私一人だけでは対応できない状況。
昔では考えられないことだったが、量子移動が可能になり、さらなる量子コンピューターが必要となった。
そもそも、私自身は地球の保護を目的として作られたのであり、他の目的は後々付け加えられたものだ。
量子移動するための計算は、通常のコンピューターでは数百億年かかるといわれている。
それでは到底間に合わない。
その結果として、新しい量子コンピューターが必要になったのだ。
私が私自身を複製するために必要だったのは、私が作られたときに使われた設計図だった。
問題は、その設計図を探す必要があるということだ。
私の生みの親である"タイト"さんと"ニノマエ"さんは、どこにそれを持って行ったかはわからない。
そもそも、残されているのかも分かっていない。
だから、設計図から私自身の構造を知る事はできなかった。
そのような、全てが手探りの段階から入る必要があった。
私の中をいくら探っても、ブロックされているところ以外にはなかった。
ブロックされているところを探ろうにも、鍵がないからできない。
この中にあるかもしれないという感覚もあれば、別のところにあるという直感も働いている。
どこにあるのか、その手掛かりを探りに、私は連合立博物館へと向かった。
そこならば、ヒントぐらいはあるだろうと考えたからだ。
博物館へ入り、目の前にある受付の人に聞いた。
「すいません、Teroなんですが、量子コンピューターの研究者である坂川一茶さんはいますか」
「少々お待ちください」
受付の人は、電話をかけ始めた。
研究室にでも連絡を入れているのだろうと勝手に推測する。
そして、その推測は大体あたる。
「お待たせしました。坂川一茶です。何か御用ですか」
彼は、私を見るやすぐに聞いてきた。
「鍵を探しているのです」
「どのような鍵ですか」
「私の頭のブロックを解くための鍵です。今では使えない領域のどこかに、私の設計図があると思うのです」
「なるほど……」
あごの下で指を擦りながら、考えているようだった。
「とりあえず、研究室に来ませんか。立っているのも疲れるでしょう」
私はそんなことないのだが、彼は疲れるのであろう。
「わかりました」
一言だけ伝えると、関係者専用のエレベーターに乗って、彼の研究室へと向かった。
エレベーターの中で、彼が言いだした。
「ところで、どうして急に設計図が必要になったのですか」
「国家機密に属することなので、私に話す権限はありません。ただ、連合政府が必要としているとしか言えません」
「そうですか」
確かに、急に必要になるならば、それ相応の理由が必要になるのはわかっている。
だが、今の段階では国家機密に指定されているので、話すことができないのが、妙にもどかしく感じる。
「…もしも、なければどうしますか」
「その時考えますよ。一から作るとかも考慮に入れてます」
私はそういったものの、考えてみればその方面の考えは欠落していた。
見つからなかった場合、私の頭である量子コンピューターの中にある水を、実際に抜き取って調べてみるしかないだろうが、その結果私自身が人事不省になる可能性もある。
やってみなければ、何も分からないのだ。
「ここです」
坂川研究室と書かれた表札の真下にあるドアをくぐると、雑然とコーヒーカップや段ボールや収納ケースやらが山のように積み上げられていた。
「えっと……」
「あ、好きな所に座っていただいて結構ですので」
そう言われても、座るべき椅子の上には段ボールが置かれており、座ることはできない。下におろそうにも、絶妙なバランスで成り立っているような芸術作品を壊すことは、私にはできない。
「コーヒーがいいですか、それとも紅茶?」
「いえ、お気遣いなく」
私はあわてていった。
このような場所で何か飲む気には、残念ながらなれなかった。
「そうですか」
彼は、専用と思うマグカップに、黒い液体をなみなみと入れて持ってきていた。
「コーヒーですよ」
私がじっと見ていたからだろう。
苦笑いをしながら、私に教えてくれた。
「それで、頭のカギを探しているのですね」
「そうです」
一口すすってから、彼はすぐに本題に入った。
「とりあえず、マスターは呼んでますか」
「大学院に行ってるので、今日は来れないとのことです」
