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ネクストライフ 作者:相野仁

七章「黄昏ゆく世界」

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十話「アウラニース」

「マリウスだ」

 しらばっくれても無駄な気がしたので、マリウスは正直に答える。
 最悪なタイミングで最悪な奴が来た、というのが本音だ。
 魔力を解放し、アニヒレーションでメルゲンを仕留めた疲労がある。
 魔力自体は既に回復しているが、果たして消耗した状態で勝てる相手なのか。

「ほう」

 アウラニースは紫の目を子供のように輝かせて笑う。

「オレはお前を探しに来たのだ。……何だか覇気が今一つだな」

 一転して怪訝そうな表情になり、きょろきょろと周囲を見回す。
 そしてポンと手を打った。

「なるほど、さっきまで誰かと戦っていたんだな?」

 アウラニースは周辺に漂う魔力の残滓が、マリウスのものと一致する事を見て取り、結論を出したのである。
 マリウスにしてみれば困惑を隠せない。
 自分を探していた、という割に戦おうとしないアウラニースの真意が読めないのだ。
 いつでも魔法を発動出来るよう、心づもりはして口を開く。

「そうだ。お前も俺と戦いにきたんじゃないのか?」

 他に探す理由など、思いつかない。
 案の定アウラニースはこくりと頷いたが、表情は不本意そうだった。

「当然そのつもりだ。しかし、お前がまさか他の誰かと戦って消耗しているとはな」

 鼻を鳴らし、腕を組んで考え込んでしまう。

「あいにく、俺は回復系は苦手なのだ。アイリスとソフィアはどうだ?」

 左右を固める美女達にふると、それぞれが反応する。
 赤い髪のアイリスがまず答えた。

「苦手です」

 次に青い髪のソフィアが答える。

「可能ですが、一度噛む必要がありますよ?」

 牙を見せアウラニースが微妙な顔をする。
 ヴァンパイアか、とソフィアの正体を察したマリウスをアウラニースが見る。

「ソフィアに噛まれたら、恐らくヴァンパイアになってしまうが構わないか?」

「もちろん断る」

 マリウスがきっぱり言ってもアウラニースは驚かない。
 ソフィアとアイリスも苦笑しただけだった。

「それはそうだろうな。仕方ない、回復するまで待とう」

 そう言ってマリウスを驚かせる。

「いいのか?」

 アウラニースの真意を汲もうとするが、分かったのはアウラニースがロヴィーサにも引けを取らない美貌の持ち主だという事くらいだ。

「構わないさ。オレはお前を殺しに来たのではない。戦いに来たのだ」

 その一言でマリウスは「こいつ、ただの戦闘マニアか」と気づく。
 ならば何とかなるかもしれない。

「そうだな、じゃあ明日以降でもいいか?」

「回復するのに一日かかるのか?」

 アウラニースは首をかしげる。
 「こいつ、貧弱なのか」と少々意外そうな顔だ。

「万全を期す為だ」

 しかしマリウスがそう言うと、納得した顔になる。

「なるほど、オレ相手だから、と言うならば分からんでもない」

 にこりと笑った顔は、同性すら魂を抜かれてしまいそうなほど美しかったが、マリウスは全く感銘を受けなかった。
 悪魔の邪笑にしか見えなかったのである。

「一日くらいならば待ってやる」

 マリウスは礼を言うのも変な話だな、と思いながら家へ帰還した。
 それを見届けたアウラニースは嬉しそうに語る。

「見たか? あいつ、アラストールよりずっと強そうだったぞ! 今回は当たりだな!」

「おめでとうございます」

 ソフィアとアイリスが交互に祝いを述べる。
 内心で「本当にめでたいのはこの大陸だけど」などと思いながら。
 マリウスがどこにいるか聞かなかったのは問題ない。
 アウラニースのスキル「シックスセンス」ならばすぐに見つけられるだろう。
 ピンポイントでマリウスがいるところに来れたように。

「アウラニース様、明日までどうしますか?」

 尋ねられたアウラニースは考え込む。

「そうだな……とりあえず腹ごしらえをしておくか。アイリス、オレは魚が食いたい」

「かしこまりました」

 要望という形の命令を受けたアイリスは、波打ち際まで歩き、両手を無造作に突き出す。
 白くて細い腕の輪郭がぼやけ、無数の吸盤がついた赤い触手へと変わる。
 触手はいくつにも分かれ、海の中へと伸びていく。
 そして引き戻した時、何尾もの大きな魚を抱えていた。

「さすが海の女王、いつでも大漁だな」

 アイリスに魚を差し出され、アウラニースは舌なめずりをしながら賞賛する。

「恐縮です」

 アイリスは黙って一礼する。
 アウラニースが選んだのは、両手を広げたほどに大きな魚で、黒い鱗を持ち、鼻の先が鋭利に尖っている、スピアフィッシュという名だ。
 彼女はまだ跳ねている魚を左手だけで掴んで持ち上げ、頭をかじる。
 血が噴き出て、口周りや服をを汚したが気にも留めない。

