挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

我らが太古の星シリーズ

新・量子コンピューター

作者:尚文産商堂
私一人だけでは対応できない状況。
昔では考えられないことだったが、量子移動が可能になり、さらなる量子コンピューターが必要となった。
そもそも、私自身は地球の保護を目的として作られたのであり、他の目的は後々付け加えられたものだ。

量子移動するための計算は、通常のコンピューターでは数百億年かかるといわれている。
それでは到底間に合わない。
その結果として、新しい量子コンピューターが必要になったのだ。

私が私自身を複製するために必要だったのは、私が作られたときに使われた設計図だった。
問題は、その設計図を探す必要があるということだ。
私の生みの親である"タイト"さんと"ニノマエ"さんは、どこにそれを持って行ったかはわからない。
そもそも、残されているのかも分かっていない。
だから、設計図から私自身の構造を知る事はできなかった。
そのような、全てが手探りの段階から入る必要があった。

私の中をいくら探っても、ブロックされているところ以外にはなかった。
ブロックされているところを探ろうにも、鍵がないからできない。
この中にあるかもしれないという感覚もあれば、別のところにあるという直感も働いている。
どこにあるのか、その手掛かりを探りに、私は連合立博物館へと向かった。
そこならば、ヒントぐらいはあるだろうと考えたからだ。

博物館へ入り、目の前にある受付の人に聞いた。
「すいません、Teroなんですが、量子コンピューターの研究者である坂川一茶さんはいますか」
「少々お待ちください」
受付の人は、電話をかけ始めた。
研究室にでも連絡を入れているのだろうと勝手に推測する。
そして、その推測は大体あたる。

「お待たせしました。坂川一茶です。何か御用ですか」
彼は、私を見るやすぐに聞いてきた。
「鍵を探しているのです」
「どのような鍵ですか」
「私の頭のブロックを解くための鍵です。今では使えない領域のどこかに、私の設計図があると思うのです」
「なるほど……」
あごの下で指を擦りながら、考えているようだった。
「とりあえず、研究室に来ませんか。立っているのも疲れるでしょう」
私はそんなことないのだが、彼は疲れるのであろう。
「わかりました」
一言だけ伝えると、関係者専用のエレベーターに乗って、彼の研究室へと向かった。

エレベーターの中で、彼が言いだした。
「ところで、どうして急に設計図が必要になったのですか」
「国家機密に属することなので、私に話す権限はありません。ただ、連合政府が必要としているとしか言えません」
「そうですか」
確かに、急に必要になるならば、それ相応の理由が必要になるのはわかっている。
だが、今の段階では国家機密に指定されているので、話すことができないのが、妙にもどかしく感じる。
「…もしも、なければどうしますか」
「その時考えますよ。一から作るとかも考慮に入れてます」
私はそういったものの、考えてみればその方面の考えは欠落していた。
見つからなかった場合、私の頭である量子コンピューターの中にある水を、実際に抜き取って調べてみるしかないだろうが、その結果私自身が人事不省になる可能性もある。
やってみなければ、何も分からないのだ。

「ここです」
坂川研究室と書かれた表札の真下にあるドアをくぐると、雑然とコーヒーカップや段ボールや収納ケースやらが山のように積み上げられていた。
「えっと……」
「あ、好きな所に座っていただいて結構ですので」
そう言われても、座るべき椅子の上には段ボールが置かれており、座ることはできない。下におろそうにも、絶妙なバランスで成り立っているような芸術作品を壊すことは、私にはできない。
「コーヒーがいいですか、それとも紅茶?」
「いえ、お気遣いなく」
私はあわてていった。
このような場所で何か飲む気には、残念ながらなれなかった。
「そうですか」
彼は、専用と思うマグカップに、黒い液体をなみなみと入れて持ってきていた。
「コーヒーですよ」
私がじっと見ていたからだろう。
苦笑いをしながら、私に教えてくれた。
「それで、頭のカギを探しているのですね」
「そうです」
一口すすってから、彼はすぐに本題に入った。
「とりあえず、マスターは呼んでますか」
「大学院に行ってるので、今日は来れないとのことです」
彼は、ずっと考えているようだ。
数分間、マグの水面を見続けてから、私に顔を向けた。
「では、できる限りのことだけはしましょう。ただ、マスターの権限が必要になってくると思います。あなたが惑星一つを攻撃した際に、連合議会はあなたへ対する権限を強化し、その一環として、全権をマスターへ委ねたのです。その権限は、あなたのすべての機能を使用できる唯一の人とすること」
「そこに鍵があると思うのですか」
彼は、しっかりとうなづいた。
「そうですね。確かに、私ひとりではほとんど何も決められません。連合議会がそう決定した際、私は多少の異議しかとなえませんでした。それが今なお尾を引いているということですね」
「まさしくその通りだと思います。武力行使を行わせないことが、当時の絶対条件でした。それからすでに数世紀が経ています。カギは再び開けられるのを待っているのだと思いますよ」
私は再び考える。
何をするべきなのか。
優先順位をつけ、行う順序を整える。
そして、決める。
「では、次の土曜日、また会ってくださいますか。その時は、連合政府の役人も同席させます。さまざまなことを同時に決定することが求められるでしょう」
彼は、笑いながらコーヒーを飲みほした。

