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ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

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しっかりしなきゃ

 エマは次期女官長候補の筆頭である。
 これは能力を見た結果であり、マリウスとの関係は無関係だ。

「とは言え、そう陰口を叩く者がいるのも事実ね」

 現女官長がエマを呼び出して注意をしたのである。

「申し訳ありませんでした」

 指摘されるまでもなく我に返っていたエマは、恐縮して頭を下げた。

「いえ、別にあなたが妃になるならば問題はないのよ?」

「わ、私はそんなつもりはありません」

 愛人路線まっしぐらだという自覚はあるが、そこまでは望んでいない。
 そう答えるエマの顔は残念ながら真っ赤になっていて、声も上ずっていたので説得力は感じられなかった。

「あなたはそのつもりでも、陛下の思し召し次第よね」

 女官長は困った顔でため息をつく。
 エマとしても反論に困った。
 マリウスがそのあたり、何も考えていない事は手に取るように分かってしまうからである。

(きちんと線引きを要求しなかった私の落ち度だけど)

 ロヴィーサが何も言わないのは、エマ自身の意思に委ねるつもりだからだろう。

「アイナとレミカもどうするつもりなのかしら」

「あの二人は別に構わないと思いますが……」

 恐る恐る言うと冷ややかなまなざしが返ってきた。

「陛下専属侍女なんて、簡単に後任が見つかる筈がないでしょう?」

「そ、そうでした」

 ごく自然に移籍したので忘れられがちだが、レミカとアイナは充分信用できる存在だと判断を下せる材料があったのである。

「色ボケも大概にしてほしいわね」

 女官長の珍しいぼやきに、エマは恥ずかしさと申し訳なさで、穴があったら入りたい心境だった。



(しっかりしなきゃ)

 女官長のもとを辞去したエマはそう決意する。
 今のところ上手く回っているのは、マリウスの周囲が上手く支えているからなのだが、そこに己が含まれているとは言いにくい。
 彼女はあくまでもロヴィーサ妃つきなのだが、女官長候補として自覚あるふるまいが出来ていたかと言うと、非常に微妙だ。
 これでは他の者に示しがつかないと思われても仕方ない。

(本当は悔しいけど……)

 こういう時、頼りになるのはエルだ。
 普段ならば決してアテにする相手ではないが、今回はロヴィーサとマリウスにも迷惑がかかるかもしれない。
 なりふり構っている場合ではなかった。

「という訳で相談に乗ってほしいのよ」

 巡回から戻ってきたエルを捕まえ、エマは言う。
 エルは目を瞬かせ、

「あなたを助ける義理はないけど」

 淡々と切り捨てる。
 こんな反応をされるのは百も承知だった。
 だから食い下がる。

「そうは言うけど、陛下にも迷惑が及ぶかもしれないのよ? 私のせいで陛下の評判に傷がつくのは、あなただって嫌なはずでしょう? だからあなたは巡回に出ているんでしょう?」

 エルがマメに巡回する真の理由を知っているぞ、と明かしたのだ。

「ふ」

 腹黒淫魔はエマの必死さを鼻で笑う。

「ご主人様の女絡みの評判、今より下げるのはかなり困難だわ」

 その表情を見たエマはぴんと来た。

「あなた、もしかして評判を改善する努力、全くしていないの……?」

 エルは何も答えず微笑むだけである。
 しかし、エマにとってそれで充分だった。
 自分がとんでもない思い違いをしていた事を悟る。
 エルがマメに火消しをしていて現状があると思っていたのだが、そうでないとなると。

(頼む相手を間違えたわね)

 何を企んで放置しているのか分からないが、そんな相手がエマの目的に協力してくれるはずもない。

「忘れて頂戴」

 踵を返して立ち去ろうとすると、肩をがっちり掴まれた。

「協力しないとは言わないわよ」

 エルはニコリと微笑む。

「何を企んでいるの?」

 エマは顔をしかめる。
 この腹黒が無償で自分に協力するはずがないとよく知っているのだ。

「もちろん、ご主人様にとっていい事よ。もっとも、あなたも大して損はしないはずだけど?」

「……信じられないわね」

 エルを無条件で信じていいのは、この世でマリウスだけであろう。
 ただ、エマ自身、マリウスのお気に入りの一人であるから、そう酷い事をされるとは思わないのだが。
 警戒はするが、しきれない。
 そんなエマの心の動きを見透かしたかのようにエルは告げる。

「あなたが侍女を止めて妃になればいいの」

「……それは出来ないわ」

 予想していたエマは拒絶した。
 即答しなかったのは、エルの真意を予想しかねたからである。
 王族付きの侍女という職は、そうコロコロ変えてよいものではない。
 主人とは長時間一緒に過ごす存在であるからこそ、誰にでも勤まるというわけにはいかなかった。
 他の魔はともかく、この淫魔がその点を知らないはずはないのだが……。

