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真夜中の魔女が待っている

作者:柚木あずさ
 静まり返った闇の中を駆ける。夜風にさらされた肌は痛いほどに冷え、今にも弾けそうなほど張りつめている。
 民家の明かりもまばらな時刻。近道に利用している公園では蛍光灯がついに寿命を迎えていた。
 闇に沈む公園でドーム状の遊具からは橙色の明かりが漏れていた。覗き込むと、ドームの中央に置かれた蝋燭を抱え込むように女性が横たわっている。温かくも頼りない光に包まれ、呑気な寝息を立てていた。
 ――あいかわらず無防備な。
 白いため息をつくと中へ入り込んだ。声をかけても女性は寝返りひとつ打たない。ポケットに突っこんでいた缶の一つをそっとあてがう。
「こんな所で寝てたら死ぬぞ」
 コンビニで大切に暖められていた缶だ。その熱量は侮れない。ぐいと押しつけると、女性はようやく瞼を押し上げた。
「お姫様は死なずに眠ってるもんだよ」
 目覚めの一声をはいはいと適当にいなされ、むくれながらも女性は起き上がる。缶を受け取り、まずはぬくもりを味わうかのように赤らんだ頬を擦りつけた。
「今夜は眠り姫か? それとも白雪姫?」
「どっちもハズレ。私は魔女だから」
 魔女。
 それがこの女性の肩書きだ。それ以外のことは一切不明である。明かす気はないだろうし、聞く気もない。重要なのは来るかも分からないアルバイターのために質素な茶会を開く酔狂な女である、という一点に尽きる。
「さてさて本日は紅茶クッキー。茶葉を生地に混ぜて角切りリンゴをアクセントに入れてみました。おいしいよ、白雪君。ぜひとも慌てて食べておくれ」
「ゆっくり味わうとするよ」
 渡された茶請けを頬張った。果肉がシャリッと砕けるたびにほのかな酸味が口内に広がる。今日はコーヒーで正解だと呟けば、コーヒークッキーにすれば良かったね、と意地悪い返しが待っていた。
 吹き込んだ風に、蝋燭の炎が揺れた。小さいながらも灯りには意地があるらしい。ドームの中に侵食してきた闇をしっかりと押し返していた。暖かくなってきたとはいえまだまだ冬だと身を縮こめる。
「お前さ、この公園で寝泊まりしてるわけじゃないよな」
「今更だね。十夜一夜の仲なのに」
 うるせぇ、と軽く流すとくぐもった笑い声が小さなドームの中に響く。
「こんな夜更けに何してるんだよ」
「――王子様を待ってる」
 口に含んでいた黒い液体が気管へと流れ込んだ。
「男連れで待つやつがいるか!」
「騙されてくれるほど鈍くはないか。まぁ、お迎えを待ってるのは本当だよ」
 魔女はすっと、ドームに開けられた穴の外を指さす。切り取られた夜空の中には、少し欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。
「満月の夜に迎えが来る。明日のを逃しても不法滞在で強制退去させられるけど」
「……魔女の世界も世知辛いな」
「ま、どこも似たようなもんよ。ホウキで飛べれば話は変わるけどあいにく無免許でね。お迎えを素直に受け入れないと」
「今度はかぐや姫か。白雪姫になったりシンデレラになったり、魔女も忙しいようで」
「こっちでも有名人だっけ、かぐや姫。公達の心を奪い去り、千年の時を超えて語り継がれる希代の魔女。私たちの憧れだよ」
 思わず向き直ると目線がかち合った。魔女はにまりと笑んでいた。



 明日はきっと雨だから。
 魔女が別れ際につぶやいた言葉は呪文か何かだったのだろう。その言葉に従うように、今晩は細かい雨粒が降り注いでいた。
 傘を差す必要があるのか分からない程度の小雨。しかしぬかるんだ地面の上では夢見が悪い。きっと彼女は来ない。暖かい飲み物を用意するのも、今夜で終わりだ。
 携帯電話を取り出す。残り十数分で日をまたぐ。日付が変われば魔法は解けるのだろう。いつも以上に冷たい風が魔法の残り香を奪い去っていく。見上げた空はどんよりと黒く泣いていた。
 画面に視線を戻す。無機質に時刻を告げるデジタル時計は、吐息で次第に曇っていった。
 ぬぐおうと指を動かしたその刹那。ぽんと背をたたかれた。
「携帯なんかじゃ良い夢は見れないよ」
「……なら、これは悪夢か」
 緩みそうになる顔面の筋肉を引き締める。毎夜蝋燭を手に待っていた魔女は、今宵はマッチの小さな灯火で夜闇を退けていた。
「来ないと思ってた」
 魔女はうつむきくすりと笑った。ビニール傘をくるくると回しながら、器用に二本目のマッチを点ける。ぽんと箱を投げ渡し、お前もやれ、と顎で催促してきた。明かりが増えると魔女は満足げに目を細める。
「良い夢見れそう?」
「最後はマッチ売りの少女か。やっぱ悪夢だな。うっかりしたら凍死体の出来上がりだ」
 箱を返すと、すぐさまシュッと擦れる音がする。
「王子様としては失格だね。ロマンが無い」
 返す言葉もなく炎のリレーを続けた。
 お菓子ではなく、時間とマッチとを食いつぶす。茶会でもなんでもない。静けさが耳に痛かった。残りは、二本。
 ほぼ空の箱を振ってみせると、魔女は何かをつぶやきながら歩み出た。なでるような風に傘がふわりと飛び上がり、魔女の持つ炎が大きく揺れる。
 反射的に炎を灯した。これは夢ではない。幻でもない。魔女は確かにそこにいる。儚くも、おぼろげでもない。夜闇の中にくっきりと浮かぶ女性は柔和な笑みを浮かべ、絡みつくような視線を投げかけている。
「時間だ――月が、満ちる」
 魔女はゆっくりと空を指さした。つられて見上げると、雲間から光が差し込んでいた。
 縁をうっすらと覗いてた月が徐々に姿を現していく。三日月、半月、小望月――。すっぽりと覆われていた月がその全貌を見せたとき、手元でジュッと音がした。傘から垂れた水滴が、マッチの炎を喰らったのだ。



 魔法は十二時に消えるもの。魔女を名乗る女性は、煙のように失せてしまった。
 視界の端にはビニール傘が転がっている。ずいぶんと安っぽいお姫様だ。人を失格者呼ばわりしたくせ、不死の妙薬もガラスの靴も残してはいかなかった。泥のついた傘を拾い上げ、雲に沈んだ夜空を仰ぎ見る。
 ――王子様になんかなってやらないからな。
 自嘲気味につぶやくと、ポケットに突っ込んだマッチがカラリと音を立てた。
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