次の土曜日。
私はマスターを連れて、再び研究室へ来た。
「はじめまして」
大学院生のマスターは、昔と変わらずに引っ込み思案で人見知り。
それでも、私の全権を持っているマスターは、量子コンピューター増量計画に必須の人物だ。
学界で認められたこの計画は、7つある大区域の一つ一つに量子コンピューターを設置し、私自身の負荷を軽減させることを目的としている。
このままいけば、遠からず将来、私の総処理能力を突破することは間違いない。
「それで、私はどうすればいいんですか」
マスターが坂川に尋ねる。
「あなたが、Teroの頭の中にある障壁を取り除くためのカギを持っているはずです。今回の量子コンピューター増量計画において、まずはTero自身の設計図が必要。そのために、あなたはここに呼ばれたのです」
「彼女から聞いていましたが、その通りなのですね。まずその前に、議会へ諮問する必要があると思うのですが。量子コンピューターに関する法律第42条1項に"量子コンピューターである存在を使用する際は、議会へ諮問しその許可を得なければならない。"と書かれています」
「それはこちらも知ってますよ」
さらっと流そうとする。
「学会は今や、議会の一諮問機関となっています。その諮問機関が認めたのであれば、さらなる追認措置は必要ではないと思いますが」
「法令は守る必要があります。それが彼女のマスターであり、学部で法律を学んでいた私の責務であり義務でもあります」
マスターは少し怒っているように見える。
「では仕方ありません。議長へ問い合わせてみましょう」
坂川は、議長への直通ダイヤルへ電話をかけた。

「はい、惑星国家連合議会議長のイワンフ・ストライブです」
「議長ですか、こちらは国家連合立博物館量子コンピューター分野研究員の坂川一茶です」
「坂川さんですか、お久しぶりですね」
一気に声のトーンが上がる。
だが、続いて静かに聞いてくる。
「どのような御用ですか」
「量子コンピューター増量計画についてです。Teroの中に存在するブロックされた空域の、閲覧許可をいただきたいのです。よろしいでしょうか」
「それを伝えてくるということは、何か確信があってのことでしょうな」
疑惑の声、それにこたえる和やかな声。
「当然です。Teroの設計図が必要なのですが、その設計図がどこにあるのかがわからないのです。その設計図さえ手に入れば、どうにか構造を解析し、Teroの複製を製造することが可能なのです」
坂川は、次々と理由を提示する。
それに対し、議長は一言。
「月曜日まで待てないのか」
「待てたら、土曜日に連絡をするわけがないでしょう」
電話の受話器の向こう側で、一通り唸ってから、結論を下した。
「よかろう、ただし、武力系統につながるブロック解除は認めることはできない。あくまでも今回の解除措置は、Teroの複製を製造するという目的のみで認められるものだからな。その点を強く留意するように」
「ありがとうございます、議長。それでは、失礼します」
坂川はそれで電話を切った。
「ということだ。これで文句はないだろ」
さっさと見てみたいという研究心と、できれば見たくないという心が入り混じった顔をしている。
「では、キーを入れてみましょう」
マスターはため息をつきながら、渋々認めたようだ。
ポーチから出した鍵は、見たことがない形をしている。
「ところで、彼女の本体はどこにありますか」
「それなら、この博物館の金庫の中のはずだ」
「案内していただけませんか。物理的にあける方法をとる必要があります」
マスターは何をしようとしているのか、私には皆目見当がつかなかった。

