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悪役少女拾った結果

作者:山口悟
物心ついた時からもうその記憶は存在していた。

狭い部屋の中で一人っきり、得られたと思ってもすぐに失われるぬくもり、どこまで続く孤独な記憶、それが前世の自分の記憶なのだと気付いたのはいつ頃だっただろうか。

ただ、それに気付いたのと同じ頃……私は今世でも失ってしまった。
父と母、幼い妹、大切な家族は一瞬にして、私一人をおいてこの世からいなくなってしまった。

家族を失った私は、今度は可愛がってくれていた祖母の家に引き取られた。
しかし、彼女もまたすぐに私をおいて父たちの元へと逝ってしまった。
そして私はまたひとりになった。

私は思った……私という存在は例え生まれ変わっても永遠に孤独なままなのだと。
いくらぬくもりを得たとしてもまた失う、これが私という存在の運命なのだろう。
そう悟った私はもうぬくもりを求めるのを、大切なものをつくるのをやめた。

親戚をたらいまわしにされ、十五で遠縁の親戚の家にその身を落ちつけてからも私は、決して何も求めずいつでも一人生きていけるように、誰とも近づきすぎないように生きようと決めた。

そんな時、私は彼女たちに、いや彼女に出会ってしまった。

預けられた先の親戚がやっていた道場に遊びに来ていた子ども達の中にいた二人の少女。
一人は活発で明るく愛らしい女の子、もう一人は大人しくどこか陰のある女の子。
彼女たちに出会った時、なぜかどこかで会った気がしてならなかった。

どうしても気になって、二人の名とその家の事情を、近所の知人に尋ねた。
するとその名と彼女たちの状況に、私の頭にあった前世の記憶の中にかっちりとはまるものがあることに気付いた。
それは前世で私が幼い頃に読んだマンガの登場人物だった。


近所の姉さんに借りて読んだそのマンガは当時の女の子にたいへん人気なものだった。

【ある日、学校で異世界へと召喚された女子高生、ハルカ。
気が付けば知らない宮殿の中『あなたは選ばれた乙女だ。この世界を魔物たちの手から救ってくれ』と頼まれ、戸惑いながらも護衛として付き添う男性たちと共に魔物退治をしていく。

しばらくたった頃、ハルカの前に元世界のクラスメートであったマユミが現れる。
クラスでも暗い雰囲気で目立たない存在だったマユミ、実はハルカとは幼い頃、友人だったがマユミが引っ越し疎遠になっていた。
そして高校で再会したのだったが、なぜかマユミはハルカを拒絶していた。
そんな関係だった二人が異世界にて再び、再会したのだ。

実はマユミはハルカの召喚に巻き込まれて、同じく異世界に来ていたのだ。
再会に喜ぶハルカとは対照的にハルカに強い敵意を向けてくるマユミ。

それはマユミが宮殿に呼び出せれたハルカと違い、治安の悪い地区に落ちてしまい、その場にいたゴロツキ達に乱暴されてしまっていたからだった。
マユミは、自分はひどいめにあったのに、皆に大事にされ、明るいままのハルカを激しく憎む。

そして……憎しみが膨らんだマユミはハルカに攻撃を仕掛ける。

この時から、ハルカのライバルとして悪役としてマユミは陰からハルカをつけ狙う存在になる。

いくどとなく攻撃をしかけてくるマユミに事情が分からず戸惑いながらも、なんとか応戦を続けるハルカ。

やがて憎しみに駆られたマユミが魔物に取りつかれてしまっていたことがわかり、ハルカはなんとかマユミから魔物を引きはがそうとする。

そして、苦労の末に魔物を引きはがすことに成功したハルカだが、マユミから引きはがした魔物にふいをつかれ殺されそうになる。
するとそこでマユミがハルカを庇って命を落としてしまう。

ここでマユミが幼い頃に引っ越したのは親に虐待されていたためで、その後、親戚の家を
たらいまわしにされてすっかり人を信じられない暗い性格になってしまったこと。
だから高校でハルカに声をかけられても素直に信じられなかったこと。
そして異世界におち、乱暴されことで、ハルカを恨むようになり、そこを魔物に付け込まれてしまったことが語られる。
しかし、そう語ったマユミは最後に「でも本当はハルカのこと好きなの」とつぶやくのだ。
孤独なマユミにとって高校で再会し、明るく声をかけてきてくれたハルカの存在はかけがえのないものだったのだ。


このマユミの死でハルカは魔物を深く憎み、やがて異世界から魔物を殲滅させる。】



前世で幼い頃に読んだこのマンガの内容をここまでしっかり覚えていたのには……この悪役でライバルでもあるマユミのことがあまりに印象的だったからだ。
親に虐待され、誰にも手を差し伸べれられなかった孤独な少女、彼女は前世の私によく似ていたから。

マユミがまるでハルカのやる気をおこさせる道具のようにあっさりと命を落とした時には号泣もした。
マンガを読んで私が泣いたのは後にも先にもこの時だけだ。
こうしてあまりにも印象に残っていたマンガだからこそ気付いたのだ、目の前に現れたハルカとマユミの存在に。

マンガの少女たちをそのまま幼くしたような顔だちと性格、そしてマユミが語っていた幼少期と同じ境遇の少女達……彼女達はこの後、あのマンガのようになっていくのだろうか。
ハルカという名の少女は異世界に召喚され、マユミという名の少女は……。

