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僕の部屋で

作者: ヨッキ


「死んでる…」


ある朝起きた僕は部屋の状況を見て一言そう言った。


僕の部屋は争ったかのように荒れていて、夕べ飲んでたビールがこぼれ、僕の大事な本を汚していた。

高校時代野球部だった名残りに持っていた木製のバットがカバーから剥き出しになって転がっている。

バットの先端には赤い液体がこびりついて、更にその先には嫌でも目に付く頭から血を流した友達が横たわっていた。


「僕がやったのか…?」


夕べの事は酔っていて何も覚えていない。

僕は友達に近寄り、肩に触れ軽く揺すってみた。

だけどなんの反応もない…。

今度は友達の名前を叫びながら、もっと強く揺すってみた。

すると横向きになっていた友達はその衝撃でひっくり返り、仰向けになった。

友達は目を開きっぱなしにしていて何もない天井を見続けた。


僕は口を両手で押さえ、目玉が飛び出るんじゃないかと思うぐらい目を見開いた。

友達の死を確信させるかのように、僕の米噛みから数滴の汗が流れた。


「なんでこんな事に…

思い出せ!

昨日何があったのかを…!!」


僕は頭をフル回転させ、昨日の事を思い返した。


夕べは突然友達が僕のアパートに訪ねて来た。

ビールや焼酎やワイン、それにおつまみなどをギッシリ詰めた袋を両手に持って、「飲まね?」の一言でズカズカと部屋に上がり込んで来た。


ちょうど暇だったし、久々の友達との家飲みは悪い気はしなかった。

缶ビールを開け、まずは乾杯。

そこから談笑を挟みながら、三本目を開ける頃、友達が聞いてきた。


『おまえ、元カノとは最近どうなの?』


…僕の表情が変わったのはその時だった。


「いや待て、それで友達を殺したのか?」


僕はふと回想シーンから我に返った。


「確かに彼女と別れたのは友達にも原因があるけど、殺意を抱くほどじゃない

そりゃあ夢中だった彼女が友達の事好きになって別れる事になったのは傷付いたけど…

ん?

だとしたらこの後の……」


僕は再び回想シーンに戻った。


『別に…

彼女とはもう連絡もしてないし、完全に終わったよ』


僕がそう言うと、友達は『そっか…』と返した。


『おまえさ、まだ彼女の事好きならもう一度連絡取ってみれば?

案外うまくいくかもよ?』


そう言って友達は笑った。

僕は別れた後彼女が友達に告白したのを知っている。

そして付き合う事になったのも…。

友達はきっと僕が彼女から聞いて知っているのを知らないんだと思う。


僕は友達と彼女が付き合う事になったのを、悔しさを感じながらも祝福していた。

自分の大切な人同士がくっついたのだからそれで良いんだと納得していた。


だからこそ僕は、友達のこの安易な発言に腹が立ったんだ。


「そうか…

それで僕はバットを手に取って友達を…!」


回想シーンから再び戻った僕は確信した。

殺したのは僕だと…。


「どうしよう…

まさかこんな事になるなんて…!」


頭を抱えて戸惑っていた僕はふと我に帰り、開けっ放しにしていた玄関の鍵を急いで閉めた。

そしてドアを背にして、友達の死体を見ながら乱れた呼吸を必死に整えようとした。

だけどいくら深呼吸を繰り返しても僕の鼓動は落ち着くことはなかった。


「どうすれば…

このままじゃ僕は刑務所行きだ!

