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ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

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同盟

 夜の帳が落ち、人々は夢の世界へと旅立っている。
 しかし、何事にも例外はつきものだ。
 トゥーバン王国の王宮の一角で、影が集まっている。

「いい加減、エルは何とかすべきじゃない?」

 ロヴィーサが言うとエマがうなずく。

「確かに彼女の功績は立派です。それは否定できません。でも、陛下をないがしろにするようなふるまいは行き過ぎています」

「陛下は何かあるとエルに相談するから……」

 バーラが寂しそうな表情を浮かべる。
 それが悩み事の一つだ。
 嫉妬しているようでみっともないという自覚はあるが、王の相談がたった一人に集中するのが好ましくないのも現実である。
 そうなると頼りにされていない、軽んじられている、と考え始めるのが人情だった。
 そして自分達ばかりか妃達も同様だと。
 さすがに彼女達はそんな事はないのだが、全ての官吏がそういう訳にもいかない。

「陛下にそのあたりの感覚を求めるのは酷だと承知しているけれど、あの狡猾な腹黒淫魔が知らないはずはないわよね?」

 バーラが言うと、ロヴィーサとエマがうなずく。

「以前、マリウスを敵視する貴族勢力を、同性愛疑惑で破滅させるという手をとった事があるの。人間社会に詳しくない輩では、発想すらしないでしょう」

「つまり、分かっていてあえて指摘しないのです。その理由が私には分かりません」

 エマが悔しさと申し訳なさがまざった顔で言う。

「これくらいで不満を持つような輩はいらないって事かしら?」

 バーラが首をかしげると、エマが首を振る。

「人間を知っているならば、考えない事です。何故ならば、大概の人間とはそういう生き物だからです。昨今の陛下やエルの振る舞いを見て、何か深謀遠慮があるのだと思う者は、ごく稀でしょうね」

 だからこそ彼女達は頭を痛めているのだった。
 マリウスに直接指摘すれば、改めるだろう。
 どれだけ欠点があろうと、他人の真剣な忠告を無視するような男ではない。
 そうでなければ、どれだけ強くとも一国の君主として認められる事はなかっただろう。
 マリウスは知らない事だが、単に強いだけの男が一国の王となった事はあっても、周囲に認められた事はない。
 それがターリアント大陸の歴史だった。
 エルがその事に無知だと言えないのは、これまでの事で証明済みである。
 彼女は明らかに人間社会に精通していて、手玉に取る方法も知っていた。
 そんな存在が何故、宮廷に不和をもたらすような行為をやっているのか、彼女達にとっては理解に苦しむ。
 だからこうして集まったのだが、なかなか狙い通りにいかなかった。

「何でオレまでこんな事に……」

 女性陣の中で会話内容に不満を漏らした者がいる。
 美味しい食べ物を条件に誘い出されたアウラニースだった。

「陛下があなたとまともに構えるのを避けているのは気づいているでしょう?
どうやって避けるべきか、入れ知恵をしているのがエルなのよ?」

 エマが言うと魔王はつまらなそうに答える。

「ふん、マリウスが戦いたくないからだろ。別にあいつがオレをどうこうしようって訳じゃないだろうに」

 そのあたりのやりとりを知っているはずがないがないのだが、ずばり的中している。
 この女の勘は外れないのか、と女達は慄然とした。
 彼女達はアウラニースの恐ろしさを知ってはいるが、理解はしていない。

「それよりゴブリンやオークども、何で誰もオレを選ばなかったんだ。そっちの方がありえないだろ」

 アウラニースは突然怒気を発する。
 遠くでマリウスが跳ね起き、「あ、この気配はアウラニースか」と安心し、再び夢の世界に帰った。
 そういう訳だから、近くにいた女性達は冷や汗で全身がぐっしょりとなってしまう。
 だが、何も言わない訳にはいかないので、ロヴィーサが指摘する。

「だってあれじゃ無理でしょう。何故ゴブリンやオークが、若い人間の女ばかりを狙うと思ったの?」

「え? メスがいないからじゃないの?」

 きょとんとした顔で答えが返ってきて、皆はずっこけた。

「仮にそうだとしても、襲う実績がある方にすればよかったのよ」

「嫌な話だけど、若い女を襲うのは本能になっているんだろうし。全くの未知の存在を出しても食いつく事はないと思うわ」

「む~。新しいものを見たらまず試せよなー」

 アウラニースは不満そうだった。
 未知のものは試すのが彼女にとっては常識なのである。
 試す勇気がない者がいるとは、想像すらしていなかったに違いない。 
 そんな相手に女性陣は苦笑してしまうが、アウラニースは別に馬鹿でも鈍い訳でもなかった。

(この流れ、何となーく作為的なものを感じるけどなぁ……)

 アウラニースは果物を頬張りながら頭の中でだけ、思っている。
 彼女から見たエルは、狡猾で腹黒で、それで生きていたような存在だ。
 そんな奴が自分の身を危うくする事に気がつかないのは、不自然ではないだろうか。

(指摘してもこいつらは止まりそうにないな。何となくだけど)

 アウラニースはそう感じたので、余計な事は言わない事にした。
 更に言えば、女達がここで止まっても、エルは何かをしかけてくるだけではないか、と思ったのである。

(何となくだけどな)

 根拠はないし、この面子に何らかの義理があるわけではない。
 だからアウラニースは、食欲を優先させる事にした。
 結局、これ以上魔王の意見が求められる事はなかったのだが、誰にとって失敗だったのか、すぐに結果は出ない。

