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  光の住人 作者:海堂莉子
最終話
 見上げた先には、美しい青い空が広がっている。
 のんびりと白い雲が視界を横切る様を観察するのは、至福の時間だった。
 あの恐ろしい戦いの日から何ヵ月かが過ぎた。
 寒さも和らぎ、気付けば私がこの世界に帰ってきてから一年が経とうとしていた。
 この一年間は目まぐるしい早さで経過した。色んなことがあった。楽しいことも、嬉しいことも、苦しいことも、悲しいことも。
 人を愛することも、愛することの喜びも、切なさも。
 あまりに濃い一年を過ごした。
 日本にいたなら経験することもなかったこと、危険なことがたくさんあった。
 それは、私をワクワクもさせたが、ヒヤヒヤもさせた。
「ここにいたのか? マリィ」
 私の顔を覗き込み、可笑しそうにそう聞いたのは、私の愛しい人、アレックだった。
 さすがに一年も経つと、私の脱走にも多少寛大になってくる。
 けれど、度々それを繰り返すと、怒りだすので、私側でも自重するように努めているのだ。
「アレック。遠乗りに行きたい」
「どこまで行きたいんだ?」
 きっとアレックには私の答えなど分かっているだろう。
 それを知っていてあえて尋ねるのは、アレックが拗ねているからだ。
「トラメフィア」
「またか。遠乗りの域を越えているだろう?」
 トラメフィアへは、馬に乗っても1日では着かない。そうなると、結局向こうに泊まることになるので、遠乗りというよりは、小旅行に近いのだ。
 アレックは何を誤解しているのか、私が監守さんに(もうトラメフィア王国であるのだが)会いに行くのだと思っている。
 確かに監守さんは好きだが、私が会いに行くのは、監守さんではなくトラメフィアの海なのだ。
 偶然なのか必然なのか、私が以前プチ家出中に辿り着いた海は、トラメフィアの海だったのだ。
 戦いが執着したあと、お母さんと共に砂浜を歩いていて、気付いたのだ。
 あの日のことは、私もお母さんも決して忘れることはないだろう。

 私とお母さんは、腑抜けたように砂浜に腰を下ろし、ぼんやりと波を見ていた。
 私は、この砂浜を見た時からこの海があの海であることに気付いていた。
『マリィ、マディ。良かった』
『無事で良かった』
『ご苦労様』
『よくやったわね』
 前に来た時と同じ声が私とお母さんを労ってくれる。
「お母さん。聞こえるでしょ?」
「そうね」
「私がプチ家出をした時に、この声が私を勇気づけてくれたんだよ」
「そうなの」
 私は、おもむろに立ち上がると海に向かって頭を下げた。
「ありがとうっ。あなた達のお陰で私っ、大切なものを失わずにすんだっ」
 そして、波の声に負けないように大きな声を張り上げた。
「ありがとうございますっ。娘を助けてくれてっ」
 お母さんも立ち上がると、私の隣で頭を下げ、声を張り上げた。
 すると、波が一ヶ所で渦巻いたかと思えば、その渦の中心から人魚が姿を現した。
 日本で人魚といえばこんな感じと言われているそのまんまの姿が今、目の前にあった。
 人魚って、本当にこんな感じなんだな……。
 突然の出現にぼんやりとそんなことを考えていた。
「マリィ、そしてマディ。よく来てくれました。私は、アイサ。アリィの姉よ」
 アイサと名乗った人魚は、アリィのお姉さんだと言う。アリィとは、私達の先祖であるアリィで間違いないのだろうか。
「マリィ。あなたの疑問はよく分かるわ。人の命はとても短い。けれど、私達人魚の命はとても長いのよ」
 私の心は、アイサには全てお見通しのようだ。
「アイサさんは、アリィが人間になってしまったこと、怒っているの?」
「そうね、怒っていないわけではないけれど、あの子が幸せだったならいいと思うの。あの子が、好きだと思っていた王子は酷い男だったけれど、掛け替えのない運命の相手を見つけることができた。それだけで、あの子の人生は幸せだったと思うわ。あなたも運命の相手を見つけたでしょう?」
「はい」
 私も幸せだと思う。傍にアレックがいてくれるだけで、私の心はこんなにも温かいのだ。
「マリィもマディも良い相手を見つけたようね。あなたたちにいいことを教えてあげるわね」
 アイサは海水の上を滑るようにこちらへ近づいてきた。
「マディ。海の中にいらっしゃい」
 お母さんへ手を差し伸べた。
 お母さんが連れていかれるような気がして、怖くなって、縋るようにアイサを見た。
「マリィ。大丈夫よ、連れて行ったりなどしない。マディ、海の水の中に身を沈めなさい」
 お母さんが海の中に身を投じ、頭まで潜り、海面に再び顔を出すと、アイサはもう上がっていいと促した。
 一体、今の行為に何の意味があったのか?
「どうかしら?」
「体が軽く感じる……」
「え?」
「あなたたち光の住人と呼ばれる地上で暮らす、人魚の血を引く人々の寿命が短いのは、海水の恩恵を受けていないからなの。私達人魚にとって、海水はなくてはならないもの。地上に暮らすアリィの子供たちは、海水の力を受けられずに命を落としていた。あなたもこれで人と同じだけ生きられるようになるわ」
 もしかしたら、この海に来れば、お母さんの寿命のことが何か分かるかも知れないとは思っていたが、まさかこんなに簡単な方法で寿命が延びることになるとは思ってもいなかった。
「私も海に入った方がいい?」
「あなたの寿命に問題はないわ」
「どうして?」
「あなたは、こことは異なる世界の海に何度も入っているでしょう」
 ああ、海ならどこでもいいんだ。それなら日本では、夏になれば毎年家族で海に行っていた。私は日焼けをするよりも海の中で一日中でも泳いでいるほうが好きだった。
「でも、あなたが海に入れば体も癒えるし、何より兄弟たちが喜ぶわ。彼らはあなたが大好きだから」
「うん。お母さんも泳ごうっ」
 私達は、服を着たまま海の中に飛び込んだ。
 海の中では、何かに包まれているような安心感がある。決して溺れることがないと思わせる。海自身が私を守ってくれているような感じ。
 海の中では、声が砂浜で聞いていた時よりも大きく聞こえる。そう、まるで耳元で囁かれているようだ。波自体に生命を感じる。
 隣りを見ると、アイサが私と並んで泳いでいる。
「アイサさん。前に私にくれた青い宝石は、海の泡だよね? あれは、消えていった人魚の魂の結晶なの?」
「ええ、そうよ。今聞こえる声達も海の泡となった私達の兄弟の声なの。あなたの助けになったかしら?」
「うん、すごく。ありがとう。本当に本当にありがとう」
 ふと、目を閉じ再び開いた瞬間には、私達は砂浜に座っていた。
「お母さん。今のは、夢なのかな?」
「いいえ、夢じゃないわ。アイサが私達に会いに来てくれたのよ」
「そっかぁ」
 首元に手を持って行くと、戦いで失った筈のペンダントが。そして、それを持ちあがると青い宝石が輝いていた。隣りに座るお母さんを見ると、お母さんの胸元にも青い宝石が輝いていた。

