第29話:厄神様はかく持ちけり
状況を確認しよう。
俺の横には厄病神がいる。
そしてリビングのテーブルの横には死神が。
……そして、そのテーブルの上には小さい玉藻がいた。
「玉藻さん、どうしてこんなことになってしまったんでしょう……?」
死神、この状況に到った経緯を300字以内で説明しろ。
「姿が見えなくなるということは透明になる必要はないわけだ。小さくなればいい」
それで説明したつもりか。素直に失敗したと言え。
「何故分かった」
分からいでか。
「どちらにしてもこれで大丈夫じゃろう! ほれ、持ってみよ!」
ちっこいまんま威張るな。可愛い通り越して滑稽だぞ。
「でも確かに、これならポケットの中にも入りそうです……」
「待て、何を考えている厄病神。こいつをポケットに入れるなんて死んでも嫌だぞ」
「だが一応目的は達成できるからな。お前がそうしないことにはどうにもならん」
なんてことだ。
「……入ってみろ」
「……なんだか恐ろしい感じがするのう……」
制服に着替えてポケットに誘導する。本当に小さいなこいつ。
「おお、収まったぞ! これで大丈夫じゃあぁぁぁぁ!?」
試しに歩いてみると、案の定上下に揺れて喋るどころじゃないようだ。
「こりゃだめだ。残念だが完全に失敗だな」
「では小夜が持ってみろ」
「え? わたしがですか?」
ポケットからつまみ出して厄病神に渡す。厄病神は手ですっぽりと覆うようにして玉藻を受け取ると、そのまま移動してみた。
「おお、こっちのほうが快適じゃ!」
なんせ上下運動がないからな。
「これで決まりだな。今日はとりあえずこのまま行ってみるぞ」
待て。このままじゃ小さな玉藻だけ浮いてるように見えるんじゃないのか?
「おそらく問題ない。試しに少し外へ出てみるか」
4人そろって玄関へ。
家の前の道路に出て、玉藻を持った厄病神が道行く人の正面に浮いてみる。
すると変な目で見られた。俺と死神が。
「目の前の超常現象を無視して俺たちか……」
「やはり問題無いだろう。よし、行くぞ」
俺、まだ朝食も済ませてないんだが。
「学校の人は殆どいませんね……」
当たり前だ。まだ学校が始まる30分以上前だぞ。そんな早くから登校してる奇特な生徒など……。
「あれ? センパイ? こんな時間にどうしたんですか?」
「……いないんだよ。だから行こう」
「あの生徒はお前の知り合いではないのか。料理の本を紹介してくれた女子だろう」
「俺はなにも見ていない。さあ行こう」
「ちょっとちょっとー。無視しないで下さいよー。セーンパーイ?」
「呼んでるな」
知らん。
「直樹さん、無視はいけません」
……まったく。
「……お前がこんな時間にいるはずがない。違うか?」
「むー、人を見かけで判断しないで下さいー」
煩い。性格がしっかりしてるヤツは雰囲気だってしっかりしてるんだ。
「ほら、私、電車通学ですから。あんまり遅いと通勤ラッシュの時間にあたっちゃうんですよー」
「なるほど、それは確かにきついかもな」
「そうなんです。それでは失礼しますねー」
「あ、おい」
行ってしまった。
「なんだかあっさりしてたな……」
「俺がいたからかもしれんな」
どういうことだ。
「俺はお前の知人のようだから自分がいると邪魔だとでも思ったんではないのか」
「あいつにそんな殊勝な心がけがあるとも思えないんだがなぁ……」
朝の学校は静かだ。この雰囲気はなかなかいいかもしれない。
「今度からこの時間帯に来てみるか……」
「毎日来るとなると辛いぞ」
「朝早いのは嫌じゃ」
なんなんだこいつら。
――ガラッ。
教室のドアを開ける。そこには3、4人のクラスメイトがいた。その中には俺のよく知った顔も混じっている。
「碧海もこんな時間から来ているのか」
「狭山か。今日は随分早いな」
ちょっと事情があってな。
「凛さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