「とりあえず、今後はもっと団結していきましょう」

 ロヴィーサが言うとバーラがうなずく。
 ここに「対エル同盟」は結成された。

「本当はゾフィやアルにも協力してほしかったんですが……」

 エマが無念そうに言う。
 ゾフィとアルには断られたのだった。
 二人とも「エルを敵に回すのは嫌だ」と言ったあたり、敵は強大だと言わざるを得ない。
 女性陣はそう思っている。
 しかし、もはや事態は看過できぬところまで来ていた。

「今回の件、女性犯罪者への抑止力は充分だと思うけど、男性対策はどうするんだって話よ」

「まあ、陛下とアウラニースが創造した個体なら、男性犯罪者くらい一ひねりなのかもしれないけどね」

「もしそうだったとしても、一言言っておくべきですよね」

 バーラ、ロヴィーサ、エマが言いあう。
 一応、レミカとアイナもいるのだが、全く発言していない。
 これは気後れしてしまっているからだった。

「あなた達は何かある?」

 それと気づいたロヴィーサが水を向けるが、二人はふるふると首を横に振る。
 彼女達が思いつきそうな事は、既にあげられてしまっているからだ。
 その事に気づきながらも頼りないと思ったロヴィーサとエマは、平常心を欠いていたと言えるだろう。




 一方、同盟の結成をアルに聞かされたエルは言った。

「思ったより遅かったわねぇ。エマが色ボケしていたのが原因かしら? 計画を修正した方がいいかと思い始めたところだったわよ」

 それを聞いたアルが変な顔をする。

「分かっていたの?」

「当たり前でしょ。何の為に煽って見せたと思ってるのよ。あの人達にはせいぜい、団結してもらわないとね」

 余裕たっぷりの僚友に対してアルは、余計なお世話だったかと思いつつ、気になっていた事を告げる。

「何故かアウラニースも参加していたわよ?」

「そりゃ、ご主人様に知られずに私をどうこうしたいなら、アウラニースかゾフィ様を誘うでしょうよ。アイリス、ソフィアはこういう事に興味ないでしょうし、あなたは私を敵に回す気はない。でしょう?」

 アルはこくりとうなずく。

「私が敵に回したくないのはご主人様、アウラニース、エルの三人だね」

「あら。光栄ね」

 エルは友の言葉に小さく笑った。

「アウラニースは大方食べ物に釣られたか、それともご主人様が戦う気になる為の方法を教えてもらえるとか。そういった条件でしょう」

 お見通しか、とアルは思う。

「ねえ、教えて。ご主人様達が創った存在、今後生態系に大きな影響を与えそうなんだけど、大丈夫なの?」

 返ってきたのは笑みである。
 それも真っ黒な波動がただよった。
 アルは聞き出す事を諦め、次に移る。

「じゃあ次の質問。どうして男性性犯罪者への対策を甘くしたの? 見落としていた訳じゃないんでしょ?」

「それについてはご主人様のお手を煩わせる必要がないのよ。私達の同胞に頼んでみましょう」

 つまり淫魔達を動かすという訳か。
 アルは理解した。
 ゾフィと行動を共にするようになってから疎遠になっていたので、すっかり忘れていたのだが、彼女らの同胞とも呼ぶべき種族はそれなりに生息している。

「何も知らない男達は、同胞達に襲われる事をご褒美と勘違いしているけどね、本気を出したら恐ろしい罰になるわよ」

「確かにね」

 アルも全くの同感である。
 マリウスのような規格外を除き、淫魔は相手の生殺与奪を完全に握ってしまう事が可能だ。
 生殺しにするも、枯渇死させるも自由自在で、最も恐ろしい拷問となりえる。
 最上の快楽を最悪の拷問に変える事こそ、淫魔の真骨頂とすら言ってもよい。

「それにいくら私でも、同胞達にゴブリンやオーク達の相手をしろとは言えないしね」

 エルは苦笑する。
 淫魔には淫魔の仁義というものがあるのだ。
 マリウスの為ならばいざ知らず、無関係なところで破るつもりはない。
 マリウスの構想を実現する為には、味方が多い方がよいのだ。

「女達にオスを与えるのはご褒美になりかねないか」

 アルが気づいた事を口にするとエルはうなずく。

「それもあるけど、ゴブリンやオークの方が、衝撃的でしょう?」

「まあ、女なら種族名を聞くのも嫌ってのも珍しくないわね」

 アルは納得させられた。

「それに完璧にやったら相手さん、ぐうの音も出ないでしょ? 私を糾弾する口実がないとねぇ」

「……全部、あなたの掌の上?」

 薄ら寒そうにつぶやく親友に対して、エルは答える。

「いや、さすがに結成の時期までは分からなかったわ。でもまあ、これで団結して向かってきて欲しいわね」

 あまりにも圧倒的で少し悔しく感じたアルは、ささやかな攻撃をする事に決める。

「ご主人様にエルはあなたの為に暗躍してますって報告しておくわね」

「なっ……?」

 途端にエルは顔を真っ赤にして、次の瞬間怒鳴りつける。

「よ、余計な事はするな。したら仕返しするからね。昔やった、半べそかかせた時よりも、もっと凄いやつ」

「じゃあ、その時は、エルにいじめられたってご主人様に泣きつくよ」

「こ、このっ」

 うろたえる僚友に舌を出し、アルは立ち去ろうとする。
 その背中に言葉が投げつけられた。

「ま、待ちなさいアル。ご主人様に余計な事を言ったら、私、とっちめるからね? 本気出すからね?」

「分かっているわよ。私まだ、破滅したくないし」

 アルは手を振って見せる。

「余裕かますなー!」

 エルはすっかりムキになっていた。

(こういう一面を見せれば、嫌われたりしないだろうに)

 アルはそんな事を思う。
 長い付き合いの親友は、一途で献身的で恥ずかしがり屋なのだった。
 この事を知っているのは彼女とゾフィくらいである。
 でなければ、もう少し友と呼べる存在はいるに違いない。
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