〔番外編〕 レイ
一也は特別だから……。
「じーちゃんきえたよ」
かなしそうに一也が言ったのは、まだ一也が一年生になったばかりの頃。
おれは中学に入って部活をはじめて、一也とすごす時間はますます減っていた。
「じーちゃんきえたよ。ばーちゃんもいなくなるみたい」
晩ご飯のあと、猛烈な眠気と戦って、部屋で宿題をしているときだった。
祖父はどっちもずいぶん前に死んでたし、一人いる祖母も他県に住んでいる。
まったく意味不明。
「いまさ、いそがしーからさ」
一也はいつもは、とっても聞きわけが良かった。
宿題のジャマしたり、ゲームのジャマしたりなんか、ぜったいにしたことない。
おれのイヤなことは一度だって、故意にしたことないと思う。
でもこの時は、まだ不安そうに机の横に立ち尽くしていた。
「でもね、じーちゃんいないとこわい」
くりくり目のすごく可愛い、生意気な妹なんかより大好きな弟だった。
でも、疲れていたし、わけがわからないこと言われて、イライラした。
(うるせぇっ。うざいよっ)
びくっと、一也の目が瞠られた。
まるで聞こえたみたいに。
「…………ごめんね…………」
泣きそうな声で言って、一也は出て行った。
胸がもやもやしたけど、宿題を片付けるほうがさきだった。
祖母の死をしらせる電話が鳴ったのは、その翌日、明け方だった。
それからの一也は、泣いてばかりだった。
とつぜん、ポロポロと涙を流す。
聞かれても、理由は言わなかった。
でも、とつぜん、なにかを見つけて、苦しそうに泣くのだ。
心配した親が病院に連れて行ったり、カウンセリングに連れて行ったり……。
でも、本当は、家族みんなわかっていた。
一也が見えるはずのないなにかを見て、怯えていることに。
一也は特別だから。
父も母も言った。
一也は特別だから……。
だれとも違うから……。
今日も一也が泣きながら帰ってきた。
目をこすりながら、リビングでランドセルを降ろす。
その日は体育祭の代休で学校が休みだった。
おれは、映画のDVDを鑑賞しつつ、横目で一也を見る。
「一緒に見る? はじめから?」
「うん」
ソファの上、すぐ横に一也が座る。
「今日はなにが見えた?」
画面を見ながら、さり気なく聞いた。
「学校の前の、川のところにいたよ。手がなくて、痛そうだった。……かわいそうだったよ。……ぼくも事故にあったら、痛いのかな……じーちゃんいたら、目隠ししてくれたのに。もう、見たくないよ……」
そしてまた、一也が泣いた。
一也は特別だから……。
おれも悲しくなった。
一也はだれとも違うから……。
一緒に歩いて行けない。
きっとどこかに行ってしまう。
きっとここから居なくなってしまう。
「…ごめんね。ぼく怖いんだ。うるさいよね…」
まだ祖母が死ぬ前の晩のことを、気にしていたらしい。
すまなさでいっぱいになって、小さなからだを抱きしめた。
「ごめん」
おれにも見えたらいいのに。
一緒に見て、怖がってあげれたらいいのに。
その日はおれも一緒になって、泣いてしまった。
仕事から帰ってきた母親が、そんなおれたちを見てわらった。
「一也には、だれにもできないことができるからね……」
淋しそうに母親が言った。
おれはどきりとした。
それを感じているのが、自分だけでないことに気づいた。
一也がいつか、手の届かない場所に行ってしまう、そんな予感。
一也は特別だから……。
おれはこぶしを固めた。
特別でも、おれの弟なんだ。
絶対に、絶対にどこにもいかせない……っ!
――十三歳の、おれの決意だった。
一也とおなじモノが見えるらしい友達ができたのは、高校に入学してから。
やたら綺麗で意地悪いアイツを、いつも追い駆けてるヘンタイだと評判だった。
でもいいヤツだった。ものすごく。
だから、なおさら燃え上がる、筋違いの嫉妬心。
絶対に一也のことは教えない。一也には教えない。
ふたりだけ、ふたりにだけ同じものが見えるなんて。
絶対に――――!
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