彼は、ずっと考えているようだ。
数分間、マグの水面を見続けてから、私に顔を向けた。
「では、できる限りのことだけはしましょう。ただ、マスターの権限が必要になってくると思います。あなたが惑星一つを攻撃した際に、連合議会はあなたへ対する権限を強化し、その一環として、全権をマスターへ委ねたのです。その権限は、あなたのすべての機能を使用できる唯一の人とすること」
「そこに鍵があると思うのですか」
彼は、しっかりとうなづいた。
「そうですね。確かに、私ひとりではほとんど何も決められません。連合議会がそう決定した際、私は多少の異議しかとなえませんでした。それが今なお尾を引いているということですね」
「まさしくその通りだと思います。武力行使を行わせないことが、当時の絶対条件でした。それからすでに数世紀が経ています。カギは再び開けられるのを待っているのだと思いますよ」
私は再び考える。
何をするべきなのか。
優先順位をつけ、行う順序を整える。
そして、決める。
「では、次の土曜日、また会ってくださいますか。その時は、連合政府の役人も同席させます。さまざまなことを同時に決定することが求められるでしょう」
彼は、笑いながらコーヒーを飲みほした。
次の土曜日。
私はマスターを連れて、再び研究室へ来た。
「はじめまして」
大学院生のマスターは、昔と変わらずに引っ込み思案で人見知り。
それでも、私の全権を持っているマスターは、量子コンピューター増量計画に必須の人物だ。
学界で認められたこの計画は、7つある大区域の一つ一つに量子コンピューターを設置し、私自身の負荷を軽減させることを目的としている。
このままいけば、遠からず将来、私の総処理能力を突破することは間違いない。
「それで、私はどうすればいいんですか」
マスターが坂川に尋ねる。
「あなたが、Teroの頭の中にある障壁を取り除くためのカギを持っているはずです。今回の量子コンピューター増量計画において、まずはTero自身の設計図が必要。そのために、あなたはここに呼ばれたのです」
「彼女から聞いていましたが、その通りなのですね。まずその前に、議会へ諮問する必要があると思うのですが。量子コンピューターに関する法律第42条1項に"量子コンピューターである存在を使用する際は、議会へ諮問しその許可を得なければならない。"と書かれています」
「それはこちらも知ってますよ」
さらっと流そうとする。
「学会は今や、議会の一諮問機関となっています。その諮問機関が認めたのであれば、さらなる追認措置は必要ではないと思いますが」
「法令は守る必要があります。それが彼女のマスターであり、学部で法律を学んでいた私の責務であり義務でもあります」
マスターは少し怒っているように見える。
「では仕方ありません。議長へ問い合わせてみましょう」
坂川は、議長への直通ダイヤルへ電話をかけた。
「はい、惑星国家連合議会議長のイワンフ・ストライブです」
「議長ですか、こちらは国家連合立博物館量子コンピューター分野研究員の坂川一茶です」
「坂川さんですか、お久しぶりですね」
一気に声のトーンが上がる。
だが、続いて静かに聞いてくる。
「どのような御用ですか」
「量子コンピューター増量計画についてです。Teroの中に存在するブロックされた空域の、閲覧許可をいただきたいのです。よろしいでしょうか」
「それを伝えてくるということは、何か確信があってのことでしょうな」
疑惑の声、それにこたえる和やかな声。
「当然です。Teroの設計図が必要なのですが、その設計図がどこにあるのかがわからないのです。その設計図さえ手に入れば、どうにか構造を解析し、Teroの複製を製造することが可能なのです」
坂川は、次々と理由を提示する。
それに対し、議長は一言。
「月曜日まで待てないのか」
「待てたら、土曜日に連絡をするわけがないでしょう」
電話の受話器の向こう側で、一通り唸ってから、結論を下した。
「よかろう、ただし、武力系統につながるブロック解除は認めることはできない。あくまでも今回の解除措置は、Teroの複製を製造するという目的のみで認められるものだからな。その点を強く留意するように」
「ありがとうございます、議長。それでは、失礼します」
