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ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

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剣闘祭

 剣闘祭開催予定の通知がトゥーバン王国に届いた。

「剣闘祭って別の年にやるものじゃなかったっけ?」

 それがマリウスの第一声である。
 疑問に答えたのはロヴィーサだった。

「ええ。通例ならそうなのですが、今回は人材発掘を主眼に置くようですね」

 魔人の侵攻などで多くの人間が死に、その打撃から立ち直っていない。
 一年足らずで回復できるような被害ではなかった。
 失われた人材を少しでも穴埋めする為、野に埋もれている才能を探そうという試みである。
 通常の大会であれば、各国えりすぐりの猛者達による高度な戦いが繰り広げられるのだが、今回はそういった者達に参加資格は与えられない。
 参加資格があるのは、各国の軍に所属しておらず、また過去の剣闘祭に参加した事がない物に限られている。
 好結果を出した者をその国で新しく召し抱えるのはどうか、という事だった。

「……一応聞くけど、この国に有力な人材はいそうなのか?」

 飾りに近いとは言えマリウスは国王である。
 気になったのも無理はない。

「残念ですが」

 エマが目を伏せ、首を横に振った。

「この国は難民を受け入れる形でできあがったようなものですからね。戦える者もいるでしょうけど、期待するのは酷ではないかしら?」

 そう言ったのはバーラである。
 もちろん難民以外にも移住者はいるが、戦力と各国で認識されていた者は皆無に等しい。
 実力者を引き抜くような形になる事は避けたからだ。
 一応正規の訓練は実施されてもいるが、やはりフィラートやランレオの精鋭と同列には扱えない。
 盗賊やゴブリンを追い払うので精一杯だろう。
 もっとも、どの国だって攻めようとは考えもしないだろうから、それで充分だという見方もできる。

「ま、仕方ないよな」

 マリウスは肩を竦めた。
 国家の機微というものに詳しいわけではないのだが、そういったものがある事くらいは知っている。
 だから何も言わない。

「マリウス、出てみる?」

 ロヴィーサが悪戯っぽい表情で提案してくる。

「出ていいのか?」

 マリウスは軽く驚くと、バーラがすかさず言った。

「魔法は禁止だけどね。ああ、身体強化と回復はいいけど」

「攻撃や防御は禁止?」

 マリウスの問いに皆は一斉にうなずく。

「じゃあ無理だな」

 マリウスはすかさず言った。
 身体強化をしたところでたかがしれている、というのが自己分析である。
 そもそも剣闘祭の開催目的を考えれば、マリウスに参加資格があるはずもない。
 それを理解した上でロヴィーサは冗談を言ったのだ。

「一応言っておくが、お前も資格はないぞ。アウラニース」

「うん?」

 バナナを頬張っていたアウラニースは、飲み込んでから口を開く。

「強い奴は出ないんだろ? 興味ないぞ。魔王が出てくる大会なら興味はあるが」

「そんなもん、人間が開けるか」

 マリウスは礼儀的にツッコミを入れてから、妻達に言った。

「参加選手を集めるところからだよな? どうするんだ?」

「立札で公募しましょ」

 ロヴィーサが答える。

「それで集まるのか?」

 マリウスが首をかしげたのはもっともだと言わんばかりの表情で、バーラが返事をした。

「軍に所属している人間は参加できないからね。在野の人間に広める手段は限られているし」

「在野の人間にどれくらい期待できるかな?」

 マリウスが期待を込めてつぶやくと、

「高望みはしない方がいいわよ」

 ロヴィーサが冷淡に切り捨て、他の面子も一斉にうなずく。
 目を丸くしたマリウスにエマが解説する。

「武勇に優れていて仕官する意思がある者であれば、とっくに主人を持っているでしょう。今野にいるとすれば、能力かやる気かのいずれかが不足している者達です。精進して力をつけた者、何らかの事情で仕官をする必要が生じた者がいないとは言いませんが、何人もいるとは思えません」

「問題を起こして職を追われた者ならいるかもね」

 ロヴィーサがそうつけ加えた。
 世の中、そんなに甘いものではない。
 それを承知で開催が提案されるほど、人的資源の不足は深刻なのだろう。
 マリウスはそう見当をつけた。
 ただ、この時どうして参加する気があるのか問われたか、思いつく事もなかったのだが。


 予想よりは参加者は多かったものの、見どころがない予選を終えてマリウス達は剣闘祭へと向かった。
 魔演祭の時と同様、各地から王族が集まって観戦するのである。

(この世界の王、実は暇なのか?)

