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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

見知らぬ兄

作者: リック

 あれは私が幼稚園年長組の時、ある休みの日に、母と二人公園でかくれんぼをしていた。


「もういいかーい」

「まーだだよ!」


 母が水飲み場で目を覆っている間、私はどこに隠れようかとあちこちふらふらする。そして決めたのは、母からさほど離れていない、手入れされた木の後ろ。そこの根元の茂みに隠れようとして、見つけた。


「どうぶつさん」


 黒い身体の、羽と牙のついた動物――あとで蝙蝠だと分かった――が、根元で血を流して横たわっていた。私は見るなりパニックになって、蝙蝠を両手で持ちかくれんぼも忘れて母に教える。


「おかあさんたいへん、どうぶつさんがけがしてる」


 母は振り返って私の手の中のものを見ると、金切り声で叫んだ。


「何やってるの! そんな汚いもの捨てなさい!」


 普段はお年寄りや身体が不自由な人には優しくしなさいと言う母の、まさかの言葉。凍りついた私を見て母はしまったという顔をしたあと、必死で弁解するように私を諭した。


「あのね、優子(ゆうこ)ちゃん、これは自然の摂理なの。弱いものは土に返るか、他の動物の糧となって生きていくの。自然界で弱いものはこうなる運命なの」

「でも」

「どっちにしても、野生動物は人間に害悪なのよ。どんな病原菌持ってるか分かったものじゃない。さあ、もとの所に戻してらっしゃい」


 私は結局、母のいう事を聞いたふりして、蝙蝠をこっそりハンカチにくるんでバッグにいれて持ち帰った。家について母が夕飯の支度をするのと同時に、部屋で蝙蝠の介抱をする。


「どうぶつさん、だいじょうぶ? おみずのむ?」


 お人形用のコップで口元に水を運ぶけど、蝙蝠は浅い呼吸をするばかり。それなのにぶるぶると震えは大きくなっていく。死ぬ前に寒さを感じるというのは、人間だけの通説じゃなかったのか。


「さむいの? おふとんあるよ」


 これも人形用の毛布だ。それをドールハウスから取って蝙蝠にかける。それでも蝙蝠の震えはとまらない。


「あたたかいみずのがいいのかな、でもだいどころはおかあさんが……どうしよう、どうしよう」


 思い余って体をさすってあげようと手を伸ばすと、最後の抵抗なのか、私は蝙蝠に噛まれた。


「!」


 不思議と、蝙蝠を不快には思わなかった。見るからに死にそうな蝙蝠がただ可哀相だった。でも、これでいよいよ何も出来ない。涙目で蝙蝠が弱っていくのを見つめていると、やがて夕飯の支度が終わった母が呼びに来た。


「優子、ご飯よ……ってあんた、何してんの!?」


◇◇◇


 蝙蝠はその日のうちに、母に捨てられた。そしてその足で私は病院に行った。「子供が野生動物に噛まれたんです。一応検査してほしくて……」 と母は医者に伝えていた。

 母の懸念は当っていた。私は翌日、軽い感染症で熱を出した。母はベッドで唸る私に、呆れたように言った。


「これに懲りたら、もう動物を拾うのはやめなさいね? 自分が苦しむんだから。対応が早くて良かったってお医者様も仰ってたし、逆に言えば遅かったらもっと苦しんでたのよ? 分かる?」


 助けられなくて後悔する私の傷口に塩を塗るような言い草だったが、それでも母は一人っ子で箱入り娘の我が子が可愛いのか、付きっ切りで看病してくれた。母に感謝はしているけれど、同時に恨んでもいた。

 生まれて初めて死に瀕した生き物を粗略に扱う様をまざまざと見て、私は世の理不尽を学び、一つお利口になった。でも、できれば知りたくなかった。


◇◇◇


 真夜中、ふと目が覚めると、暑くて網戸だった窓のベランダに、一匹の蝙蝠がちょこんとそこに有った。


「きのうの、どうぶつさん?」


 私の問いに蝙蝠は何も答えず、いきなり向きを変えて飛び去った。お別れの挨拶だったのかな、と、ちょっとセンチメンタルな気分になった。同時に、熱が上がったような気がして、ベッドに倒れこむ。



