第87話
「マリィっ。マリィっ」
耳に心地の良いアレックの声に、答えるように目を開いた。
私の顔を心配そうに覗き込むアレックの瞳を見つめた。
「チビアレックじゃない……」
「は?」
その瞳は一緒なのに、私を支えるアレックの腕も、低い声も、丸みをなくした顔の輪郭もチビアレックには、ないものだった。
「アレック?」
「ああ」
私はどうやらアレックの腕に支えられているようだ。たった今見ていた映像は全て夢だったんだろうか。
それとも、あれは過去に実際に起こった出来事か。
「ごめん、アレック。でも、もう大丈夫」
アレックの腕から体を起こした。だが、立ち上がった途端に目眩を起こし、ふらりと体が傾いた。
「無理はするな。お前は突然気を失ったんだぞ」
「気を失った……?」
ぼうっとしている私に、竜のぬいぐるみを受け取った途端に気を失ったと教えてくれた。
「ねぇ、アレック。私、夢を見ていたみたい。私とアレックが小さい頃の夢。私、アレックにプロポーズされたんだよ」
クスクスと笑う私を見て、アレックは片眉を上げた。
「どんな夢だ?」
アレックに問われるままに、今しがた見た映像の内容を細部にわたり伝えた。
あの映像は夢とは思えないほどにリアルだった。
「それは夢じゃない。過去にあった事実だ」
「じゃあ、私が見てたのは本当にあったこと。私は過去を見たの?」
まさかタイムスリップしてきたわけじゃないよね?
この竜のぬいぐるみが私に過去の映像を見せてくれた?
どちらにしても信じがたい仮設なんだけど、きっかけはこのぬいぐるみであることは間違いない。
「でもさ、小さなアレックのプロポーズ、可愛かったよ」
アレックが顔を背け、ぶつくさと呟いている。
その断片を繋ぎ合わせると、こんなことならぬいぐるみを渡さなきゃ良かったとか、思い出さなくても良かったのに、といったようなことを言っているようだった。
「ねぇ、アレックは私の何を好きになったの?」
「最初に惹かれたのはその目だ。何かを見つけては、キラキラと眩しいくらいに輝くその目に惹かれた。再会した時、始めに会ったのはシアの方だったからな、がっかりしたよ。あの頃とまるで違って、光を感じられなかった。会わない間によほど辛いことがあったのかと、なぜもっと早くに再会しなかったのかと後悔した。そんなことをぐるぐると頭の中で考えているときに、お前たちは入れ替わったんだ。驚いた。とにかく驚いたよ、その事実自体にも驚いたが、何よりお前が俺の記憶の中のマリィと同じ目をしていたことに驚いた」
「アレックは最初から私がこの世界の人間だって分かってたの?」
アレックには、最初から全てお見通しだったということか。
「疑ってはいたが、核心じゃなかった。ただ、お前は記憶の中のマリィとあまりにも似ているので戸惑っていた。心はすぐにお前に惹かれていった。同一人物だと証明出来てもいない。たとえ同一人物であったとしてもここに留まるかも分からない。長いことここではない世界で生活をしていたし、お前には恋人もいたしな。好きになってはならないと思えば思うほどに、気持ちは大きくなった」
私と一緒だ。
私は自分がこの世界の人間だなんて知らなかったけれど、気持ちは一緒だ。
苦しかった。好きなのに、好きを誤魔化しながら隣にいることは。好きだと認めてしまった後も、いつか別れなければならないということが分かっていたから。
あの頃のことを思い出して、胸が締め付けられた。
「俺は、お前に内緒でグルドア王国に遣いを出した。俺の考えを手紙に綴り、もし俺の考えが正しければ会いに来てほしいと。話が聞きたいと」
そっか、だからお父さんとお母さんはあの祭りの日、カリビアナに来てくれたんだ。
「俺は、お前が最終的に俺の傍にいることを選んでくれたことに感謝してる。だから、お前を必ず幸せにする」
「ねぇ、アレック。私は何回アレックにプロポーズされたんだろうね? 私さ、アレックにこんなに想われて幸せだよ。今のままで十分幸せ。アレックは、私の隣にいてくれるだけでいいんだよ。アレックが私の幸せなんだから」
何にもしてくれなくていい。
隣で私を見ていてくれればいい。笑っていてくれればいい。たまに、私を叱ってくれればいい。抱き締めてくれればいい。頭を優しく撫でてくれればいい。
あげだしたらきりがないけれど、私が望んでいるのは、今と変わらぬアレックなんだよ。
「俺、今、幸せだ……」
「私も……」
アレックは私の顔中にキスをした。
私は、顔中べとべとになるでしょ、と怒ってみせたけれど、それはただの照れ隠しに過ぎない。
アレックは、それを承知していて、ククッと笑っている。
癪だけど、図星だからあまり強いことも言えない。
アレックは、私をひょいっと軽々と持ち上げると、お姫様抱っこで寝室まで連れていく。
まさか、朝っぱらから妙なこと考えてるんじゃないよね?