「うん、やはり魚は生きたやつを頭から食うに限るな」

 そう言って満足げに笑うと、ソフィアとアイリスに食べるように目で合図を出した。
 ソフィアは魚の腹部に噛みつき、血を吸い上げる。
 アイリスは主人のように頭から丸かじりに。
 三人の美女が粗野に魚を貪ると言う、奇妙な光景があった。

「ひ、ひいいい、ば、化け物」

 突如沸いた声に、三対の視線が集中する。
 漁師風の壮年の男が、腰を抜かしていた。
 彼の眼はアイリスの両手を捉えている。

「そう言えば、戻してませんでした」

 アイリスはうっかりしていたと、触手を人間の腕に戻す。

「漁師のようですね」

 ソフィアが言い、アウラニースは興味がなさそうな顔をした。

「弱そうだな、つまらん。オレ達はお前の言う化け物だからさっさと逃げろ」

 魚にかぶりつきながら、犬を追い払うように手を振る。
 漁師は命からがら逃げだしたが、誰も追わない。
 ソフィアもアイリスも、アウラニースが興味を持たない事に興味がないのだ。
 食事を終えた三人は残骸を集めて燃やす。
 海にゴミを捨てるのはいけない行為なのだ。

「ごちそうさまでした」

 アウラニースは灰と海に向かって一礼する。
 ソフィアとアイリスもそれに倣う。

「さて。腹は膨れたけど、明日まで暇だな。マリウス以外に強い奴いないか?」

 アウラニースの疑問にソフィアがそっけなく答えた。

「いてもマリウスが倒してしまっているでしょう」

「残っているとすれば、問題ない程度の輩でしょうね」

 アイリスもソフィアに同調し、アウラニースは口を尖らせる。

「分からんぞ。メリンダだって、召喚獣を使役していたではないか。この大陸の者だって、同じ事をしているかもしれないぞ」

 ありえなくはない、とアイリスは思ったが、ソフィアは懐疑的だった。

「ならばマリウスが一人でここにいた理由が分かりません。マリウスが消耗するほどの敵、戦える者がいれば連れてきていたはずです。そうしなかったのは足手まといになる者しかいないからでは?」

「ぐぬぬぬ……」

 アウラニースは反論出来ず、悔しそうに唸る。  
 そんな主人をアイリスがなだめにかかった。

「まあまあ、この大陸も久しぶりなんですし、どんな生き物がいるのか見て回ればいいのでは? もしかしたら未来の強者がいるかもしれませんよ?」

 そう言われたアウラニースは、たちまち機嫌を直す。

「そうだな! 大切な事は未来だよな!」

 ソフィアはもう何も言わなかった。



 マリウスは帰還すると朝食を摂りに行く。
 出迎えたのは二人の新妻、三人の召喚獣で、エマ、アイナ、レミカの侍女三人は忙しそうに動き回っている。

「お帰りなさいませ」

 五人の美女、美少女に迎え入れられ、マリウスは人心地がついた気分になった。
 マリウスに気づいたエマが、慌てず急がず小走り、という器用な芸当を披露して寄ってくる。 

「お帰りなさいませ。申し訳ありません、今しばらくお待ち下さい」

 恐縮した顔で詫びる侍女に、マリウスは鷹揚に手を振った。

「構わないよ。思ったより早く帰れたのは確かだし」

 そう言えばフレデリックに挨拶するのを忘れたな、と思ったが、まあいいかと思い直した。
 このあたり、すっかり感覚が麻痺してきていると言える。

「何かあったのですか?」

 マリウスがいつもと若干違う様子に、ロヴィーサが気がつく。

「うん、少し。……よく分かったね」

 驚くマリウスに対して、ロヴィーサは少し誇らしげになる。

「それなりのお付き合いですから」

 そして意味ありげにバーラを見ると、バーラは悔しそうにしていた。
 女の戦いは既に始まっているようだ。
 マリウスは、バーラの顔を見て何となく察する。

(ロヴィーサってこんな性格だったのかなぁ?)

 デレたとたん嫉妬深くなったりするキャラ、というのはフィクションではしばしば見かけたが、実物を見たのは初めてだった。
 するとエルがとことこと近寄ってきて、耳元で囁きかける。

「心配なら私が監視してますよ?」

 そしてにこりと笑う。
 「気が利く私って偉いでしょう?」と言いたげな目と、尻尾が何かに期待しているかのように動く。
 マリウスは苦笑し、エルの頭を撫でてやる。

「任せた。悪化する前に仲裁しておいてくれ」

「はい」

 撫でられたエルは嬉しそうに返事をした。
 ゾフィとアルは何の事か分かっていないが、エルに出し抜かれた事だけは理解して唇をかみ、エルの後頭部を睨みつける。
 こちらでも闘いが始まりそうで、マリウスはげんなりした気分になった。

(ハーレムって苦労の方が大きいんじゃないか?)