◇◇◇


「おはよう優子、今日はお兄ちゃんに起こされなかったのね」


 翌朝、私は混乱した。いつものように起きて台所に行くと、父と母、そして昨日まではいなかった『兄』 がいた。


「そのひとだあれ?」


 お父さんお母さんが何かの用事で連れてきたのかな? と解釈して聞くも、二人は怪訝な顔をして私に疑いの目を向けるだけだった。


「優子ったら、何を言ってるの? 自分のお兄ちゃんを忘れちゃったの? ……熱の後遺症かしら。自分の名前は言える? 年齢は?」

「かわほりゆうこ、ごさい」

「お兄ちゃんの名前と年齢は?」

「えっと……」

川堀扇(かわほりおうぎ)よ? あなたの五つ上。どうしちゃったの? また病院行くようかしら……」


 やっぱり聞き覚えがない。けれど、お母さんが本気で心配してるのを見ると、段々自分が忘れてるだけなのかも? と思えてくる。


「母さん、優子はきっと、熱でちょっと混乱してるだけだよ。僕も覚えがある、昨日見たアニメを思い出せなかったりさ。兄妹だから似るんだね」


 兄は心配する母と動揺する私にそうフォローした。横で父も「扇がこう言ってるんだ。今日いっぱい様子見でいいんじゃないか? さすがに私も何日も連続で早退は心象が悪い」 と言っていた。


「そうねえ。じゃあ様子見にしましょう。私もパートがあるし、これ以上代わってもらうのは悪いから」


 そう言って両親とこの見知らぬ兄と、私は朝食を食べ始めた。何となく落ち着かない気分で食べていると、兄が気を遣って何かと取ってくれた。


「お醤油は使う? 水のお代わりは? ほら、食べたあとは口元をふいて」


 その世話焼きっぷりは、まるで召使いのようだった。私は段々いい気になって、よく分からないけど毎日こんななら、兄っていうのもいいかもと考え始めた。


 やがて朝食が終わり、私達が幼稚園と小学校に行く段階になると、兄は日焼け止めを念入りに塗り、大きめの帽子を深く被って先に玄関を出た。……?


「これも忘れちゃったの? 扇お兄ちゃんはね、ちょっと日光に弱いの」


 そんなものか、で私は済ませた。


◇◇◇


 一年後、私は小学生になった。兄と同じ小学校だ。入学してから分かったけど、兄は超モテモテだった。その妹が来ると分かって、一年生の教室を覗きに来る上級生が後を絶たなかった。何でも、少し身体が弱いのが難点だけど、クールでミステリアスで礼儀正しいから男女関係なく好かれているらしい。よく告白もされているけど、今のところ全滅とのことだった。「僕は妹……と両親が大事だから。家族より恋人を優先させるようなことは無いよ、それでもいい?」 って。クラスメートはよくあんなお兄ちゃんいいなって言うけど、私もそう思う。本当に、小さい時の記憶がないのだけが残念だ。

 私の小学校生活は、兄の築いた遺産で快適に始まった。


◇◇◇


 ところで、同じ小学生でも、一年生と六年生では帰る時間が全然違う。私は兄より早く帰途につき、最近できた友達の千博(ちひろ)ちゃんと一緒の通学班下校をしている。私と方角が終わりのほうまで同じなのは、この千博ちゃんくらいなのだ。大人達からは絶対に一人で行動しないように、喧嘩なんてしないで二人で帰るようにと言われている。


 それもそのはず、ここ数ヶ月、近辺で小動物の変死が相次いでいるのだ。その死骸はどれも血を絞ったみたいにカラカラで、同一犯の犯行だろうと目されていた。今は小動物で済んでいるけど……と、大人達は言う。手の空いている人達で要所要所に立っている。しかし、小動物の変死も時が経てば少なくなり、大人も暇な人間ばかりでないのか、段々どこにも大人が立ってない日が増えた。


 私は千博ちゃんと、「大人がいると緊張するよね、子供だけのほうが遊びながら帰れて楽しいよね」 と話した。けれど千博ちゃんは、このごろ妙に大人しい。いつも考え込んでるような顔をしている。どうしたんだろう?