坂川はそれで電話を切った。
「ということだ。これで文句はないだろ」
さっさと見てみたいという研究心と、できれば見たくないという心が入り混じった顔をしている。
「では、キーを入れてみましょう」
マスターはため息をつきながら、渋々認めたようだ。
ポーチから出した鍵は、見たことがない形をしている。
「ところで、彼女の本体はどこにありますか」
「それなら、この博物館の金庫の中のはずだ」
「案内していただけませんか。物理的にあける方法をとる必要があります」
マスターは何をしようとしているのか、私には皆目見当がつかなかった。
再び関係者専用のエレベーターに乗り込み、私たちは地下8階にある金庫室へ着いた。
「どのような御用ですか」
金庫番[ロボット]が私たちに聞いた。
「量子コンピューターであるTeroの本体を持ち出したい」
「残念ですが、本金庫より持ち出すことは、量子コンピューターに関する法律第198条に"量子コンピューターの本体は、一定の高度な管理下に置かれる。管理方法は各量子コンピューターに対する省令によって決定する。"および量子コンピューター管理に関する省令第18条"Teroの本体は惑星国家連合立博物館の金庫に封し、博物館館長及び惑星国家連合政府が決定した者のみに対し、触れることが許可される。何人も、本体を持ち出すことは許されない。"とされています」
「省令だの法律だの、ややこしい世の中だ」
「量子コンピューターに関する法律の制定は、私が回収された時ですよ」
イラついている坂川に、私が言った。
「んなことはわかってる。問題は、館長に話を通す必要があるということだ」
なにやらいろいろと思案をしている坂川に対して、マスターは笑いをこらえているように見える。
「どうして笑ってるの」
私は、よくわからずに聞いた。
「だって、マスター特権っていうのが、法律に記載されているのよ。よく知らないのね」
法律は、私も詳しくない。
ネットワークに接続して探すよりも、マスターが話したほうがわかりやすかった。
「あのね、私やこれからのマスターたちには、議会と同等の権限が認められているの。さっきのは、私ひとりがすべての責任を負うのが嫌だから言ってただけ。本当は議会の承諾は必要じゃないのよ」
「え……」
そこまで言った時、ようやく坂川が頭をあげた。
マスターは金庫番に言った。
「量子コンピューターのTeroのマスターである、川須晴海です。連合法に基づいて、Teroへの接続を許可していただきたい」
「本人と証明するために、DNA検査を行います。よろしいですね」
マスターはただ単に、金庫番の手のひらの上に、人差し指を置いた。
少し痛そうな顔をしてから、指を離す。
「DNA照合。確認しました。どうぞ中へお入りください」
金庫番は、恭しく道をあけた。
私たちは、その道を通って、中へと入った。
「さて、Teroの本体はどこにあるんでしょう」
ジャンル別に並べられた列の一本一本を確認しながら、私たちは私の本体である10cmぐらいの立方体を探していた。
「あれでしょうか」
私が指さした先には、半球のドームによって守られている物体があった。
「あれだ!」
ダッと近づいた坂川だが、なにかの膜に阻まれた。
「シャボン玉の膜みたいなものです。害はありませんが、正式に認められた人以外は、入ることができないのです」
言いながら、マスターは本体へ近づいていく。
膜状の半球は、彼女を拒むことなしに受け入れた。
「あなたは、正式に認められていないために、このように阻まれたのです。彼女も、この中に入ることはできないでしょう」
ためしに近づいてみると、なるほど、確かに膜のようなものに阻まれて中に入ることはできない。
「大丈夫ですか」
聞いてみたが、マスターはただにこやかに笑うだけだった。
「では、とりあえずブロックを全部解除します。それから、必要な情報の部分以外のすべてを、再び封印させます」
本体に手をかけ、鍵を差し込み、ゆっくりと反時計回りに2周、時計回りに半周まわした。
「祓い給え、清め給え、守り給え、幸え給え」
祝詞を言いながら回していると、急に私の頭の中に情報があふれた。
「これ……」
全ての記憶、ブロックされていたところには、これまでの記憶が封じ込められていた。
