「あぁ勘違いしないでくれ。俺は別にお前等の事が嫌いとかそういう訳じゃないし、むしろ他の上っ面だけの友人達と比べたら段違いに親交が深い仲だと思っている。
だけど俺は過去に縛り付けられるのとかあんま好きじゃないし、やっぱそういう 『昔は良かったのにねぇ』 みたいな懐古の会に出席するのはポリシーに反する訳だよ。
まぁ俺も胸が痛むのは山々なんだが、やっぱり自分が今まで埋めてきた時間を全て無駄にするって言うのも如何せん好みじゃないと言いますか――――」
「言い訳は後で聞くとして、早く家から出て来い。
俺の場合は週3ペースでお前に会ってるから感傷も何もないのだが、さっきから山岸さんがお前を連れてこいとうるさいんだ。
お前は彼女に好かれてたのだろう? 多分、5年前の自分が好きだった白馬の王子様の現状を見てみたいんだと思うんだが、それの間に入らされている俺の身にもなってくれ。今お前の家の前にいるから、あと15分以内に身支度して出て来い。もし来なかったらインターフォンを鳴らす事無く家宅侵入することになるだろうが、まぁソコには目を瞑ってくれ」
俺の言葉を遮って有無を言わさぬ勢いで一気に捲くし立てた後に満足気に電話を切りやがった旧友を窓の内側から睨みつけてみるのだが、どうやら彼はそんな事には気がついてないらしい。俺の家の前で無防備にも腹を出しながら寝ている野良猫の腹をぷにぷにと突っついているその油断しきった姿には、何処かの寺で修行僧をやっていてもおかしくない様な普段の彼の厳格な面影は見えてこない。
はぁっ、と溜息を1つ吐き出して再び外を見詰めてみる。
外は目を潰さんばかりの快晴が広がっており、ここから少し離れた所にはアクセントになるようにと言わんばかりに申し訳程度の薄く短い雲が点々としている。窓を開けた外から流れてくる風は砂漠から仕入れてきたみたいに湿り気を感じさせず、気温は恐らく20度前後と言ったところだろうか。
気が滅入らんばかりのお出かけ日和である。これでもしも外で雨が降ってたり霙が降ってたり雪が降ってたり矢が降ってたりしていればまだ言い訳ができるのだが、こうまで気持ちの良い気候だと言い訳をする気力すら奪われていくと言う物だった。
観念して、ライオンのたてがみにすら見えかねない位寝癖でツンツンに逆立っている髪の毛を大人しくする為にと風呂場にやってきた。冷たいシャワーを頭からぶっ掛けて目を覚ますと同時に、重力の法則に真っ向から戦いを挑んでいた俺の髪の毛が遂に敗北を喫して下ろされていくのだった。
風呂場から出てタオルを手に取る。そう長くないのでドライヤーなんていう物を使う必要は無く、タオルで2,3分程拭いてしまえばあっけなく髪の毛から水気は無くなっていった。洗面台に置かれているワックスと見詰め合うこと10秒程、切ったばかりなこの髪の毛ならば整髪料なんて使わなくとも形を作れるだろうと判断する。
居間に置いてある適当なTシャツを引っ手繰って、普段よく遊ぶ友人達が見たら 『お前はまたソレを着てきたのか』 と言われかねない程お気に入りな赤と白を基調にした明るめなチェックの上着を羽織って外に出るのだった。
外に出ると見慣れた友人の顔があった。気持ちよさそうに仰向けになっている猫の腹を、それまた実に気持ちが良いとばかりに突付きながら頬を緩ましきっている顔を見詰める事約3秒。奴はようやく俺の姿に気が付いて殺人現場を見られた犯人の如く取り乱したのだが、それも本当に僅かな時間で、それから数秒後には元からそんな事実無かったかのように、普段の圧迫感すら感じるほど厳格な彼が蘇ってきた。
「なんだ、思ったより早かったんだな」
「ん、もう少し遅かったほうが良かったか? でもその猫にあんま情を移すのはオススメしないんだぜ。だってさぁ、ソイツどんだけ可愛がってやっても1日餌やるのを忘れるともうこっちの顔なんて覚えてない――――」
「うるさい!! そんな無駄な事話してないで、早く皆の所に行くべきだろうが!!」
そう言って勢い良く俺に背を向けて彼は歩き出してしまった。いや、歩くと言う形容詞は今一正しくない気がするな。まるで走っているか競歩でもしているかのように勢い良く進んでいってしまうのを俺が苦笑交じりで眺めていても、そんな事は知った事ではないと言わんばかりに彼はスタスタと進んでいってしまった。
全く変なところで頑固なんだよなぁと、深い溜息を吐き出しながらも遠く離れてしまった彼に追いつこうと俺は走り出した。走る時に風を切る轟という音が耳に心地よく、それがこれから向かう地獄の底かと思えるほどに敬遠したい場所への嫌悪感を少し和らげてくれるのがありがたかった。
◆
今日は小学校時代のクラス会がある。
そんな報せがきたのは一昨日の夜、少し食いすぎて重くなった腹を抱えて風呂から上がった10時過ぎ頃の話だった。普段はメールをしない、卒業前のノリだけでアドレスを交換した中学時代の同級生からのメールに僅かばかりの不信感を抱きつつも、いったい何用だろうと虎穴を突っつかんばかりの慎重さで内容を見たらそんな文章が乗っけてあったのだった。