再び関係者専用のエレベーターに乗り込み、私たちは地下8階にある金庫室へ着いた。
「どのような御用ですか」
金庫番[ロボット]が私たちに聞いた。
「量子コンピューターであるTeroの本体を持ち出したい」
「残念ですが、本金庫より持ち出すことは、量子コンピューターに関する法律第198条に"量子コンピューターの本体は、一定の高度な管理下に置かれる。管理方法は各量子コンピューターに対する省令によって決定する。"および量子コンピューター管理に関する省令第18条"Teroの本体は惑星国家連合立博物館の金庫に封し、博物館館長及び惑星国家連合政府が決定した者のみに対し、触れることが許可される。何人も、本体を持ち出すことは許されない。"とされています」
「省令だの法律だの、ややこしい世の中だ」
「量子コンピューターに関する法律の制定は、私が回収された時ですよ」
イラついている坂川に、私が言った。
「んなことはわかってる。問題は、館長に話を通す必要があるということだ」
なにやらいろいろと思案をしている坂川に対して、マスターは笑いをこらえているように見える。
「どうして笑ってるの」
私は、よくわからずに聞いた。
「だって、マスター特権っていうのが、法律に記載されているのよ。よく知らないのね」
法律は、私も詳しくない。
ネットワークに接続して探すよりも、マスターが話したほうがわかりやすかった。
「あのね、私やこれからのマスターたちには、議会と同等の権限が認められているの。さっきのは、私ひとりがすべての責任を負うのが嫌だから言ってただけ。本当は議会の承諾は必要じゃないのよ」
「え……」
そこまで言った時、ようやく坂川が頭をあげた。
マスターは金庫番に言った。
「量子コンピューターのTeroのマスターである、川須晴海です。連合法に基づいて、Teroへの接続を許可していただきたい」
「本人と証明するために、DNA検査を行います。よろしいですね」
マスターはただ単に、金庫番の手のひらの上に、人差し指を置いた。
少し痛そうな顔をしてから、指を離す。
「DNA照合。確認しました。どうぞ中へお入りください」
金庫番は、恭しく道をあけた。
私たちは、その道を通って、中へと入った。

「さて、Teroの本体はどこにあるんでしょう」
ジャンル別に並べられた列の一本一本を確認しながら、私たちは私の本体である10cmぐらいの立方体を探していた。
「あれでしょうか」
私が指さした先には、半球のドームによって守られている物体があった。
「あれだ!」
ダッと近づいた坂川だが、なにかの膜に阻まれた。
「シャボン玉の膜みたいなものです。害はありませんが、正式に認められた人以外は、入ることができないのです」
言いながら、マスターは本体へ近づいていく。
膜状の半球は、彼女を拒むことなしに受け入れた。
「あなたは、正式に認められていないために、このように阻まれたのです。彼女も、この中に入ることはできないでしょう」
ためしに近づいてみると、なるほど、確かに膜のようなものに阻まれて中に入ることはできない。
「大丈夫ですか」
聞いてみたが、マスターはただにこやかに笑うだけだった。
「では、とりあえずブロックを全部解除します。それから、必要な情報の部分以外のすべてを、再び封印させます」
本体に手をかけ、鍵を差し込み、ゆっくりと反時計回りに2周、時計回りに半周まわした。
「祓い給え、清め給え、守り給え、幸え給え」
祝詞を言いながら回していると、急に私の頭の中に情報があふれた。
「これ……」
全ての記憶、ブロックされていたところには、これまでの記憶が封じ込められていた。
「どこまでも増えていく」
量子移動用の処理能力分を除いた部分は、すでにいっぱいになった。
移動用の処理部分にかかり始めたころ、ようやく氾濫は治まりを見せた。
「どうだった」
マスターは鍵から手を離さずに聞いてくる。
「ええ、設計図は手に入れました。公開部分にコピーしておきましたので、大丈夫です」この情報から更なる情報を得られる気はするが、今回はあきらめた。
「では、再びブロックさせます」
先ほどとは逆の向きで、鍵を回し始める。
「ひふみよいむなやこと、ふるべゆらゆらとふるべ」
再び、何かの祝詞を唱えて、私の情報はゆっくりと頭から消えていく。
「はい、お疲れ様でしたー」
膜から再び出てきたマスターは、はっちゃけた雰囲気がある。
「大丈夫ですか、興奮ぎみのような気がしますが…」
「私なら大丈夫。心配しないで」
そう言っているが、足もとが微妙にふらついているように見える。
「では、行きましょうか」
坂川が、真っ先に金庫から出た。
「設計図は、どこにあったの」
「マスターもよく知っている場所ですよ」
坂川が振り向いたが、私は教えるつもりはなかった。

