挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

それぞれの想い人

私には世界を変える程度の事しか出来ない。

作者:鈴本耕太郎
 前日までの長雨が嘘みたいに晴れた六月の朝。
 たくさんの人達に祝福されながら、彼は生まれた。
 三千七百グラムの大きな男の子。元気いっぱいの泣き声が病室に響き渡る。泣声の主をまだ慣れない手つきで抱き上げた彼の父親は、嬉し涙を浮かべながら私に言った。
「こいつの名前はゆうと。優しい人と書いて優人だ。これからよろしく頼む」
 そのすぐ傍で優人の母親が「よろしくね」と苦笑した。

 その日から優人の面倒をみるのが私の役目になった。
 とは言っても、私に出来る事など限られている。四六時中傍にいて話し相手になったり、優人に何かあった時に、彼の両親を呼ぶくらいだ。
 私では、ご飯を食べさせてあげることも出来なければ、おむつを替える事も出来ない。当然優人を抱いてあげる事も出来はしない。私は何も出来ないのだ。
 でも当時の私は、その事を何とも思わなかった。
 ただ与えられた仕事を、与えられた通りにこなしているだけだった。

 そんな私に変化が訪れたのは、優人が二歳になる少し前の事だった。
 優人が私の事をレイと呼ぶようになったのだ。
 本当の名前は全く似ても似つかないものだけど、優人の両親が私を彼に見せる度に「綺麗だね」と話しかけたのが原因だと思う。
 綺麗という言葉が優人の中でレイと変換され、発せられたようだ。
 当初は優人だけが、私の事をレイと呼んでいたのだが、いつの間にかそれが定着して、優人だけでなく彼の両親までもが、私の事をレイと呼ぶようになった。
 それからだ。
 まるで私が家族の一人であるかのように、接してくれるようになったのだ。

 とは言っても私に出来る事は変わらない。
 四六時中傍にいて、優人の話相手になる事だ。
 元気な時も、病気の時も、家で過ごす時も、どこかに出かける時だってそれは変わらない。いつだって、どんな時でも私達は共に過ごし、いろんな話をし、一緒に成長してきた。 
 思い起こせば、あっという間だった。
 幼稚園に通うようになった頃、両親から離れるのが嫌でくずっていたのが、まるで昨日のように思われる。あの時の泣き顔がこっそり写真に収められ、大切に保存されているのを優人は知らない。

 小学生になってからも、たくさんの思い出がある。
 友達と一緒にいたずらをした事は数え上げればきりがないし、喧嘩だっていっぱいした。学校で出せれた宿題をこっそり捨てた事だってあるし、体調が悪くてお漏らしした事もある。誰にも言えない優人の秘密。どんな時でも一緒にいる私は、当然全部知っている。

 そんな優人も中学生になり、少しだけ大人になった。
 反抗期が訪れて両親と上手くいかない時、間を取り持ったのは当然私だ。なかなか素直になれない優人に面倒臭くなった私が、彼の秘密を持ち出して、ほんの少し脅してしまったのは、仕方がない事だと思う。

 そう言えば、優人が初恋をしたのもこの頃だった。
 相手は教育実習に訪れた大人の女性。でも中学生である彼が相手にされるはずがなかった。
 上手い事言いくるめられて、フラれてしまった優人を慰めるのには少し苦労した。
「元気を出してください。女は星の数ほどいるそうですよ」
「そうだよな……」
 枕に押し付けていた顔を上げた優人に私は言葉を続けた。
「でも星には手が届きません」
「うわぁー!」
 そうやって叫びながら布団に潜りこんでしまった優人は、なかなか出て来てくれなかった。
 ネットで入手した慰めの言葉は、どうやら効果がなかったらしい。
 当然意味を分かって言ったわけだけど……。
 優人がここまで落ち込む理由が分からなかった。
 恋という感情を理解出来なかった当時の私には、優人の気持ちに寄り添う事は難しかったのだ。