要約すると 『小学3年生の時のメンバーで今度遊ぶ予定がある』 『男女全員に回していて、今のところ皆行くらしい』 『2日後の午後2時に小学校集合』 という3行で済ませられるような要件を、10行を超える長文で懐かしい面々との顔合わせはちょっと恥ずかしいねみたいな、俺にとっては心底どうでもいい彼女の心情を書き連ねているのだった。
それを 『判った』 の3文字で返信したきり返事は返ってこなかったのだが、今はそんな事はどうでも良い。むしろ俺が後悔しているのは何も考えない2つ返事で了承の返事をしてしまったという事実である。
俺は今心底会いたくない人間が1人だけいる。そいつが、今日この集まりにやってくる可能性が非常に高いのであった。
◆
「しかし、こんなくだらない事を考えた奴は誰なんだろうな」
懐かしい小学校へと続く通学路の途中、隣を歩いていた友人が思い出したように俺に声をかけてきた。
お互い沈黙を苦としないタイプなので気にしていなかったが、我が家から今までの約15分間を俺達は無言で歩き続けていたのであった。客観的に見れば12か13程度の幼い少年が20前程度の青年に連れさらわれているように見えない事も無いであろうその情景を思い描いて、あまりの妖しさに思わず顔が青くなっていくのを感じた。
して、目の前を歩いている少年である友人――――名前を安達拓と言う――――は、そう言って胸の辺りで腕を組みながら深い溜息を1つ吐くのであった。150弱という身長と、特別手入れもされていない髪の毛や幼い顔立ちとはあんまりにアンバランスなその動作は、見慣れていない人ならば3日間程度は笑えるネタにできる気もするのである。
「んー、やっぱ女子達じゃねーの? あんまりもてなさそうな……そうだな、それこそ山本さんとかみたいな奴等が良い男探しの為に始めた会だと俺は思うね」
「やはりそうだよな。
全くこんな下らん事に時間を取らせやがって、あいつ等みたいな作り間違えた顔の奴等じゃどう足掻いても彼氏なんてできる訳無いんだからこんな会はそれこそ無駄だろうに」
やれやれと呆れた様に首を左右に振るのだが、その間も彼の歩みの速度は一向に落ちていく様子は見えない。早い安い美味いなんていう、何処か今のとはずれているキャッチコピーを頭から放り投げて、再び俺達は黙々と歩き出すのであった。
「……しかし、正直に言えば遠藤さんの現状には興味がある」
間が空く事3秒程、まるで墓まで持っていくはずだった胸の深奥に刻みつけた秘密を打ち明けるように重々しく彼は口を開いた。顔は勤めて無表情を通しているのだが、それでも両頬の辺りの血行が良くなっているのは隠し通せていないようである。
しかし、それは聞き捨てて置けない台詞だ。
遠藤の現状に興味がある? つまり、ソレはコイツが遠藤に少なからず好意を持っているという事だというのだろうか。
「他の誰かなら俺も何も言わないけど、アイツだけは話が別だ。
遠藤はやめとけ、絶対にアイツはお前の性格とは合わない」
「何かあったのか?」
「アイツは純粋に性格わるくて陰口上等いじめ上等な奴だったって事。
3年と4年は同じクラスでいく筈だったって聞いてたのに突然クラス替えが起こっただろ? アレさ、噂によると遠藤が宮内を苛めすぎてPTAで問題になったからだとか何だとか」
「……確かにそれは勘弁だな。
まいった、それじゃぁ本当に俺が同窓会に行く理由が無くなってしまったじゃないか」
言葉にする程残念には見えない彼の横顔を見て、なんだ思ったよりも御熱心では無かったんだなと内心胸を撫で下ろせたのだが、そうなるとまた1つ問題が出てきてしまうのである。
こいつが遠藤に興味が無いというのは実にありがたいことなのでは有るが、そうなると俺達の間に ”花が咲く” なんて形容できる程盛り上がれる様な話題は無いのであった。本当に、余りの平和さにうたた寝でもかましてしまいそうな緩みきった問題な訳であるけれど、そんな物でも今の俺達にとっては実に重要な問題なのであった。
何か妙案は無いだろうかと頼るような弱々しさで空を見上げるのだが、晴れ渡った空は俺に妙案を授けてくれる事は無く、むしろ俺の頭にこの晴れ渡った空の様な曇りの無い綺麗な空白だけを押し付けてくるのであった。
長い長い空白が流れる。押し潰して広げてしまったように厚みの無い沈黙に溜息を吐きながら、俺達はひと言も声を出す事無く目的地へと歩き続けるのだった。
◆
「げ、大内かよ」
周りの元クラスメート達と久しぶりの再会に頬を緩ますような事無く、校門前でヤンキー座りしている女子高生が、長い通学路を経て遂に目的地まで辿り着いた俺達をまるでゴキブリや蜘蛛とかの害虫を蔑むような目つきで睨みつけてくる。コチラにまで聞こえるような大きな声とは言い難いが、しかしその声は俺達に聞こえないようにしようなんていう生暖かくて死ぬほど胡散臭い優しさは込められていないみたいである。
「できれば俺も会いたくなかったけどよー、まぁ会っちゃったもんは仕方ねーと思うぞ?