なんとかしないと…!」


僕は恐る恐る友達に近付き、様子をうかがった。

とりあえず薄気味悪く開きっぱなしになってる目をどうにかしようと指で閉じてみたが、何度閉じてもその直後に開いてしまう。

何かで聞いた話しだが、怨みを抱いて死んだ者は決してその目を閉じる事はないという…。

僕はその話しを思い出して思わず喉をゴクリと鳴らした。


僕はその辺のクッションを友達の顔に被せ、改めて考えた。


「埋めるか…

このまま放置してたら異臭がきつくなって近所の方々が気付くのも時間の問題だ…

………だけど…」


僕はカーテンを少し開け、外の景色を眺めた。

只今の時刻11時23分。

人通りが多く、とても死体を運び出せる状況じゃない。

ついでに僕は車も免許も持ってなかった。


どこかに埋めに行くのは困難だと悟った僕は、カーテンを閉め、友達を横目にため息をついた。


「…昔っからそうだったな…」


ポツリとそう言うと僕は友達に近付いて、ひざを着いた。


「いつもそうだ…

僕がうまくいってると良い所で、いつもコイツが横から入って邪魔をするんだ


小学生の時、運動会のリレーでも、後少しという所でコイツに抜かれて一着をとられた…


中学・高校の時も、成績はいつもコイツが上、どんなに頑張ってもコイツより良い点を取る事は出来なかった

コイツがいなければクラスで1番だった時もある


そんでまた…

就活に失敗して、大学卒業してからも職が見付からず、ようやく採用されたと思ったらまたこれだ…!

来週から出社だって言うのに、またコイツは僕の邪魔をして…!!

これからだって言う時にコイツはいつも、いつも、いつもぉ…!!!」


冷淡な語り口から徐々に激高していく、僕は自分で身勝手な事を言っているのに気付いていた。

それでも長きに渡る友達への不満は抑えることが出来なくなっていた。


コンポをつけ、入れっぱなしのCDを大音量で流した。

鼓膜が破れるかと思うほどのハードロックな音楽がアパート中に響き渡った。

今なら僕の言葉は誰にも 聞こえない。


「いつも僕の邪魔をして!!

本当は僕…

おまえの事大っ嫌いだったんだ!!!

死んで清々したよ!

最初っからおまえなんかいなかったら全部うまくいってたんだ!!!」


僕の怒鳴り声は騒音によって案の定かき消された。

返す言葉を失い、クッションを被ったまま動かない友達を前に、僕の呼吸は荒く乱れ、しばらく興奮が治まらなかった。


まだ言い足りない僕は深く息を吸って罵倒する言葉を頭の中で考えた。

その時、玄関のチャイムが鳴った。

2・3回鳴らした後、ノックに変わり、ドンドンとドアを叩いた。

僕は慌ててコンポを消し、死体が見えないよう内ドアを閉めた。

本当は出たくなかったが、あれだけの大音量で存在をアピールしてしまった以上、玄関のドアを開けない訳にはいかなかった。


ドアを開けると予想通り隣の部屋に住む女性が立っていた。


「あの、すみませんけど音が…

あ、止まってる…!」


「ああ、すいません!

ちょっと間違えちゃって!気をつけます!」


慌ただしく話しを終わらせようとする僕を変に思われないか心配したが、長々とドアの隙間から部屋の様子を伺われるよりマシだった。


僕が急いでドアを閉めると、「何あの態度…」と女性の不満が聞こえてきた。

正直かわいい隣人からのこの一言には傷付いた。


再び部屋に戻ると相変わらず友達が横たわっている。


「絶対に捕まりたくない

こんな奴の為に僕の将来を台無しにされてたまるか…!」


僕は台所に行って包丁を取り出した。


「やっぱり埋めよう!

バラバラにすれば少しずつ運べるし、誰かに気付かれる心配もない!」


そう言って僕は包丁を友達に突き付けた。

邪魔なクッションをどかし、どこから切断するか迷った。

まずはどうしても目が行ってしまう首から切るか、切り易そうな手足から切るか…。


「待てよ、骨を切るなら包丁じゃ不十分か…」


僕はこんな状態にも関わらず、意外と冷静な自分に驚いた。

包丁から日曜大工で使うノコギリに持ち替えて、改めてどこから切断するか考えた。

…そして僕は足から切る事に決めた。


僕は切断し易いよう友達の服を脱がし始めた。

まずはTシャツを脱がし、ズボンを脱がした。

残るはパンツのみとなった友達は、僕が言うのもなんだが滑稽だった。

パンツには熊のイラストがプリントしてあり、友達の意外な一面をこの時初めて知る事になった。


「そういえばこいつ、お尻に変なアザがあるとか言ってたな?