「ねえ優子ちゃん、ちょっといい?」


 ある日、二人で下校中に千博ちゃんが深刻な顔して言った。


「え、何? 寄り道は怒られるよ?」

「いいから!」


 そのまま、私は千博ちゃんに公園に引っ張られた。公園に着くと、辺りをキョロキョロ見回して、誰もいないことを確認する千博ちゃん。悪いことでもするみたい、何だっていうんだろう?


「ねえ、優子ちゃん。お兄さん……扇さんいるよね」

「うん。それがどうしたの?」

「最近、変わったことなかった?」

「え……いや別に。どうしたの?」


 遠まわしにものを言う千博ちゃん。しかし私には千博ちゃんの意図が全く分からない。……無理矢理辻褄合わせるなら、お兄ちゃんが好きで、彼女がいないか確認してるとか? でも、私お兄ちゃんが彼女作りたがらないって前から言ってるし。


「……あの、ね。こんなこと言っても信じないかもしれないけど。私見たの。扇さん、この前、路地裏で猫を――――」

「優子」


 突然、兄の声がした。千博ちゃんはお化けにでも遭遇したみたいに飛び上がった。お兄ちゃんみたいないい人にちょっと失礼じゃない?


「お兄ちゃん! どうしたの?」

「今日は先生の都合で早く帰れたんだ。でも家に帰っても優子がいないし、心配で探したらこんな所で道草食ってるんだもんな。……そこの女の子は、お友達? この寄り道は彼女の提案?」


 逆光で表情はよく分からないけど、声色からほんの少し怒ってるみたいだった。心配させちゃった……反省。


「……ゆ、優子ちゃん、私帰るね!」


 千博ちゃんは何かから逃げるように、私から離れて一目散に家に走った。あれ?結局、話って何だったんだろう?


「さあ、僕らも帰ろうか。優子」

「うん」


 まあいいか。明日聞けばいいんだし。


 ……その『明日』 に、私は友人の訃報を聞くことになった。


◇◇◇


 たくさんのお花に囲まれた、千博ちゃんの遺影。友人として通夜には赴いたけれど、初めて見た千博ちゃんのお父さんお母さんは、泣きはらした目をしていた。変な話だけど、それを見て私は初めて人が死んだんだ、と実感して、ぽろぽろと泣いた。千博ちゃん、もう会えないんだ。どうして? もしあの時、私が最後まで話を聞いていれば、何かが変わったりしたのかな。


 家に帰っても泣く私を、兄が背を撫でて労わってくれた。


「もう泣くのはやめよう。千博ちゃんも安心して逝けないよ」

「でも、千博ちゃん、千博ちゃんは……。ひどいよ、例の連続犯でしょ? 手口が同じって先生言ってた。何で千博ちゃんを、千博ちゃん何も悪いことしてない」

「いいや、した」


 ……それは思わず泣き止むほど、冷たい兄の声だった。


「僕は知ってる。彼女は人の弱みを握って嫌がらせをしようとしていた」


 まるで、自分がその本人のような言い草だった。いかにも憎々しげで。でも千博ちゃんとろくに話したこともないし、何より品行方正な兄が脅されるようなことするなんて考えられない。


「動物なら子供でも命取りな行為だ。格上に喧嘩を売ったら殺されても文句は言えない」


 なんでそこで動物なのか、と思っても、兄の迫力に気圧されて聞けなかった。それに、兄が嘘を言うとも思えなかった。それにさっきから……耳鳴りがする。


「……そんなことしてたんだ? じゃあ、仕方ないのかな」

「うん仕方ない。さあ、今日は美味しいものでも食べて、早く寝よう。……犯人も、あれだけ吸ったら当分出ないよ」

「……うん」


 まだ耳鳴りがする。泣き疲れかな。そういえば、お兄ちゃんと一緒にいる時、たまに甲高い音を聞いたみたいに耳が痛くなることがあるけど、私の耳は人より弱いのかな? でもすぐ治るからいい。それに、治ったあとは大抵気分が楽になってるから。


