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心霊少年 ヤナギ
作:オトハソラ



23.ヤナギ、キレる   


 歩いてくる高遠は昨日とは、なんだか違うように見えた。
 単に眼鏡をかけていないとか、そんなことではなくて。
 ヘンにドキドキする。怖いドキドキとは違うような気がする。……なんだろう。
 いつかどこかで、彼を見ていた。ずっと。こんなドキドキする気持ちで。そんな感じがする。
「夜梛君――きみ……」
 いきなりぷっと吹き出されてしまった。
「なんなんですかっ」
 さすがにぼくでもむっとした。
「そんな……、女の子じゃないんだから。頬染められても困るよ」
「――――っ」
 指摘されるともっと赤くなるしかなかった。怒りと恥ずかしさで。
 高遠はますますおもしろそうに、例の意地悪な笑顔を浮かべる。
「残念だけど、俺は男にそういう興味はないから。年下も大嫌いだしね。―― 一条はどうだか知らないけど」
「えっ――」
 まさか、知ってる? 昨日の夜こと?
 きゅう、と胸が痛くなった。いまとても、酷いことを言われた気がした。
 のろのろと考えるぼくの耳に、追い討ちがかかる。
「一条に――したんだって――?」
 いやな言葉。高遠の悪意のある言葉が痛い。傷つけたがっている、意志が怖い。
(……大嫌イナンテ……)
 心の底で眠っていた記憶の蓋がカタンと、音を立てて開いたような錯覚。
「――――――」
 高遠がまたなにか言ったけど、意味をもたなかった。
 ぼくは目が眩むような怒りを感じた。
 つぎの瞬間。
 高遠のキレイな顔面を思いっきり、叩いた。

(ぼくはこんなヤツに、傷つけられたりなんか、しない)

「わーっ! こらっ、やめなさいっ! 少年! 一也クン!」
 異変に気づいた一条さんが、すっとんできて、後ろからぼくを羽交い絞めにした。
「蓮もなに、なんで大人しく殴られてんのっ! こらっ噛みつくな一也っ! 落ち着けってばっ!」

 一歩も動けないように押さえ込まれてから、五分は経過したころ。
 やっとぼくは少しだけ、落ち着いて話せるようになった。
 こんなに怒ったのは、生まれてはじめてかもしれない。
 傷つけられるものかという決意も虚しく、かなり傷ついてしまったからなのだろう。
「落ち着いたか? 大丈夫か? どうせ蓮がいやーなこと言ったんだろうけどな、蓮にやり返したら、さらに三倍くらいになって返ってくんだぞ。いーか、一也。暴力はいかん。話してわからんヤツにも手を出したら負けだ。――蓮も、こいつにはよーく言っとくから、それ以上いびるな」 
 よくこんなに一気に喋れるなって感じで一条さんがまくしたてた。
「とんだヒステリー少年だね。零のしつけがなってないな」
 少し切れた口を押さえながら、一言、厭味が加わる。
「蓮ってばーっ」
 弱り果てたように一条さんが言う。
「……そんなの……、兄さんには関係ない……」
 ぼくは唇を噛んだ。
 零のことまで口にしなくていいはずなのに。どうして……。
 くやしくてたまらない。高遠のひと言ひと言に踊らされることが。
 どうして彼の言葉は、こんなにぼくのことを揺さぶるんだろう。
 どうして、こんなにぼくが傷つく言葉を知っているんだろう?
「……大嫌い……」
「なに?」
 一条さんが聞き返した。
「……大嫌いって、言ったよね……」
「どうした一也クン」
「なに言ってる」
 ぼくはまっすぐに高遠の顔を見つめる。
 この光が落ちてきそうな瞳で、見て。蔑む目と声で――。
「大嫌いだって、言ったんだ。あなたが彼女に言ったから、だから、彼女は苦しんで、消えられられないんだ」
 つよく輝く瞳が、驚いたようにゆらいだ。
(彼は知ってる。彼女がだれか……)
 彼の心がぼんやり伝わってくる。……だとしたら。
 ぼくも……、とても酷いことを言ってしまった。
 とても酷いことを。彼に。
 彼の、せいだと、ぼくは告げてしまった――。

 ぎし、となにかが軋んだ気がした。
 建物のほうから?
 ぎしぎしと、なにかが鳴りはじめた。
 一条さんが厳しい表情で、黒い屋根をふりあおぐ。高い場所にいたカラスが数羽、飛び立っていった。
「また――、悪いの呼んだな。さすがレン様」
 彼はぼくを離し背に庇うようにして、あたりに目をくばった。









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