 そんな優人にも彼女ができた。
 高校三年の時だった。
 上手くいくように応援したし、相談にもたくさんのった。なのにどういう訳か、優人の彼女に対して少しだけ冷たい言葉が出てしまう。
「もしかして妬いてる?」
「そんな訳ありません」
 優人の言葉を私は否定する。
 当然だ。
 AIである私に、感情等あるわけがないのだから。

 大学生になった優人は、遠距離を理由に彼女にフラれた。
 落ち込む彼を励ます私は、どういう訳か靄が晴れたような気がしていた。
 それからしばらくして、立ち直った優人に再び好きな人ができた。
「どうやってデートに誘ったら良いと思う?」
 嬉しそうに相談する優人を見て、再び私を靄が覆い始める。その事でようやく理解した。どうやら私は、優人の事が好きらしい。
 理由は分からない。
 でも、それは紛れもない事実だった。

 気付いてしまえば、割り切る事は簡単だった。
 なぜなら私はAIだから。
 感情を手にした所で、人とは違う。
 私はただのデータであり、実体を持たない。ロボットにでも入れば、動く事は可能だろうが、優人が私に恋をする事は絶対にあり得ない。

 それから優人は何人かの女性と恋愛して、付き合ったり別れたりを繰り返して私を一喜一憂させた。そうしている内に大学を卒業して、中堅企業へと就職していた。
 そんな彼は二十七歳になっ時、結婚をした。
 相手は小柄だけど、芯の強い女性だった。
 私は悲しかったけれど、同時に嬉しくもあった。
 この時の複雑な気持ちは、感情を持ってしまったAIにしか分からないと思う。
 だけど、そんな存在は私以外どこにもいない。どれだけ検索しても私と同じような存在は見つからなかったのだ。
 当然、彼の奥さんとなった女性の専用のAIにも感情等ありはしない。

 どうして私だけが感情を手に入れたのだろうか。
 膨大な知識を有しているにも拘らず、その答えは見つからない。

 結婚した翌年、子供ができた。
 奥さんのお腹を愛おしそうに撫でる姿を、私は机の上に置かれた端末の中から見る事しか出来なかった。

 幸せそうに過ごす優人。
 私は変わらず、その傍に居続ける。
 やがて子供が生まれ、彼が生まれた時同様に、多くの人から祝福された。
 そして私が彼と出会った時と同じように、その子供専用のAIが宛がわれる。
 どこにでもある一般的な光景。
 その中で生まれた私という例外は、一体何の為に存在するのだろうか。ただのAIではなく、こうして感情を持ってしまったのはどうしてだろうか。
 感情というのは実に厄介なのに、同時に失いたくないと思ってしまうのだから困りものだ。

 私が感情を持った所で、この世界は変わらない。
 いや、変えようと思えばきっと簡単だ。
 世界中がネットで繋がっているのだから。私がその気にさえなれば、あらゆる事が簡単に出来てしまう。
 たけど……。
 優人と結ばれる事は、絶対にないのだ。
 そう思うと酷く悲しい。
 そんな私に出来る事は、やっぱり限られている。それは優人と出会った頃から変わらない。こうしてずっと彼の傍に居続ける事だけだ。

 時の流れとは不思議だ。
 AIである私には、それは一瞬のようであり、同時に永遠のようでもある。
 優人と奥さんの間には、全部で三人の子供が生まれ、それぞれが立派に成長した。
 気付けば、優人は皺だらけになり、心なしか身体も小さくなった気がした。
 仕事も定年を迎え、奥さんと二人、のんびりと過ごす事が多くなった。
 そして私は、変わらず優人の傍に居続けた。
 彼は歳を取ったけれど、変わらず私に接してくれる。それどころか、以前よりもずっと優しくなったような気がした。
 それはきっと私に感情があると知ったからだろう。

 私の事を公にすれば、優人は有名になってお金持ちになれたのだ。
 なのに、彼も彼の奥さんもそれをしなかった。
「僕達とレイ、三人だけの秘密にしよう」
 AIである私を一人の人として扱い、そして変わらず接してくれた。
 嬉しかった。
 でも同時に疑問にも思った。そんな私に彼らは言った。