だとしても私には関係のないことだ……そう思おうとした。
私はもう誰とも深くかかわらないと決めていたから。

しかし、ある日の学校からの帰り道、薄暗くなった公園にポツンと一人佇むマユミを見つけた時、そのあまりにも孤独な小さな背中に……気が付けば傍に駆け寄っていた。
そして……その小さな手に自らの手を伸ばしていた。






あれから、あっという間に時は流れて――。
「おい、朝飯ができたぞ。ミキ」
「……マユミ、何度も言ってますが、襖を開ける時は声をかけてから」
部屋の襖を確認もせずガッと開け、そう言ってズンズンと入ってきたマユミにそう注意するも、
「はい、はい」
とあくび交じりに返される。これは完全に聞いていない。
「……マユミ、あとその言葉遣いも」
「はいはい、小言は後できくから、早く朝飯食べないと稽古におくれるぞ」
そう言ったマユミに引きずられるように、台所に行けばこの家の主でもある公蔵こうぞうがすでに白米を口にかきこんでいた。
「おぉ、はよう」
実に美味しそうに白米をかきこみながら公蔵がそう言うと、流しに立っていた公蔵の妻である幸恵さちえもこちらに笑顔を向けてきた。
「おはよう」
「おはようございます。師範、幸恵さん」
公蔵と幸恵は9年前、遠縁でほとんど顔も見たことのなかった私をこころよく引き取ってくれた夫婦である。

子どもに恵まれなかった夫婦は家に併設された道場で子ども達に剣道を教えている。
またそれだけでなく夫婦は色々と彼らの世話も焼いているので、道場には昔から近所の子どもたちが集っている。

そして、底抜けに人のよい夫婦はあの日、私が手を引いて家まで連れ帰ってきてしまったマユミの事情を知ると、マユミのこともこの家で引き取ってしまったのだ。
公蔵曰く『一人も二人もそう変わりゃあしないさ』ということだった。

そうして、私たちはこの家で面倒をみてもらい。
私はすっかり大人になり、小さな少女だったマユミも高校生になった。

「あぁ、じぃちゃん、その魚、私のだぞ!」
どうやらマユミが公蔵におかずの魚を取られてしまったようだ。不満げな声があがった。
七つでここに引き取られたマユミは公蔵と幸恵のことをもうすっかり本当の家族のように思っているようで、二人をじぃちゃん、ばぁちゃんと呼んでとても慕っている。

そんなマユミを、もうすぐ80の年を向かる二人も本当の孫のように可愛くて可愛くて仕方がないようで、かなり甘やかしている。
そのためなのか……。

ブォンブォンとエンジン音して、
「おはようございます。姉御、迎えにまいりました」
と玄関の方から大きな声が聞こえてきた。
「やべぇ、もうきちゃった」
マユミが慌てて席を立ち「じゃあ、行ってきます」と元気に玄関を出て行った。
玄関にはいつものようにマユミの舎弟である少年少女達(マユミ曰く友人達)がそれぞれ個性的なバイクに乗って待っていることだろう。
そしてマユミがでてくるとまるでそろってヘルメットをとって深々と頭を下げて出迎えるのだ。
最初は驚いていたご近所さんももう慣れたものである恒例の朝の風景である。


あの日、公園にポツンと一人佇んでいた小さな少女は……今や、このあたりの不良たちを牛耳る立派な女番長になった。
もう9年前の面影など皆無である。

どうしてこんなことになったのであろうか?

「やっぱり、師範たちが甘やかしすぎたせいでは……」
遠い目で思わずそう呟いてしまう。
「なにがじゃ?」
とまだ白米(おそらく3杯目)を食べ続ける公蔵が聞いてくる。
「マユミのことです。いつの間にか、あんなに乱暴者になってしまって、言葉遣いも師範のものが移ってしまって」
「うむ、確かに言葉遣いはワシのが移ったかもしれんが、乱暴者になったのはワシせいでなくお前のせいじゃろう」
「えっ!なんで私のせいなんですか、むしろ私はちゃんと女の子らしくするようによく言い聞かせて育てたつもりなんですけど」
一体どんな濡れ衣だと驚いて、公蔵を見ればなんだかいぶかしげな視線を向けられた。
「女の子らしく育てるのに、武道をいくつも習わせる必要があるのかの?」
「いやでもそれは、女の子は色々と危ないですから」
「人の倒し方と急所を叩きこむ必要があるのかの?」
「いや、でも何があるかわかりませんし……」
「急所をしとめる訓練を毎日させる必要はあるのかの?」
「もしも危険な時のために……」

確かにマユミには剣道はもちろん、その他の武道も色々とさせ、どうすれば的確に敵を倒さるかも常々、指導してきた。(お陰で私自身もかなりの腕前になったが)

だがそれは、もしも、万が一、マユミがあのマンガのように異世界に飛ばされた先でゴロツキに囲まれたとしても、乱暴されないようにするためだった。

しかし、まさかそんな話をしたところで誰も信じるわけもないので『女の子だから危険な目にあわないように』と言い張りここまで育ててきた。

しかし、こうして改めて他者から言われると、
「もしかして、少しだけやりすぎたかもしれません」
不良を牛耳る女番長にまでする気はなどなかったのだけど。
「まぁ、少しどころじゃないがの、ようやく気付いたか、遅いわい」
公蔵は、あははと笑いながらそう言った。

