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ネクストライフ 作者:相野仁

八章「カタストロフ」

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十話「それから」

「マリウス、お前明らかに強くなってないか?」

 アウラニースはジト目で見てくる。
 マリウスは黙って目を逸らすと、魔王に回り込まれた。
 更に目を逸らすとまたしても回り込まれる。
 アウラニースからは逃げられない。

「まあな」

 マリウスは諦めて認める。

「お前と戦っている最中に強くなっちゃいましたよ、と」

「そうか、では再戦だ」

 そう勢い込むアウラニースにマリウスは答えた。

「お前ならそう言うと思ったよ。だが、断る」

 アウラニースは前につんのめる。

「な、何でだよ~。再戦するって約束しただろ~」

 口を尖らせるアウラニースに、マリウスは指で下を示した。

「俺とお前がもう一度戦ったらこうなるんだ」

 ファーミア大陸と呼ばれていたものは文字通り消滅している。

「お前の“グレイプニル”は、耐えられるか?」

「ぐぬぬぬ……無理だ」

 アウラニースは悔しそうに唸りながら、事実を認めた。

「お前の“グレイプニル”の強度がもっと上がったら、再戦は考えてやるよ」

 マリウスは殊更傲慢な口調で言う。
 実はバニッシュは元々使えたのだが、今は言わない。
 聖人でなかった頃の方が威力は下だっただろうが、だからと言ってターリアント大陸が無事である保障はないのだ。
 それにアウラニースに対しては、これくらいの方が効果的だと判断している。

「よし! 修行しまくってやる! 顔を洗って待っていろよ!」

「他の生き物を殺すのは禁止な」

 マリウスが注意するとアウラニースはのけぞる。

「な、何いっ? ど、どうやって修行しろと言うのだ?」

「……頑張って修行すればいいんじゃないかな」

 自分でも棒読みだと分かった返答だったからか、アウラニースは納得しなかった。

「ふ、ふざけるなぁ~!」

 絶叫が空に響き渡る。
 マリウス達の帰還が遅れたのは、このようにアウラニースが原因だったのだが、後で事実を知った人達には「はいはい、痴話喧嘩ですね」と受け流されてしまった。



「雨が止んだ?」

「風も、雷も……」

 最初に気づいたのは誰か、特定するのは非常に難しい。
 世界の大半が水没してしまっていたが、生存者の誰かが気づいて声を上げ、それにつられて他の者も騒ぎ出す。

「勝ったのか……?」

 誰かが恐る恐る口にしたが、皆は顔を見合わせるだけで肯定も否定もしない。

「勝ったな」

 最初に断定したのはアステリアであった。
 邪神の攻撃は、邪神本体を倒さない限り途絶えるはずがない。
 それが途絶えたのが、何よりの証拠となる。

「マリウスが邪神に勝ったのだ」

 もう一度、今度は高らかに宣言するとあちこちから歓声が沸き起こった。
 ただ、アステリア自身はそれに同調する気にはなれない。

(どうやって勝ったのだ……? クロがもう自治領に着いたとは思えないし、滅魔の黒杖もそんな簡単に出来るものではないはずだが……)

 表情には出さなかったものの、驚愕と困惑で軽く混乱していた。
 彼女の計算では、もっと人類はギリギリのところまで追いつめられるはずだったのである。
 つくづく、マリウスという男は規格外らしい。

(本当に私は愚かだったな)

 マリウスの力を利用しようとした、その浅薄さに呆れた。
 己が今、こうしていられるのはマリウスの好意によるものである。
 アステリア自身に対するものではなく、彼女が統治する国民に対してだ。
 彼女の好みのタイプは、自分の「演算」では計り知れない男であり、マリウスがぴったり該当する。

(今更そうなれるはずもないが)

 刹那の短い時間、悔恨し、そして気持ちを切り替えた。
 彼女はホルディアという国の王であり、多くの民の生活を左右する立場である。
 まして今まで多数の血を流してきた身で、どうして好ましい男と婚姻を結ぶ事が出来るだろうか。

(もっとも、もう必要はなくなってしまったが)

 アステリアの目標は邪神とその一派の討滅であり、事実上それが実現した今、無暗に血を流す必要はなくなってしまった。
 実のところ「邪神の一味に操られていました」という事にする方法は思いついていたが、マリウスをごまかせるはずもないし、自らの所業から目を背ける気もない。
 死なせた人間の事を背負っていくつもりである。
 殺された者、あるいはその遺族にしてみれば、納得出来る事ではないだろうが。



 ターリアント大陸東部、トゥーバン自治領。
 ここでもティンダロス討伐が確信され、あちらこちらから歓声が起こっていた。
 人々の喜びに応えるかのように、青い空と二つの太陽が姿を見せる。

「空を見よ、我らの前途をナイアーラトテッフ様が祝福なさっているようだぞ」

 そう声を張り上げたのは吟遊詩人である。
 職業の割には独創的な表現ではなかったが、それだけに実直に人々の胸に響いた。

「本当だ。マリウス様ばんざーい」

 誰かがそう叫ぶと周囲に万歳の声が伝播していく。

「マリウス様ばんざーい」

 数分もすれば、一つの地域に広まり、それを遠くで聞きつけた他の地域の人々が真似を始める。
 いつしかトゥーバン領全域が万歳で満ちていた。

「何か凄い事になっていますね」

 領主の屋敷にいたレミカとアイナが目を丸くする。

「ご主人様なら当然だな」

 ゾフィが自慢げに胸を張り、その揺れ具合を悔しそうに見ていたバーラと、若干の敵意を込めて睨んだロヴィーサも、賛成はした。
 彼女達の中では「マリウスだから」は絶対的な説得力を持っている。

