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ネクストライフ 作者:相野仁

八章「カタストロフ」

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六話「ウトナピシュティム」

 魔王がその地で複数死んでいる事、魔王の遺骸の一部を儀式に用いる事、そして儀式を行った者を生贄に捧げる事。
 これらがティンダロス復活の条件であり、最後の一つは魔人ルーベンスでさえも知らなかったのである。
 自身を復活させた者に恩恵を与える気など、少しもないティンダロスだった。
 そんな邪神が復活した地、ファーミア大陸を大災厄が襲っている。
 轟雷と暴風で建物は壊され、豪雨によって発生した洪水で地上のものは全て流されていく。
 見るべき者が見れば気づいただろう。
 雷も雨も黒一色であった事に。
 だが、誰もそんな余裕はなかった。
 ある者は雷に打たれ、またある者は洪水に飲み込まれていく。
 その大災厄を引き起こした元凶、邪神ティンダロスは黙って命が消えゆく様を見守っていた。
 ファーミア大陸を覆っていた分厚い黒雲は、雷と雨と風を伴って全世界に広がっていく。
 ファーミア大陸を覆った時よりも速く。
 青い空も白い雲も、黒い禍々しい雲に飲み込まれ、明かりは闇に塗り潰されていく。
 ファーミア大陸の東、カラハリ大陸、西にあるモハーヴェ大陸に黒雲が到達する。
 人々は急激に広がる黒雲、それが呼び込んだ雷風雨に驚いたが、災厄に対しては無力すぎた。
 黒雲が広がるにつれて、ティンダロスの声が届くようになる。
 ティンダロスの声は雲を媒介にしているかのようだった。

「我はティンダロス。創造主ティンダロス。我が世を穢す、全ての汚物達よ、我が力によって滅び去れ」

 ティンダロスはそう宣言する。
 その声がカラハリ、モハーヴェの二大陸全土に響き渡る。
 人々は伝説の邪神ティンダロスが復活してしまった事を知った。
 ティンダロスの力の前には人も獣も魔もない。
 全ての命が等しく駆逐されていく。
 これはティンダロスの大いなる力によって引き起こされる「ウトナピシュティム」である。
 ティンダロスは全てを一度破壊し尽くすつもりなのだった。

「ティンダロス様! これはどういう事ですか!」

 ティンダロスにそう怒鳴りつけた者がいる。
 アウラニース達に認識されていなかった魔王、ストラスだ。
 彼もほとんどの魔と同じよう、ティンダロスの事を崇拝していたのだが、それだけに自分達さえも滅ぼそうとしている事に驚きが大きい。
 必死に力の発生源を辿り、何とかファーミア大陸までやってきたのだ。
 そして今、犬の形を取る黒い靄を見つけ呼びかけている。

「お前らのようなクズを滅ぼし、我が世を洗い清めるのだ」

 黒い靄、ティンダロスは冷然とそう言い放つ。
 ストラスは当然の如く激高する。

「ふ、ふざけるな。我らが神が我らを滅ぼすと言うのか! 何の為にあなたを崇めてきたと思っているのだ!」

「我を崇めていたのは貴様らの勝手。我が応える義務はない」

 魔王の叫びを全く意にも介さず、ティンダロスは更に破壊を進める。

「許さん。もう一度封印されろ、ティンダロス!」

 レッドドラゴンの魔王ストラスは自身が誇る最大の攻撃、「クレムゾンノヴァ」を吐く。
 暗黒で覆われていた世界に灼熱の星が顕現し、黒雲を蒸発させ、闇を焼き尽くす……かに見えた。
 城砦一つくらいならば軽く焼き払うはずの一撃は、すぐに闇に飲み込まれて消滅してしまう。

「ば、馬鹿な」

「たかが被造物の分際で、神たる我をどうこう出来ると思っていたのか?」

 動揺するストラスに対し、ティンダロスは冷ややかな言葉を投げつける。
 そこに侮蔑の色はこもっていない。
 そんな事をする気にならないほどの差があるのだ。

「だから貴様らはクズだと言うのだ。神に歯向かった報いを受けよ、“バベル”」

 黒い雷光が四方八方からストラスに襲いかかる。
 ストラスは飛翔してかわそうと試みたが、上空からも無数に降り注ぐ黒雷を避けきれずまともに被弾する。
 雷は一瞬で鱗を焼き、体内を貫く。
 ストラスの巨体はあっという間に灰へと変わり、そして塵と消えた。