博物館から出て、ストーカーまがいのことをする坂川を振りほどくと、私はその設計図がある場所へ向かった。

タクシーから降りると、そこはマスターの祖父母が住んでいる場所だった。
「ここって」
「さあ、行きましょうか」
マスターの手を取り、私は歩きだす。
ただ、祖父母の家には向かわずに、その近くにある神社へ向かった。

宮司(ぐうじ)さん、少しばかりお時間大丈夫ですか」
私は、神社を掃き清めている宮司を見つけると、すぐに聞いた。
「ええ、大丈夫ですよ」
柔和な笑みを浮かべつつ、私達へと向き直る。
「あるものがここにあるはずです。私の設計図が」
「やっと取りに来られましたね。ええ、ありますとも。どうぞこちらへ来てください」
竹ぼうきを片手に、宮司は、私たちを蔵へと案内した。
「ここには、この神社が創建されて以来の宝物が保管されています。Teroさんの設計図も、そのうちの一つです。初代の遺言によって、本人が取りに来るまでは保管しておくようにと、言われていました」
蔵の中へは、一人で入って行き、そして、ほこりが積った桐の箱を持ってきた。
「この中に、あなたの設計図が入っていると、言われています」
「ありがとうございます。今開けてもいいですか」
「大丈夫ですが、ほこりに注意してください。それに、かなり古いものですので、風で飛ばされるかもしれません。紙か、はたまた電子化されているのかも、わからないもので」宮司がそう心配しながらいった。
私は、全く意に介さずに、紫色のひもを解くと、箱のふたを開けた。
中身には、折りたたまれた紙が入っていた。
「どこかで広げないと…」
「ならば、こちらへ来てください。居間になら、十二分な空間があるでしょう」
再び箱を閉じてから、大事に抱えて宮司についていく。

居間にあがらさせてもらい、折りたたまれた紙を、慎重に広げた。
大体2畳分の大きさがある。
そこに、細かい字でいろいろと注釈やら、説明やらが描かれている。
設計図ということもあるのか、私の本体や体の細かな寸法図も裏表に分けて書かれていた。
「ありがとうございます。これでどうにか連合政府の要求を満たせそうです」
「それは何よりです」
再び慎重に折りたたみ、箱を返した。
「これは、この神社の宝物です。私は必要なものを見て、すべてを覚えました。これは、私が持っているよりも、この神社で預かっていただいたほうが、よりよいと思います」
「そうおっしゃられるのであれば、このまま宝物として預からさせていただきます。しかし、いいのですか」
私に聞いてきたが、すぐに答えた。
「ええ、何かあれば、また来ます」
それだけ言うと、私たちは神社の境内から出た。

