1.泣かないでヤナギ君
だれもが知っている――。
星藍二年のヤナギが、心霊少年だっていうこと。
だからそこに彼がうずくまっていても、たいしてオドロキはしなかった。
星藍高校から三百メートルほど離れた、噴水のある公園の、公衆トイレの裏側。
なんども放課後の学校の片隅で、こんなふうに真っ青になってるのを見たことある。
「さつきさぁん」
とてもなさけない声で私の名前を呼んで、夜梛一也がボロボロ泣きだした。
めんどくさいなと思ったが、どうせ遅刻には変わりなかった。
ので、いましがた強風にあおられて飛んでいったハンカチをひろって、彼にさしだした。
「はい」
「ありがとう。……さつきさんどうしてこんなとこに?」
潤んだ瞳でヤナギがこっちを見あげてきた。
子犬のようなくりくりの瞳のまわりで、さらさらの黒い前髪が風にゆれている。
「あのさ私がここでハンカチひろってるより、公衆トイレの裏で泣いてる男子高校生のほうが不自然だと思うけど」
『男子』っていうところに、ほかの三倍くらい力をこめて言ってみた。
なんとなくイジメてみたくなる。それがヤナギだ。
「――――っ」
まっかになって立ち上がった。
こんな『乙女系一歩まえ』なヤナギでも、一応男としての自覚はあるようだ。
でもヨロヨロと、ふらつきながら学校へ向かうようすには、男らしさのかけらもない。
「ねーねー」
私はヤナギの横に並んで歩きだした。
彼は身長は同じくらいだし、顔も性格も乙女チックなので、だいたい女友達と変わらない感じで接している。
「また心霊体験したんだ? 聞かせてよ」
「そんな楽しそうに言わないでよ。――死ぬほど怖かったんだからっ」
通学途中、サラリーマン風のスーツの二十代男性にとり憑いている幽霊と、目があったのだと彼は言った。事故死をしたらしい血まみれの女の幽霊がくっついてきたらしい。
「ちょっと、ヤナギ!」
話しながら、彼はふわーっと歩道脇の花壇のうえに座り込んでしまった。
「しっかりしなよ! ほらっ花踏んでるって」
腕をつかまえてひっぱろうとすると、逆にしがみつかれて一緒に座りこむはめになった。
「――寒気がする。いるよ。さつきさん、どうしよう。まだ近くにいるっ」
私の腕をつかんでいる彼の手は冷たくなっていて、ブルブルと震えていた。
そう言われてても私にはなにもできない。幽霊なんか見たことないし。
と。
声がした。
「どうした」
ひくくて落ち着いた声。
この暑いのにきっちり着込んだスーツ。
通りかかった人が困ってる高校生に声をかけてくれた、のだろう。
「いいえぇっなんでもないんですぅ」
一トーン高いよそ行き声で、私はにっこり彼をあおぎ見た。
「日射病、とか?」
眉をひそめて、彼は真っ青なヤナギを見ている。
神経質そう。眼鏡の細いフレームと通った鼻筋のせいだろうか。
「キミ、さっきの……」
そう問いかけられて、えっ、と、ヤナギが顔をあげた。
そのとたん。
私の腕をつかんでいた手がゆるんで、すべり落ちた。青白い肌が柔らかい花壇の黒い土にまみれる。
「ヤナギぃっ」
くずれていくみたいに、見えた。
彼は気を失った。
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