そして、私の背をばんと叩き、
「まぁ、それはそれで、ほれ、じゃあ今日も頼むの先生」
と道場を示した。
「はい」

私は大学を卒業してから家に併設する道場で、公蔵を手伝い生徒たちに剣道を教え始めていた。
よって本日も公蔵とともに、道場へと向かう。

道場の入口を掃除するために外へ出ると、空は雲一つない青空だった。

マユミに手を差し伸べてから9年、彼女はこの春から高校2年生になった。
あのマンガとは似ても似つかない少女に育ったのだが、高校はやはりハルカと同じところになってしまった。
『幼馴染に再会した』と嬉しそうに話してきたマユミは、マンガのようにハルカを避けることなどなく、仲良くしているようだ。

あのマンガでハルカが異世界に召喚されたのは確か高2の夏頃だったと記憶している。
もうすぐ、その時期がやってくる。

マンガとはこんなに違う展開になっているのだからきっと大丈夫、そもそも異世界に召喚なんて現実的でない。
じゃあ、私のこの記憶は……色々と考えを巡らせながらも不安は大きくなっていく。

もし、本当にあのマンガのようにマユミが巻き込まれて異世界にいってしまったら……マユミは……。





「それで、そこでマユミはハルカをかばって命を落としてしまうのです」
私がそう締めくくるまで、マユミは黙って話を聞いていた。

家に併設されている道場に二人きり、私はついにマユミに私に前世の記憶があること、そしてそこでマユミたちが登場するマンガを読んだことを告げたのだ。

もちろん簡単に信じてもらえるとは思っていないし、もしかしたら可笑しくなったと医者を勧められるかもしれないのも覚悟のうえだった。
それでも、もしもがくるのが不安で話さずにはいられなかった。
そして話を聞き終えたマユミは、

「そうか、そういう事情があったからミキは私をやたらと鍛えたのか」
と納得したように言った。

「……え、マユミ、信じたのですか?」
あまりにあっさりと私の話を信じたマユミにこちらの方が信じられない気持ちになる。

「だって、本当のことなんだろう」
「……それはそうですが、もう少し疑ったりとかなんかないんですか?」
いくなんでも、こんな夢みたいな話をこんなにあっさりと信じてしまうなんてうちの子は大丈夫だろうか?
「いや、私だって他の奴がこんな話してきたらそりゃ、ふざけんなってなるけど、話してきたのがお前だから」
「……私だから?」
「そう、だっていつもくそ真面目で冗談一つもいわないお前がこんな話わざわざ作ってするなんて、それこそ今の話以上に考えられないからな」
マユミはそう言ってにっと笑った。

まぁ、理由はあれだが、こうして信じてくれて助かった。これなら話が早い。
「では、そういう事情なので、マユミ、あなたはしばらく学校を休んでください」
「はぁ!?なんでそうなるんだよ!」
私が本題を口にすると、マユミはそう噛みついてきた。
「ですからこのまま学校に通っているとハルカに巻き込まれて異世界に召喚される恐れがあるからですよ。信じてくれたのでしょう?」
「いや、確かに話は信じたけど、それは絶対におこることなのか?」
「それはわかりませんけど……万が一ということがありますから」
これだけマユミの環境や性格が変わったのだから、マンガ通りにはならないかもしれない。しかし、もしかしたらと思うと、このままマユミを学校に通わせておくのは不安なのだ。

「そんな起こるかどうかわかんないことで休めるかよ。しかもしばらくっていつまでだよ。具体的な日にちとか学校のどの場所とかわかんないのか?」
「具体的な日にちや場所はわからないのです。マンガが召喚された後の描写から始まっていたので……ただ制服が夏服だったのと、主人公が高2年と名乗っていたのでそのあたりということだけで」
「じゃあ、夏服の頃ずっとになるじゃん、そんなに休んでたら留年するぞ」

確かにマユミのいう通りである。
そんなあいまいな情報でしかも実際に起こるかわかんないことのためにずっと休み続けるのはどう考えても良い案ではない。ならば、
「じゃあ、せめてハルカにはあまり近寄らないようにしてください」
「あのな、ハルカは普通に友達で同じクラスだからそうもいかないよ。それにあからさまに避けるなんてハルカに失礼だろう」
女子高生にまっすぐ正論で返されて、口ごもってしまう。
その通り、その通りなのだが……。
「だいたい、もし万が一、その異世界に召喚されたとして、お前が言うように2、3人のゴロツキに囲まれたとして、今の私がそんなやつらにどうこうされると思うか? むしろ、逆に返り討ちにしてやるくらいだけど」
確かに、今の女番長なマユミならそうなる確率の方が高い。
「そうなれば、魔物とやらにも取りつかれないだろうし、そもそも今の私がハルカ庇ったってそうあっさりやられはしない自信があるぞ」
言われれば言われるほどその通りだと思える。私が9年かけて鍛え上げた女番長はこの辺りでは負けなしだ。

少し前には刃物を持った強盗を素手で倒したと警察に表彰されたほどだ。(それを聞いた時は危ないマネはするなとだいぶ叱ったが)
「よって、私が異世界で命を落とす可能性はほとんどない。ではお前は何が心配なんだミキ」
マユミはそう言ってまっすぐ私を見つめてきた。

確かに本人の言う通り異世界に行ってもマユミは大丈夫かもしれない。無事に過ごしていけるかもしれない。
あのマンガの主人公ハルカのラストのように、異世界で幸せに暮らしていくかもしれない。
もうこちらの世界には戻らないで……そうハルカは結局、元の世界にもどってこないのだ。
それは異世界の護衛の男性と恋仲になり彼を選んだからだったのだが……。
もしマユミもそのような選択をしたら、もうこちらに戻ってこなかったら……。
あぁ、私が本当に恐れているのは……。

