常への耐性、混乱効果ほぼ無効などがある。 
 このうち知力に関する部分が働いているとしたら説明は出来るのだ。
 頭がよくなったという実感はないが、ゲームでの魔法使いの知力と言えば基本的に魔法に関する知識を指す。
 そして魔道書を記す文字は古代文字なども含むという設定もあったはずだから、頭の良し悪しは変わらず語学力が変わった、というのはありえそうだ。
 戦闘にしか影響はないと思っていたし、実際これまでの生活に影響は感じなかったから失念していた。

(いや、何か変じゃないか?)

 かすかな引っかかりを感じた。
 思い返してみれば、何やらこちらの世界にきてから失念する事が増えた気がする。
 一つの可能性しか考えられないといった深刻なものではないが、今回の賢者補正のように「どうして思いつかなかったのか」といった事なら何度かあった気がする。
 背筋に冷たいものが流れるような感覚に陥り、思わず足を止めた。
 時折すれ違う侍従達が不思議そうな目を向けてきたが、気にしている余裕はなかった。
 すぐに思いつかない自分の鈍さがもどかしくさえ感じる。
 どうして次々と色んな考えが浮かんでこないのだろう。
 そしてそれにも関わらず焦らずに冷静なのは何故なのか。
 先ほどの考えが再度浮上してきた。

(まさかこれも……?)

 賢者は冷静沈着で混乱しにくい。
 さっき気づいたように補正が戦闘でない場面でも有効なのだとしたら。
 混乱という現象が戦闘での状態異常の事ではない場合も含まれるとしたら。
 それはつまり、一度に色々な事を「考えずにすむ」、「考えるのを防ぐ」という事ではないのか。
 自分の発案に全身が冷凍庫に放り込まれたような感覚にとらわれる。

(いや、でもまさか……)

 にわかには信じがたい、いや信じたくない事である。
 ゲームでの賢者補正や特殊能力は自身の能力を向上させたり、敵から受けるデメリットを打ち消す為のものだった。
 敵との初戦闘でも全く取り乱さず、倒す事が出来た。
 その事に違和感を持たない程に。
 だがここはゲームではなく現実で、山田隆司は死んでマリウス・トゥーバンとして新しい生活が始まっているのだ。
 賢者としての能力がプラスに働くとは限らないのは不思議でないのではないかもしれない。
 ゲームの時と同じではない、と何度も思い直す場面を経験してきた。
 つまりここにきて最大の障害に気づけたのではないか。

(自分の能力が最大の敵って皮肉だな……メモをまめに取るかな)

 消しゴムや修正液はないが、紙とインクはあるし支給もされるから気づいた事を書き記すのに不都合はあるまい。
 知らず知らずのうちに視野が狭まっている、という事態を防ぐ為に対策を考える必要がありそうだ。



 

 今日もターリアント語の勉強である。
 ロヴィーサは遅れるという事でヘルカと二人きりで始めていた。
 まず習ったのはフィラート王国の歴史だった。


 星暦八九一年 魔王ザガンによってターリアント大陸の人類国家は滅亡する
 星暦九二二年 勇者ベルンハルト・フィラトニアと魔法使いクラウス・アドラーが魔王ザガンの封印に成功
 星暦九二四年 勇者ベルンハルトがフィラート王国を建国
 星暦一〇四三年 ベルンハルト三世が即位


 ヘルカが読み上げる歴史を聞いていたマリウスは動揺を押し殺すので精一杯だった。

(アウラニースが復活していない? 魔王ザガン? と言うかここは未来の世界だったのか?)

 ゲームでは名前だけの存在だった魔王ザガンが、アウラニースに代わりこの大陸を滅ぼしていたという歴史は衝撃的だったが、同時にどこかで冷静なマリウスもいた。
 これも賢者補正かと思いつつ、マリウスは道具袋などの代物がゲームの世界の時代より衰退している理由に得心していた。
 この世界の人類国家は一度魔王の手で滅ぼされていたのだ。
 だから道具などが衰退していたり、生態系におかしな部分があったり、歴史が断片的なのかもしれない。
 魔王の力とはそれ程までに凄まじい爪痕を残す。
 皮肉な事にその部分に関してはマリウスが知っている事と符合する。
 異なっているのは滅ぼした魔王の名と、この大陸の人間の手によって倒されているという事だ。
 マリウスは魔王アウラニースはどうしたのかと思いつつ、他に気になった事をヘルカに尋ねた。

「勇者ベルンハルト・フィラトニアって……」

「はい、姫様の祖先です。今上陛下が名をいただいた、伝説の英雄の一人ですわ」

 なるほど、とマリウスは小さく頷く。
 王家が伝説の勇者の子孫ならば、王宮で見かける人達が誇り高そうなのも何となくは理解出来た。
 元の世界での小説などでよく見た例である。
 自分がした訳でもない事を誇るのは筋違いな気もするが、それを言うならマリウス自身も今の強さは努力で手にした訳ではないのだ。
 自身に火の粉が降りかかって来ない限り、また王家から正式な要請がない限りは手も口も出すべきではないだろう。

「マリウス様」

 ヘルカに呼ばれたので振り向くと、彼女の顔がそばにあって唇と唇が触れ合いそうになった。
 寸前で止まると、折りよくロヴィーサとエマが扉を開けて入ってきた。
 「事故です」という言い訳と二人の記憶を消す魔法を使う事の二種類の選択肢がとっさに浮かんだが、二人の厳しい目はヘルカの方に向いているのに気づいて様子を見る事にした。