タクシーはすでに帰っていたので、近くのバス停まで、歩いて向かうことにした。
「…ねえ、あの情報の中に、答えってあったの」
バス停で、次のバスが来るまで10分ほどあったから、ベンチに座った。
「んー…正直にいえば、なかった」
「じゃあ、どうして……」
マスターは、不思議そうな顔をしている。
「単純にいえば、勘よ。ここにあるっていう勘があったの」
「じゃあ、ここになかった時は、どうしたの」
「やっぱり、最初から作り直しだったのかもね。でも、ちゃんとここにあった。だから、大丈夫よ」
私がそう言っても、やっぱり、よくわからないらしい。
そんなマスターの頭に手を置くと、すこし赤くなりながらも、言った。
「もぅ…子供じゃないんだからぁ……」
「そう言っていても、私から見れば、まだまだよ」
「じゃあ、子供じゃないって認めてくれるのはいつなのよ」
マスターがベンチから立ち上がって聞いた。
「そーねー…あと半世紀でもしたら、認めてあげるわ」
「じゃあ、私が70を超えるまでは子供っていうこと?」
遠くからバスが来る音が聞こえてくる。
「そういうことになるわね。でも、それぐらいなら、生きられるでしょ」
私はあっさりといった。
「確かに生きられるけど…」
「だったら、問題ないわね。ほら、バス来たわよ」
結局、私は答えをはぐらかした。
そのまま、雑然とした話をしながら、家へと戻った。

1年近くかけ、議会からの要求にこたえるような性能の量子コンピューターの研究に没頭した。
マスターが時々見に来てくれたが、ほとんど気にかけれなかった。

「設計図は完成した…これでとりあえずの量産型の量子コンピューターの作成が可能…」
私が机の上に広げた設計図には、さまざまなものが書き加えられていた。
その上、現在の技術を駆使して、さらにいいものを作ろうとして、機能強化を行っていた。
だが、目的である量子移動用の領域の拡充も忘れていない。

「問題は名前か…」
云々悩んでいるところに、ちょうどマスターが来た。
「あれ、終わったの?」
「ちょうど今。設計図だけは終わったけど、名前をどうしようかって思って…」
「ああ、それぞれの名前をつけないといけないのか…」
マスターは、持っていたカバンを設計図にかからないところにおいて、いろいろと案を出してくれた。
だが、なんとなくしっくりこない。

さまざまな案を出したうえで、マスターが私に聞いてくる。
「じゃあ、Teroは何がいいのよ」
「やっぱり、科学の関連とか…そんな方向がいいかなって思ってるのよ」
「分かった。全部で7人だっけ?」
マスターは確認するように聞いてくる。
「えっと、予備も含めると8人分」
「予備の子は、"Science"っていう名前にするのね」
「科学の結晶だから」
そこまで言ってから、少し立ち止まって考えてみる。
「でも、化学関連だけじゃダメなら、地球っていう名前はどうだろうね」
「"Le monde"とか、"Erde"とか?」
「"Terra"っていうのは、私とかぶりそうだからパスね」
そうなってくると、その方面での名前を付けるつもりで言ってくる。
「"Dunya"っていうのもいいわね」
[著者注:Dunyaは、正確にはuにウムラウトがつきます]
「"Zemlja"、"Maa"、"Toka"ね」
「で、"Dinja"で最後かな……」
「ええ、これで8人分全員そろったわ。あちこちの言語から、引っ張り集めてきたわねー…」
なんだか、こうやって名前を付けるという作業も新鮮で、何かうれしくもある。

「本当の子供みたいね。まだ生まれてないけど」
設計図を見ながら、私が言う。
すぐ横に立っているマスターが言ってくる。
「もしも、私が子供を産んだら、名付け親になってくれる?」
「ええ、もちろん」
こうやって、私が名前を付けた子供が、新しいマスターになると思うと、なにか、妙な気もする。

さらに半年をかけて、議会側と色々調整した。
「名称、機能、限定機能、マスター権限の一部移譲、およびその他の関連する事柄。全会一致で賛成しました」
議長が、マイクを通して議場に言いきった。
「では、散会とします」
真っ先に議長が席を立ち、それから大臣、議員という順で、議場を後にした。

私が再び研究室へ戻ると、マスターが待っていた。
「どうだった?」
「全部了承されたよ。これから、研究所へ書類を引き渡して、誕生の瞬間を見守るだけ。私の仕事は、これでいったん終わり」
机の上に置いてあったカバンは、すでに技術省の大臣に引き渡している。
大臣がどうにかしてくれる予定になっていて、私はもしもの為に、ここに待機することになっている。
「だから、又当分の間、家に帰れないよ」
私が、そうマスターへ伝えると、うなづいて答えた。
「大丈夫、昔の私じゃないんだから」
そう言いながら、悲しそうな顔をしている。
私は、頭を何度かなでた。
あまり嫌な顔はしていない。
「そう言いながらも、悲しそうな雰囲気を出してる。注意してよ。そんな雰囲気出してたら、振られちゃうよ」
「大丈夫、だいじょうぶ……」
自分に言い聞かせるような感じのいい方。
「そう、大丈夫」
それから、私は机に向かって色々と作業をし始めた。

