「教授、またこんな所で油売ってるんですか」
植物園の中央に備え付けられた汚いベンチ。
そこは教授のお気に入りの昼寝場所となっていた。
僕はため息を吐いて教授の肩を揺する。
「ほら、起きて下さい。貴方が来なければ始まらないでしょう。皆待ってますよ?」
丁寧に揺さぶり続けながら腕時計を確認する。
もう残り二十分しかない。
あー、いつもいつもいつもこのジジイは……! いっそ蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが、さすがに自重する。
ただのボケ老人に見えても、生物学の世界的な権威なのだ。へそを曲げられては困る。
「早く起きて、ホントお願いしますよぉ」
「……うむ」
五月蝿そうに払いのけられてしまった。
「……そうですか」
誰の為に僕がここに来たと思っているんだ? 辺りを見渡す。
幸いここには花や植物に困ることは無い。
きょろきょろと探すこと数秒。
すぐに目当ての物を見つけ出す。
ベンチの目の前に生えているタンポポの花だ。
茎の半ばから五、六本まとめて引っこ抜き、白い汁が垂れるまでしばし待つ。
「教授ー教授ーおきてくださーい」
あくまでも優しく肩をたたき、鼻をつまみ。
「ふが」
うめき声と共に開けた口にタンポポの茎を突っ込む。
タンポポの汁を舐めてみたことがあるだろうか? ……すごく苦いのだ。
「う、うおっ?!」
予測通りに飛び起きる教授。
「げほっ、がふ。ぺっ!」
とにかくタンポポを吐き出し、それでも飽き足らずに何度も唾を吐く。
「ああ、おはようございます……。昼寝には良い天気ですね」
「な、何だ。ああ、お前か……? ああっ!」
突然足元に目を向け、驚いたように叫ぶ教授。
「なんすか?」
「お、おま、お前、このタンポポ?!」
「ああ、さっき教授の口に突っ込んだ奴ですけど」
「そうじゃない! どこから……!」
口から泡を飛ばし叫んでいた教授だったが、既に葉っぱを残すのみとなったタンポポを確認してがくりと膝を着く。
「だ、大丈夫ですか? ……って、それより早く発表の方を! 皆待ってるんですから」
腕時計を確認して血の気が引く。
既に五分前だ。誰もが教授の新発見を期待しているのに……。
「ほら早く立って、立ちなさい!」
「終わりじゃぁぁ……」
何故か力の無い呻き声を上げてばかりの教授に肩を貸し、僕は皆が待つホールに向かった。
静かなざわめきが支配するホール。
二百人を超える観衆の視線は、壇上にいる僕と教授に注がれている。
今日。僕と教授の名は歴史に刻まれる事となる。
「さあ、教授、準備はいいですか?」
「……はあぁぁ」
「何いつまでも寝ぼけてるんです、か……。あれ、きょうじゅ?」
最早背負う様な形になっていた教授を地面に降ろした僕が目にしたのは、一人の青年男性だった。
二十代前半くらいだろう。引き締まった体付きをしているがその目に生気はない。
「だれですか?」
「……わしじゃ」
「え? あれ? じゃあ、もう完成していたんですね? 『若返りの薬』! 今日は理論だけ発表するって聞いてたのに、何で隠してたんですか?」
だらしなく座り込む教授がぼそぼそとつぶやく。
「あのタンポポが、あれがようやく開発に成功した唯一のサンプルだったんじゃ……」
え?
「えっと、えっとじゃあまた作りましょう!」
「無理じゃあぁ。あれも奇跡的に出来たに過ぎんのじゃ! 二度と作れん!!」
叫ぶ教授。
喧騒となったホール。
前に座っていた幾人かは壇上に上ってこようとしている。
僕はジジイ言葉で話す青年を見て、笑う事しかできなかった。 |