「なぁ、なんでか言えよ」
まっすぐ私の瞳をとらえてそう言うマユミに、答えを返せない。
私は一人で生きていく、誰かを求めたりしない、そう決めた。

答えはそこまで出ているのに、それを認めたくない私は結局何も口にだせず……ため息をついて去りゆくマユミの後ろ姿を見送った。



結局、マユミに学校を休ませることもできないまま、もうすっかり夏になった。
制服の衣替えは早々にすんで、マユミはもうしばらく前から夏服になった。
不良と呼ばれるような子どもたちと一緒にいることが多いマユミだが、彼女自身はいたって真面目な生徒であるため、日々、無遅刻無欠席で学校に通っている。
毎朝、その背を祈るような気持ちで見送り、無事に家に帰ってくると心底ほっとした。

そして、マユミの高校は本日から夏休みに入った。休みが明ける頃にはもう制服も元のものに戻る。
これは、もうこのまま異世界への召喚なんてないのかもしれない。
自分の考えすぎだったのだ。そんな風に思えるようになった。


「せんせい、せんせい」
そう呼びかけられて私は慌てて振り返った。
「ああ、なんですか?」
「せんせい、ぼーっとしてどうしたの?」
剣道教室に通う小学生の女子生徒がきょとんとした目で見つめていた。
しまった、今は稽古中だったのに、すっかり物思いにふけってしまっていた。
「ええ、ちょっと考え事をしていただけですよ」
と返せば、ませている最近の小学生は、
「なーに、せんせい、こいわずらいなの?」
などと言ってきた。どこでそんな言葉を覚えてくるのだと聞こうとすれば、その子より少し年上な女の子が、
「そんなのないない、先生ってばこの年まで恋人の一人もいたことない奥手なんだってじぃちゃん先生が言ってたもん」
などと言ってきた。最近の小学生は本当にませている。
そして師範……生徒に何を言っているんだ。
そんな風に小学生女子に圧倒されていると、ちょうどやってきた中学生が、
「そういえば、今日からマユミねーちゃん夏休みなんだろう。またねーちゃんにも稽古つけてもらいたいんだけど、いねぇの?」
と聞いてきた。
マユミは休みになると私たちを手伝って子どもたちの稽古をつけてくれる。
そして明るいマユミはなかなかの人気者でもある。
「あれ?そういえば今日は入ってくれるって言ってたのにどこに行ったんでしょう?」

確かに『今日は稽古に付き合ってやる』とか言っていたのに気が付けば姿が見えない。
私のその声が耳に届いたらしく、少し離れたところで生徒を見ていた公蔵が振り返って、
「あぁ、マユミなら学校に課題一式、忘れたとかでとりに行っとるわ」
と答えてくれた。
「あぁ、そうだったんですか」
マユミは、腕は立つが意外とそそっかしいところがあるのだ。
『さぁ、今日から休みだ。しばらく家を満喫だ』とか言ってたのにな。休みの初日から学校にいくことになろうとは。きっと、ぶつぶつと文句を言いながら行ったのだろう。

『まったくなんでこんなことに……せっかくの夏休みの初日だったのに』


それは唐突に私の記憶に蘇った。
あのマンガの主人公ハルカが異世界に召喚された後に言った台詞だった。
吹き出しにも入っていなかったその台詞は、残念ながらしっかりと私の記憶に残っていなかった。
しかし、今、はっきりと思い出したのだ。

『夏休み初日だったのに』

私は道場を飛び出した。
公蔵が驚いて声をかけてきていたようだが、振り返りもせず夢中で走った。





今までの人生で一番の必死に走り、私はマユミの通う高校へとたどり着いた。
忘れ物の多いマユミへの届け物で何度か来たことがある校舎は、休みに入ったためか、いつもよりずっと静かだ。

普段なら無断で校内に入ったりしないが、今日だけは許してもらおう。
私は生徒玄関から中へ入り、マユミの姿を探した。
忘れ物をしたのなら教室にいるのだろうか? 
聞いていたクラスの教室を探す、すると廊下の奥の方から光が見えた。
とても嫌な予感がして私はその光の方へと走った。




間に合わなかった!?
廊下にあるはずれの教室、その床には見たことのない模様が浮かびあがり、そこから光があふれていた。
そしてその中にはハルカとマユミの姿があった。
いや、正確にいうと模様の中心部にいるハルカと思われる姿はもうだいぶ薄くなっており、端にいるマユミはまだくっきりと姿が見る状態だった。

これはマユミを模様から引きずりだせば、まだ大丈夫かもしれない。
そう思い教室に入り、マユミに手を伸ばしたが……そこには目には見えない壁があった。
外からはダメだ。それならば、
「マユミ!! そこからでてこい!」
「ミキ! どうしてここに!?」
私に気付いたマユミが驚きの声をあげる。
「そんなこと、今はいいから、早くそこから出ろ!」
「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだが、ここになんか壁があるみたいで出られないんだよな」
マユミが困った顔でそう言った。
「……やはりそっち側からも無理なのか……」
「そうみたい。これはもう異世界とやらに召喚されちゃう感じだな。ミキの言ったとおりになったな」
はははとマユミが苦笑する。
「笑ってる場合か! こんな壁!」
私は見えない壁に体当たりしたが、ただ体に痛みを覚えただけだった。
「くそ!」
私がそう吐き捨てると、マユミは
「いつもお上品なミキが、そんな乱暴な言葉になるなんて新鮮だ」
と場にそぐわないことを言った。
「お前、こんな時にそんなこと……」
マユミはこんな状況だというのにいつものままだ。
「だってもうこれはどうしようもないじゃないか、それよりミキ、私が異世界にいくのが心配だった理由はみつかったか?」
「それは……」
言葉に詰まる私に、マユミは
「なぁ、教えてくれよ」
幼い頃のようにたよりなく寂しげな表情を向けてきた。