「はい、Teroです」
突然かかってくる電話にも、瞬時に応対する。
他の作業をしながらも、量子コンピューター増量計画のことを常に気にかけている。
「あ、もしもし。量子コンピューター開発部の者です」
「どうしましたか」
いつでも向こうへ行く準備は整えてある。
「実は、外枠は完成したんですけど、量子水へのプログラムができないんです。少し来ていただけますか」
量子水は、私が見つけた最高の材質だ。
外気に触れない限り、その効果は永続的になる。
「分かりました。これから向かいます」
向かうといっても、ここから徒歩30分ほどのところにある。
バスで行くと遠回りになるから、歩いて行くか自転車か。
やはり歩いた方がいいと判断し、てくてく歩くこと20分。
赤信号に引っかからずに来れたおかげで予測値よりも早く着いた。
「Teroですけど、どうしたんですか」
研究所の職員が走り抜けようとしているのを捕まえて聞く。
「あ、ちょうどよかった。来てもらえますか」
有無を言わさずに、ひっつかまれて運ばれた。

「Teroさんが来てくれたぞー」
ある部屋へ引きづり込まれると、大声で叫ばれる。
「やっと来て下さったか。待ってました」
電話の主が、私を出迎える。
「電話をかけた、研究主任の川崎何某(かわさきなにがし)です」
「川崎さん、電話ではよく分からなかったのですが、何が起きたのですか」
「量子水を本体に注入を終わった段階で、続いてプログラムを導入しようとしたら、拒否されたのです」
それはおかしい。
プラグラムを入れてからの拒否反応だったら、自然な行為の一つだが、量子水自体に意識が宿っているということか?
「全部ですか」
「いいえ、一人だけです」
その子は、小学5年生をモデルとして作られた"Science"だった。
「どういうこと?」
「我々にもわかりませんが、ただ、この子だけが特別なのかもしれませんね」
「量子水を注入するときに、何か誤った行動を取らなかった?」
私は一つ一つの可能性をつぶすことにした。
何かしらの人間側の誤動作が、彼女を特別な存在へと引き上げたのだ。
「すべてを繰り返しチェックしましたが、何もありませんでした。すべてのプログラム注入は、順調に行われていました。この子で最後になります」
「そう……」
必死になって考える。
何が問題なのか、何が起こったのか、何が原因なのか。
一つの答えを得るための方法も思いついたが、できる限り避けたい。
だが、それ以外に方法がない気がした。
「……この子を起動させましょう。それしか道がないです」
「Teroさん、それをするには議会の承認が必要です。運悪く、本日は議会が開かれない日になっています」
「だったら仕方がないわね、私の一存で決めるわ。どうせ私を止めることなど、誰にもできないわけだから」
そう言って、スイッチを思いっきりなぐりつけた。
スチームが起き、徐々にその姿が見え始めた。
「おはよう、起きた?」
私はその霧を追い払ってから、Scienceに聞いた。
「長いからScって呼ばせてね」
彼女を見つけると、近寄ってそういった。
一回うなづく。
「Science、私の名前ね」
すぐに言語機能が働きだしたようだ。
続いて、運動機能、思考機能も同様に。
「私は、Science。科学の結晶。あなたはTero。地球という名前を名付けられ、破壊した女性。ここは、地球ではない惑星。あなたは人ではない人」
急に話しだされる。
「私は私、すべてを司れない不完全な存在。ここはどこ、私は誰?」
哲学的な論争には首を突っ込みたくなかったが、それでも止める必要がある。
「はいはい、そこまでね」
私が柏手を打つ要領をして注目を引いた。
「いいこと?あなたは、量子コンピューターとして生まれたの。でも、あなたは特別な存在になった。その意味がわかる?」
「分かる。私は自律神経系を持っていて、自らの意思に基づいて外部プログラムの介入を阻止した。私の頭の中を、誰にもいじらせはしない」
そう言って、彼女は私を押し倒し外へ出ようとした。
だが、小さいからだが私にとって幸いした。
「ここを退いてよ」
「だめ。あなたはまだ生まれたばかり。生まれたからには誰かと共に生きていかなければならい。一人では、誰も生きれないの」
「試してみないと、分からないでしょ!」
足を躓かせ、転ばせる。
三半規管は正常に働いているはずだが、急なことに対応できるほど発達はしていないはず。
私が考えた通り、彼女はころっと転んだ。
そこを、両手両足を押さえるように、周りから研究員の男たちが集まる。
「この子は、私が預かります。マスターとなる人はまだ選ばれていないはずでしたよね」
研究員に聞いたが、一回だけうなづいた。
「分かった。では、これで」
私は、Scの片手を離さないようにしてから、研究所を出た。