あと治すつもりはないと思うけど一応言っておくんだが、それは10年間会ってなかった旧友との感動の対面には相応しく無い言葉だと思うんだぜ?
俺にあんまり冷たい態度を取ったりしちゃうとさぁ、こっちだって思う所があるわけですよ」
まぁアレだ、具体案としては幼稚園の頃の恥ずかしい黒歴史を暴露するとかその辺り。子供の頃のトラウマと言う奴は時間が経っても風化する事無く、むしろ過ぎていく時間を更なる進化の糧としてより一層強固な物へと移り変わっていくのである。
何を馬鹿なことをと、目の前の金髪のちびっ子が今までの自分の人生の不幸の全てを込めたみたいな重苦しい溜息を吐き出した。溜息は2秒と待つ事無く俺の元まで響き渡って、その余りにネガティブな溜息は遂には俺の中で燻っていた意気なんかを原型を留めないほどに溶解させていくのだった。
「まぁなんだ、コイツも中々傷ついているみたいだらあんまり攻めないでやってもらえないだろうか?
俺達はもう中に入るから、宮内さんも適当に暇になったらこっちまで来てくれれば助かる」
安達の微妙に的を得ていない弁明の言葉を無視して、俺はドロドロになった意気に身を任せながら、まるで雲の様な緩やかな動きで他の皆がいる校庭へと歩み寄った。中にいる人数は大雑把に見て20人程度。引越しや人様に言えない痛烈な事情のせいで来れない人間の事を考慮すると、実は俺達が最後に来た人間だったのかもしれない。
「あー、安達君と大内君だー!」
「おー、天地がひっくり返って隕石がダース単位で降り注いで、終いにはこの校庭にだけ地下シェルターが有るとしても断固ココには足を踏み入れないなんていう暴言を吐いていた大内じゃんよ!
取り合えず表面上は暖かく迎え入れてやるからさ、早いところあの暴言に対する謝罪として無様に地面に頭をこすり付けて土下座しちゃいなよ!」
キャハハッと、耳をふさぎたくなる程品の無い笑い声をあげてこっちを指差してくるウザい女が2人程。片方は肩に届くか届かないかという程度の黒のセミロングで、もう片方は根元まで綺麗に金色に染めているショートカットの2人組だ。顔の良し悪しについて深くは言及しないが、控えめに言っても両方ダヴインチの作り上げたイースター島のモアイ像位の芸術性はあるとだけ言っておこう。
片手を上げて2人に挨拶をする。特に山岸さんの方は今目を合わせると取って食いかねないような殺気を醸し出しており、俺としては出来るだけ早くこの場から離脱したい気持ちでいっぱいなのであった。
「あら、安達君じゃない」
――――背後から凛とした声が響き渡る。20人程度は居るであろう人たちの会話の間に潜む有るか無いか程度の隙間をぬってきたのにも関わらず、本当に通り抜けてきたみたいな爽やかな声が聞こえた。
なのに俺は悪寒と悪意とちょっぴりばかりの殺意が止まってくれる事は無かった。明らかに俺の事だけを避けている挨拶と彼女の過去の罪を思い返して、俺のコメカミの辺りの血管がピクピクと動き出すのを自覚した。
「……久しぶりだな、遠藤」
まるで親友の敵に決闘でも言い渡すかのような悲痛な思いを胸に蓄えて、俺は目の前にいる最低のカス女に果たし状を叩きつけてやるのだった。 |