3.あぶない教師とヤナギ
彼は倒れたヤナギを抱え起こして、私にカバンを持ってこいと言った。命令した。
「すごーく、エラそう」
つい悪態をついてしまったが、さっさと歩くスーツ男には聞こえなかったようだ。
「保健室どこ」
古びた校門を通りぬけたところで、彼はやっとふり返った。
お姫様だっこされたヤナギはぐったりして動かない。
「あっちですけど、救急車呼ばなくてもいいの」
「息してるし」
言いながら彼はヤナギの頭を自分のほうに傾けて、額のあたりに頬を押しあてた。
(なんかやばい…?)
じつはヤナギは電車で痴漢されたこともあるくらい可愛い。
つい固まった私に気づいたのか、彼はちょっと笑った。近寄りがたい、かたい印象がうすれる。
「体温も普通。校医の意見を聞いてからでもいいだろうね。どのみち俺も遅刻だし。――この子が電車で叫んで逃げてくからチカン扱いされてね」
容易に状況が想像できた。
突然見えないものにおびえて逃げていく高校生(可愛い)。そのあとに残されるサラリーマン。冷ややかな周囲の視線。
(かわいそーかも)
「この子なに?」
「え、なにって」
「普通じゃないだろ」
目を丸くする私の前で、彼の口もとから白い歯がこぼれた。笑顔だけれど、眼光鋭し。
「………」
(マジやば)
おそまきながら、彼がものすごく怒っているらしいことに気づいた。
保健室の入り口の扉を開けると、女性の校医が迎えてくれた。
「どうしたの。ああ夜梛君、また具合悪いの。――あら、あなた知らないわ。どなた?」
助かった、と思った。知らずに緊張していた身体から息を吐き出す。
「臨時採用の高遠です。高遠蓮。――集会、終わったんですか」
(は? 臨時採用って、臨時の先生ってこと?)
「あなたが。初日から遅刻かって、教頭先生が怒ってらしたわよ」
「ああ、そう。公園の前で生徒が倒れたものだから。彼はいつも具合が?」
「まあ、ねえ」
彼女は言いにくそうにした。
「みんな知ってることですけど、夜梛君、幽霊見ちゃうらしくて」
「……へえ」
ちらりと彼、高遠はおもしろそうに視線をヤナギに走らせた。
「君は」
彼は私に向かって言った。
「もう授業に出なさい。夜梛君のことは担任に伝えてくれるね」
人が変わったようなもの柔らかな、声。
従うしかなかった。
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