馬鹿厄病神、うかつに近づいたら――
「小夜、近寄るな!!」
厄病神の手の中の玉藻が騒ぎ出した。
「え? え?」
「こやつは退魔士じゃ!! にっくき人間どもの最たる存在じゃ!!」
……こっちから臨戦態勢になったか。
「なあに? 今の声?」
「なんか聞こえたような……」
姿は見えなくても声なんかは聞こえてしまうようだ。クラスメイト達が反応してしまう。
「外の野球部だろ」
「そ、そうかなぁ……?」
「随分はっきり聞こえたような……あれ? なんて聞こえたんだっけ?」
「……狭山、少し話がしたい。いいか」
いいと言うしかないようだ。
俺が人外と出会うたびに碧海と一悶着あるのは何故だろうね。俺達は人外とコンタクトを取るのに定番となりつつある屋上前階段に来ていた。
「狭山、そいつが妖狐だという事は理解しているな?」
「ああ、残念ながら」
「……霊や死神とうまくやっていけるお前のことだ。おそらくその妖狐とも共存できるのだろう。だが妖狐は霊や死神とはまた違う存在だ」
「所謂『妖怪』ってことか」
「その通りだ。妖怪だからというわけではないが、彼らは人間に害をなすことが多い。私達退魔士が退治するのも主に妖怪たちだ」
「そうして、わらわたちの仲間を次々と葬っていったのじゃな!! 許さんぞ人間!!」
こっちは完全に敵意むき出しか。小さいまま厄病神の腕の中じゃ迫力もなにもないけどな。
「……妖狐。名はなんという」
「フン、貴様に教える名などないわ!!」
「玉藻さん、凛さんは真剣に聞いているんです。きちんと答えてあげて下さい」
「……フン、何をたくらんでおるのか知らんが、それを知ってどうするつもりじゃ」
「その名前で呼ばせてもらう。無意味に殺し合いをする気はない」
驚いた。碧海も随分融通が利くようになったみたいだな。以前なら問答無用で襲い掛かってただろうに。
「……に、人間の言うことなぞ信用できるか!!」
まったくコイツは。
「……まあ今はいい。妖狐、狭山は信用できるか?」
「……貴様よりはの」
「ならば、狭山の決める最低限の秩序を守れ。それならば私は何も言わない」
いいのか。
「あとはお前に任せる。騒がしくしてすまない」
「碧海凛。その言葉の意味するところは理解しているのか」
背を向けて去っていこうとする碧海に死神が声をかける。
「……退魔士の掟は今の世の中では通用しないこともある。特に、お前達のような存在が相手だとな」
「死神、どういうことだ」
碧海が去った後、先ほどの発言について尋ねる。
「退魔士の掟に、妖、つまり妖怪は必ず滅せよというのがある。それを破ったものは一族から破門される運命にある」
なんという無茶苦茶な掟だ。
「それでは、玉藻さんたちも碧海さんたちもかわいそうです!」
「それほどまでに、妖怪というのは人間から忌み嫌われてきた存在ということだ。妖怪を一番よく知る退魔士が、人間のためにその掟を追加せねばならないほどにな」
「ふん、愚かな人間どもの考えそうなことじゃな」
するとこのことが源三郎さんに知られたらまずいってことか。
「かもしれんな。まあできる限り内密にしておくべきだろう」
教室に戻るともう随分な時間らしく、教室の中は生徒達で賑わっていた。
「おう狭山、今日はどうした? 鞄だけ置いていなくなるなんて、腹でも痛くなったか?」
黙れ。
「あら、黄泉も一緒だったの。あんたたち本当に仲いいわね」
どうやら本当に玉藻の存在は周囲に見えていないようだ。
「ちょっとした密談をな」
「マジ? 何の話だよ、オレにも教えてくれないか?」
他人に話したら密談じゃないだろ。
「実はな……」
「うおぉーーーーい!!」
「それではHRを始めます」
「きりーつ、れーい」
教室の後ろには厄病神と玉藻。今日一日こうして授業風景を見るそうだ。
こうして、誰も知らない授業参観が幕を開けた。
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