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次の日、おれは世田谷の実家に帰った。
5年前、狭いながらも庭付き一軒家を買った我が家は、30年ローンを返す為、メーカー企業の技術屋として必死で働く親父と、2年程前、医療事務の資格を取ったという母親が近くの病院でパートとして働いている。
久しぶりのひとり息子の帰郷に、両親は大歓迎で迎えてくれるが、それこそおれには心重たく、クリスマスなのに何故にすき焼き…と思いつつ、食卓に付く。
「このお肉百グラム千円もしたのよ〜」と、声を上げながら、母親は嬉しそうにおれの取り皿に、その高級な肉を分けてくれる。取り皿が肉で溢れている…
父親は発泡酒を飲みながら、満足そうにおれを見て笑っている。
…いい人たち過ぎて逆らえないんだが、ヨハネ学院を受験すると決めた時はさすがに猛反対にあいまくった。二日間ほどプチ家出までしたおかげで、なんとか許してもらえたけど、おれが寮にいることも未だに不本意らしい。
「お父さん、青弥は期末も学年一位だったのよね〜すごいわ」
「じゃあ、将来は学者か医者だな。政治家になるには金がないから無理だが、官僚っていう手もあるぞ。どっちにしてもT大は、間違いなさそうだな」
「…そんなの勝手に決めないでよ。おれ、まだなんにも決めてないし、大学だっておれが行きたいところに行くから」
「それはいいが…私立に行かせる余裕はないから、絶対国立だぞ」
「…」
こう言われると、絶対にT大に行ってやるものか!と、思うわけだ。
「言われなくても青弥は、ちゃんと考えているわよね〜」と、母親はまだ残っているおれの皿にまた肉を置く。
二階の自室に戻ってやっと一息ついた。
すき焼きの後、クリスマスケーキの登場でおれはもう吐きそうになるくらい満腹だ。
苦しさのあまりベッドに寝転んだ。腹だけじゃなく精神的にも満腹すぎて苦しい。
親の愛情とはああいうものなのか?それとも将来に対する子供への投資なのか?
俺はそういう現実から逃げ出したくて、目を瞑り、ひたすらにリンを思った。
何をしているのだろうか。声が聞きたい。
今日はアメリカからリンのお兄さんが帰ってくると言ってた。
リンのお兄さんって、かっこいいんだろうなあ〜
おれも兄弟が欲しかったかな…などと考えていたら、いつのまにか眠ってしまった。
目を開けたら、夜中の一時。
しまった、リンに電話をかけ損ねた。
どうしよう、もう今からじゃ遅すぎるよなあ…いくらなんでも午前一時だ。
携帯を持ったまま、じっと液晶画面を見つめた。
すると突然画面が光り、呼び出し音が鳴り始める。画面の文字に恋人の名前がある。
おれは急いで通話ボタンを押す。
『わ、取るのはや〜』と、リンの笑う声。
格好つかないおれはつい天邪鬼を披露する。
「たまたま…携帯を見てただけだよ。別にリンからの電話を待ってたわけじゃない」
『ふ〜ん、じゃあ切ろうか』いやらしそうに言うリンの勝ち誇った顔が浮かぶ。
おれは無言のまま向こうの出方を見る。
『ミナの頑固さに免じて俺の負けにしといてやるからさあ。今何してるの?』
「え…勉強」してないけど。
『おまえクリスマスの時ぐらい頭休めろ。ますます目が悪くなるからな』
「もう遅いって。それよりリンは何してるの?お兄さんが帰っているんだろう?」
『うん、空港まで向かえに行ったんだけど、飛行機が遅れてさあ。そのまま新宿の○○ホテルに泊まることになったの。しかもクリスマスで満員、スイートがひとつだけ開いてたんでそこに泊まることになったんだよ。なんで兄貴とスイートなんぞに泊まらなきゃなんねえわけ?ミナとならだけどさあ…』
「バカ、おまえとスイートなんか泊まんないよ。高校生のくせにそんな高いホテルなんか…」
スイートどころかそんな高いホテルに泊まったことなんかない。やっぱりリンは一般人のおれとは違うんだろうか。
『そんなことより、おまえ正月どうするの?』
「正月?別になにもしないけど、リンは?」
『俺は、家族と…父さんと新しいかあさんね、の四人で箱根温泉でお正月を楽しむんだって。無理矢理だよ?こっちの意見なんかねえの。いきなり親父から連絡来てさ。家族水入らずで箱根で正月〜だもんなあ。しょうがなく付き合ってやんの』
…うらやましい…そんな正月してみたい。と、正直に言っても物欲しそうに見えるから、良かったねと軽く相槌を打つ。
『いつ寮に帰るの?』と、聞かれ「五日には戻れる」と言うと
『じゃあ六日は一緒に初詣に行こう、いいね』と、言われ、有頂天になった。
後はなんか訳のわからないことばかりで、自分でも呆れてしまったが、電話を切ってしまった後は、リンと一緒に初詣することを思うだけで胸が一杯になり、中々寝付けなかった。
新年になり、もう少しと引き止める親の言うことも聞かず、五日になると早々に寮に帰った。
やっぱりここはおれにとっての楽園だ。
少々意地悪な先輩がいてもだ。
根本先輩が持ってきたお土産のお菓子を食べながら、明日の事を言うと、「じゃあ、せっかくだから一発目は青姦でやれば?」と、言われ、何の事か全くわからず、翌日、その意味をリンに聞いたら大爆笑された。
意味を知って顔を真っ赤にしたおれをリンは抱き寄せ「さすがに冬に外ではやんないよ。ミナが風邪引きそうだもん」と言う。
そういう問題じゃないだろうと、眼鏡越しに睨んだが、リンはお構いなしにおれの頬にキスをした。
…もういいよ。これくらいは…と、諦めた。
八幡神社はさすがに人の山だった。
やっとの事でお参りを済ませ、おみくじを引いたら、リンは大吉でおれは小吉だった。
少し拗ねると、リンは「じゃあ、ふたつを合わせて割り勘にしよう。そしたら、中吉になる」と、笑い、ふたつのおみくじを重ねて折り、神社の木に括りつけた。
「ほら、これでミナと俺は今年も仲良くできるというわけだ」と、振り返るリンがどうしようもなくいとおしい。
こんな少女めいたことをされてもちっともシラ気ないなんて…いや、めちゃくちゃ嬉しくてたまらない。
それなのに不誠実なおれは、お礼も言えずにただ俯くだけだった。
だって、顔がにやけるのをリンに見られたくなかったんだ。
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