「どこまでも増えていく」
量子移動用の処理能力分を除いた部分は、すでにいっぱいになった。
移動用の処理部分にかかり始めたころ、ようやく氾濫は治まりを見せた。
「どうだった」
マスターは鍵から手を離さずに聞いてくる。
「ええ、設計図は手に入れました。公開部分にコピーしておきましたので、大丈夫です」この情報から更なる情報を得られる気はするが、今回はあきらめた。
「では、再びブロックさせます」
先ほどとは逆の向きで、鍵を回し始める。
「ひふみよいむなやこと、ふるべゆらゆらとふるべ」
再び、何かの祝詞を唱えて、私の情報はゆっくりと頭から消えていく。
「はい、お疲れ様でしたー」
膜から再び出てきたマスターは、はっちゃけた雰囲気がある。
「大丈夫ですか、興奮ぎみのような気がしますが…」
「私なら大丈夫。心配しないで」
そう言っているが、足もとが微妙にふらついているように見える。
「では、行きましょうか」
坂川が、真っ先に金庫から出た。
「設計図は、どこにあったの」
「マスターもよく知っている場所ですよ」
坂川が振り向いたが、私は教えるつもりはなかった。
博物館から出て、ストーカーまがいのことをする坂川を振りほどくと、私はその設計図がある場所へ向かった。
タクシーから降りると、そこはマスターの祖父母が住んでいる場所だった。
「ここって」
「さあ、行きましょうか」
マスターの手を取り、私は歩きだす。
ただ、祖父母の家には向かわずに、その近くにある神社へ向かった。
「宮司さん、少しばかりお時間大丈夫ですか」
私は、神社を掃き清めている宮司を見つけると、すぐに聞いた。
「ええ、大丈夫ですよ」
柔和な笑みを浮かべつつ、私達へと向き直る。
「あるものがここにあるはずです。私の設計図が」
「やっと取りに来られましたね。ええ、ありますとも。どうぞこちらへ来てください」
竹ぼうきを片手に、宮司は、私たちを蔵へと案内した。
「ここには、この神社が創建されて以来の宝物が保管されています。Teroさんの設計図も、そのうちの一つです。初代の遺言によって、本人が取りに来るまでは保管しておくようにと、言われていました」
蔵の中へは、一人で入って行き、そして、ほこりが積った桐の箱を持ってきた。
「この中に、あなたの設計図が入っていると、言われています」
「ありがとうございます。今開けてもいいですか」
「大丈夫ですが、ほこりに注意してください。それに、かなり古いものですので、風で飛ばされるかもしれません。紙か、はたまた電子化されているのかも、わからないもので」宮司がそう心配しながらいった。
私は、全く意に介さずに、紫色のひもを解くと、箱のふたを開けた。
中身には、折りたたまれた紙が入っていた。
「どこかで広げないと…」
「ならば、こちらへ来てください。居間になら、十二分な空間があるでしょう」
再び箱を閉じてから、大事に抱えて宮司についていく。
居間にあがらさせてもらい、折りたたまれた紙を、慎重に広げた。
大体2畳分の大きさがある。
そこに、細かい字でいろいろと注釈やら、説明やらが描かれている。
設計図ということもあるのか、私の本体や体の細かな寸法図も裏表に分けて書かれていた。
「ありがとうございます。これでどうにか連合政府の要求を満たせそうです」
「それは何よりです」
再び慎重に折りたたみ、箱を返した。
「これは、この神社の宝物です。私は必要なものを見て、すべてを覚えました。これは、私が持っているよりも、この神社で預かっていただいたほうが、よりよいと思います」
「そうおっしゃられるのであれば、このまま宝物として預からさせていただきます。しかし、いいのですか」
私に聞いてきたが、すぐに答えた。
「ええ、何かあれば、また来ます」
それだけ言うと、私たちは神社の境内から出た。
タクシーはすでに帰っていたので、近くのバス停まで、歩いて向かうことにした。
「…ねえ、あの情報の中に、答えってあったの」
バス停で、次のバスが来るまで10分ほどあったから、ベンチに座った。
「んー…正直にいえば、なかった」
「じゃあ、どうして……」
マスターは、不思議そうな顔をしている。
「単純にいえば、勘よ。ここにあるっていう勘があったの」