 マリウスがこんな疑問を持ったのは無理からぬ事だろう。
 もっともただ単に人材の有無を確認するのではなく、その後の情報交換なども行われる。
 ある意味ではそちらの方が大切かもしれない。
 馬車の中でロヴィーサとバーラの膝枕を交互に楽しみながら、マリウスはそう思った。
 アウラニースは同行していない。
 馬車で移動するという行為に意義を見出せなかったらしい。

「一瞬で移動できる手段があるのに、どうしてわざわざ時間をかけるんだ?」

 心底不思議そうな顔でロヴィーサ達に尋ねていた。
 彼女が本気を出せば一瞬で移動できる。
 これはマリウスも同様だ。
 何故ならば、今大会の開催国はフィラート王国なのだから。

「王族としての様式美みたいなものかしら」

 ロヴィーサが言うとバーラも首肯する。

「アウラニースが強い相手としか戦いたくないようなものよ」

 その言葉で魔王の表情が納得したものに変わった。

「なるほど、貫くべき美学みたいなものか」

 何か違うと全員が思ったが、誰も訂正はしなかった。
 正しく理解させる事の困難さに皆が気づいていたからだろう。




「懐かしいな」

 フィラート入りしたマリウスの第一声にロヴィーサとエマが目を細める。

「そうね」

 妃と侍女にとっては生まれ故郷であり、マリウスにとっては転生地点だ。
 この国で暮らしていたのはつい先日の事のように思える。
 マリウスにとってはほんの数カ月であったが、二人の女性にとっては人生のほとんどを過ごした国だ。
 感慨深さはひとしおだろう。
 応対した兵士や街ゆく人達は残念ながら見覚えがない。
 かつて知り合った兵士や将軍は異動したか、退役したかだろう。

「こうしてフィラートを見ると、我が国はまだまだだと実感するわね」

 そう感想を漏らしたのはバーラだった。
 彼女は感傷を抱く事はなく、冷静にトゥーバンとフィラートの差を見極めている。

「そりゃ、一応大陸一の国だし」

 マリウスはそう言ったが、バーラは引き下がらなかった。

「甘いわ。追いつき追い越せと頑張らないと永遠に発展しないわよ」

「そんなものかね」

 己の政治感覚の至らなさを自覚しているマリウスは、妻には逆らおうとは思わない。

(俺がほとんど仕事しないんじゃ、無理じゃないのかなぁ?)

 そう思っても口には出さなかった。
 王として政治家としての手腕は、残念ではあるものの、魔法使いとしては比類がない。
 少なくともマジックアイテムの開発では役に立てるはずだった。
 西方にいるイザベラという少女には及ばないにしても。
 ところが、現状ではそれすらしていない。
 ある意味最大戦力が全く機能していない状態なのだから、他国に追いつけないのは当然ではないだろうか。
 やはり口には出せなかったが。
 ロヴィーサやエマは分かっていて放置しているのだろう、と思っているからだ。
 信頼していると言えば聞こえはいいが、コミュニケーションが不足している事は否めない。
 マリウスは己の未熟さを理解し、遠慮しているのだが、それが裏目に出ている。
 ロヴィーサ達も優先すべき事が多すぎて後回しにする形になっていた。
 夫婦間に溝が生じない事が不思議なほどである。

(そろそろ一回くらい、喧嘩するように仕向けた方がいいのかなぁ?)

 エルは主人とその配偶者達の様子を見ながら、そんな事を考えていた。
 両者の仲にひびが生じないのは己のヘイト管理が上手くいっているから、という自惚れは持っていない。
 まだまだ遠慮し合っている部分があるからだ。
 親しき仲にも礼儀あり、という言葉が人間社会に存在するように、夫婦と言えども最低限の遠慮はあってしかるべきだろう。
 エルの見立てでは三人はそれがやや過剰気味といったところだ。
 真に気の置けない仲になる為にはひと波乱あった方がよいだろう。
 となると妻達をつつく方がいい。
 マリウスの行動は、今一つつかめないところがあるから。

(とりあえず剣闘祭が終わってからにしようかなぁ)

 エルはのほほんとした顔でそんな事を考えていた。


 フィラートの王都に馬車が入った時、盛大な歓声が沸き起こる。
 マリウスとロヴィーサは、フィラート国民にとって敬愛すべき存在だったのだ。

「耳が痛い……」

 マリウスは顔をしかめたが、それが照れ隠しだと女性陣は見抜く。
 頬が緩んでいたのだから簡単だ。
 バーラ達はきっちり防いでいたあたり、慣れを感じる。

「マリウス人気凄いわね」

 バーラはそう言って口元を綻ばせた。
 それがいつか見た、魔法狂のものだとマリウスは感じ、慌てて否定する。
 結婚出産し、すっかり落ち着いたはずだ。
 そのはずだと。
 大切な事だから二回言い聞かせておく。

「世界を救った英雄だから当然ね」

 ロヴィーサがそう言い、女性陣が一斉に首を縦に振った。
 純粋に誇りに思っているようで、マリウスは居心地が悪く感じる。
 このあたり、いつまで経っても変わらない。
 変に慣れて当然だと思うようになるよりは好ましい、と女性達は思っていた。
 そんな空気を打破するべく、マリウスは口を開く。

「そう言えば各国の参加選手一覧ってある?」

「ええ。どうぞ」

 エマがすっと差し出してきた書類を見る。
 知っている名前なんてないだろうな、と思いながら目を通していくと

「は?」

 とある一点で止まり、間が抜けた声を出していた。
 見覚えのある名前があったからだ。
 その名をキャサリン・ヴォン・ボルトナーという。
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