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心霊少年 ヤナギ
作:オトハソラ



[番外編]  ハツヒ


 後悔したこともある、出逢いの話。

「ねえ、あれダレ?」
 入学してからひと月ちょっと。
 クラスのヤツの顔は憶えたつもりだったのに、知らないヤツがいた。
「あーあれさ、長期欠席してたやつだよ。高遠ツインズの弟だって」
「ああ、あれが」
 そういえば、いつも空席がひとつあった。
 高遠ツインズは正確にはブラザーズ。よく似てるけど双子じゃない。学年も二年と三年。有名人だから、オレでも知ってる。
 でも、いちばん後ろの席に座って大量のプリントを眺めてるヤツは、全然二人に似てないと思った。
 繊細な顔立ちと華奢な体つきは、さわると壊れて溶けそうだった。氷の欠片みたいに。
 肩にほんわり、子猫の魂が乗っていて、その頬にすりよっている。
 身体が勝手に動いていた。
「たぶん困ることになるから。行けよ」
 ながく残った魂は形を変えてしまう。だいたい悪いほうに。
 くりくりっとした猫の目がオレを見返す。そしてどこかへ隠れた。
「なに、あんた」
 はっとした。またやっちまったらしい。
 高遠弟がオレを見ていた。
 心臓がばくん、と跳ね上がった。
 なんて目だ。ほかの誰ともちがっていた。光がこぼれ出して、輝いている。
 黒目が多いせい? まつげが長いせい? ――微かに震えているせい?
 担任が入ってきて、我にかえった。
 そして高遠蓮が病弱で、ほとんど学校に通ったことがないことを知った。

 みんな気になってる。
 ちらちらと見てる。彼がだれとも違うことは明らかだった。
 それにあの腹黒高遠ツインズの弟だという触れ込みもあって、だれも近づこうとはしなかった。
「おいハツ」
 山下がオレをつつく。
 彼を、とつぜん平和な日常に飛び込んできた異物をなんとかしろと、言っていた。
「まかせろよ」
 オレはお調子もので通っていたので、ここは出番でまちがいない。
 とは言ったものの、なにを話せばいいんだろう。
(なんの病気だったの?)
(高遠って兄弟いるよねー?)
(どこにすんでるの?)
(勉強はどーしてたの?)
 幾通りかのパターンを考えて、オレは彼の前に立った。
 目をあげた。
 心臓がまた、バクバクし始めた。どうにもならない。死にそうだ。
 どうしてこんな目で、こんな苦しくなる目で見るんだろう。
「――猫、死んだ?」
 気がつくと、オレは言っていた。
 彼の顔色が変わった。
「なんで。――アイツらに聞いたのか」
「え、あいつらって」
「おまえアイツらの仲間なのか」
「…えっ」
 思いがけない烈しい怒りを向けられて、オレはおろおろするしかなかった。
 答えられないオレの前で、彼は立ち上がり、教室を出て行った。
「こえぇ。やっぱ高遠ツインズの弟だよなぁ」
 山下が無責任にチャカした。
 心臓が痛かった。

 彼は戻ってこなかった。
 国語教師が彼の行方を尋ねると、クラスの視線がオレに集中する。
 オレのせいか? たぶんそうだけど。
「捜してきます」
 オレは言って、教室をでた。

「………んで来た…」
 学校中を捜して屋上に向かうと、階段の上のほうから声が聞こえてきた。
「なんで来たんだっつってんだよ」
 乱暴な声に、オレはそっと階段をのぼって、屋上への扉の前で彼をみつけた。
 背が高い、がたいも良い二人組に、押さえつけられていた。
(高遠ツインズ…)
 オレはどきっとした。
 兄弟ゲンカって感じじゃない。
「……あの人が、お父さんが行けって言ったから」
 やっと聞きとれるくらいの声で彼が言う。
 バンっと鈍い音がした。二回、三回……。
 自分の見ているものが信じられなかった。小柄な彼にあたりまえのように加えられる、容赦ない暴力が。
 それよりも、うつろな彼の顔が。痛くないふりをすることで、保たれているプライドが、悲しい――。
 悲しすぎる。
 そのとき、隠れ見るオレを、彼のあの目が見おろした。
(ヤッパリ仲間ナンダ)
 そう言った気がした。

「――ちがう」
 オレはそこから飛び出して、階段を駆け上がった。
 高遠ツインズが振り返って、ジャマをするなと言った。他人が口を挟むなと言った。
「こんなことしないで下さい。今度こいつのこと殴ったり蹴ったりしたら、オレが鉄槌をくだします」
 ハッタリに近かった。こんなデカい二人組に勝てるとは思えない。
「お前知ってるよ」 三年の方の高遠兄が言った。「そこの道場のヤツだろ。師範の子供だってな。でも空手やってるのはお前だけじゃないぜ」
 ヤバイと思ったけど、いまさら引くにひけない。
 あの目が見てる――。

「つよいね」
 なんとか悪者を追い払ったけれど、オレもボコボコになっていた。
 ぐったりしたオレの前で、あの目がわらった。ほんの少しだけ。
 それだけでオレは空をとんで、宇宙まで舞いあがりそうだった。
「ありがとう。――もう逢わないだろうね。じゃあ」
 また、からだが勝手に動いた。
「なんで? もう来ないのか」
 彼の手首は細くて、折れそうだった。
「離せ」
「いやだ。おまえ、あいつらのせいで学校に来れないのか」
「関係ないだろ」
「教えろよ!」
「離せ!」
 彼は、毛を逆立てた猫みたいだった。
(あ、猫がいる)
 ひどいことをされて、死んでしまった猫が。
「猫、あいつらがやったのか」
 びくっと、彼の身体が震えた。脅えた顔がオレの心臓をしめつけた。

「大丈夫。――もう大丈夫だから。おまえを傷つけるヤツはもういないから」
 ひどい。なんてひどい奴ら。こんな小さな生き物を…。
「オレが助けるから、光を捜そう――」
 だんだん子猫の姿が希薄になっていく。
 その魂がどこに行くのかはわからない。
 オレがやっていることは、ただ消滅するまでの時間を縮めているだけなのかもしれない。
「なに言ってんだよ」
 彼が、蓮が涙をこぼした。
「オレが守るから…」
 これは蓮に言った。自分に誓った。
「……ばかじゃね……殺されるよ……」
「大丈夫。オレ、結構強いから」
 彼に笑ってほしかった。
 さっきみたいに、その目でオレを、笑って見て欲しかった。
 
 このときはもちろん、彼が悪霊吸引機のような体質だとは、知るよしもなかった、のだが……。





 









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