9年前、助けるつもりで連れてきた少女、彼女と過ごすうちに私は、また家族と共にいた頃のように笑えるようになっていた。
助けるつもりがいつのまにか私が助けられていた。

大切なものはつくらない、一人で生きていく、そんな風に強がっていたが……。
ああ、これはいい加減認めなければいけない。

「それは……お前がもうこちらに戻ってこないかもしれないからだ。私の元からお前がいなくなってしまうのが耐えられないんだ。マユミ、お前が大切だから!これからも傍にいたいから!」

そう口にしてしまえば、それはもうずいぶん前から当たり前のことだった気がする。

孤独な前世の記憶に、失ってしまった家族、私という存在に孤独が付いてまわっているようで……望むのが怖かった。
誰かの傍にいたいと――。

でも、もう手遅れだった。
小さな手で私の手をぎゅっとつかんできた女の子はもう私にとってかけがえのない大切な存在になって………失いたくないと思ってしまっていた。


私の言葉を聞いたマユミは、
「ようやく言ったな」
とにやりと笑った。

そこには先ほどまでの頼りなく寂しげな気配などみじんもなく、まるで悪だくみに成功した子どものような得意そうな表情があった。
「今、お前が大切だっていったな。これからも傍にいたいっていったな。ついに言質とったからな」
「……あぁ」
マユミの勢いに押され、頷くと彼女は今まで見たことのないような笑顔になった。
そして、
「よし、じゃあ、あちらで問題さっさっと解決して戻ってくるから、そしたら結婚してくれ!」
「……!?」
突然、告げられた驚愕の内容に絶句する。

「だってこれからもずっと一緒にいてくれるんだろ! 私も16歳だから入籍できるし問題ないだろ!」
これからもとは言ったが、ずっとって言ったか……というか、
「どうしていきなりそんな話になったんだ?」
「いきなりじゃないぞ、もう9年前からだ、ミキが鈍すぎて気が付かなかっただけだろう。じぃちゃんたちにもミキが自分の気持ちを認めたら結婚を許すって許可はもらってるし!」
「……」
気持ちを認めたらって……確かに大切だと傍にいたいとは言ったが……それとこれとは話が……。
あまりの急展開に呆然と固まる私に、

「とにかくそういう訳だから、覚悟して待っとけよ。ミキヒト!」
そういうとマユミは見えない壁越しに私に口づけをして、光の中に消えていった。

現実についていけず呆然とする私、相田幹人あいだみきひと24歳、成人男子。

つい先ほどまで可愛い妹、いや娘のように思っていた少女のいきなりの告白に頭はひどく混乱していた。

ただ一つ確かなのは、最後に見たマユミの表情はこれまでみたことがないほどに綺麗で目を奪われてしまったこと。




そして、その後マユミが宣言どおりに本当にさっさと問題を解決し戻ってきて猛烈にアプローチしてくること、そしてすでに外堀はすっかり固められていて、私が完敗せざるえないことをこの時の私はまだ知らない。







★★★★★★★








私、酒井マユミは7歳のあの日まで、人のぬくもりを知らない子どもだった。


母は基本、私に無関心だったけど、騒いだり泣いたりすると殴られた。
痛い思いをしたくない私はできるだけ感情を出さないように暮らしていた。

近所の子たちは皆、仲良くするように大人に言われてるからか私を遊びに誘ってくれた。
そうして一緒に遊べば楽しいけど、家族との楽しい話を聞くのは複雑な気持ちだった。

いつも最後には必ずやってくる家に帰る時間。
皆、楽しそうに帰っていく中で私は一人、公園で過ごしていた。
あまり早く帰ると母の恋人が来ていて、邪魔だとひどく殴られるから。

暗くなった公園で一人、時が過ぎるのを待つ。
その時はそれが寂しいとか、悲しいとか思うことはなかった。
それが当たり前のことだったから。



それは冬の寒い日だった。
クリスマスが近づき皆、その話題でもちきりだった。
どんなごちそうがでるのか、どんなプレゼントがもらえるのか、皆の楽しそうな話を私はただ黙って聞いて、またいつものように公園で時間を潰していた。

それはいつもと同じ時間のはずだったのに……なぜか寂しいと感じてしまった。
誰もいない公園がいつもより広く感じた。
そんな時だった。

「こんなところにいると風邪をひきます」

そう声をかけてきたのは男の人だった。
背が高くてぶっきらぼうなその人はどこかで見たことがある気がした。
私が呆然としていると、

「とりあえずうちに寄っていって、暖まっていきなさい」
その人は私の手をとり歩き出した。

学校では知らない人について行ってはいけませんと言われていたけど……その手はとっても暖かくて振り払う気にはなれなかった。

そうして私は近所の子とよく遊び場にしていた道場に連れていかれ、暖かい食事、おそらく皆の言っていたごちそうというものを食べることができた。

私をこの場に誘ってくれた人を、そのしっかりした様子から大人だと思っていたが、道場のじぃちゃんいわくまだ中学生だということでとても驚いた。

道場で私が母の恋人が帰るまではいつも公園にいることや、騒ぐと叩かれることを話したことで、私は施設に行くことになったのだが、気のいいじぃちゃんたちにひきとってもらえることとなった。

