挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

160/185

脳筋

 臨時の剣闘祭はキャサリンの優勝で終わった。

「ダメだな」

 そうつぶやいたのは何とアウグスト三世である。
 娘のキャサリンが優勝し、残り三人のうち二人が準決勝まで勝ち進んだというのに彼は不満そうだった。
 表彰式が終わった後、ボルトナー人四人は王に呼び出される。
 彼らが向かったのはボルトナーにあてがわれた宿舎の中で、ひときわ豪華な一室だった。
 キャサリンは単に怪訝そうにしているだけだったが、他の三人の若者達には軽い緊張に身を包まれている。
 一般人の彼らにしてみれば、王族というものは天の住人にも等しい。
 ましてや、成績次第では登用があるいうふれこみの大会で、かなりの好成績をおさめたのだ。
 期待してしまうのが人情というものだろう。
 王女たるキャサリンが楽観的な態度だったのも原因だ。
 幼い彼女は、褒められるかは分からないが、怒られる事はないと考えていたのである。
 もっとも、キャサリンを責めるのも酷というものだろう。
 何故ならばアウグスト三世が四人の出場者を叱責するつもりでいるなど、当の本人しか分からなかったからだ。

「来たか」

 集まった四人をアウグスト三世は厳めしい表情で、順に見ていく。
 この時初めてキャサリンは「おや」と思った。
 娘たる彼女は、父親の不機嫌さを明敏に感じ取ったのである。
 他の三人もどうやら労い以外の事があるらしいと悟り、背筋を伸ばす。

「まずキャサリン。あの戦い方は何だ」

「はっ……」

 キャサリンはとっさに言葉が出てこない。

「何故いちいち相手の攻撃を受けてから反撃したのだ?」

「えっと、相手の立場を考慮して……」

 重ねて問われ、しどろもどろに弁明する。
 彼女が本気でやっていれば、恐らく決勝戦以外で当たった選手は何もできずに昏倒していただろう。
 腕試しも何もあったものではない。
 そう思って自重したのだった。

「思い上がるなっ!」

 王は一喝する。
 キャサリンはびくりと体を震わせただけだったが、他の三人は魂まで震えあがるような気持ちになった。
 それほどまでに迫力があったのである。

「敵を倒すのに全力を尽くせとあれほど教えたではないか」

「申し訳ありません」

 王女は言い訳せず、目を伏せて謝った。

「攻撃と防御は分けるな。攻防一体の動きこそが基本だと言ったな?」

「はい。申し訳ありません」

 他の三人は呆然と親子のやりとりを聞いていた。
 圧倒的な強さで優勝した王女が叱責されるならば、自分達は何を言われるのだろう。
 彼らの背中に冷たいものが流れる。
 好成績を残しても叱られる事に不満はない。
 彼らの精神構造はそんな風にはできていないのだ。
 マリウスが知れば、「骨の髄まで脳筋なのか」と呆れたかもしれない。
 キャサリンを一通り叱り終えた後、王の視線は他の一人へと向けられた。
 来たかと生唾を飲み込み、より一層背筋を伸ばす。 

「お前達はご苦労だったな。希望者は正規兵士として取り立てよう」

 三人は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 数秒の間をおいて、喜びがじわじわとこみあげてくる。
 何故キャサリンだけ叱られたのか、という疑問は刹那のうちに消えてしまった。

「希望者はモルト侯爵に申し出るように。下がってよろしい」

 三人は慌ててお辞儀をし、喜びと興奮を隠し切れない様子で部屋を出ていく。
 扉が閉まった後、アウグスト三世は改めて娘に向き直った。

「お前は余を超える器だ。だからこそ慢心せず精進を続けてほしいのだ」

「父上……」

 キャサリンは愛情に溢れた父王の言葉に胸を打たれ、目を潤ませる。
 アウグスト三世は照れくさそうに何度も咳払いをした。

「今大会の出場者のような相手を慮って手を抜くのは、驕りの始まりだと戒めてくれ」

「かしこまりました」

 キャサリンは晴れやかな顔で一礼をする。
 彼女とて優勝したのに叱責ばかりでは、あまり面白くない。
 多大な期待と愛情の裏返しだという事でやっと納得できたのだった。

