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ネクストライフ 作者:相野仁

おまけ・番外編

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忍べ

「いちゃいちゃしたい」

 マリウスは突然そんな事を言い出し、エル以外の女性を唖然とさせた。

「いちゃいちゃならしているわよ? ベ、ベッドの中で」

 ロヴィーサが照れながらそう言う。

「そうよね。舐め回されて、転がされて、叫ばされて」

「お前は少しは慎め」

 あけすけな事を言い始めたバーラに、マリウスはツッコミを入れた。
 こちらの妻は、相変わらず恥じらいというものがないようである。

「あら、マリウス以外の殿方の前では慎んでいるわ」

 バーラは心外そうな顔をし、マリウスは頭痛がした。

「俺は慎み深い方が好みなんだが」

 そうつぶやくとバーラは慌てて口をつぐむ。
 女の扱いに関しては、それなりに分かってきて、エルの助けがいらないマリウスであった。

「で、どうするのですか?」

 ソフィアが先を促す。

「順番にいちゃいちゃしようかなって」

「ちょっと待って。どうしてよりにもよって今なのです?」

「そうです、抗議します!」

 慌てたのはロヴィーサとバーラである。
 彼女達は産後という事で、絶対安静の身だ。

「お前達ともする予定ですが、何か?」

 マリウスはそれを忘れていた訳ではないので、即座に切り返す。

「えっと。それならば別に」

「そ、そうですね。私達をのけ者にするのでなければ……」

 妻達は瞬殺されてしまった。

(この機転、他にも発揮できれば置物王なんて言われないでしょうに)

 エマは心の中でだけツッコミを入れる。
 彼女はロヴィーサつきの侍女のままだ。
 それだけに主人の夫となったマリウスにあまり無遠慮な事は言えない。
 「置物王」という呼称は、別に悪意でつけられたものではない。
 しかし、マリウスにとって不名誉なのは事実である。
 それをエルが知らんふりを決め込んでいるという事が、彼女には引っかかっていた。
 エルとはそれなりの付き合いであり、多少なりとも思考回路については分かるつもりでいる。

(何よりもマリウス様を優先させるはずの彼女が何故……?)

 何もしないという事は、置物扱いされる不名誉に勝る利点があるという事なのだろう。
 現状を鑑みれば、確かに予想を超えて上手く回っていると言える。
 素性も知れぬままの流民上がりが統治者とは思えぬほどには。
 マリウスは「戦闘と夜以外はダメだ」と認識されている。
 馬鹿にされているのではなく、親しみを込めった目を向けられていた。

(それが利点という事なの……?)

 何でもできる人間はえてして距離を置かれやすい、というのはエマもよく分かる。
 彼女自身、そして主人たるロヴィーサもそういう傾向があった。
 王女とその侍女だから大して問題はなかったが、一国の王がそうでは困るだろう。
 だから腹黒淫魔はあえて放置しているのだろうか。
 主人が民に愛される存在である為に。
 それだけならばもっとやりようはあると思うのだ。
 他にも理由はあると考えるのが妥当なのだが、それがとんと見当がつかない。
 元より狡猾さではエマよりもエルの方がずっと上手だ。
 そんな彼女が放置すべきだと判断しているのならば、口を出さない方がいいのかもしれない。

(上手くいっているものね)

 トゥーバン王国が前身の自治領を含め、まだ誕生してから一年も経っていないなど、果たして誰が信じられるだろうか。
 少なくとも何も知らぬ者が見た限りでは、決して分からないに違いない。
 そう自信を持って断言できる。




 マリウスが最初にいちゃいちゃする相手に選んだのはエマだった。
 主人の恨めしそうな視線を感じたり、

「おい、オレはっ?」

 空気を読まない約一名が騒いだりもしたが、とにかくエマが一番手である。

(ど、どうしよう……?)

 沈着冷静を旨とし、完璧侍女などと言われていたとは思えぬほどうろたえていた。
 実のところ彼女は、男と付き合った事がない。
 デートすら経験がない。

(わ、私がロヴィーサ様より先んじる訳には……で、でも一国の王の決定に逆らう訳には)

 自分でも何を考えているのか、よく分かっていなかった。

(そう言えば、あの腹黒淫魔も珍しく驚いていたような? いや、一番驚いたのは私だけど……)

 おろおろし、鏡の前をうろうろし、深呼吸を何度も繰り返す。

「エマ様?」

 侍女達が半分は怪訝そうに、半分は心配そうに見ている。
 エマもれっきとした貴族の娘であり、他の侍女達の上位者だから、こういう時は傅かれるのだ。
 ティンダロスに滅ぼされた大陸の中には、そうではない国もあったようだが。

「ええと、そうね」

 エマは侍女達の声に我に返り、今の自分の立場を思い出す。

「この水色のドレスに銀のネックレス、それから……」

 さすがに自分のスタイルは確立していて、すらすら出てくるのだが、侍女達からは待ったがかかった。

「エマ様、それではいつもと変わりませぬ」

「今度はエマ様こそが主役。ロヴィーサ妃陛下の引きたて役になる必要はございません」

 そう、今回は国王のデート相手なのだから、主役にならねばならない。
 エマはその事を失念していたのである。

(どうやら平常心から程遠いらしい……)

 いつものエマならば決して犯さぬ失敗だ。
 ……結局、衣装を決めるのに半日ほどの時間を費やす事になる。




 沈着冷静な侍女を珍しく右往左往させた元凶は、いつも通りの服装だった。
 これはエマの事を軽んじた訳ではない。

(最初に気合を入れると後が八人だからなぁ……)

 九通りも考える自信がなかった為だ。
 普通ならば正妻とその他で差をつけるものなのだが、生憎とマリウスはその「普通」を知らない。
 本来ならば指摘する立場にあるエマが混乱を起こしているので、誰も指摘しなかった。
 いや、もう一人指摘できるはずの者はいる。

(ご主人様、そのへんの習慣ってご存じなのかなぁ?)