そして、私は公蔵じぃちゃん、幸恵ばぁちゃん、幹人と家族になった。





そして、時は流れて――。
私は16歳、高校2年生になった。

「いや~、ミキがお前さんの手を引いて連れてきたときは幼女誘拐してきたのかとあせったわい」
と笑って私を受け入れてくれた公蔵じぃちゃんも、もうすぐ80歳になるが、まだまだ元気である。
本日も朝から実に美味しそうに白米をかっこんでいる。
「じぃちゃん、そんなに急ぐと喉につかえるぞ」
「そんなやわじゃないから、大丈夫じゃわい。それよりミキに飯だと教えてやれ」
「は~い」
そうして、私は恩人であり、ここにきて9年一緒に育ってきた相田幹人を呼びにいく。

「おい、朝飯ができたぞ。ミキ」
幹人の部屋の前につくと、その襖をがっとあける。すると
「……マユミ、何度も言ってますが、襖を開ける時は声をかけてから」
小難しい顔で幹人がそう言ってくる。
真面目で几帳面な幹人はもうすっかり身支度を整えていた。
一緒に育って9年、彼の乱れた姿を目にしたことがない。
「はい、はい」
「……マユミ、あとその言葉遣いも」
真面目な幹人は口を開けば小言ばかりだ。
「はいはい、小言は後できくから、早く朝飯食べないと稽古におくれるぞ」
私は幹人を台所へと引っ張っていく。

幼い時は幹人のことを幹人おにぃちゃんと呼んでいた時期もあったが、思いを自覚してからはあえて公蔵たちと同じミキという呼び名で呼んでいる。

また常に敬語で上品な幹人の前で、わざと公蔵のような言葉遣いで話すのも、いまだに私を妹、いや娘のように扱う幹人への反発でもあるのだが……公蔵や幸恵には気が付かれてもとうの幹人にはまったく気づかれていない。




台所に幹人を連れて行けば公蔵が白米を口にかきこみながら、
「おぉ、はよう」
と幹人に挨拶し、流しにたっていた幸恵も笑顔を向けてきた。
「おはよう」
そんな二人に幹人はいつものように挨拶を返す。
「おはようございます。師範、幸恵さん」

幹人は誰に対しても敬語を崩さないし、同じように接する。

幼い頃、それが疑問で幹人に聞いてみると困った顔で、
「特別をつくらないためです」
と教えてくれた。

その時は意味がわからなかったが、今は少しわかるようになった。

しばらくしてじぃちゃんに教えてもらった幹人の過去、幼い頃に両親に妹、そして祖母までいっきに無くし、たくさんの親戚の家をたらいまわしにされたという幹人。
とくに親戚の家ではあまりよい扱いをされていなかったようで、敬語はその頃のなごりみたいだ。

失うばかりで得られなかった大切なもの。
幹人はきっとそれを作るのが怖いのだと思う。

公蔵も幸恵もそんな幹人の気持ちに気付いており、あえて何も言わないようだ。

でも、私は……公蔵や幸恵のようにそんな幹人をそっと見守り続けるなんてできない。

私は、私に大切なものをくれた幹人に、大切なものがあることの幸福を教えてくれた幹人にもこの気持ちを知ってほしい。気付いて欲しい。
だって私は……。

ブォンブォンとエンジン音して、
「おはようございます。姉御、迎えにまいりました」
と玄関の方から大きな声が聞こえてきた。
自分の思考に沈んでいた私ははっと我にかえる。

どうやら友人たちが迎えにきてくれたようだ。
「やべぇ、もうきちゃった」
私はあわてて席をたち、幸恵ばぁちゃんの作ってくれたお弁当を片手に家をでる。
「じゃあ、行ってきます」

玄関前にはいつものように友人達がそれぞれ自分でカスタマイズしたバイクに乗って待っていた。
見た目こそ派手な彼らだが、その中身は皆、素直で優しい奴らだ。

はじめはこの界隈で悪さをしていたのをちょっと注意したら、いつの間にかこうして仲良くなり、朝が弱い私を迎えにまで来てくれるようになった。
とてもよい友人たちだ。
そして私は皆と共に学校に向かう。




「やっぱり、押し倒した方が早いかな……」
学校から帰り居間でじぃちゃんとばぁちゃんと茶をすすりながら、そう呟くと。
「まぁ、マユったら大胆ね」
とばぁちゃんに、
「お前はもう少し女性らしさを持て」
とじぃちゃんに言われた。
「だって、こんなにアプローチを続けてるのに幹人のやつ、全然、私の気持ちに気付いてくれないから……」

一人きりの公園から私を連れだしてくれ、その後もずっと優しくしてくれた人。
そんな人を好きにならないなんてできなかった。

辛い時には『私はあなたの味方です』と傍にいてくれた。
幹人の私へのスパルタな武術の稽古も、なんだかよくわからないが、とにかく私のためにしてくれているのが、わかったから頑張れた。

自分の絶対的な味方がいることが、人をこんなに強くするのだと初めて知った。

私はまだ16年しか生きていないが、きっとこんなに誰かを好きになることは生涯ないのではないかと思うくらいに幹人が好きだった。



なのに……幹人はどんなに私がアプローチしても気持ちに気付いてくれない。


むしろ、じぃちゃんやばぁちゃんの方が先に気付いている。

「……じぃちゃんたちが協力してくれればもっと早くことが進むのにな」
と愚痴れば、
「駄目じゃ、お前のことは可愛いが、ミキもわしらの可愛い子どもじゃから、そこは平等にせんといかん。なぁばぁさん」
「ふふふ、そうですね~」
といつものお決まりの答えが返ってくる。