「代わりの侍女が心配?」

「ええ。私が言うのも何だけど、ロヴィーサ様の侍女は大変なのよ」

 探るような表情に対してはため息で返す。

「私がやってあげましょうか?」

 そう言われた時、エマは一瞬心臓が止まりかけた。
 この目の前の女は一体何を言い出すのだろう。

「私がやるなら色々と解決できると思うの」

「それはそうだろうけど……」

 エマは声に出すのを必死で我慢する。
 この腹黒淫魔ならば、ロヴィーサの侍女も平気でこなせるかもしれない。
 だが、それは悪夢だ。

「私が承知するとでも?」

「ううん」

 エルはにっこり笑って首を横に振る。

「くっ……この」

 エマは己が遊ばれていると思った。
 エルはそっと近寄ってくる。

「だってこの期に及んで愛人でいいとか、寝とぼけた事を言っているお馬鹿さんがいるんだもの。少しくらいはいじめてやろうって思ってね」

 耳元でささやく。

「そうは言うけど、そういう訳にはいかないのよ」

 何とかそう切り返すと、エルは舌打ちをした。

「だからそれは私の方で何とかするって言っているでしょう?」

「だからそういう訳にはいかないの」

 二人の女は睨みあう。
 エマとしては、エルの真意が分からない以上、うなずくわけにはいかなかった。
 この腹黒淫魔は時と場合によっては、マリウスに国を捨てる事を勧めかねないと見ている。
 そんな事を許す訳にはいかない。
 是非とも本音を知りたいところだが、生憎駆け引きでは相手の方がずっと上である。
 どうすればいいのか。

「私を妃にしてどうするつもり? レミカやアイナも妃にするの?」

「うん」

 エルは即答し、エマはこめかみを指で抑えた。

「そんな事をしたらどうなると思っているの? 騒動が起こるわよ」

「起こせばいいんじゃないかな?」

「……陛下が困るわよ?」

 エマとしては牽制を投げつけたつもりだったが、エルは鼻で笑う。

「私が阻止するから」

 どうやって、と訊く勇気はなかった。

「そんなに難しい事じゃないと思うけどね」

 エルは自信たっぷりに言う。

「参考までに訊いてもいい?」

 エマが言うとうなずいて、

「ソフィアを女官長に任命するの」

 侍女が失神しそうになったような事を言い放った。
 ソフィアは魔王であり、ヴァンパイア始原種という非常に強力で恐ろしい存在である。
 エマは約一分ほどの時間をかけて立ち直り、反論を試みた。

「そ、そんな事できるはずが……」

「多分、ソフィアは嫌がらないんじゃないかな」

 何をのん気な事を、と言いかけて、エルの目には確信が宿っている事に気がつく。

(もしや、根回しはすんでいるの?)

 マメに動き回っていた分、全てを把握できている訳ではない。
 固まって頭脳を必死に動かすエマに対してエルはとどめの一言を投げる。

「何ならアウラニースに頼んでもいいのよ?」

「それだけは止めてっ!」

 あまりの恐ろしさにエマは、絶叫していた。

「アウラニースにできるわけないじゃないっ! 何もかもメチャクチャにされてしまうわっ!」

 エルは人の悪い笑顔で答える。

「案外、上手くいくかもしれないわよ?」

「心にもない事を言わないでっ」

 エマががっくりとうなだれてしまう。

(な、何て恐ろしい事を……)

 ソフィアやアウラニースに女官や侍女をやらせる、などという発想自体がなかった。
 まだ常識的なソフィアはともかく、アウラニースだけは絶対に避けねばならない。
 何度も深呼吸を繰り返し、冷静になろうと努める。
 そしてエルに直接的な事を尋ねた。

「本当の狙いを教えてちょうだい。アウラニースやソフィアの名前を出して、私に揺さぶりをかけた理由を」

「あら? ばれた?」

 腹黒淫魔は意外そうに瞬きをする。
 エマは苦い表情をしながら、

「ええ、過剰だったからね。逆に変だと思ったのよ」

 と答えた。
 してやったりという感情はない。

「どうせわざとなのでしょう?」

 そう、意図的に気づかせたと見ていたからだ。

「そこまでは分かるんだ。それなのにそこからが分からない?」

 エルはまるで珍獣を見るような目で、エマを見返す。

「ええ。私もレミカもアイナも妃にして、一体何の得があるの……?」

「今の制度を壊すの。そして私達で後宮をやっていくのよ」

「最悪だわ」

 エマは即答した。

「ずっと同じ者が一つの組織にいてはいけない。組織にも新陳代謝が必要なのよ」

 一旦言葉を切り、淫魔を見据える。

「確かにあなた達ならば、次々に替わるという事はないかもしれない。だけど、それによって害も発生するのよ」

「それって人間の発想でしょう?」

 エルはつまらなそうな顔で答えた。

「腐敗するとか何とか全部人間の精神性のせいじゃない? 大体、代替わりしたところで、組織や制度が腐敗していくのが人間でしょう?」

 痛いところを突かれてしまう。
 有史以来、人類が作った組織や制度が腐敗しなかった試しはない。
 残念ながらそれが事実である。

「だからと言って、あなた方に任せるなど……」

 更に言い募ろうとするエマを

「これも人魔共存だよね」

 エルは爽やかな笑顔で切り返す。

「うっ」

 確かにその通りなので、侍女は言葉に詰まる。

「しかも組織の問題を解決するいい手だよね」

「うっ」

「おまけに害と言っても、人間ならば避けられると断言出来るものじゃないよね」

「ぐっ」

 エルは容赦なく追撃を加えてきて、エマはうめき声を連発してしまう。
 しかし、ここで引き下がってはならないと反撃に転ずる。

「何故そこまで侍女になりたがる……? 一体、何を狙っている?」

「別になりたいだけで、理由はないけど?」

「嘘をつけ」

 エマは歯ぎしりをした。
 すっとぼけられているとしか思えない。

(しっかりしなきゃ)

 この腹黒淫魔を野放しにする訳にはいかないのだ。
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