「じゃあ、ここになかった時は、どうしたの」
「やっぱり、最初から作り直しだったのかもね。でも、ちゃんとここにあった。だから、大丈夫よ」
私がそう言っても、やっぱり、よくわからないらしい。
そんなマスターの頭に手を置くと、すこし赤くなりながらも、言った。
「もぅ…子供じゃないんだからぁ……」
「そう言っていても、私から見れば、まだまだよ」
「じゃあ、子供じゃないって認めてくれるのはいつなのよ」
マスターがベンチから立ち上がって聞いた。
「そーねー…あと半世紀でもしたら、認めてあげるわ」
「じゃあ、私が70を超えるまでは子供っていうこと?」
遠くからバスが来る音が聞こえてくる。
「そういうことになるわね。でも、それぐらいなら、生きられるでしょ」
私はあっさりといった。
「確かに生きられるけど…」
「だったら、問題ないわね。ほら、バス来たわよ」
結局、私は答えをはぐらかした。
そのまま、雑然とした話をしながら、家へと戻った。
1年近くかけ、議会からの要求にこたえるような性能の量子コンピューターの研究に没頭した。
マスターが時々見に来てくれたが、ほとんど気にかけれなかった。
「設計図は完成した…これでとりあえずの量産型の量子コンピューターの作成が可能…」
私が机の上に広げた設計図には、さまざまなものが書き加えられていた。
その上、現在の技術を駆使して、さらにいいものを作ろうとして、機能強化を行っていた。
だが、目的である量子移動用の領域の拡充も忘れていない。
「問題は名前か…」
云々悩んでいるところに、ちょうどマスターが来た。
「あれ、終わったの?」
「ちょうど今。設計図だけは終わったけど、名前をどうしようかって思って…」
「ああ、それぞれの名前をつけないといけないのか…」
マスターは、持っていたカバンを設計図にかからないところにおいて、いろいろと案を出してくれた。
だが、なんとなくしっくりこない。
さまざまな案を出したうえで、マスターが私に聞いてくる。
「じゃあ、Teroは何がいいのよ」
「やっぱり、科学の関連とか…そんな方向がいいかなって思ってるのよ」
「分かった。全部で7人だっけ?」
マスターは確認するように聞いてくる。
「えっと、予備も含めると8人分」
「予備の子は、"Science"っていう名前にするのね」
「科学の結晶だから」
そこまで言ってから、少し立ち止まって考えてみる。
「でも、化学関連だけじゃダメなら、地球っていう名前はどうだろうね」
「"Le monde"とか、"Erde"とか?」
「"Terra"っていうのは、私とかぶりそうだからパスね」
そうなってくると、その方面での名前を付けるつもりで言ってくる。
「"Dunya"っていうのもいいわね」
[著者注:Dunyaは、正確にはuにウムラウトがつきます]
「"Zemlja"、"Maa"、"Toka"ね」
「で、"Dinja"で最後かな……」
「ええ、これで8人分全員そろったわ。あちこちの言語から、引っ張り集めてきたわねー…」
なんだか、こうやって名前を付けるという作業も新鮮で、何かうれしくもある。
「本当の子供みたいね。まだ生まれてないけど」
設計図を見ながら、私が言う。
すぐ横に立っているマスターが言ってくる。
「もしも、私が子供を産んだら、名付け親になってくれる?」
「ええ、もちろん」
こうやって、私が名前を付けた子供が、新しいマスターになると思うと、なにか、妙な気もする。
さらに半年をかけて、議会側と色々調整した。
「名称、機能、限定機能、マスター権限の一部移譲、およびその他の関連する事柄。全会一致で賛成しました」
議長が、マイクを通して議場に言いきった。
「では、散会とします」
真っ先に議長が席を立ち、それから大臣、議員という順で、議場を後にした。
私が再び研究室へ戻ると、マスターが待っていた。
「どうだった?」
「全部了承されたよ。これから、研究所へ書類を引き渡して、誕生の瞬間を見守るだけ。私の仕事は、これでいったん終わり」
机の上に置いてあったカバンは、すでに技術省の大臣に引き渡している。
大臣がどうにかしてくれる予定になっていて、私はもしもの為に、ここに待機することになっている。
「だから、又当分の間、家に帰れないよ」