◇◇◇


 月日は流れ、私も中学三年生になった。受験シーズン近くなると、願書をいくつも作ることになる。そのために両親が戸籍を取りに行ってからというもの、最近両親が沈んでいることが多くなった。あれ、私の成績ってそんなやばい? 不安に思っていたら、母のほうから質問される。


「ねえ優子、あなた、扇くん――お兄ちゃんのことどう思う?」

「え? どう思うも何も、お兄ちゃんでしょ?」

「……」

「??? どうしたの? 急に扇くんとか他人行儀になって」

「他人行儀も何も……いえ。でも……。だけど……」


 その後、母は頭を抑えながらふらふらと部屋を出て行った。父も最近、頭を抑えてるような。疲れてるのかな? そんなに心配かけてる?


「優子?」

「あ、お兄ちゃんお帰り。……お兄ちゃん?」


 大学から帰ったお兄ちゃんが、静かな自宅を見て少し遠い目をした。


「耐性が……」

「え?」

「いや、なんでもない。今日の夕飯何?」

「私の手作りハンバーグ!」

「いいな、大好物だ」


 腕によりをかけて作った料理、けど、両親はずっと考え込んでるし、時々不気味なものを見る目でお兄ちゃんを見てる。お兄ちゃんは料理には満足そうだけど、その視線でちょっと居心地が悪そうだった。何だっていうんだろう。私達、家族だよね?


◇◇◇


 数日後、帰宅途中に母から電話がきた。何事かと慌てて取った。


『……優子? 実は母さん達ね、お父さんと二人でこれから温泉行って来るから。懸賞で当たってたのよ』

「なにそれー? 私は置いていくの?」

『……ごめんね』

「まあいいけど。家にはお兄ちゃんがいるんだし。そうそうお土産忘れないでね!」

『……ええ…………』


 携帯電話なんて、中学生で兄の躾けにより品行方正な優子には緊急時以外には使用しないものだった。だから電話がかかってきたのに、こんな内容だったことに呆れて、投げやりに返して切ろうとする。


 切る直前、声が聞こえた。とてもとても低くて、母の声だとはその時思わなかった。


『くやしい』


 頭が反応するより先に、指が通話を切ってしまった。切ってから、今のは何だったんだろう? もしかして母の声? 何て言っていた? 『くやしい』 ? 何が?

 しばらくしてからかけなおすも、『電源を切っておられるか、電波の届かないところに――』 のアナウンスが流れるだけだった。

 訳が分からないまま、家に帰る。お兄ちゃんに聞こうかと思ったけど、今日から泊まりのバイトだって言ってたな。怖いテレビとか見ないようにしないと。



◇◇◇



 数日後、両親の遺体が山中で発見された。車の運転ミスで、ガードレールを突き破って崖下に転落。天候不良のため発見が遅れ、死体は野生動物に食い荒らされて原型を留めていないらしい。


 泣き喚く私に、現実は残酷だった。通夜の席で親戚達は、誰が引き取るかで揉めまくっていた。


「一人だけなら何とかなるかもしれないけど……」

「うちは一人でも駄目だ。金も家も、そんな余裕がない」

「じゃあ一人は施設行き? それはちょっと可哀相よね。いっそ両方施設でいいんじゃないの」


 悲しくてただ泣く私の肩を抱いて、兄は力強く宣言した。


「僕も二十歳です。大学辞めて働きます。ローンも返済し終えてますし、フルで働けば妹一人くらい何とかなるでしょう。貴方達の手は借りません。妹に不自由はさせません」


 少しの間ざわざわしたけど、こっちに迷惑がかからないなら……と、親戚は了承した。


◇◇◇


「たまにお小遣いとかくれて、いい親戚だと思ってたのに」


 真夜中、誰も居なくなった後、私は兄にそう愚痴った。愚痴らずにいられなかった。兄はそんな私に苦笑して言った。


「自分の負担になる場合は、誰だってこうなるさ。でも遺産うんぬんで全然揉めなかっただけ。多少はマシかもしれないよ」


 その言葉にふと考える。これからのお金の管理どうしよう?