 巡回のついでにデートを見守っているエルであった。
 マリウスの事だから、知らない可能性は高いが指摘はしない。
 療養している正妻のところへ豪奢な服を着たり、金がかかったデートなどできるはずもないのだ。
 一瞬、だから今言い出したのかと勘繰ったのだが、マリウスはそこまで考えていそうにない。
 単純にいちゃつきたくなっただけだろう。

(何も考えていないのに悪手がないってのは、ある意味驚異かも……?)

 贔屓も入っているだろうな、と自己分析しつつ、エルは主人の事を評価した。




「お待たせしました」

 エマは待ち合わせ場所に先にいるマリウスのところへ、息を切らせて駆け寄ってくる。

「いいよ、今来たところだし」

 そう言ってハンカチを取り出し、エマの額に浮かんだ汗を拭ってやった。

「そ、そうならいいのですが」

 本人は無自覚なのだろうが、荒い息遣いがなかなか艶っぽい。

「焦ったエマさんの顔も綺麗でセクシーだし、得したかなぁ」

「そ、そんな事、仰っても困ります」

 マリウスがさりげなく耳元で甘くささやくと、エマは真っ赤になってうつむき、もじもじする。
 「お前ら天下の往来で何いちゃついてやがる」と、怨念のこもった視線が向けられるも、すぐに相手が誰だか気づく。
 そして「あんた、少しは忍んでくれよ」と言いたげな顔になり、早歩きでその場を去って行く。
 ここまで堂々と公衆の面前で異性といちゃついた一国の統治者は、古今東西どこにもいない。
 それだけに逆に民衆としても反応に困るのである。
 お忍びであれば気づかぬフリをするのだが……。
 困惑している周囲をよそに、マリウスはエマの手を取って歩き出した。

「エマさんの青いドレスなんて初めて見たけど、とてもよく似合っているね」

「そ、そうでしょうか? 私にはもっと地味な色の方が……」

「いやいや、確かに控えめな色も似あっていたけど、華の服も充分似合っているよ。元が美人だけに着こなしも上手なんだね」

「あ、ありがとうございます」

 よく聞けば、マリウスは別に具体的に褒めている訳ではない。
 だが、すっかり舞い上がっているエマは気がつかなかった。
 一方、こっそり見守っていた腹黒淫魔は、胸やけを感じたので撤退している。

「やっぱりエマさんのような立場だと、衣装のセンスも必要なのかな?」

 マリウスの問いにエマはこくりとうなずく。

「ええ。姫様が着飾る物を見つくろうのも役目ですから。もし、下手を打つと姫様に大恥をかかせる事になるので、必死で磨きました」

 結局こういう話か、と少し残念に思ったが、衣装に無頓着なマリウスが珍しく興味を示したので、これ幸いと応じる。
 この事をきっかけに多少でも衣装にこだわりを持ってもらえれば、エマの大手柄だ。
 丹精を込めて作った服飾職人や、衣装を担当する侍従達は、こっそり泣く日々を送っている。
 彼らにも日の光を浴びて欲しいという想いがあった。
 デートの最中にそんな事をつい考えてしまうあたり、エマはそんな性分だと言えるだろう。
 もっとも、だからこそマリウスは食いついた。

「侍女にも格差があるってのは、何となく知っているけど。エマさんって侍女の中じゃトップクラスだよな?」

「そうですね。一応、職権で言えば女官長と侍従長の次くらいになりますかね」

 ただの侍女に国王夫妻の世話をさせられるか、と慌てて昇進させられたのだが、それは口にしない。
 普通ならば一国の王がその事を知らないなど、あってはならぬ事だ。
 しかし、目の前にいる王はあらゆる意味で常識外れである。
 無理に常識に当てはめようとしない方が、色々と上手くいくのでは、というのが周囲の結論であった。
 というのも、まだ致命的な失敗をしていないからである。
 もし、大きな失態を犯していれば、本人の意向を無視し、国王というものについて学ぶ時間が、みっちり設けられたに違いない。
 散々服や侍女の話をした後、エマはようやく指摘すべき事を思い出した。

「あの、公の場ではエマと呼び捨てて下さいませ。一国の王が、侍女ごときにさんづけで呼ぶなど」

「ああ、ごめん。忘れていた」

 マリウスは頬をかく。
 つい、昔の癖が出てしまったのだ。

「エマ」

「はい」

 何だかくすぐったい空気が二人の間に流れる。

「エーマ」

「はい」

 二人で見つめ合い、くすくす笑う。

「エマ」

「はい」

 ぎこちなさがなくなってきて、二人は笑顔を交わす。

「エマ、エマ、エマ」

「はい、はい、はい」

「何かいいな」

 マリウスがしみじみと言うと、エマも大きくうなずく。

「はい。やっと先に進んだ気がします」

 道のど真ん中で手を握り合い、見つめ合い、想いを語り合う二人を、他の人は迷惑そうな顔をして見ていた。
 でも、相手がこの国の王なので、文句は言えない。
 こうしてはた迷惑なカップルは、周囲に甘い空気を振りまき続ける事になる。
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