私が、そうマスターへ伝えると、うなづいて答えた。
「大丈夫、昔の私じゃないんだから」
そう言いながら、悲しそうな顔をしている。
私は、頭を何度かなでた。
あまり嫌な顔はしていない。
「そう言いながらも、悲しそうな雰囲気を出してる。注意してよ。そんな雰囲気出してたら、振られちゃうよ」
「大丈夫、だいじょうぶ……」
自分に言い聞かせるような感じのいい方。
「そう、大丈夫」
それから、私は机に向かって色々と作業をし始めた。
「はい、Teroです」
突然かかってくる電話にも、瞬時に応対する。
他の作業をしながらも、量子コンピューター増量計画のことを常に気にかけている。
「あ、もしもし。量子コンピューター開発部の者です」
「どうしましたか」
いつでも向こうへ行く準備は整えてある。
「実は、外枠は完成したんですけど、量子水へのプログラムができないんです。少し来ていただけますか」
量子水は、私が見つけた最高の材質だ。
外気に触れない限り、その効果は永続的になる。
「分かりました。これから向かいます」
向かうといっても、ここから徒歩30分ほどのところにある。
バスで行くと遠回りになるから、歩いて行くか自転車か。
やはり歩いた方がいいと判断し、てくてく歩くこと20分。
赤信号に引っかからずに来れたおかげで予測値よりも早く着いた。
「Teroですけど、どうしたんですか」
研究所の職員が走り抜けようとしているのを捕まえて聞く。
「あ、ちょうどよかった。来てもらえますか」
有無を言わさずに、ひっつかまれて運ばれた。
「Teroさんが来てくれたぞー」
ある部屋へ引きづり込まれると、大声で叫ばれる。
「やっと来て下さったか。待ってました」
電話の主が、私を出迎える。
「電話をかけた、研究主任の川崎何某です」
「川崎さん、電話ではよく分からなかったのですが、何が起きたのですか」
「量子水を本体に注入を終わった段階で、続いてプログラムを導入しようとしたら、拒否されたのです」
それはおかしい。
プラグラムを入れてからの拒否反応だったら、自然な行為の一つだが、量子水自体に意識が宿っているということか?
「全部ですか」
「いいえ、一人だけです」
その子は、小学5年生をモデルとして作られた"Science"だった。
「どういうこと?」
「我々にもわかりませんが、ただ、この子だけが特別なのかもしれませんね」
「量子水を注入するときに、何か誤った行動を取らなかった?」
私は一つ一つの可能性をつぶすことにした。
何かしらの人間側の誤動作が、彼女を特別な存在へと引き上げたのだ。
「すべてを繰り返しチェックしましたが、何もありませんでした。すべてのプログラム注入は、順調に行われていました。この子で最後になります」
「そう……」
必死になって考える。
何が問題なのか、何が起こったのか、何が原因なのか。
一つの答えを得るための方法も思いついたが、できる限り避けたい。
だが、それ以外に方法がない気がした。
「……この子を起動させましょう。それしか道がないです」
「Teroさん、それをするには議会の承認が必要です。運悪く、本日は議会が開かれない日になっています」
「だったら仕方がないわね、私の一存で決めるわ。どうせ私を止めることなど、誰にもできないわけだから」
そう言って、スイッチを思いっきりなぐりつけた。
スチームが起き、徐々にその姿が見え始めた。
「おはよう、起きた?」
私はその霧を追い払ってから、Scienceに聞いた。
「長いからScって呼ばせてね」
彼女を見つけると、近寄ってそういった。
一回うなづく。
「Science、私の名前ね」
すぐに言語機能が働きだしたようだ。
続いて、運動機能、思考機能も同様に。
「私は、Science。科学の結晶。あなたはTero。地球という名前を名付けられ、破壊した女性。ここは、地球ではない惑星。あなたは人ではない人」
急に話しだされる。
「私は私、すべてを司れない不完全な存在。ここはどこ、私は誰?」
哲学的な論争には首を突っ込みたくなかったが、それでも止める必要がある。
「はいはい、そこまでね」
私が柏手を打つ要領をして注目を引いた。
「いいこと?あなたは、量子コンピューターとして生まれたの。でも、あなたは特別な存在になった。その意味がわかる?」
