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心霊少年 ヤナギ
作:オトハソラ



18.幽霊との遭遇      


「――えーと、キミはだれかな?――」
 顔が少しよけるように引かれて、解放された口が言った。
(……ダレダッテ、イイジャナイ……)
 ぼくはそれを追いかけて、黙らせた。
「――………………」
 唇のあいだを舌でなで、もぐらせる……。

「――いっ――うっ」
 意味不明の声のあと、がらがらとお茶缶がラグに転がってきた。
 噛んでいた唇を離して目をむけると、ドアのところで笑顔の零が固まっている。
「……さわんなって、言ったのに……ヘンタイ……」
「い、いや、つい、動けなくて」
 非難する零に、一条さんがへらっとして言った。
「あぁぁっ! ハツの変態変態変態っ! うちの一也になにしてくれてんだっ」
 一気に解凍された零が、ぼくを彼からひきはなした。
「……あのさ、それ一也クンじゃないから。それに襲われてんのオレ」
「へ?」
 零がかなり間抜けな顔をして、腕のなかのぼくを見た。
 見る間に顔が青ざめていく。
「……どっ、なに、なんか怖いんだけど――」
 助けを求めるように一条さんを見る。
「もーオレ腰ぬけそ……。ヤナギ少年とお嬢さん、合体なさってるみたい」
 零はそーっとぼくを離して、じわじわと部屋の端に逃げて行った。
「……ネェ、腕イタイョ……ホドイテ……」
 ぼくの口が勝手に動き出して、懇願する。
 一条さんはいつになく厳しい顔をして、ぼくを見つめている。
「ほどいたら少年から出てくれんのかな」
「……………………」
「おまえの身体じゃないだろう? 勝手なことするなよ。ぜったい、いまのファーストキスってやつだったと思うぜ。一生記憶に残る青春の甘酸っぱい一ページをだな、すっぱい思い出にしちまって悪いと思わねーのかよ」
 言葉の意味は半分も頭に入ってこなかったけれど、彼と、彼の発する音の気のようなものが、ぼくを威圧した。
 つめたく凍えた心の奥がざわざわと、騒ぎ出した。
「……ダメナノ? イヤナノ?……」
 せつない気持ちがいっぱいに膨れあがって、涙が溢れそうになった。
「う、いや、その、良かったけど……、あ、いや」
 彼はたじろぐ。
 ハツヒっ、と零が、部屋の隅から彼を叱咤した。
 ぼくは身を引き裂くような嫌悪感に襲われた。自分への。
 悲しくて、つらかった。
 彼のことが大好きなのに、彼は好きじゃない。
 好きなのはワタシじゃない……。
 こんなワタシ、いらない……。
「――泣かなくていいから……」
 思いがけない優しい声。暖かくて、ほっとする眼差し。
 その手が頭を撫でる。
 冬の池の氷の下から、救いあげられたような心地で、その声を聞いた。
「泣かなくていいから。もう悲しくないから……」
 どれくらい忘れていたんだろう。
 太陽の眩しさ、日なたの暖かさを…。
 彼から伝わってくる心はいたわりに満ちて、凍えた心を暖めてくれた。
「……ココ、ドコ?……」
「迷子になったんだな。大丈夫だから、出ておいで」

 ぼくはなにをしてるんだろう。なにをしたんだろう。
 ふいに湧きあがる疑問。
 そのとたん、からだ中を冷気が取り囲んだ。
(寒い)
 総毛だって全身から力が抜ける。
 一条さんが崩れそうなぼくを抱きとめた。
「――おい……」
 ガクガクと震えるからだは、やたらと重かった。
「……一条さん……?」
「正気に戻ったか、出てきたぞ」
 ぼくたちを見下ろしている、いまにも崩れてしまいそうな彼女。
 ひしゃげた頭と腹から、したたる赤い血……。
 華やかなピンクのキャミソールと短いスカートは、まだ十代にも見える。
「ひどい……」
 思わずつぶやいた。
 なんて生々しい霊なんだろう。
 でも、はじめて電車で見たときよりも、刺々しさが薄れている?
「あ……」
 その姿が、かき消えた。ほんの一瞬で。
 

 







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