「……あの、完成したんですけど」

 そんな女性陣達に恐る恐る声をかけたのは、マリウスから装備作成を頼まれていたイザベラだった。
 彼女は右手に黒い杖を持っているが、どこか情けない顔をしている。

「あの、私の立場って一体……」

 人類の為という事で頑張って完成させたら、既に邪神は倒されてしまったのだ。
 何の為に頑張ったのだろうと、イザベラが泣きたくなるのも無理からぬ事かもしれない。

「ご主人様が更に強くなるのは、喜ばしい事ではないか?」

 ゾフィがそう言い、女性陣はイザベラ以外、一斉に賛成する。
 もっとも、どこか諦めたような表情が散見された。

「これ以上強くなるって何の為ですか。そしてどこに行くんですか……」

 イザベラはつっこみを入れたが、口の外には出さずごにょごにょですませる。
 言っても無駄な気がしたのだ。
 エマが慰めるような表情で肩に手を置く。
 言葉にはしなかったが、「それで正しい」と言わんばかりだった。




 マリウスとアウラニースが帰還すると、熱狂的な空気が二人を迎えた。

「今夜はご馳走ですね」

「まず復興しろや」

 張り切って準備を始めようとした人々に、マリウスは冷や水を浴びせる。
 散々パーティーを経験し、いい加減うんざりしていたというのが本音だったりするのだが、

「まずは復興とは、領主らしくなられましたね」

 ロヴィーサが我が事のように喜び、バーラ達にも感心したかのような態度を取られ、居心地の悪い気分を味わった。

「何かにつけてパーティーを開くのは止めろよ……」

 マリウスは頑張ってつっこみを入れたが、多分すぐにでも忘れられてしまうだろう。
 アステリアの「演算」のようなものがなくても、それくらいは予想が出来る。
 上の者がマメにパーティーを開く事で、経済に刺激を与えている事は理解しているのだが、物事には限度というものがある、とマリウスは思うのだ。



 復興と言ってもトゥーバン自治領は、幸いにもそこまで悲惨ではなかった。
 せいぜい成人男性の足首くらいまでの水かさだったのである。
 ティンダロスの撃破が遅れていれば、もっと大惨事になっていた事は疑う余地はなかったが。
 むしろ落雷で穴が開いたり、風で吹き飛ばされたり、吹き飛んできた物体で破壊されたり、といった事が多かった。

(何か変だな)

 マリウスは周囲を見回っているうちに奇妙な違和感を覚える。
 災厄が邪神の力で引き起こされたものだからか、被害も元の世界のものとは違っている気がしたのである。
 どこがどう違うのか、具体的に説明出来るものではなく、感覚的なものなのだが。
 今は間違い探しをする時ではない。
 住居を失った人達を集め、食料を配った。
 人々は熾された火で暖まり、水と食料を口に入れて人心地をつける。
 残念ながらトゥーバン領の死者はゼロとはいかなかったが、それでも多くの笑顔は守る事は出来た。
 そしてそれを実現したのは自分だと思うと、マリウスは嬉しいと誇らしさが混ざった気分になる。
 ただ、どこでも聞こえる「マリウス礼賛」には閉口した。
 恥ずかしいやら照れくさいやら、後ろめたいやら、様々な感情が入り乱れて、どんな形容も当てはまらない、複雑な表情になる。
 仕方なしに従来通り、フードを被っておいた。
 人々の顔は誰もが明るいとは言いがたかったが、暗いと言える者もいない。
 魔人の大軍に侵攻された後と違い、今回は邪神という人類最大の脅威が取り除かれたからだろうか。

「マリウス様にはお世話になりっぱなしだったけど、これでマリウス様も戦わなくていいよね!」

 十歳くらいの少女が嬉しそうに言っているのを聞いて、マリウスは目から汁がこぼれそうになった。
 力目当ての権力者に擦り寄られたり、利用しあうような関係になったり、色々な事があったものの、純粋に自分の事を心配してくれる人はいる、という事を実感させられたからだろうか。

(俺って割とドライな人間だったと思うんだけどなぁ)

 そう訝しく思う。
 両親が亡くなった時に、申し訳程度に涙したくらいしか、記憶にはない。
 それだけ今の生に愛着を覚えているからだろうか。
 結局、素性は一切明かしていないのにも関わらず、結婚して領主になって英雄として祭り上げられている。
 元の世界では到底考えられない事だ。 

(そう言えば、あいつらどうしたかな)

 一緒に遊んでいて、置いていってしまった友達の事をふと思い出す。
 女の子達は知り合ったばかりだから、そこまで感傷は抱かないが、男の友達の方は数年の付き合いである。
 悪い事をしたな、という気持ちは強かった。

(死んだのは俺のせいじゃないけど)

 そしてギルドのメンバーにも申し訳ない気がする。
 もっとも、オンラインゲームのプレイヤーが、ある日突然ログインしなくなる事は、決して珍しくはなかったが。 
 一番の疑問はどうして今頃、過去を思い出したのか、という事だ。
 どうしようもない事だと割り切り、ずっと考えないようにしていたはずなのにと戸惑いを隠せない。

(ティンダロスを倒したからなぁ?)

 邪神と呼ばれる存在を倒し、一区切りがついた感はある。
 それが封じ込めていた感傷を呼び覚ましたのだろうか。

「マリウスー」

 遠くで妻達が自分の名を呼び、手を振っている。

「今行くよ」

 大声で答えて立ち上がり、歩き出す。
 マリウス・ヴォン・トゥーバンの物語はこれから始まるのかもしれない。
 そんな風に思いながら。
 ……その日の夜、マリウスは白い夢を見た。 
+注意+
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