今まで見た事なかったけど…」


中学時代にその話しを聞いて、体育の着替えの時に無理矢理見ようとした事があった。

ほんのイタズラ心だったがパンツを下ろそうとする僕に友達はかつてないほどのキレッぷりを見せた。

その時以来僕は友達のアザには触れないようにしていた。


そんな事を思い返していたら、僕は無性にお尻のアザを見たくなった。

僕は友達をうつぶせにして、スルスルとパンツを脱がした…。


僕は思わず息を飲んだ。


「か…

かわいい……っ!?」


ショックな事に友達のお尻はかわいかった。

桃色のお尻の左右にアザがあり、その中に大きめなホクロがあった。

それがちょうど目のようになっていて、割れ目が口みたいに見えた。

少し垂れた目が癒しを生み、まるで何かのマスコットキャラのようで、僕の心を魅了した。


「何かイケない物を食べてるような、この口から飛び出たグロテスクな一物さえ無ければ完璧なのに…

まずはここを切るか…」


そう口にしたものの、ふと冷静になり、男としてそれをしてしまったら何か大事な物を失う気がしてやめた。

僕は首を左右に振り、本来の目的に戻った。

ノコギリを手にして足首に突き付けた。


…するとその瞬間、不思議な事に声が聞こえてきた。


「切らないで!

痛いのイヤだよ…!」


僕は声のする方に顔を向けた。

ただの幻聴なのは分かっていた。

だが奴は何かを訴えかけるようにつぶらな瞳でじっと僕を見ていたのだ。


僕はノコギリを床に置いた。


「チクショー!!

なんでこいつのお尻はこんなに可愛いんだよ!!

こんな事なら見なければ良かった!

あのままパンツの奥底で知られざる秘密として永久に葬り去ってしまえば良かったんだッ―!!」


僕は泣いた。


1Kの小さな部屋じゃ納まり切らないほどの大きな声で…。


さっきまで友達を殺した事に動揺はしていたものの、罪悪感を感じる事はなかった。

それが何故か今になって溢れてきた。


「僕は一体何をやってるんだ…こんな…!

人を殺したんだぞ!!

いくらごまかしたってその事実は消えないのに、何してんだよ……!!」


僕はしばらく顔を上げる事が出来なかった。

情けなくて、恥ずかしくて、現実から目を背けていた自分を誰にも見られたくなかった。

例えそれがパンツをズリ下ろされて裸で横たわる死体だとしても…。


自首しよう。

そう思った時、突然ケータイの着信音がなった。

どうやら友達の脱がされたズボンからのようだ。

僕がズボンから友達のケータイを取り出して見ると、メールが届いていた。

開いてみると元カノの名前があった。

友達と元カノは付き合っている。友達のケータイにメールが着ても、僕はなんの違和感もなかった。


「どうしてもダメ…?

もう一度考えてほしい」


そう元カノは語っていた。

僕はこの意味が分からず、前までの友達と元カノのやり取りが気になった。

送信履歴を開いて、友達が元カノに何を送ったのかを見てみた。


「君の気持ちは嬉しいけど、付き合う事はどうしても出来ない…」


僕の心臓がドクンと音を立てた。


「あいつと俺は親友だから、裏切る事は絶対にしたくない!」


―僕は愕然とした。

嘘だった。

元カノの友達と付き合い出したという話しは嘘だったんだ。

僕はケータイの画面を見ながら、長く深いため息を吐いた。

そして枯れ果てた目から搾り出されるように最後の一粒が落ちた。


「こいつ…バカだな…

こんなバカな奴だったんだなこいつ……」


僕は何も無い天井を見上げて鼻をすすった。


「考えてみたらこいつのおかげだったんだよな…

学校で僕の成績が普通より良かったのは、こいつがいて、こいつには負けたくないっていつも思ってたからなんだ…

だから頑張る事が出来たんだ…


彼女の事だって…

本当は友達が彼女の事好きなの知ってたんだ

彼女と友達が両想いなの知ってたんだ…

でも友達に負けたくなくて、僕が横から割って入って半ば強引に彼女と付き合う事になったんだ…

本当はそれほど好きな相手でもなかった…


本当に邪魔してたのは僕の方だ…!

僕がいなければ話しがこじれる事もなく、友達と彼女は幸せに過ごしていたハズなんだ…!!」


僕は上に向けてた顔を下に下ろして友達を見た。

目に貯まっていた涙が一気にこぼれ、床を濡らした。


「そんな僕を親友だなんて…

はは…

どうかしてるよこいつ…ぅ…!」


僕の顔はグシャグシャだった。

眉は八の字を描き、涙と鼻水が一体化していて、それが口にまで達していた。

僕は改めて、この無惨に横たわる死体が本当に友達だったんだって事に気が付いた…。


「…自首なんかしない…

ようやく僕がどうするべきなのか分かったよ…」


そう言って僕は無造作に床に転がった包丁を手に持ち、左の手首にあてた。

ひんやりと心地良いステンレスの感触が、不思議と僕を落ち着かせた。


「今までごめん…

すぐいくから……」



―そう言って右手を引こうとした瞬間、僕はある事に気付き、手を動かす事も出来ないほど硬直した。


その現象を目撃すれば誰もが沈黙するはずだ。

何故ならあのかわいらしいアイツがモヒモヒと動いていたのだ…。


僕は何度も目をこすりそれを確認したがやはり動いていた。

すると次は身体全体がモゾモゾと動き出した。


「ぶはぁっ!!