 ハーレムを維持するのはそれなりに大変、と言われるのを見聞きした事はある。
 その時は「そんなものかな」「得な方が多いんじゃないか」としか思っていなかったのだが、どうやらそう単純なものではないらしい。

「とりあえず、争う奴は後回しだから」

 はっきりとくぎを刺しておく。
 何を、と言わなくても、女性陣達には理解の光が浮かんだ。

「私達、仲よしですよね」

「ええ」

 バーラとロヴィーサはぎこちなく、微笑みあう。

「私達もだよな、アル、エル」

 ゾフィが言うとアルは慌てて頷いたが、エルはニヤリと笑う。

「さて。ゾフィ様とアルの出方次第ですね」

「こ、こいつ……」

 にじみ出る黒さにゾフィは睨むが、エルは平然としている。

「この場合、ゾフィ様が悪者になりますよ?」

「こ、この……」

 ゾフィは理不尽さに絶句してしまう。

「調子に乗るな」

 そんなエルの頭をマリウスがはたく。

「今の場合はエルが悪者だ」

 ゾフィとアルはほっとし、エルは神妙に頷いた。
 分かっていなかったのではなく、マリウスが怒るあたりを探っているのだが、態度には出さない。
 もっとも一番したたかで腹黒なのは誰か、マリウスは気づいている。
 そしてマリウスに嘘やごまかしが通じない事をエルは知っていた。
 だから大事にはならないだろう、とマリウスは思う。

「ところでま、マリウス」

 ロヴィーサが照れながら、再度話しかけてくる。

「結局、何があったのか、教えていただいてませんが」

 マリウスはごまかせなかったか、と頬をかいて目を逸らす。
 この態度には他の女性達もまなじりをつりあげる。

「ど、どういう事でしょう。ま、ま、マリウス」

 バーラがどもったのはロヴィーサより純真だからではない、多分。
 ゾフィ達は何も言わないが、打ち明けて欲しそうな表情をしている。
 マリウスは別に隠す事でもないかと思いつつ、どんな反応をされるのか、心構えだけはしながら、言ってみた。

「アウラニースに会った」

 効果は劇的だった。
 新妻二人、召喚獣三人のみならず、給仕の為に動いていた三人の侍女達の時間ですら凍りつく。
 マリウスが何度も後悔したほどの時間が経過し、最初に立ち直ったのはゾフィだった。

「あ、あ、アウラニース……アウラニースですか?」

 次にバーラがうめく。

「あ、アウラニースとは……あのアウラニースでしょうか」

 次にゾフィが目に恐怖を浮かべ、口ずさむように言う。

「戦いの権化、無軌道な災厄、出会ったら絶望、その名はアウラニース……」

 予想を超えた反応にマリウスはこんなものかと思った。
 アウラニースは運営が用意した設定も豊富だった。
 太古、モンスターが跋扈する以前の地上の覇者タイラントという種族であり、モンスターが登場し、同胞がドラゴンら上級モンスターに食い殺される中、唯一上級モンスター達を返り討ちにし続け、最古の魔人、そして初代の魔王となった存在。
 頂点に座り続ける者、それがアウラニースである。
 人類側は長い歳月頂点に君臨し続ける魔王に、畏敬を込めてこう呼んだ。

「悠久の覇者アウラニース」

 と。

「何ですか、その呼び方?」

 女性陣が首をかしげたように、この世界では通用しないようだが。

「いや、何でもない。明日戦う約束をしている」

「そ、そんな……」

 聞いた者全員の表情から血の気が失せる。

「ご、ご主人様。アウラニースの強さ、ご存じではないのでは……?」

 ゾフィが泣きそうな顔で縋りつく。
 それを見ても、他の女性達には嫉妬する余裕がない。

「知ってるよ」

 マリウスは穏やかに答える。

「他の魔王が雑魚ばかりで退屈して、俺を探したとか言ってた。つまり、魔王を雑魚のように倒してしまうくらいの強さって事だろう」

 魔王がただの雑魚。
 それがどれほど恐ろしい事なのか、一同は想像する事しか出来ない。

「アウラニースを倒せば、今度こそ平和になるだろう。そうすれば、甘い時間を過ごす余裕も生まれるはずだ」

 そう言い、ゾフィ、ロヴィーサ、バーラ、アル、エルの髪を順番に優しく撫でる。
 マリウスがいつも通りで、全く緊張していないのを見て、女性陣にようやく少し落ち着きが戻った。

「勝算がおありなのね?」

 ロヴィーサの問いにマリウスは頷く。
 それを見て、やっと女達の顔に生気が戻ってきた。
 マリウスとしては頷くしかなかったのだが、言わぬが花であろう。
 アウラニースとの対決前日、マリウスは従来通りの日を過ごした。
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