「お兄ちゃん、お葬式代ってかかるかな。保険はいつ入ってくるかな。しばらくはお父さん達の貯金で食べるの?」

「ああ、貯金なら全部下ろしてあるよ。とりあえずこれが葬式代かな。大学はさっき辞める電話したから。それでバイト先にシフト増やすように頼んだ。仕事が軌道に乗るまでの辛抱かな」


 頭がいいお兄ちゃんだとは思ってたけど、あまりの手際のよさに、何か違和感を覚えた。


「貯金を全部? ずいぶん……早いね」


 お兄ちゃんは困ったように笑って言った。


「うん。実は友人がね。最近祖父を亡くして。その祖父が八人兄弟の長男なものだから、葬式代がかかって仕方ない。だから故人の貯金を使わせてもらおうとしたら『亡くなった方の貯金を下ろすには手続きが必要です』 って言われたんだって。そりゃそうだよね。遺産相続とか詐欺とかの問題もあるし。結局式に間に合わず、彼は自分の貯金を削って葬式をしたんだけど、苦い体験だったのか事あるごとに言ってくるんだ。『お前、家族が死んだら死亡届出す前に金下ろせよ。出したら下ろすのが当分先になるからな!』 って。……両親の行方が知れないって警察から電話が来た時、真っ先にこれ思い出してね。いやあ、持つべきものは貴重な経験した友人だね。お陰で親戚にお金を借りずに済んだ。お金はなるべく貸し借りしないほうがいいから」


 なるほど。私は疑った自分を恥じた。それと同時に、兄が色々考えて苦労しないように立ち回って居る事に罪悪感を覚えた。それもこれも、多分私のためなんだろう……。


「お兄ちゃん、私が働いたっていいんだよ?」

「駄目だ。高校くらいは出なさい。今日からは兄妹ではなく、君の保護者なんだから、聞けるね」

「はい……」


 お兄ちゃんは、安心したように笑った。それと同時に、緊張していた身体をほぐすように背伸びをして深呼吸をする。


「さて……次は葬式かな。業者に頼んではいるけど、親戚関連については自分でやらないとな」

「私も手伝う?」

「受験に専念しなさい。……でも、ご飯は作ってくれると嬉しいかな」

「分かった! ハンバーグ作る!」


 優子は、これなら大好きな兄の力になれると、喜び勇んで飛び出していった。


 一人になった扇は、部屋に散らばる座布団をまず片付けていく。それから蝋燭の火が途絶えないように移し変えたり、線香が詰まらないように灰の中を綺麗にしたり、花の水を替えたりした。部屋の中を綺麗にし終えた時、祭壇に二つ並ぶ両親(・・)の遺影をしばらく見つめ、不敵に笑った。


「汚い死に際だったってな。まあしょうがないよな。弱い者がそうなるのは自然の摂理なんだろ? お前があの時、僕に言った台詞だ」


 その目はまっすぐ優子の母親のほうを向いていた。誰も返事をする者がいないまま、静かな部屋に遠くから優子のご飯できたよ、と呼ぶ声がする。扇は表情を柔らかくして、部屋のドアに手をかける。出る直前、背中越しに遺影に言葉を投げる。    


「それでも、僕の正体に勘付いて、追い出そうとしなければもう少し生きられたのにな」


 ドアはパタンと閉められ、部屋は闇に閉ざされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回の短編も、とても面白かったです。 毎回、言いますが、さすがやでぇー。さすが、リックさんやでぇ。 妹ちゃんは、あのまま、ずっと鈍感のままで暮らして欲しい。 出ないと、最後……悲惨な事にな…
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