ハァハァハァ…ッ!!!

あーヤベェ、

死ぬかと思ったぁ―!!」


僕は思わず声を上げた。


「ギャアーーーーッッ!!!!!!!!!」


…衝撃的な事に友達が生き返った。

僕は猛スピードで後ずさり、壁に思いっきりぶつかった。

あんぐりと口を開けボー然とその光景を見てると、友達がこっちに気付いた。


「ハァハァ…

俺…何分ぐらい息止めてた?」


僕にはこの不死者からのメッセージが理解できなかった。


「…は?

え…20分くらい死んでたけど……」


友達の問いに訳も分からずそう答えると、友達は頭を右手でおさえた。


「あーそんなにかー

悪いな心配かけて…

俺たまに寝てる時に息止める事があってさぁ…

今回が最長記録だよ

うわ…頭クラクラする…マジ死ぬ寸前だったよ」


僕の心臓も信じられない現状に爆発寸前だった。友達にそんな病癖があるなんて初耳だったが、そういえば学校で目を開けっ放しで居眠りするのは友達の得意技だった気がする。

だけどそんな説明で納得出来るはずもなかった。


「お、おまえ大丈夫なのか?頭から血が出てるぞ…!?」


僕がそう言うと友達はおさえてた右手を見て確認した。


「…これワインだよ

おまえ昨日の事覚えてないのか?」


そう言われた瞬間、僕の脳裏を何かがよぎった。


「ビールを飲んでる時おまえ俺にからんできただろ?

俺と元カノが付き合ってるとかなんとかって…?


だから俺が誤解だって言って、証拠のケータイのやり取り見せたらおまえ途端に上機嫌になってさ…

一人で焼酎開けてイッキ飲みしだしたんだよ」


そうだ…。

それで僕は一気に酔いが回り、バットを取り出して………

素振りを始めたんだ。


『バッチこーい!!!』


『おいやめろって!!

危ねぇっての!

あ、ビールがこぼれた!

これおまえが大事にしてた本じゃねぇのか!?

ビショビショだぞ!!』


この時、僕が振るバットが色んな所にあたった気がする。

部屋の争ったかのような跡は、この時の僕一人の仕業のようだ。


『カキンッ!

ホームラーン!!!

元高校球児なめんなぁ!!!

ビールかけすっぞ!

ビールかけェッ!!!

…あれ、ビールが無い?

まぁいっかこれで!!』


『わぷ…っ!

それワインだろ!!

やめろって、それ高かったんだぞ!!

わ、ちょっ、わぷぷ…!!!』


僕は調子に乗って赤ワインを友達の頭にかけて溺れかけさせた。


僕が回想シーンから戻ると友達は呆れた顔をしていた。


「思い出したか?」


友達のその問いに僕はツバを飲み込み、友達の視線からゆっくりと目を背けた。

何故なら友達は素っ裸だったからだ。


「それじゃあ俺も聞きたいんだけどさ………

なんで俺……………

………こんな格好してんだろ…?」


たぶん聞いてくるだろうと思っていたが、僕の頭は真っ白だった。

僕は持てる知力を振り絞り必死に言い訳を考えた。

そしてしばらくの沈黙の後、僕は静かに口を開いた…。


「覚えてないのか?

自分で急に脱ぎ始めたんだぞ?

俺のファンシーな一部を見てくれって・・・」


友達はそれを聞くと、「そっか」と言って笑った。

僕もつられて一緒になって笑っていると、友達はおもむろにバットを拾った。

今までに見せた事のない満面の笑顔でニコニコと友達は僕に近付いてきた…。



初夏の香りが町一杯に広がる今日この日…

中学以来の友達の切れっぷりに、僕は僕の部屋で響き渡るほどの悲鳴を上げたのだった・・・。


―おわり―


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