「ヘルカ、今度はどんな悪ふさげなの?」 

 ロヴィーサがわざわざファーミア語で喋ったという事は、マリウスに非がないと分かっているという意思表示だ。
 そう気づいて安堵したものの、どうして一目で気づいたのかという疑問がわいてきた。

「マリウス様、女性」

 言い訳がターリアント語だったので断片的にしか聞き取れなかったが、どうもマリウスが女に興味あるか試したかったらしいと察した。
 以前にいきなり「おっぱい」ときたのも似た理由かもしれない。
 つまり、マリウスの反応を知る為の悪ふざけだったという事だろうか。

「どうぞ」

 エマがカカオ茶を淹れ、ぎこちないファーミア語ですすめてくれた。
 この才色兼備な侍女はマリウスが国賓魔術師に選ばれてから、猛特訓でファーミア語の習得に励んだらしく、簡単な言葉ならはっきりと分かるようになった。
 間を持たせる為にもカカオ茶を一口飲むと相変わらず見事なまでに美味しい。
 何故エマ程の女性が侍女をやっているのかと思ったが、ここまで優れているからこそ侍女に選ばれたのかとすぐに思い直した。
 結局、この日はヘルカがロヴィーサに絞られたので、エマとぎこちないやりとりをしながらこれまで教わった事の復習をした。




「ヘルカ、何を考えてるの!?」

 マリウスへのターリアント語講座が終わった後もロヴィーサの怒りは収まらなかった。
 騎士の妻が他の男、それも国賓魔術師と接吻するのは由々しき事態になりかねない。

「何って国益ですよ。マリウス様の心の壁を取り払う為にね」

「やっていい事と悪い事があるでしょう? それにマリウス様に関しては未知の材料が多すぎるわ」

 悪びれる気配のないヘルカに、エマも追及に加わった。

「おっぱいって言った時の反応といい、今回といい、女性には興味ありそうですけど」

「そういう事じゃないわよ」

 エマの目尻がたちまち吊りあがる。

「だってマリウス様の事を難しく考えすぎじゃないの、みなさん」

「ヘルカ……どういう事?」

 別方向への話題転換を許さないと睨みながらもつい訊き返してしまったロヴィーサ。

「マリウス様が何の考えもなく、たまたまここに流れ着いただけ、という可能性を失念してるのでは? と申し上げているのです」

「は?」

「え?」

 エマとロヴィーサはとっさにヘルカの言葉が意味する事を理解出来ず、何度も目を瞬かせた。
 何秒もの沈黙の後、エマが口を開いた。

「だってあれ程の実力者が、偶然この国に漂着したとか……まさかそんな」

 一体何を言い出すのか、というのがロヴィーサとエマの正直な意見だった。
 マリウスの事については揉めに揉めている。
 王の決断は英断とされたが、あくまでも表面上で内心では疑念や不満を抱いている者は少なくない。
 マリウスに知られた場合、責任を取れないから表面化するのを皆で防いでいると言うべきなのが現状だ。

「時計とか、知らなかったのでしょう? 子供や魔人でさえ知ってるような事を知らなかったっていうのが逆に何もない証だと思うのよ」

 ヘルカの反論にエマは再反撃出来ずに沈黙した。
 言われてみればそうだ。
 間者であれば時計や時間の概念さえ知らないふりをする理由が思いつかない。

「本当に知らなかったか、あるいは忘れてたのではないですか? 魔法修行のやりすぎでね」

 確かにありえそうだ、という事はルーカスやニルソンを見ても分かる。
 マリウスが聞いていればよく言ってくれた、と拍手したくらい的確な援護射撃だった。

「……妾達は考えすぎていたと言うの?」

 ロヴィーサが半ば呆然としたようにつぶやいた。

「断言するには早いかと存じます。しかし、否定するだけの根拠もないはずですわ」

 馬鹿馬鹿しくなるような単純で、だからこそ誰も本気で考えていなかった可能性は、実のところ誰も反論しきれないような説得力があった。
 少なくともロヴィーサとエマはそう思った。

「マリウス様に悪意はなく、この国に益をもたらす存在であるのなら、姫様とて不満はないでしょう?」

 何が、とは口にしなくてもこの場にいる者には通じる事だった。

「ええ。マリウス様がこの国に害がないのならば、確かに素晴らしい方ね」

 ロヴィーサが頷く。
 能力面では全く不満はないし、性格も悪くはないように見受けられた。
 国益に貢献する気があるのならば、ロヴィーサが嫁ぐ相手としては申し分がない。
 彼女にしてみれば故国にとってどんな存在か、という点だけが気がかりだった。
 王女たる自分が国に害をなす者と結ばれてはならない、というのがロヴィーサの決意である。
 そしてその事を侍女だったヘルカはよく知っていた。

(姫様はこれでよし、と。ボンクラ貴族より何のしがらみのないマリウス様の方がいいだろうし……)

 二人の仲を縮める事についてはロヴィーサ相手だと何の意味もない。
 私情を王女としての使命感で抑え込んでしまうからだ。
 だからマリウスをその気にさせ、せいぜい他の男の風除けになってもらおうと考えていた。
 国賓魔術師が相手となれば貴族達へのいい牽制材料になる。

(マリウス様には悪いけど、私の忠誠心は姫様だけで一杯なのよね)

 マリウスに露骨で過激なまでのちょっかいをかけるのは全て忠誠を誓うロヴィーサの為だ。
 マリウスこそが化かし上手の大狸だという可能性もあるが、考え出したらキリがない事で、油断さえしなければいい。
 そう考える一方でヘルカは、まんまと二人の追及を免れた事でこっそり舌を出した。
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