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ネクストライフ 作者:相野仁

八章「カタストロフ」

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十一話「ナイアーラトテッフ」

(またか)

 というのがマリウスの本心だった。
 これで三度目である。
 ザガン、デカラビア、そしてティンダロス。
 タイミングは決まっているとは言えないが、魔の大物を倒した後に見る事くらいは気がついていた。
 周囲一面は白く、目の前に顔の輪郭がぼやけた、恐らくは男としか言えない人がいる。

「ありがとう」

 今度ははっきりと声が聞こえた。

「……あなたは?」

 マリウスが舌を動かしてみると、それは声となって口の外に出る。

「私はナイアーラトテッフ。異界の人間よ、ティンダロスを滅ぼしてくれてどうもありがとう」

「もしかしてあなたが俺をこの世界に?」

 すぐにそんな発想が出てきたマリウスは、いつになく冴えていたと言えるだろう。

「そうだ」

 ナイアーラトテッフはあっさりと認めた。
 あまりにも簡単に認められ、マリウスは次の言葉が見つからない。

「私が話してもいいかな?」

「どうぞ」

 マリウスは頷いて賛意を示し、続きを促す。

「私とティンダロスは敵対し合ってはいるが、自分の手では相手を滅ぼす事は出来ない。そんな関係だったのだ」

「……だから俺を呼んだんですか?」

 仮にも相手は神という事で、一応丁寧語を使う。

「否」

 ナイアーラトテッフは、即座に否定する。

「まず、ティンダロスは私を滅ぼす為にモンスターを生み出し、魔王と呼ばれる存在が現れるシステムを作った。やがて神を倒す存在へと至る道を切り拓いたのだ。私はそれに対抗する為、人類にレベルやスキルの概念を与え、勇者、英雄と呼ばれる者が生まれるシステムを用意した」

「つまり、人と魔の対立は、神の代理戦争……?」

「否定はしない」

 マリウスは納得出来たような気がした。
 人と魔がどうして争い続けるのか、その理由になっているように思える。
 ティンダロスとナイアーラトテッフがお互いを滅ぼそうとし、その手段として人と魔は存在したのだ。

「ティンダロスのシステムで最高傑作なのが、アウラニースなる者だ。あの者は、いつか神殺しの力を得ていたであろう」

 心配し過ぎとは言い切れない。
 元の世界でも強かったアウラニースは、こちらの世界でも開いた口が塞がらないような強さだった。

「じゃ、それの対抗手段が俺?」

「否」

 再び否定され、マリウスは肩を落とす。

「お前より先に呼んだ者達がいる。お前達の世界では失踪とか神隠しとか表現しているようだな」

「えっ……?」

 マリウスは驚いた。
 毎年出ていた行方不明者のうち何人かは、このナイアーラトテッフの仕業だったと言うのか。

「勇者や英雄といった存在では、とてもアウラニースには対抗出来ない。唯一、可能性があったメリンダ・ギルフォードは寿命で死んでしまったしな」

「加護を与えて不老不死にすればよかったのでは?」

 マリウスはそう思ったが、ナイアーラトテッフの反応は薄かった。

「そんな前例を作るわけにはいかなかったのだ。当時、私の力はまだ回復していなくてな。メリンダの存在を作り変える事は敵わなかった」

 「暗黒時代」を終わらせたメリンダの死後、しばらくは平和だったが、やがて再び魔王が各地で暴れ始めた。
 マリウスも知る、人魔の対立時代である。

「何度も試した結果、生きている人間を連れてくるより、死んだ人間の魂だけを連れてくる方がよい事が分かった」

 それを聞いたマリウスは、どれだけの人がこの世界に来たのだろう、と考えた。
 もしかしたら過去の英雄達の中に、日本人はいるのかもしれない。

「生きた人間では、思ったように力を与えられぬからだ」

「……どれくらい、試したんです?」

 マリウスは無意識のうちにそう尋ねていた。
 ナイアーラトテッフを責めるのは間違っているかもしれない。
 しかし、問わずにはいられないような心理にあった。

「覚えてはおらぬ。しかし、ティンダロスやアウラニースへ対抗する為には、やむをえなかったのだ」

 元の世界の人間とすれば、誘拐犯の勝手な理屈に近い。
 死後招かれた者はともかく、生きたまま召喚された者の事を考えれば胸が痛む。
 マリウスとて、何の力も持っていなければ、狂っていなかったという自信はない。 