「ふん、駄作が」

 ティンダロスは何の感慨もなく、意識を世界に向ける。

「ど、どういう事だ?」

 その光景を見て驚きを隠せなかった者がいた。
 バルナム大陸の勇者、オーギュストである。
 彼はアウラニース一行と邂逅後、仲間達とは別れて一人異大陸に武者修行の旅に出た。
 そんな彼を快く泊めてくれた人達は、豪雷と大洪水によって死んでしまっている。
 勇者である彼は、魔法の力で水に浮き、雷と風と雨の中を平常時と同じように歩けるのだ。
 そしてとうとう元凶を見つけたと思ったが、彼が見たのは邪神ティンダロスに配下であるはずの魔王が戦いを挑み、あっけなく殺されてしまう様である。
 驚かない方がおかしい。
 もっとも、彼はアウラニースのせいで多少なりとも耐性が出来ていた。

(魔王同士が戦っていたんだから、邪神と魔王が戦うのもありか……?)

 半信半疑ながら何とか自身を納得させ、腰に佩いている剣を鞘から抜き放つ。
 道中、偶然手に入れた伝説の神剣クラウ・ソナスである。
 手にする者は、絶対に負けない加護を得られるという、伝説の武器を発見したのはこの時の為か、というのがオーギュストの思いだった。
 親切にしてくれた人達の敵を討つ。
 それからまだ死んでいない人々を守る。
 その想いがオーギュストを戦いへと駆り立てた。

「勇者オーギュスト推参! 邪神よ覚悟!」

 オーギュストは堂々と名乗りを上げ、ティンダロスに斬りかかる。
 ティンダロスは当然、オーギュストに気がついたが反応はしなかった。
 今まで必ず敵を斬ってきた神剣は空を斬り、オーギュストは勢いあまって転倒してしまう。

「愚かな」

 ティンダロスはようやく言葉を発した。
 オーギュストの無様さを嘲笑ったのである。

「何が愚かな者だ。俺は勇者なんだ。勇者は逃げちゃいけないんだ」

 オーギュストは泥まみれになりながら立ち上がる。
 激流に流されずその場で立ち上がれる時点で立派と言えるのだが、ティンダロスの見立ては違う。

「勇者如きが神に敵うと思っている時点で、貴様は愚か過ぎる」

「敵うかどうかじゃない。戦うかどうかだ」

 オーギュストは敵意を込めて黒い靄を睨み付ける。
 闘志は少しも衰えていなかった。
 勇者が戦わずして、どうして人々を守れるだろうか。

「俺は逃げない。お前を倒す」

 もう誰かが泣くのは嫌だった。
 邪悪に蹂躙される人々も見たくない。
 人々が無力なのは罪でも悪でもないが、勇者が弱いのは罪悪である。 
 人々が誰かを救えないのはその人の限界でしかないが、勇者が誰かを救えないのは犯罪だ。

「クラス・ソナスよ! 絶望を切り裂け!」

 神剣がオーギュストの叫びに応え、輝きを放ち始める。
 苦難を打ち払う、神々しいその光をティンダロスは鼻で笑った。

「もう一度言おう、この愚か者めが」

 黒い靄が薄っすらと発光すると、神剣の輝きは消え失せ、刀身が砕け散る。

「貴様らに加護を与えるのは神。装備を授けるのも神。すなわち、我である。全ての源である我に、我が力の一部を用いて対抗しようなど、笑止千万」

 驚いて絶句するオーギュストに、絶望の現実を突きつけた。

「塵へと帰れ、このクズが。“バベル”」

 黒い雷を浴び、オーギュストは灰になる。
 世界の危機を救おうと立ち向かった一人の若者は、その生涯を終えた。



 滅びの災厄は更に勢いを増し、バルナム大陸、そしてターリアント大陸にも到達した。
  西から広がってきた黒い雲、そして雷風雨は、一瞬にして大陸全土に広がる。

「これは」

 マリウスとアウラニースが同時に空を見て、黒雲を睨み付ける。
 ただの自然災害ではないと二人は見抜いたのだ。
 そして、それから一瞬遅れてアイリスとソフィアも同じ考えに達する。

「神の攻撃だ」

 アウラニースは直感によって見抜いた。
 人間のほとんどは驚き、猜疑の目を向けたものの、マリウスが賛成した事によって流れは変わる。
 昼食後の団欒はどこかに吹き飛んでしまっていた。 

