幕 間 その17 とある監視装置の解析記録
-とある監視装置の解析記録-
記録年月日:【青】の月17日
記録場所:『研究所』個人特別区画Aの3番。
※監視対象者:カシム・オルド。『古代魔族』の普遍化研究班第一主任。
第一級秘匿情報である【魔装兵器】『ディ・ヴェガドスの巨人兵』の無許可起動の容疑により、カシム・オルドの情報保護規制を解除。
深夜一刻00分より撮影開始。同時刻、音声録音開始。
──画面に映る白衣の男。個人特別区画を与えられた数少ない研究員の一人。研究内容は「シリル・マギウス・ティアルーン」を使用した、『魔族』が普遍的に使える高度かつ複雑な術式体系を確立する技術の開発。
「がああ! ちくしょう! アレが手元になければ、我が研究は進まないのに! おのれおのれおのれ! よりにもよってアウラシェリエルの【魔術核】まで破壊されるとは!」
デスクを叩きつけるカシム。研究室の内部には、散乱する研究資材の山。
「元老院め! わたしの研究予算を大幅に削るだけでは飽き足らず、嘘の情報まで与えおって! なにがただの冒険者だ! あれは『エージェント』クラスの連中じゃあないか! あんなものがいると知っていたら、『巨人兵』など出さなかったものを! だいたい、なぜだ! 奴らが『エージェント』なら、元老院の子飼いだろうが!」
『ディ・ヴェガドスの巨人兵』に類似するキーワードを確認。
「あの日から、すべてがおかしくなったのだ。神官長だか何だか知らんが、アレをわたしから引き離すなどと、愚かしいにもほどがあるわ! アレが手元から無くなったせいで、我が研究にどれだけの遅延が生じていることか!」
発言内容の分析。キーワード等の確認なし。
「それにアレに実戦経験を積ませる、だと? 馬鹿め! それでアレが損なわれたらどう責任を取る? あんな貴重なサンプルは二度と手に入らんのだぞ!」
叫ぶカシム。デスク上のコップを掴み、手近な壁に投げつける。陶器の破壊音。
「だいたい、■■■■は何を考えているのだ! 奴が管理者だというなら、神官長などという部外者の意見など無視すればよい! 『神』などもういないのだ! 我が研究によってのみ、『魔族』は過去の栄光を取り戻すことができる!」
※注────解析記録の留意事項
〈音声に不明瞭な箇所あり。……『装置の不具合』によるものとして処理〉
「……! だ、だれだ!」
区画の扉の開閉音あり。続いて侵入者の存在を確認。
この際、撮影機構に異常発生か。映像の一部にノイズを確認。
侵入者の姿のみ映像が不鮮明。原因は不明。
「……うふふ。ここまで来るのは、少しだけ大変でしたねえ」
女性の音声。侵入者の【魔力波動】を確認。
登録済みの【魔力波動】と照合。未登録──否、解析不能。
「な、なんだ貴様は? いったい、何者だ? どうやってここまで入ってきた!」
「そんなことはどうでもいいです。……ああ、助けを呼ぼうとしても無駄ですよ? 防犯装置は作動しません」
この時点で通報装置に不具合が発生した模様。
不審人物の監視記録の撮影・録音は依然として継続されている。
※注──解析記録の留意事項
〈防犯装置の不具合が侵入者によるものであると仮定した場合、映像と音声の記録が継続されている点については、侵入者が意図的に記録を残させている可能性がある〉
「な! 装置が作動しない? ば、馬鹿な、なぜそんな真似が……」
「うふふ、いいですか? 貴方には質問する権利はありません。わたしの問いに答える義務だけがあります」
「ひ、ひい!」
鋭利な刃物による区画壁面の損傷を確認。場所は東側壁面──映像ではカシムの背後。
「あなたのお名前、カシム・オルドで間違いないですか?」
「な、名前も知らずにここまで来たというのか?」
「いえいえ、ただ、これからスルことを思えば、人違いなんて万が一にも避けないといけませんから」
「な、なんだと?」
「質問は禁止といったはずですよ?」
人影が一歩、カシムへ接近。
「く、来るな!」
「はい。さて、質問です。十二年前、あの子がこの研究区画から引き離される以前のことです。あなた、あの子に何をしました?」
「な……シリルのことか? な、何を言っている?」
「心当たりがないと言うわけですか。でもあの子は、首の周りに物を身に着けることを極端に嫌っていましてね。まあ、嫌うと言うより、病的に恐れていたようです。……最近ではようやく、首元に可愛らしいチョーカーなんてしてましたけどね」
「そ、それがどうした!」
「十二年前、彼女の首には『治療痕』がありました。わかります? どんなに上手に【魔導装置】で癒したところで、長年にわたり何度も同じ場所に繰り返し傷をつければ、残るものはあるんです。そして、あの子が研究区画から離れることとなったあの日──あの子の首にあった『痕』は、かなり酷いものでした」
「し、知らん!」
「嘘はいけませんねえ。嘘つきは、早死にするって知りませんでしたか?」
再び壁面の損傷を確認。
壁面素材【硬化魔粧版】を貫く刃物。一見して調理用器具に見えるものの、高い殺傷能力があるものと推測。
「ひ! あ、ああ……。あの日は少し出力を間違えたのだ!」
「間違い? 彼女の首に酷い火傷を負わせたのが? そもそもなんでそんな真似を?」