「生きたまま呼ばれた人は、帰れたんですか?」

 その質問が出たのは当然の事であった。
 少なくともマリウス自身にとっては。

「否」

 故にナイアーラトテッフの返答にやるせないものを感じた。
 ただ、そのおかげで今の自分があるのも事実である。
 それを棚に上げて目の前の神を詰るには、マリウスは冷静すぎた。
 あるいは人がよかったのかもしれない。

「次の質問ですが」

 マリウスがそう切り出すとナイアーラトテッフは沈黙を守る。
 続きを促されているのだと思い、言葉を続けた。

「何故、色んな人に力を与えたのですか? 一人の人間に集中して力を与えればよかったのではないですか?」

 これがマリウスにとって最大の疑問である。
 色んな人間に力を与えて英雄とし、ティンダロスやアウラニースに対抗出来る存在にしようとしたならば、その力を一人に集約させればよかったと思うのだ。
 そうすれば元の世界の失踪者の数はもっと少なくなっていただろうし、邪神が倒されるのももっと早くなっていたはずである。

「そんな単純なものではない。まず、私の力に耐えうる器を持つ者を探し出す事から始めねばならなかった」

 ナイアーラトテッフはそう言う。
 力に耐えうる器の持ち主を見極めるまで、かなりの時を費やしたと。

「そして、英雄となってもその後は大きな違いがあった」

 英雄になったらすぐに魔王を倒せたというわけではない。
 魔王を倒すには至らなかった者もいるし、そもそも力に溺れて努力を怠り、ただれた生活を送るようになった者もいた。

「むしろ後者の方が多数であった」

 ナイアーラトテッフの言葉に皮肉が混じり、マリウスは自分が悪いわけではないのに申し訳ない気分になる。
 邪神や大魔王を倒しうる素質を持つから力を与えたのに、それを活かせなかった愚者達への怒りがこめられているかのようだった。

「いや、何かすみません。俺が謝る事じゃないかもしれませんが」

「そうだな。お前に謝られても仕方ない。それにお前はよくやってくれた。褒美を与えねばならぬ」

 褒美と聞いてマリウスの物欲が刺激される。
 妻達には無欲だと思われているが、それはしがらみがある物に限っての話だ。
 何のしがらみもないであろう神の褒美ならば、欲しいというのが本音である。

「私に肉体を差し出し、永遠に自我を保ち続け、私の所業を見続けるという名誉を与えよう」

「……はぁ?」

 マリウスは間抜けな事に、何を言われたのかすぐには理解出来なかった。
 数秒後、ようやく悟って抗議をしようとして舌が動かない事に気が付く。

「ふふふ、動けないだろう? 何故ならば、お前の力は全て封じたからだ!」

 態度を豹変させたナイアーラトテッフはそう叫ぶ。
 いつの間にか、神の顔がはっきりと浮かんでいて、それを見たマリウスは驚きのあまり息を飲んだ。
 髪も目も黒く、少なくともマリウスはこれまでに散々見てきた、自分の顔を全く同じだったのである。

「お前を初めて見た時は驚いたよ。まさか、この私にそっくりな顔の持ち主が、異世界人とは言え存在するとはな。私の力に耐え、想像を超えて強くなったのも道理と言えるのかもしれぬな」

 突然始まった述懐にマリウスは目を白黒させる。

「そして今、確信に至った。究極にして至高にして無敵にして絶対なる唯一の神、このナイアーラトテッフ様が地上に降りる為の体は、お前のものが相応しい。そら、何かさえずってみろ」

「さ、最初からそのつもりで?」

 マリウスが喘ぎながら睨みつけると、邪悪なる本性を露わにしたナイアーラトテッフは、哄笑で応えた。

「当たり前だ。そしてもう一つ教えてやろう。お前の力、ある程度はステータス通りなわけだが、知性に関しては元の世界そのままだったはずだ。何故ならば、私が封じたからだ。ステータス通りの知性だったならば、私の思い通りには出来なかっただろうからな。それどころか私の真意を見抜き、私の邪魔をしたかもしれん」

