26.ヤナギ、モエる…
さつきさんがわらってる。
キレイな髪はいつものように、顔をつつんでいたけど。はじけそうな明るさも、楽しいことを思いついたような輝きもない。優しくぼくに前を向かせてくれる、暖かさもない。
さつさきんらしいものは、なにもなかった。どこにもなかった。
「さつきさん……?」
呼んでみたけど、さつきさんはどこにもいなかった。
「さつきん……」
ばかみたいに、繰り返し名前を呼ぶ。
胸がきりきりと痛んだ。
彼女が彼女でなくなってしまっていることが、イヤだった。
彼女は両手を胸において、自分のからだを見おろした。
どこからもなく吹く風に、短いスカートの裾が踊って、白い足のまわりで揺れた。
ふっくらした唇の口角が、きゅっと上がり、その笑顔を深くした。
その大人びて、憑かれた顔はどうにもならないくらいに、ぼくを惹きつけた。
それがイヤだ。
それはさつきさんのものなのに。
「さつきちゃん……、イロっぽいねぇ」
やって来た一条さんがヘラっと言う。
イヤだった。こんなさつきさん、だれにも見せたくない。
「んー? 少年には刺激が強いかな?」
「――やめて下さい。――早く、あの人剥がして下さいっ」
泣きそうになった。泣いたって、助けられないのに。
ぼくにはなんにもできないのに。
一条さんは顔をひきしめて、ごめん、と謝った。
「来てるの、あのお嬢さんだけじゃないから。わかるだろ? オレがさつきちゃんのほうにかかると、お前と蓮が無防備になる。とくに蓮がヤバイ」
こんな真剣な一条さんははじめてだった。
ぼくを見据えて、続ける。
「オレがいつも残してる力がなくなったら、一気に蓮に来るはずだ。――蓮が壊れないように、守れるか?」
そんなのわからない。どうすればいいのか、わからない。
「蓮がキライか? 助けてくれないか?」
「――嫌い……?」
少しだけ自分に問いかける。
「――嫌いじゃなくて……、怖いんです。あの人が心の底にもってる怒りが、怖い……。あれが悪霊を呼ぶんです。――あれを絶たなきゃ、いつまでもあの人は自分が嫌いなままで……、いつかは……」
「言うなよ。わかってる」
一条さんは痛そうな顔をした。彼にもそんなに余裕ないんだ。たぶん。
「けっこうイロイロできそうだな。キライじゃないなら、なんとかなるだろ。――そうだな、手をつないで、蓮のことを考えろ。蓮に意識を向けてればいい。好きになれとは言わないけど、少しは助けたいと思ってんなら、なんとかなると思う」
「……やってみます」
「――いいか。オレが大事なのは蓮だ。お前が蓮を守っている間は、オレもさつきちゃんからあいつを引き離す努力をする。でもお前ができなかったら、迷わず蓮の方に行くから。――悪いが、コレだけは譲れないぞ」
ぼくは心臓を押さえた。重圧から逃れるために。
「大丈夫」
一条さんがぼくの頭に手を置いた。
「一也は強いよ。毎日戦ってるんだろ。――わかるよ」
あたたかく、彼が笑いかける。暖かい心が流れ込んでくる。震えがとまる。
ぼくはやっと、こんな自分のことをわかってくれる人を見つけたと、思った。
嬉しくて、また泣きそうになった。
一条さんはスゴい人だ。あんな心の闇をもっている高遠すら、救える人。
この人のようになりたいと思った。できることなら。少しだけでも近づきたい。
「さあ、さつきちゃんがバカな真似する前に、はじめよう」
一条さんが、宣言した。
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