「分かる。私は自律神経系を持っていて、自らの意思に基づいて外部プログラムの介入を阻止した。私の頭の中を、誰にもいじらせはしない」
そう言って、彼女は私を押し倒し外へ出ようとした。
だが、小さいからだが私にとって幸いした。
「ここを退いてよ」
「だめ。あなたはまだ生まれたばかり。生まれたからには誰かと共に生きていかなければならい。一人では、誰も生きれないの」
「試してみないと、分からないでしょ!」
足を躓かせ、転ばせる。
三半規管は正常に働いているはずだが、急なことに対応できるほど発達はしていないはず。
私が考えた通り、彼女はころっと転んだ。
そこを、両手両足を押さえるように、周りから研究員の男たちが集まる。
「この子は、私が預かります。マスターとなる人はまだ選ばれていないはずでしたよね」
研究員に聞いたが、一回だけうなづいた。
「分かった。では、これで」
私は、Scの片手を離さないようにしてから、研究所を出た。
このじゃじゃ馬娘を飼いならすのは、相当な労力がいるだろう。
「ふぅー……」
その覚悟を持って引き取ったはずなのに、あれから1か月で、いわゆる育児疲れが起こっていた。
さらに1年がたつころには、Scのことを忘れそうになりながらも、それでも母親の体面を保とうとしていた。
「あれ?どうしたの」
惑星政府の職員になったマスターが、私の研究室の中へ入ってくる。
「ああ、気にしないで」
それでも私が疲れているのは分かるらしく、近づいてすぐ横の席に座った。
「そんなわけない。完全に疲れてるって。少し休んだらどう?」
「そう言っても、色々仕事がたまってるし…」
「はいはい、分かったから」
絶対に分かったふりをしているだけだ。
私はそう確信したが、それを振り払う気力は残っていなかった。
「休みを取りたい……」
「マスター権限です。彼女は疲れ切っています。第1次反抗期の娘を抱えて精神的に参っているのです」
「うむむ……」
上司に直談判を行いに部屋へ突入したのはいいが、ほとんど一方的な話になっている。
「いいですよね」
ズイッと顔を上司に近付けるマスターに、たじたじだ。
「分かった、分かった。マスターであるキミがそこまで言うのであれば」
「では、1か月」
ひとことだけ最後に言い残すと、さっさと出て行ってしまった。
「あんなのでいいの?」
「いいの。それよりも、旅行行くよ」
先々まで決めるマスター。
「どこによ」
「ここじゃないどこか」
向かったのは、見知らぬ惑星だった。
「私の卒業記念旅行先の惑星。当時の友人にも声をかけたから」
待ち合わせ場所といわれて、来たところには、Scもいた。
「ちょっと待ってよ、なんでこの子がいるのよ」
私はマスターに耳打ちする。
「育児疲れの原因でしょ、大丈夫よ、私たちが何とかするから」
そう言って、私を無理やり連れてきた。
私が向かう間にも、人が集まり続けている。
夏に向かいつつあるようなうだるような気候の中、私の為にかわからないが、とりあえず集まっていた。
「これで全員?」
マスターがその場にいた人たちに聞く。
「そうね」
友人らしい女性が、マスターに答える。
「じゃあ、行きましょうか」
「ちょっと待って、どこに行くつもりのよ」
私はどこかへ行こうとしているマスターたちに聞いた。
「行ってみればわかるよ」
だけど、それ以上のことは教えてくれることはなかった。
「か、海岸?」
「そ。私たちがここに旅行しに来た時に偶然見つけたの。地元の人しか知らない秘境よ」
車に乗せられて、私たちを連れ回している間に、教えてくれた。
「どんな海岸なんですか」
私がマスターに聞く。
代わりに、マスターの友人の池田勝亮が答えてくれた。
「簡単にいえば、普通の海岸だな。ただ、砂じゃなくて礫岩だから、海のそばまで行くことはできないけどな」
「そのかわり、ずっと先まで見渡せるから、夕日の落ちる風景とかはとってもきれいだよ〜」
その証拠といわんばかりに、写真を見せてくる。
心惹かれるものというのだろうか、何かそのようなものを感じることもないが……
だが、Scはその写真に食いついた。
「きれー……」
「あげるよ」
運転している男性が、さらっと言う。