「アレが実験に失敗などするからいかんのだ! それも、わざとだ! 我が研究の遅延を招くような愚図を矯正する必要があったのだ!」
暴力行為の発生を確認。人影の放った拳がカシムの顎を直撃。血をまき散らしながら資材の山へと倒れ込む。生命反応あり。負傷の程度は軽微の模様。
「ぎゃああ! あ、ががが……いたい、いたい、いたい~!」
ごろごろと床の上でのたうち回るカシムの襟首を掴む人影。
「当時五歳の子供にする仕打ちとは思えませんねえ」
「ひ、ひぎ! あば、アレは、けんぎゅ、う、じざいだ……・こ、ごどもではない……」
カシムの肩口に裂傷を確認。刃物の先端が傷口へ埋没。負傷は軽微。
「あぎがああ!」
「研究資材? 面白いことを言いますねえ。じゃあ、貴方もわたしの研究資材になってみます? うふふ! 楽しい楽しい実験です!」
傷口に刃物の先端がさらに食い込む。
「ぎゃ! い、いったい、何を?」
「ただ……その前に質問があります」
「わ、わかった、なんでもこたえる! だから許してくれえ!」
「許す? ええ、いいですよ。じゃあ、質問です。今回の件は■■■■の差し金?」
「こ、今回の件? ぎあ! いや、わかった! そうだ! 奴がわたしに【魔装兵器】の起動を許可したのだ!」
「やっぱり。ここの警戒装置が甘くなっていたのも、不正に機密上の【魔装兵器】を起動するための処置なんでしょうけど、貴方にとっては運が悪かったですねえ。おかげでこうして貴方にも会えたことですし」
※注────解析記録の留意事項
〈音声に不明瞭な箇所あり。……『装置の不具合』によるものとして処理〉
「言った! 言ったぞ! だからもう、許してくれえ!」
カシムの【魔力波動】の状態が激変。極度の恐怖と興奮状態にあるものと判断した警備装置が各種警戒レベルを上昇。警報発動の準備──失敗。原因不明。
「はい、許してあげます」
「た、助かった……」
カシムの懐で【魔装兵器】の起動魔力を確認。
「ぎぎゃああああ!」
鋭利な刃物が懐に伸びようとしたカシムの手を刺し貫く。出血あり。ただちに治療を要することを感知した室内の緊急治療用装置が起動──失敗。原因不明。
「は、はやくその刃を抜いてくれ!」
「手癖が悪すぎですよ? そんなに早死にしたいんですか?」
「ま、待ってくれ! 悪かった! もうしない! だから、だからゆるしてくれええ!」
「いいですよ?」
「ほ、本当か?」
「これからわたしのする実験に、つきあってくれたらですけどね」
「実験? な、なんだ?」
「はい。──人は指先から、何分目まで寸断されても死なないでいられるか? です」
「ひ、ひい! やめ……! な、なんで、そんな!」
「あなた、五歳の女の子が首輪をつけられ引きずり回され、火傷まで負わされて、『なんで?』と思わなかったと思います? 『やめてほしい』と、願わなかったと思うんですか?」
「ま、待ってくれ! ゆ、許すって言ったじゃないか! そ、そんなことをされたら死んでしまう!」
「わがままですねえ。まあ、確かに死んじゃったらいけませんよね?」
「あ、ああ……た、頼む……殺さないでくれ」
「それじゃあ、こうしましょう? あなたに選択肢をあげます。──なんと! 選択肢はどれも死なないで済むものばかり。うーん、わたしって優しいですね! じゃあ、次から選んでくださいね?」
「あ、うう……」
「よし、では、選択肢です──
実験その1:全身の皮膚を、何割までなら剥がされても正気でいられるか?
実験その2:痛覚の神経に、何回までなら針を刺しても正気でいられるか?
実験その3:身体中の骨を、何本までなら打ち砕いても正気でいられるか?
はい。それではどうぞ、お好きなものを!」
「ひ、ひいいいいいい!」
カシムの【魔力波動】の停滞を確認。意識の喪失と判断。生命反応は確認。
「あらあら気絶しちゃいましたか。でも、目を覚ましてもらわないと拷問……じゃなかった、『ご奉仕』できませんしねえ。……うふふ。■■■■、見てますか? あの子を傷つけた奴は、こうやって丁重におもてなししてあげる予定です。まずはこれから始まる『ご奉仕』でも見学して、自分ならどんなふうにされたいか、考えておいてくださいね?」
監視装置の撮影機構に顔を向けて語る人影。映像はノイズ。音声は『一部』不明瞭。
※注────解析記録の留意事項(事後の解析者の引き継ぎ記録:後日抹消)
なお、映像については撮影中に何らかの妨害を受けた可能性あり。
音声については、『装置の不具合』による。(殴り書き:こっちは元老院の圧力だ!)
以下は検死報告より抜粋……
十七日早朝、同区画の研究員によってカシム・オルドらしき『物体』が発見される。同日正午過ぎ、残留魔力の測定による検死の結果、遺体はカシム・オルドであると同定。致命傷と思われる傷の判別自体が困難であり、死因は特定不能。原形をとどめない遺体の状況から、『即死』の可能性が極めて高いと考えられる……抜粋終わり。
──なお、引き継ぎにあたっての留意事項としては、監視映像記録の冒頭数分間を除く『二時間半あまり』に及ぶ映像については、閲覧者の精神衛生上の観点から、閲覧制限をかけるべきであると提案するものである。