「そんなこと言ったって、幹人は頑なに距離を縮めさせてくれないから」

過去に両親、祖母といっきに失い、親戚の間をたらいまわしにされたという幹人、もう大切なものは作らないと、頑なにこちらとの距離を縮めたがらない。

だからこそ、私の気持ちにも気付かない。

「ミキの心の闇はなかなか深いからの、今だっていつでもここから出て一人で生きていけるように心積もりをしておるようじゃからな」
公蔵がどこか切なそうに言った。
確かに、幹人にはそんな風に考えていそうなところがある。
でも……。
「そんなわけないのに……幹人だって本当はここが好きで、皆が大切で一緒にいたいはずなのに」
「そうじゃの、だがミキ自身がそれを認めることができんのじゃ、大切だと、ともに生きたいと認めることが怖いのじゃよ」

ひとりぼっちになってしまった幹人、また一人になるのが、失うのが怖い幹人。

「私は絶対に一人になんてしないのに、ずっと傍いろと言ってくれたら、それこそどこまでもついていくのに!」

「はっはっは、確かにお前ならできそうじゃな……そうじゃな、もしお前が幹人から大切だと、傍にいたいという言葉を引き出せたなら、協力してやらんこともないわ」

「え!本当!」

「ああ、ただしお前が無理やり言わせるのでなく、幹人のほうから言ったらな」

「わかったわ!じゃあ、幹人から言質とったら、ちゃんと協力してよね!」
「おぅ!」
公蔵は自慢の白い歯を見せてにっと笑った。


「よし!じゃあ、幹人が認めたら、あとで逃げられないように結婚してしまおう!私ももう16歳になったし!親代わりのじぃちゃんたちが認めてくれればいいでしょう!」

私がそう言うと、公蔵は大きな口でガハハと爆笑しながら言った。
「わかったわい」







「それで、そこでマユミはハルカをかばって命を落としてしまうのです」
二人っきりの道場で幹人がそう締めくくった。私は最後まで黙って聞いていた。

前世の記憶、マンガの中の登場人物――それはあまりに滑稽で非常識な話。
でも……。

「そうか、そういう事情があったからミキは私をやたらと鍛えたのか」

幼い頃からの幹人のスパルタ武術教育にはこんな理由があったのか。
ちょいちょい何と戦わせる気なんだろうとは思ってはいたが、まさかそんな理由だったとは。
……お陰でこの辺では敵はないくらいに強くなれたけれど。

「……え、マユミ、信じたのですか?」
私の答えに幹人が驚いた声を上げる。
「だって、本当のことなんだろう」
「……それはそうですが、もう少し疑ったりとかなんかないんですか?」
なぜか聞いた私より戸惑っている幹人に、

「いや、私だって他の奴がこんな話してきたらそりゃ、ふざけんなってなるけど、話してきたのがお前だから」
そう言ってやる。

「……私だから?」
「そう、だっていつもくそ真面目で冗談一つもいわないお前がこんな話わざわざ作ってするなんて、それこそ今の話以上に考えられないからな」

真面目で融通が利かない幹人がこんな作り話するはずがない。
ましてや家族を失い人の死には人一倍敏感な幹人が冗談で私が命を落とすなんて言うことは絶対にない。
それは共に過ごした日々で、幹人という人間を知っているからこその確信だった。

それでやっと納得したらしい幹人は今度はまた真面目な顔になり、

「では、そういう事情なので、マユミ、あなたはしばらく学校を休んでください」
などとふざけたことを言い出した。
「はぁ!?なんでそうなるんだよ!」
と思わず怒鳴ってしまったが、幹人は変わらずに真面目な顔で、

「ですからこのまま学校に通っているとハルカに巻き込まれて異世界に召喚される恐れがあるからですよ。信じてくれたのでしょう?」
と続けてきた。

「いや、確かに話は信じたけど、それは絶対におこることなのか?」
「それはわかりませんけど……万が一ということがありますから」
「そんな起こるかどうかわかんないことで休めるかよ。しかもしばらくっていつまでだよ。具体的な日にちとか学校のどの場所とかわかんないのか?」
「具体的な日にちや場所はわからないのです。マンガが召喚された後の描写から始まっていたので……ただ制服が夏服だったのと、主人公が高2年と名乗っていたのでそのあたりということだけで」
「じゃあ、夏服の頃ずっとになるじゃん、そんなに休んでたら留年するぞ」

正直、こちらは無遅刻無欠席の皆勤賞すら狙ってるくらいなのに。休み過ぎで留年とか勘弁だ。

そういうと幹人は難しい顔で何かを考えだし、はっと思いついたように今度は、

「じゃあ、せめてハルカにはあまり近寄らないようにしてください」
と言い出した。

「あのな、ハルカは普通に友達で同じクラスだからそうもいかないよ。それにあからさまに避けるなんてハルカに失礼だろう」

さすがにハルカに異世界召喚だなんだと説明して信じてもらうのは厳しいだろう、それだとただ避けるだけで、いじめになってしまう。

「だいたい、もし万が一、その異世界に召喚されたとして、お前が言うように2、3人のゴロツキに囲まれたとして、今の私がそんなやつらにどうこうされると思うか? むしろ、逆に返り討ちにしてやるくらいだけど」

その万が一のためにここまで鍛え上げられたのだ。
武道を嗜んでいる複数なら少し苦戦するかもしれないが、その辺のゴロツキになら余裕だと思う。
「そうなれば、魔物とやらにも取りつかれないだろうし、そもそも今の私がハルカ庇ったってそうあっさりやられはしない自信があるぞ」
私はそう断言した。そして、
「よって、私が異世界で命を落とす可能性はほとんどない。ではお前は何が心配なんだミキ」
そう幹人に問いかけた。