「ところでキャサリン、話は変わるがな……」

 単純明快で豪快な父親が珍しく言いよどむのを見て、王女は目を丸くする。

「父上、どうかなさいましたか?」

「いや、余は興味があるのだ。アウラニースと殴り合うのは楽しいかと」

 父の疑問を聞いたキャサリンは、頬を緩めながら答えた。

「父上でもアウラニースに殴られたら即死ですよ」

「そうか……そうだよな。それは分かってはいたんだが……」

 納得したようなしていないような表情でうなずきながら、アウグスト三世は娘に尋ねる。

「もし余が殴り合いを申し出たら、アウラニースはどう出るかな?」

 これにはキャサリンが困ってしまう。

「あの、アウラニースは弱い者に挑戦されても無視するそうです。あの者から見て父上がどういう存在なのかまではちょっと……」

 申し訳なさそうな顔をしながら答えた娘に対して、父王は

「ふむ。では直接訊いてみようか」

 と言って立ち上がった。

「え? 父上、もしかして?」

 驚くキャサリンを置いてアウグスト三世は部屋を出る。
 そしてマリウスやアウラニースがいる部屋へと向かった。
 ノックもせずに扉を開くや否や、大声で叫ぶ。

「頼もう! アウラニースに決闘を申し込むっ!」

 部屋の中にいたのは、マリウスと妻達、そしてアウラニースである。
 彼らはフィラートに出された果物を賞味している最中だった。
 指名されたアウラニースは、桃を飲み込んでから口を開く。

「だが断る。もっと強くなって出直してこい」

 そしてまた桃を頬張り始めた。
 部屋の中に沈黙が舞い降り、マリウスは居心地の悪さを感じる。
 ロヴィーサとバーラも似たような様子だ。
 一方、アウグスト三世は諦めずに食い下がる。

「娘を鍛えてくれているそうだな。余も鍛えてもらえないだろうか?」

 あんた国王の職務は、と思ったのはマリウスだけではない。
 とマリウスは思いたかった。
 アウラニースは再び口を開く。

「断る。お前はキャサリンほどの伸びしろはない」

「何故分かる?」

 アウグスト三世は諦めなかった。
 アウラニースは舌打ちをする。
 忘れがち、と言うよりはあまり知られていないと言った方が正しいが、彼女は決して気が長くない。

「見れば分かる。鬱陶しいから帰れ」

 はっきりとした拒絶がぞんざいな言葉に込められていた。
 空気が不穏なものへと変わっていく。
 慌てたのはマリウスである。
 アウラニースが他国の王を傷つけたとなれば、まずいなどというレベルではすまない。

「おい、アウラニース」

 マリウスの声にもう一度舌打ちしたアウラニースは、アウグスト三世を睨みつけた。

「マリウスに免じて許してやる。さっさと消え失せろ」

 殺気はこもっていなかったが、アウグスト三世の心理を圧するには充分だったらしい。
 青ざめて脂汗を額ににじませながら、無茶な行為をしたボルトナー王は去って行った。

「少しも俺に免じてなかっただろう……」

 マリウスとしては抗議せずにはいられない状況だったのである。
 断ってもしつこく食い下がられる鬱陶しさは理解できるのだが。

「気絶させて叩き出さなかった分、譲歩はしたぞ」

 アウラニースは悪びれるどころか、誇らしげに胸を張った。
 マリウスは感謝するべきなのか、それとも叱りつけるべきなのか迷ったが、十秒後礼を言った。

「ああ、ありがとう。できればもう少し考えてくれると助かるな」

「ふん。理由をつけてオレとの戦いを避けている奴に言われたくはない」

 アウラニースはそう言ってソッポを向く。
 皮肉ったのではなく、拗ねているのだと表情や声の調子で分かった。

(全然ごまかせていなかったのね……)

 マリウスとしてはバツが悪い。
 とりあえず頬をかいて曖昧な笑みを浮かべたが、ちっとも事態は変わらなかった。

「分かった分かった、俺も気をつける。お前も気をつけてくれ」

 仕方なく言うとアウラニースはパッと振り向き、にやりと笑う。

「言質は取ったからな?」

「…………」

 はめられた気がしてしまうマリウスだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