チラッとを見上げれば、ばちりと目が合った。アレックは、意味深な笑みを浮かべる。
その笑みに真っ赤になった私は、俯いた。
「ククッ。お前はさっき倒れたんだから、もう少し寝たほうがいい。……そんなに赤くなってどんな想像したんだ?」
「べっ、別になにも想像してないよっ」
全てを見透かされているようで、時々居心地が悪くなる。
ん? ちょっと待てよ……。
「アレック、もしかして私の心の中読めてるのに黙ってたってことないよね?」
アレックがあからさまに私から視線を逸らした。
そうか、そうだったのか。一体いつからだろう。アルさんが指摘してくれなかったら、この先もアレックに恥かしい私の心の中を読まれるとこだったよ。
「で? いつから?」
「ああ、そうだなぁ。こっちの世界に戻って来てからかな……」
それって、昨日戻って来たことを言ってるのか、それともその前の時を言っているのか。
私はアレックをジロッと睨みつけた。
「前の時だよ」
「ちょっと、アレック。それって酷いんじゃないのっ。乙女の心を読むなんて、悪趣味もいいとこじゃん。私、変なこと言ってなかった? 言ってなかったよね。お願いだから言ってなかったと言って」
「ん、そうだな。お前は日がな一日俺のことばかり考えてるんだな。恰好良いとか惚れ直したとかキスしたいとか抱き締めて欲しいとか……」
私は途中から耳を塞いだ。
これは恥ずかしい。アレックは冗談のつもりで、私をからかうつもりで言っているのかもしれないが、正直言っていないと否定することが出来ない。多分、無意識にそんなことばっかり考えてるに違いないのだから。
「それ以上言ったら、もう一緒に寝てあげないから」
アレックをジトッと睨みつけると、言い放った。
「マリィ。冗談だよ。お前がそんなこというわけないだろ……たまにしか」
「もういいっ。自分で歩く。放せ、馬鹿っ」
アレックの腕の中から抜け出そうと、暴れる私。
その光景は、一見、大きな生きのいい魚を抱えている漁師さんのように見えなくもない。
「こら、マリィ。暴れるなっ。落ちるだろ」
暴れ続けた私は、アレックの手から落ちたのだが、落下した先はベッドの上だった。
「このじゃじゃ馬めっ」
それでも暴れようとする私を、アレックは四つん這いになって組み敷いた。
うはっ、これってヤバい展開なんじゃないの? アレックの目が、アレックの目が……見れない。だって、どうして男のくせにそんなに色気むんむんなのよ。
「マリィ。こっち見ろ」
「イヤっ」
「見ろって」
「イヤだって」
アレックは私の耳の横に肘をつくと、手で頭を掴むと強引に正面を向かせ、私が口を開く前に唇を奪った。
もう、私に何かを言う隙さえも与えてくれない。
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