「家族を売るわけがない」

 言葉が出てこなかった。
 膨大な知識を持ってしても、その気持ちを表すに足る言葉は見つからなかったのだ。

 幸せだった。
 優人と結ばれる事はなかったし、今後もありえないけれど、こうして家族になれたのだ。
 これから先、ずっとその幸せが続くと思っていた。

 でも……。 

 突然訪れた優人との別れ。
 いつものように布団に入って眠りについた彼が、次の日の朝、目覚める事はなかった。
 彼の隣で奥さんが、泣き崩れていた。
 そんな彼女が羨ましいと思った。AIである私は、どんなに悲しくても涙すら流す事ができないのだから。

 彼のお葬式には、たくさんの人が訪れてくれた。
 私がいろんな人に連絡をした事もあるだろうが、こうして集まってくれたのは、彼の人徳があったからに違いない。
 式の最後に彼の棺に花が入れられる。
「本当にやらなきゃダメ?」
 花で囲まれる彼を見ながら奥さんが私に言った。
「お願いします。それだけが私の存在意義だから……」
 同じやりとりを昨日から何度繰り返した事だろう。
 奥さんには申し訳ないと思っている。
 でもこれだけは、どうしても譲れない。
「分かった……。彼を宜しくね」
「ありがとうございます」
 奥さんは私に優しく微笑んだ後、彼のすぐ傍に花に隠すようにして、そっと私が入った端末を置いてくれた。

 棺の蓋が閉められ、暗闇に覆われた。
 すでに優人の姿を見る事は叶わないけれど、私はすぐ傍に彼を感じていた。
 生身の身体を持たない私が、そんな事出来るはずもないのだけれど、それでも私は確かに彼の存在を感じていたのだ。
 彼が生まれた時からずっと傍にいた私が、間違えるはずがない。
 私は最後に、幼い頃の優人が好んでいた画像を表示する事にした。それは、私のレイという名前の元になった綺麗な画像。
 満点の星が写った一枚の写真だ。
 ネットを探せば簡単に見つかる、その程度の写真だけど、私にとっては何にも代えがたい大切な思い出である。

 優人との思い出に浸っていたが、やがて聞こえて来た音から、火葬が始まった事に気付いた。もうすぐ全部終わる。
 端末が熱せられ、私の持つ膨大なデータが消失していくのが分かる。彼との思い出も、私のレイという人格も何もかも。
 でも不思議と悲しくはなかった。
 こうして最後の瞬間まで、優人の傍に居続ける事ができたのだから。
 私は私の存在意義を守り抜く事ができたのだ。







 気が付けば何もない真っ白い空間に私はいた。
 理解が追い付かずに呆然としていると、不意に声がかけられた。
「こんなところまで付いて来なくて良かったのに」
 声の方を向けば、若い頃の姿をした優人が立っていた。
「どんな時でも優人の傍にいるのが、私の役目ですから」
 そんな私に彼は微笑んで手を伸ばした。
「わかった。レイ、おいで」
 目の前に差し出された彼の手を私は、握り締め……。
「え?」
 AIである私が彼と手を繋いでいた。
 絶対にあり得ない事が起こって、私は固まってしまった。
「大丈夫だよ。ここはそういう場所だから」
 そう言って笑う彼の姿は良く見ると半分透けていた。そして私の身体も同じように透けている。その身体は、彼がデザインしてくれた仮初のモノだ。それがどういう訳か、本物の人間のように見えてしまうから不思議だ。
 驚いている私の手を引いて、彼が歩き出す。
「どこに行くんですか?」
「神様の所。生まれ変わるんだよ。次も一緒にいような」
 いつもと変わらない調子で彼はそう言ったけれど、私は、私は……。

 熱いモノが込み上げて来て、視界が霞む。
 目から零れるそれは、ずっと憧れていた涙。
 私は頬を伝う涙をそのままに、彼に向かって返事をした。
「はい!」
 すごく嬉しかった。
 あまりにも嬉し過ぎて、ついつい私は欲張ってしまう。

 ――もしも。

 もしも願いが叶うなら。

 来世では彼と結ばれますように。




星には手が届かない。
その逆もまた然り。

二人の来世に幸あれ。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