このじゃじゃ馬娘を飼いならすのは、相当な労力がいるだろう。
「ふぅー……」
その覚悟を持って引き取ったはずなのに、あれから1か月で、いわゆる育児疲れが起こっていた。
さらに1年がたつころには、Scのことを忘れそうになりながらも、それでも母親の体面を保とうとしていた。
「あれ?どうしたの」
惑星政府の職員になったマスターが、私の研究室の中へ入ってくる。
「ああ、気にしないで」
それでも私が疲れているのは分かるらしく、近づいてすぐ横の席に座った。
「そんなわけない。完全に疲れてるって。少し休んだらどう?」
「そう言っても、色々仕事がたまってるし…」
「はいはい、分かったから」
絶対に分かったふりをしているだけだ。
私はそう確信したが、それを振り払う気力は残っていなかった。

「休みを取りたい……」
「マスター権限です。彼女は疲れ切っています。第1次反抗期の娘を抱えて精神的に参っているのです」
「うむむ……」
上司に直談判を行いに部屋へ突入したのはいいが、ほとんど一方的な話になっている。
「いいですよね」
ズイッと顔を上司に近付けるマスターに、たじたじだ。
「分かった、分かった。マスターであるキミがそこまで言うのであれば」
「では、1か月」
ひとことだけ最後に言い残すと、さっさと出て行ってしまった。

「あんなのでいいの?」
「いいの。それよりも、旅行行くよ」
先々まで決めるマスター。
「どこによ」
「ここじゃないどこか」

向かったのは、見知らぬ惑星だった。
「私の卒業記念旅行先の惑星。当時の友人にも声をかけたから」
待ち合わせ場所といわれて、来たところには、Scもいた。
「ちょっと待ってよ、なんでこの子がいるのよ」
私はマスターに耳打ちする。
「育児疲れの原因でしょ、大丈夫よ、私たちが何とかするから」
そう言って、私を無理やり連れてきた。

私が向かう間にも、人が集まり続けている。
夏に向かいつつあるようなうだるような気候の中、私の為にかわからないが、とりあえず集まっていた。
「これで全員?」
マスターがその場にいた人たちに聞く。
「そうね」
友人らしい女性が、マスターに答える。
「じゃあ、行きましょうか」
「ちょっと待って、どこに行くつもりのよ」
私はどこかへ行こうとしているマスターたちに聞いた。
「行ってみればわかるよ」
だけど、それ以上のことは教えてくれることはなかった。

「か、海岸?」
「そ。私たちがここに旅行しに来た時に偶然見つけたの。地元の人しか知らない秘境よ」
車に乗せられて、私たちを連れ回している間に、教えてくれた。
「どんな海岸なんですか」
私がマスターに聞く。
代わりに、マスターの友人の池田勝亮(いけだしょうすけ)が答えてくれた。
「簡単にいえば、普通の海岸だな。ただ、砂じゃなくて礫岩だから、海のそばまで行くことはできないけどな」
「そのかわり、ずっと先まで見渡せるから、夕日の落ちる風景とかはとってもきれいだよ〜」
その証拠といわんばかりに、写真を見せてくる。
心惹かれるものというのだろうか、何かそのようなものを感じることもないが……
だが、Scはその写真に食いついた。
「きれー……」
「あげるよ」
運転している男性が、さらっと言う。
Scは初めて見せるような笑顔で受け取った。
それから、ずっと大事に見つめていた。
車は高速道路に入りどんどん進んでいた。
「海って、結構遠いと思うんですけど…」
「だからこそ、車で行くんだ。Teroなら、色々と知っているだろう?」
さも当然のように言われるが、私にもわからないことはある。
人の心理は、その最たるものだ。