 マリウスが抱いていた疑問の一部が氷解する。
 身体能力は元の世界よりも貧弱になっていたと言うのに、知性がそのままというのはおかしいとは思っていたのだ。

「ついでに教えるならば、お前に言った事のほとんどが嘘だ」

 マリウスの心を更なる衝撃で殴る。

「お前達を呼んだのも英雄を出現させたのも、ティンダロスを倒す為というのは嘘ではない。しかし、不特定多数の人間を呼んだ理由は違う」

 一旦言葉を区切ってマリウスの顔を覗き込む。
 その表情からは神々しさが消えていて、禍々しいもので満ち溢れていた。

「それはな、楽しいからだ。異なる世界に突然連れて来られ、泣き叫ぶ人間どもを見るのが、たまらなく愉快だったからだ。いい年した大人が、親兄弟や友達の名を叫びながら泣くのは、この上なく滑稽だったからだ」

 不愉快な言葉と吐き気のする笑い声が、マリウスの心を打つ。
 ナイアーラトテッフの被害者の怨念が、まとわりついておぞましさを増幅しているかのようであった。

「滑稽と言う点では、転生組の方が上だと気づいたのは偶然だったよ」

 そして追い打ちをかけてくる。

「生前は存在価値ゼロのクズだった分際で、俺は神に選ばれたとか言い出す奴がいたのは笑えたぞ。死ぬかと思ったくらいにな。だから、私は死んだ人間のみを呼ぶようにしたのだ。今度はどんな間抜けな言動で私を楽しませてくれるのか、それに期待してな」

「英雄を作ったら、力を使うはずじゃ……?」

 マリウスの疑問に返ってきたのは爆笑だった。

「その通りだよ? しかし、私は神だぞ。お前達に授けた力など、いつでも取り上げる事が出来る」

 絶望という鈍器で頭を殴られたかのような気分になる。
 ありえそうな事だったのに、想像すらしなかった。
 まだ今の展開に頭がついてきていないのかもしれない。
 そんなマリウスの心情をナイアーラトテッフは読み取り、馬鹿にした笑みを浮かべた。

「何をそんなにショックを受ける? チートなどとほざいても、所詮私が与えたものではないか? 私がお前から取り上げなかったのは、私自身が地上に降りる為だ。お前の精神を殺さないのは、お前の反応を楽しむ為だよ」

 再び顔を近づけてきて、耳元で囁きかける。

「お前の体を乗っ取ったら、お前の女達をたっぷり愛そう。そして散々睦みあった後、私はマリウスではないと教えてやろう。マリウスの体を乗っ取り、精神を封じ込めた敵だとな。女達はどんな反応をするかな? ショックを受けて自害するかな? それともお前を取り戻そうと戦いを挑んでくるかな? 泣き叫ぶお前の声を聞きながら、ねっとり嬲りつくしてやろう」

「さ、せ、る、か」

 マリウスはナイアーラトテッフを殴ろうとしたが、体が動かせない。
 この神こそが最悪だ。
 単に地上を死滅させようとしただけのティンダロスは、ナイアーラトテッフよりもまだマシだとしか思えない。

「無駄だよ。今のお前は元の世界にいた頃と同じ。精神力以外はな。だが、お前ごときの精神力では、私の拘束から逃げられまい」

 真の邪神は、マリウスの抵抗を嘲笑う。
 それでもマリウスは諦めない。
 そんな人間に神は更なる言葉を投げつけてくる。

「なあ、マリウス、いや、ヤマダ・リュウジよ。異世界に転生して強大な力を持ったと思ったら、実は私の掌の上にすぎなかったと知ったわけだが、どんな気持ちかな? お前は私を喜ばせる為だけの道化だったわけだが、どんな気持ちかな? これからお前は私に体を奪われ、妻も未来も全てを奪われるわけだが、どんな気持ちかな?」

 ナイアーラトテッフは、悪意と嘲弄と侮蔑をこめて笑った。

「なあ、お前は今、どんな気持ちなのだ?」

 ……マリウスは瞬きすら出来なかった。
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