私を拾ってくれた頃の幹人は異世界に行ってからの私を心配してくれていたのかもしれないが、今の幹人の心配はおそらくはそうでない。

これはきっと私がずっと望んでいた答えが聞けるかもしれない。
私はまっすぐに幹人を見つめた。
しかし幹人はいっこうに口を開かない。
「なぁ、なんでか言えよ」
そう促しても結局、幹人が何か答えることはなかった。





その光が教室を包んだ時、ああこれが幹人の言っていた異世界への召喚というものなんだと理解した。

幹人の話は信じていたが、本当に『それ』がおきるとはここにくるまで、あまり真剣に考えてはいなかった。
正直にいうと、まさかと思っていたところもある。

だから、今日、夏休み初日に忘れ物を取りに来た時に偶然、ハルカも来ていて、教室に二人っきりになった時もさほど気にしてもいなかった。

だが……じっさいに『それ』は起こった。
ハルカを中心に浮かび上がった模様に、そこから放たれる光、これはどう考えてもこの世のものとは思えない。

そして、その模様の周りには見えない透明な壁があり、外に出ることもできない。

ああ、本当に異世界に連れていかれてしまうんだ。
そう思うと、結局、幹人から欲しかった言葉を聞き出せなかったことが悔やまれた。
もっと押して押して押しておけばよかったと後悔いしていると、

「マユミ!! そこからでてこい!」
今、ここにいるはずでない人の声がして、驚いてふりむくとそこにはまさに今思い描いていた人物が立っていた。
「ミキ! どうしてここに!?」
まさかの袴姿のまま、学校に現れた幹人はだいぶ汗をかいていた。
「そんなこと、今はいいから、早くそこから出ろ!」
必死なミキの様子はなんだかすごく新鮮だった。
「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだが、ここになんか壁があるみたいで出られないんだよな」
「……やはりそっち側からも無理なのか……」
「そうみたい。これはもう異世界とやらに召喚されちゃう感じだな。ミキの言ったとおりになったな」
はははと私が苦笑すると、
「笑ってる場合か! こんな壁!」
そう言って幹人は見えない壁に体当たりした。こんな幹人は今まで見たことがなかった。
「くそ!」
「いつもお上品なミキが、そんな乱暴な言葉になるなんて新鮮だ」
いつも敬語を崩さないで、所作も丁寧で、いい子の見本みたいな幹人がこんな風に声をあらげるなんて。
「お前、こんな時にそんなこと……」
「だってもうこれはどうしようもないじゃないか、それよりミキ、私が異世界にいくのが心配だった理由はみつかったか?」
「それは……」
「なぁ、教えてくれよ」
そう最後のゆさぶりをかける。すると、
「それは……お前がもうこちらに戻ってこないかもしれないからだ。私の元からお前がいなくなってしまうのが耐えられないんだ。マユミ、お前が大切だから!これからも傍にいたいから!」


「ようやく言ったな」

意地っ張りで頑なな幹人からようやく引き出した言葉に、私は思わずにやりとしてしまう。

「今、お前が大切だっていったな。これからも傍にいたいっていったな。ついに言質とったからな」
「……あぁ」
私の問いに幹人は頷いた。これで公蔵たちに協力してもらえる。ならば、善は急げである。

「よし、じゃあ、あちらで問題さっさっと解決して戻ってくるからそしたら結婚してくれ!」
私はさっと今後のプランをさっと幹人に話す。
「……はぁ!?」
「だってずっと一緒にいてくれるんだろ! 私も16歳だから入籍できるし問題ないだろ!」
「どうしていきなりそんな話になったんだ?」
「いきなりじゃないぞ、もう9年前からだ、ミキが鈍すぎて気が付かなかっただけだろう。じぃちゃんたちにもミキが自分の気持ちを認めたら結婚していいって許可はもらってるし!」
「……」
「とにかくそういう訳だから、覚悟して待っとけよ。ミキト!」
私は壁越しに幹人に口づけをした。

すると、目の前の世界はすべて光に包まれた。最後に見たのは目を丸くして幹人の顔だった。




再び目を開けるとそこは知らない場所で、周りをいかにもゴロツキですといった風情の男たちが3人ほど私を囲んでいた。

にやにや笑ってよってくるが、まったくの隙だらけである。これはさっさと片づけてしまおう。
「若い女がこんなところで一人で何してるんだ」
「おぉ、ちょっと俺らと遊んでかないか?」
「……ってかこの女、聞いてるのか?」

よってくるゴロツキが何か言っているようだが……そんなことはどうでもいい。


9年待ってやっと幹人から聞き出せた言葉。
これでじぃちゃんたちの協力も得られるので、もうあとは書類に記入させれば完ぺきだ。
なんなら先に迫って既成事実でも作ってしまおうか。
妄想は膨らむばかりだ。

早くこの国のお偉いさんとこ行って脅してでも、さっさっと返してもらわなければならない。

ああ、ついに幹人と……私はにやける顔でこぶしを握った。


数分後、私はボロボロになり子分にしてくれと頼んできたゴロツキたちを引き連れ、スキップして国の中心へと向かうこととなった。



この後、ハルカと再会して、一緒に猛スピードで魔物を討伐したり、ハルカ狙いの剣士に喧嘩を売られたり、大臣を締め上げたり、異世界に私のファンクラブができたりと色々とあったが……そんなことは、幹人と結ばれたことに比べればほんの些細なできごとだった。


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