「ほら、ここがその海岸だよ」
車の天井部分に手をかけて、私は車外へ出た。
ゆっくりと、太陽が水平線へ沈んでいく。
海岸は黒っぽい色をしたごつごつした岩で覆われている。
海水が真っ赤に染まり、太陽と一体を成している。
ただ、それだけのこと。
でも、何か胸に来るものがある。
「どう?」
マスターがすぐ横にまで来て、私に聞く。
「きれい……」
「自分自身が、どんなに威張ろうが、どんなにちっぽけな存在だと思おうが、自然はそこにある。ただ、そこに存在しているんだよ」
運転していた人が、私に話しかけてくる。

しばらく見ていたが、Scが泳ぎたいと言ったので、着衣水泳が始まった。
私はマスターと一緒に、車のところでそれを見ていた。
「ねえ」
「はい」
マスターが話しかけてくる。
彼らは、懐中電灯をつけながら、海のそばで遊んでいた。
「Scちゃんの教育は、これからが勝負よ。今で音を上げるようじゃあ、お母さんとしてはまだまだよ」
マスターに言われなくても、分かっているつもりだった。
でも、実際は分かっているつもりでも分からないことだらけ。
だからこそ、育児は楽しいし、つらい。
共に傷ついて、共に楽しめる。
「うん、まだ大丈夫。これからが勝負なんだから」
なんとなく、根拠はないけど大丈夫なような気がした。
「おかーさーん!」
海の方から声が聞こえてくる。
Scの声だ。
「なーにー?」
「私、頑張ってみる!」
何をと問いかけるのはやめた。
してみただけ無駄だと、考えたからだ。

それから、Scは変わった。
何でも駄々をこねるように反抗的にするのではなく、自分自身の権利を守りながら、義務もこなしていた。
手伝ったから、お小遣いを頂戴という感じだ。
ただ、ずっと研究室の中にいるようにもなった。
外とのつながりを自分で切ったらしい。
自分自身で、信じられる人を探すといっているが、私から見たら、単なる引きこもりにしか見えない。
本人が選んだ道に対しては、何も文句は言わないことにした。

その一方で、量子移動用のプログラムは、他の子供たちに上手にインストールされ、幾度のテストを経て正式に開始された。
彼らのマスターは連合政府がなることになっている。
私の手から、既に離れているが、ただ一人だけは、私のもとに残った。

研究室にて。
「お母さん……」
「どうしたの」
パソコンに向かって作業をしていた私に、Scは言ってきた。
「あの人、また来てるよ」
そう言って指差した先には、マスターが立っていた。

「調子はどう?」
「まあまあって言ったところね。でも、ちょっと心配ごともあって……」
「例えば?」
マスターにコーヒーを出しながら、私は椅子に座った。
「実は、Scを小学校に行かせようとしたんだけど……」
「いじめられたっていうこと?」
私はうなづいて話を続ける。
「それで、私以外の人間や量子コンピューターたちを信じなくなっちゃってね」
「ははぁ、それでここに引きこもってるわけ」
マスターはあっさりといった。
「じゃあ、Scがいいと思うまで引きこもらせれば?」
「それじゃあ、周りと余計壁ができちゃうでしょ」
「そうとも限らないわよ。一人になってじっと考えてみるの。そうしたらどうすればいいかわかるはずよ」
そう言って、マスターは次々と話をした。

「あ、もうこんな時間」
いつの間にか3時間ほど話していた。
「ごめん、今日はもう帰らなきゃ。また来るからね」
「待ってるわ」
私は彼女に手を振って、扉を閉めた。
「ふぅ……」
Scにお似合いの人が出てくるだろうか。
私はそれが気がかりでならない。
そしたら、その人がScのマスターと登録されるだろう。
今は私が暫定的にマスターになっているだけだ。
そんなことを考えながら、再び仕事に戻った。
HONなびランキング実施中
よろしくお願いします

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