「アレック、私、お願いがあるの」
 青い空を見ながら、胸元の青い宝石を優しく撫でた。
「何だ?」
「私のお姉さんに今度、会って欲しいと思って」
「姉上? お前に姉上などいたかな?」
「うーん、お姉さんとも違うのかな、お母さん? おばあちゃん? でも、おばあちゃんって感じでもないと思うの。だから、何て言えばいいのかな。私の家族みたいな……、うん、そんな感じの人」
 アイサは、あの海に会いに行くたびに、アレックを連れて来いと煩いのだ。今まで、トラメフィアに行くと、外交やら何やらでアレックは多忙を極めていた為、私に同行することが出来なかった。
「いいぞ。お前の家族なら誰とでも会おう。会って、俺がお前の夫に相応しい男だと認めて貰いたいからな」
 アレックは驚くだろうか、私の会わせようとしている人が本物の人魚だと知ったら。
 あの日のことは、アレックには話していない。流石に本物の人魚にあったと知ったら、驚くだろうと言えずにずるずると今まで来てしまったのだ。
「あとね、もう一つあるの」
「なんだ?」
「ずっと私と一緒にいてくれる?」
 隣りで横になっているアレックの顔を覗き込んで、そう問いた。
「愚問だな。俺はお前以外の傍に生きてはいられない。お前も知っていると思っていたが?」
「うん、知ってる。けど、たまには言葉で聞きたかったから」
 アレックの柔らかな笑顔がさらに嬉しそうに緩む。
「言葉が欲しいならいつでも言うぞ。俺は、お前を愛している。俺の傍から一生離れるな。俺にはお前だけだ」
「そこまで言ってくれなくても良かったけど……」
「不満か?」
「ううん、嬉しくて涙が出そうっ」
 くくっと低い笑いを洩らしてアレックが私を抱き寄せた。

 私達の毎日は、きっと今と変わらずこのままずっと続いて行く。
 楽しいことや嬉しいことと同じ数だけ、苦しいことや悲しいことがあるだろうが、私にはアレックがいて、アレックには私がいる。二人でいれば私達に怖いものなど何もないから。
 だから、私達はずっと一緒に……。

「なあ、お前の願いを聞いてやったんだ。俺のも聞いてくれてもいいだろう?」
「なあに? 無茶なお願いはお断りだからねっ」
「無理なもんか。簡単なものだ」


 ……俺とお前の子供が欲しい……





~~~終わり~~~

***あとがき***
皆さま、ここまで付き合って頂き、ありがとうございました。
漸く、最終話を迎えることができました。この先、マリィはアレックと生まれてくる子供と一緒に存分に楽しみながら(常に廻りに迷惑をかけながら)歩んでいくのだと思います。
今後の予定としまして、今週の残りと来週を休ませて貰って12月6日より新連載を始めたいと思います。今度の作品は、ファンタジーを離れ現代ものになっております。タイトルは『色白の王子様』。多分、このタイトルのままいくと思います。中編程度の作品にする予定でいます。
ここまで読んで頂き、応援して頂いて本当にありがとうございます。また、お会いしましょう。
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