ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
メッセージお礼を、後書きに。
第5楽章 笛吹き男の狂想曲
キィキィキィキィ。

また、外で井戸を使う音がする。滑車の音が、どこか寒々しい。

キオは、ピエトの部屋で、ひとり西日を見つめていた。

話を聞き終えた後、昼食までご馳走になってしまったキオは、気まずいながらも帰ろうとした。それを、引き止めたのはヘレンの方だ。頼まれていた刺繍の届け物があるそうで、キオに留守番を願ったのである。見ず知らずの自分に、留守を任せるなんて、とも思ったが、それでも考える時間ができたのは有難い。

ピエトの机にかけたキオは、ノートを開き、午後の間にまとめた要約を読み返した。

笛吹き男伝説……概要は正しかったが、真相はもっと……こういう言い方はどうかと思うが、簡単なものだった。

洞窟の開閉は地震のせいだったわけだし、紫斑病の再来も、ネズミ増殖の根本原因が解決していなかったせいで、ネズミが増えたか、あるいは森に放したものが今度は病原菌を保有して戻ってきた、というところだろう。

『耳の聞こえない子供は殺された』と『耳の聞こえない子供は取り残された』に、伝説が分かれているのは、多分ヘレンの証言が妙な形に捩れたのだ。片方は溺死した意味で書かれ、もう片方では、ヘレンとともに笛吹き男から逃れられたエピソードのまま残っている。

でも、スコッチは、町に戻っていなかった。
多分……町に戻る間に、殺されたんだ。

「なんで……」

スコッチは、最後までディーンの味方だったのに。
なのに、どうして彼まで。
僕は、てっきり、スコッチだけは助け、残りの町の子供は生き埋めに――

そこで、キオは、はたと思い当たった。

いや、生き埋めになったのは、そのとき、たまたま地震が起こったからだ。

「じゃあ、本当は、生き埋めになる予定じゃなかった……?」



よし、これでいいや。

笛吹き男は、頷いた。

子供は一人残らず洞窟のなかに入っていった。今頃、スコッチが作った目印に沿って、洞窟の中を、奥へ奥へ進んでいるはずだ。
本道が行き止まりになるまで数分程度だけど、さっき後ろから目印を外していった。この間に逃げちゃえば、アイツらは道が分からないから、追いかけてこられない。

そのまま洞窟のなかで、迷子になっちゃえば愉快なのにな。

ありもしない出口を探して、真っ暗闇でうろうろする子供たちを想像し、ディーンはニヤニヤ笑った。

まるで、目の見えない馬鹿なネズミみたい。
でも、ヘレンのことを悪く言ったんだから、これくらい当然だ。

宿なし、親なし、名前なし。だから、あんな女と一緒にいるんだ。
だって、あいつは、目なしだもの。

ディーンは、フンと鼻先で笑い、踵を返し、洞窟から離れていく。



そうだ、そこで、起こったのか。

キオは、ピエトの椅子から立ち上がる。

なんて、間が悪い――それだけのことだったのだ。
もしも、あの地震さえ、なかったら。



揺れが収まったあと、ディーンは洞窟の変わりように、小さく悲鳴をあげた。
目を凝らした先には、穴なんて最初からなかったように土石がぎっしり詰まっている。
舞い上がった土煙が、視界の端々にまとわりつき、ディーンは激しく咳き込み、ふらつく足取りで洞窟に――洞窟だった場所に近づいた。

あぁ、びっくりした。中の子供たちは大丈夫かな。

「……ねぇ」

小さな声で呼びかけるが、何も聞こえない。目の前の「夢の国への入口」は、深緑の草が湿った土石の流れに巻き込まれ、まるで野菜入りカレーライスをぐちゃぐちゃに混ぜたみたいになっている。

「ねぇ、そこにいる?」

ディーンは立ち止まった。

――石に、手が生えている。

その下から、広がる赤。イチゴジャムのような赤。
瓶詰めのものじゃなくて、まだ鍋の中で煮込まれている状態の、どろりと固まりの残る、少し濁った暗い赤。

ディーンは、その小さな手から目を逸らせず、立ち竦んだまま、動けない。

突然、手がビクンと跳ね上がり、ディーンは、ヒッと息を呑んで飛び退った。
手は、息絶える寸前の蜘蛛みたいに、ぞわぞわと指先を動かしている。そこにいる、何者かを掴むように。
作り物のような爪には柔らかい土が詰まり、白い肌に青筋が浮かんでいた。
耳障りな音をたて、それ(・・)は地面をひっかく。何度も何度も。
しかし、ひときわ大きく痙攣して、手は止まってしまった。