「ウトナピシュティム……」

 そうつぶやいたのはイザベラであった。

「ウトナピシュティム?」

 誰かが反芻し、イザベラはこくりと頷く。

「ティンダロスが持つ力の一つ。大いなる雨、荒ぶる風、猛る雷を呼ぶ黒雲で世界を覆い、全ての生命を破壊し尽くす。そういう伝承がある」

 マリウスは「ノアの箱舟みたいなものか?」と思った。
 彼が知っているのはそれとハルマゲドンくらいである。

「世界を覆う黒雲……」

 ロヴィーサ、エマ、レミカが怯えた表情になった。
 今まさにそんな現象に襲われている。

「はっ、さすがに神となるとスケールが違うな」

 嬉しそうな声を出したのは、言うまでもなくアウラニースであった。
 彼女だけは百パーセント純粋に楽しんでいる。 
 マリウスは呆れる反面、頼もしさも感じていたが、不意に嫌な考えが浮かび上がる。
 ゲームの世界の邪神ティンダロスは全ての魔が崇め、魔を支配する存在だったはずだ。
 つまり彼女らが敵になってしまう可能性がある。
 慎重に探りをいれた方がいい。
 マリウスはそう思い、アウラニースに尋ねてみた。

「お前ら、邪神と合流しなくていいのか?」

 口に出してから、少しも慎重でない事に自分でツッコミを入れたくなってしまったがもう遅い。 
 バーラ達に非難めいた視線を送られるが、やはり手遅れだ。

「ん? 何で?」

 アウラニースはあっけらかんと訊き返してくる。

「神なんてもの、殴った方が絶対面白いだろう」

 その返答に驚いた者はいなかった。
 「アウラニースってこういう奴だよな」と再認識されただけである。
 マリウスがソフィアを見ると、ソフィアは表情で「ご心配なく」と返してきた。
 どうやらティンダロスは、魔王や魔人がモンスターに持っている、強制支配力といったものを備えてはいないらしい。

「じゃあ倒しに行くか。もたもたしていると、世界が滅ぼされてしまう」

 マリウスは魔王を倒しに行った時と同じノリで立ち上がる。

「そうだな。神がどれくらい強いか楽しみだ」

 続いて立ち上がったアウラニースをマリウスは止めた。

「悪いがお前は残ってくれないか?」

「あ゛?」

 アウラニースは、マリウスに向かって思い切り凄む。
 ほとんどの者が魂まで震え上がった迫力をマリウスは真っ向から受け止める。

「いや、だってここの守りを薄くするわけにはいかないし」

「ならお前が残れよ。オレが倒しに行く」

 マリウスとアウラニースは睨み合う。
 思わぬ形で第二回戦が始まりそうになる。
 その両者に割って入ったのはソフィアであった。
 彼女は体を二人の中間に割り込ませ、アウラニースを見つめる。

「マリウスが行くべきかと思います」

「何だと?」

 アウラニースはソフィアにまで反対され、やや冷静になった。
 それを見て取ったソフィアは説明する。

「いざという時、マリウスは魔法で増援を呼べますが、アウラニース様では無理でしょう」

「増援などいるか!」

 アウラニースが吼えたが、ソフィアは相手にしない。

「相手は神です。万全を期した方がよいでしょう」

「ぬぬぬ……」

 アウラニースは反論してやろうと口を開くも、言葉が出てこず、唸るだけになる。
 黙っていたエルが口を開く。

「ご主人様、急いだ方がいいですよ。雨も風も嵐もどんどん強くなっています。邪神の力が増しているのかもしれません」

 その指摘に一同はハッとし、外を見る。
 確かにエルが言うように黒雲が広がった頃より、ずっと激しくなっていた。
 今はまだ平気だが、いつまでも保つ保障はない。

「アウラニース、俺が苦戦しているようだったら加勢に来てくれ。俺を助けるべきか、ここに残るべきか、勘で判断してな」

「ぬう。仕方ない。お前が不甲斐なかったら、乱入するからな」

 アウラニースは渋々折れた。
 マリウスはホッとし、アウラニース達に質問する。

「お前達は世界のあちこちで、魔王を殺しまくっていたんだよな? 当然、色んな大陸に行った事があるよな?」

 マリウスの魔法では一度行った事がある場所にしか行けない。
 色んな大陸に行った経験を持つ者の存在は、今回のような場合では非常にありがたかった。
 アウラニースが反応するよりも早く、ソフィアが手を挙げる。

「私が適任でしょう。私ならば転移魔法ですぐに戻って来れますし」

「ぬう」

 アウラニースは不満だったが、反論が出来ないので悔しそうに唸るしかなかった。

「じゃあ頑張って滅魔の黒杖、仕上げなきゃ」

 イザベラがそう意気込むと、マリウスが尋ねる。

「どれくらいかかる?」

「後五分から十分は欲しいかも」

 早いのか遅いのかマリウスは判断出来ず、よろしく頼むとソフィアと共に転移した。
 ……生命絶滅まで後数時間と言ったところだろうか。
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