Scは初めて見せるような笑顔で受け取った。
それから、ずっと大事に見つめていた。
車は高速道路に入りどんどん進んでいた。
「海って、結構遠いと思うんですけど…」
「だからこそ、車で行くんだ。Teroなら、色々と知っているだろう?」
さも当然のように言われるが、私にもわからないことはある。
人の心理は、その最たるものだ。
「ほら、ここがその海岸だよ」
車の天井部分に手をかけて、私は車外へ出た。
ゆっくりと、太陽が水平線へ沈んでいく。
海岸は黒っぽい色をしたごつごつした岩で覆われている。
海水が真っ赤に染まり、太陽と一体を成している。
ただ、それだけのこと。
でも、何か胸に来るものがある。
「どう?」
マスターがすぐ横にまで来て、私に聞く。
「きれい……」
「自分自身が、どんなに威張ろうが、どんなにちっぽけな存在だと思おうが、自然はそこにある。ただ、そこに存在しているんだよ」
運転していた人が、私に話しかけてくる。
しばらく見ていたが、Scが泳ぎたいと言ったので、着衣水泳が始まった。
私はマスターと一緒に、車のところでそれを見ていた。
「ねえ」
「はい」
マスターが話しかけてくる。
彼らは、懐中電灯をつけながら、海のそばで遊んでいた。
「Scちゃんの教育は、これからが勝負よ。今で音を上げるようじゃあ、お母さんとしてはまだまだよ」
マスターに言われなくても、分かっているつもりだった。
でも、実際は分かっているつもりでも分からないことだらけ。
だからこそ、育児は楽しいし、つらい。
共に傷ついて、共に楽しめる。
「うん、まだ大丈夫。これからが勝負なんだから」
なんとなく、根拠はないけど大丈夫なような気がした。
「おかーさーん!」
海の方から声が聞こえてくる。
Scの声だ。
「なーにー?」
「私、頑張ってみる!」
何をと問いかけるのはやめた。
してみただけ無駄だと、考えたからだ。
それから、Scは変わった。
何でも駄々をこねるように反抗的にするのではなく、自分自身の権利を守りながら、義務もこなしていた。
手伝ったから、お小遣いを頂戴という感じだ。
ただ、ずっと研究室の中にいるようにもなった。
外とのつながりを自分で切ったらしい。
自分自身で、信じられる人を探すといっているが、私から見たら、単なる引きこもりにしか見えない。
本人が選んだ道に対しては、何も文句は言わないことにした。
その一方で、量子移動用のプログラムは、他の子供たちに上手にインストールされ、幾度のテストを経て正式に開始された。
彼らのマスターは連合政府がなることになっている。
私の手から、既に離れているが、ただ一人だけは、私のもとに残った。
研究室にて。
「お母さん……」
「どうしたの」
パソコンに向かって作業をしていた私に、Scは言ってきた。
「あの人、また来てるよ」
そう言って指差した先には、マスターが立っていた。
「調子はどう?」
「まあまあって言ったところね。でも、ちょっと心配ごともあって……」
「例えば?」
マスターにコーヒーを出しながら、私は椅子に座った。
「実は、Scを小学校に行かせようとしたんだけど……」
「いじめられたっていうこと?」
私はうなづいて話を続ける。
「それで、私以外の人間や量子コンピューターたちを信じなくなっちゃってね」
「ははぁ、それでここに引きこもってるわけ」
マスターはあっさりといった。
「じゃあ、Scがいいと思うまで引きこもらせれば?」
「それじゃあ、周りと余計壁ができちゃうでしょ」
「そうとも限らないわよ。一人になってじっと考えてみるの。そうしたらどうすればいいかわかるはずよ」
そう言って、マスターは次々と話をした。
「あ、もうこんな時間」
いつの間にか3時間ほど話していた。
「ごめん、今日はもう帰らなきゃ。また来るからね」
「待ってるわ」
私は彼女に手を振って、扉を閉めた。
「ふぅ……」
Scにお似合いの人が出てくるだろうか。
私はそれが気がかりでならない。
そしたら、その人がScのマスターと登録されるだろう。
今は私が暫定的にマスターになっているだけだ。
そんなことを考えながら、再び仕事に戻った。
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