地震が止んだとき、ディーンは、まだ洞窟の傍にいたはずだ。彼は中に入らず、子供が全員入っていくのを、外で確認していただろうから。揺れが始まって怯えた子供たちは、外に逃げようとする。だけど、それは間に合わなかった。

ディーンなら、どうする?
予想していなかった大変な事態、自分の手に負えない状態になったとき。
僕の知っているディーンなら、隠す、とぼける。

キオは、両手で、顔を覆った。

おそらく、ディーンは、その場から逃げてしまったんだ。



どうしようどうしようどうしよう。
あんなつもりじゃなかったのに。
みんな潰れちゃった。みんなみんな潰れちゃった!

「うわぁぁああ―――――――!!!」

オイラのせいじゃない!だってアイツらが、勝手についてきたんだもん!

『でも、呼び寄せたのは、お前だよ?』

違う!勝手についてきたんだ!

『みんなに、夢の国って言ったくせに』

だって、それは、だって!

『ウソツキウソツキウソツキウソツキウソツキィィイイ!!』

あちこちが(おこり)のように震え、走っていないと身体の節々から力が抜け落ちていきそうだった。夢の中みたいに周りの景色がやけに鈍く、ディーンを追い越していく。自身の息遣いがやけに耳につき、止まっているのか、動いているのかすら定かでない。

「……ッ」

散々吐いたのに、胃の奥から生温い塊が、せりあがってくるのを感じ、ディーンはその場に膝をついた。

もう2度とジャムは食べられない。

パン屋さんがくれたディトラパンにのっかった苺の粒と、ぐしゃぐしゃに潰れた子供が重なって、ディーンは激しくえずいた。

「う……あ、あぁ……」

開かれたままの口から、意味のない喘ぎ声が漏れる。
こめかみから、目の奥まで、ねじ込み式の釘を差し込まれているように、頭が痛い。耳の奥からごぉごぉと血液の流れる音が聞こえる。目まぐるしく変化する視界。
濁った土色、濡れた緑、イチゴジャムの赤。

ディーンは、空を見上げた。

地中のあちこちから、わめき声がする。
ここから出せと騒いでいる。

キィキィキィキィキィキィ。



どうやって子供をさらったのかはともかく、ディーンに殺意がなかったのは、ほぼ間違いない。少なくとも、悪戯を仕掛けた時点では、子供を洞窟に隠す――そう、隠すだけだったんだ。その後は、ヘレンとスコッチが待つラトゥールに帰るつもりだったんだろう。
ところが、予想外のことが起きて、ディーンはパニックになったんじゃないだろうか。

ノートの文字をなぞる指先が止まる。

これは、あまりにも、断定的で、穴だらけで、ディーンに主観を置いた考えだ。

キオは、ノートを閉じ、もう1度へレンの話を反芻した。

お金をもらえず、町から追い出されたディーンは、仕返しに子供をさらった。

でも、なんで?そんな面倒なことせず、他の仕返しをしたってよかったはずだ。
130人も子供をさらうより、町に火でもつければ、十分復讐に事足りる。
ディーンが、元々子供を嫌いだったから、さらったのかな?

キオは首を振る。

手品を見せたりするくらいなんだから、嫌いってことはないだろう。
それに、なんで子供を消すことを、わざわざヘレンさんに匂わせたんだろう。まるで、「子供が消える」という悪戯が、ヘレンさんにとって特別な意味があるようじゃないか。

キオは、できるだけ普段のディーンを思い出すよう努めた。

ディーンが秘密にしたがることって、なんだろう?
僕を困らせること――女神様の絵にヒゲを描き加えた悪戯。
僕に怒られること――遊んでいてうっかり壊した花瓶。それから――

頭の中で、原色に彩られたクリスマスツリーが、瞬いて消える。

「僕が喜ぶこと」

ディーンは、ヘレンが喜ぶと思って、わざわざ「子供を消した」のではないだろうか。
――きっと、1日だけのつもりで。

キィキィキィキィ。

滑車の音は、まだ止まない。



29日に、メッセージをくださった読者様へ。
お名前を出すのはご迷惑になってしまうかと思いましたので、ここでコッソリお礼を言わせて頂きますね(笑)
メッセージありがとうございました!
更新がもたついているにも関わらず頂けたので、非常に感激致しました……!
貴方様のメッセージを活力源に、更新頑張ります!
重苦しい話で申し訳ありませんが、どうぞ今後もご贔屓に!


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。