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第5楽章 嘘と秘蜜3番
暗鬱とした曇り空の下、スコッチはラトゥールの町を横目に、パネットーネ川へと向かっていた。どの店にも休業中の看板が下がり、店先には青い布が舞っている。

時間はちょうど開店時刻だが、大人は礼拝に、子供たちは各々家に引っ込んでいるため、通りには人っ子一人見当たらない。勿論、例年の聖夜祭なら、家の中から暇を持て余した子供たちの声が聞こえてくるはずだが、今は思ったとおり(・・・・・・)、それすらなかった。

まるで、幽霊の町だな。生きてる人が、一晩で消えたラトゥールの町。
じゃあ、おれは、それを解決するためにやってきた、探偵ってところかな。

テレビアニメの主人公を、自分と重ね合わせ、スコッチはご機嫌で鼻歌を歌い始め――

「見つけたわよ、スコッチ!」

鋭い声に、スコッチの背中が、ぎくりと跳ね上がった。

そのまま、反対方向へ逃げ出そうとしたが、それより早く相手の杖が足元にのびる。避けようとたたらを踏んだスコッチは、バランスを崩し、そのまま石畳に手をついた。

「ど、どうしたんだよ、ヘレン!今日は礼拝があるはずだろ?」

尻餅をついたスコッチの見上げた先には、仁王立ちになったヘレンの姿。

「そんなの、さっき抜け出してきちゃったわよ!」

よく見ると、余所行きふうにまとめた髪は乱れ、白いブラウスにもシワが目立つ。額に、うっすらと汗が滲んでいるところから察するに、結構な間スコッチを探し回っていたのかもしれなかった。

ヘレンは息を整える間も惜しく、スコッチに詰め寄った。

「ねぇ、スコッチ、昨日の夜、ディーンが来たの!でも、町を出るっていうのよ!理由を聞いても、ちっとも教えてくれないの!なにか知ってるなら、教えてちょうだい!」

スコッチは、早口の問いをゆっくり噛み砕いた後、呟いた。

「……へレン、知らなかったんだ」

「知らなかったって、なにが?」

元々モーレンコップフをよく思っていないヘレン相手では言いづらく、スコッチはもごもごと口の中で言葉を転がす。

「……パパが、ディーンを追い出したんだよ。お礼のお金を払わないで」

ヘレンは一瞬目を見張った後、案の定声を高く荒げた。

「どういうこと!?」

スコッチは、父親の見解をかいつまんで話し、住人もその意見に賛成したようだと教えた。

「そんなのまるっきりデタラメじゃない!」

だから、ディーンは自分のところに来たんだ。
私が、礼拝に行っている間に、こっそり出て行こうと思って。

ヘレンは怒りにまかせ、杖を石畳に打ちつける。

「どうして、そんな大事なこと、教えてくれないのよ!」

「もう、とうに知ってると思ったんだ」

言いながらスコッチには、思い当たる節があった。

ヘレンは避けられているとまではいかないが、どこか普通の住民と分けて考えられている。だから、何人かと組む手伝いは割り振られず、たいていは糸紡ぎとか刺繍とか、一人でできる手仕事ばかり。差別ではないけれど、区別はされている。

つまり、同年代の若者の噂話になんか、参加できているはずもない。
特に、ディーンのことなら、尚更ヘレンの耳から遠ざけられるだろう。

「……それで、今、ディーンは、どこにいるの?」

「おれが、知ってるわけないじゃん」

ディーンとの約束だ。それを白状するわけにはいかない。

しかし、スコッチと付き合いの長いヘレンは、目を泳がせるスコッチの頬を両手で挟んで、その目を真正面から見据えた。

「嘘つかないで!アンタみたいな甘ったれが、ディーンがいなくなるのを黙って見送るわけないじゃない!大方、私に言わないよう口止めされているんでしょう!」

ヘレンの真剣さに気圧されそうなスコッチは、慌てて彼女の手から逃れた。

「まだ、教えられないよ。心配しなくてもさ、ディーンはすぐ戻ってくるって。だから、もうちょっと待って」

スコッチの台詞を遮って、杖が石畳を打つ。

「そんなの嘘だわ!」

きっと、ディーンは戻ってこない。ひょっとしたら、スコッチにも『戻ってくる』と言っておいて、町を出たのかもしれない。
あぁ、でも、ディーンはスコッチに負けず劣らず、引っ付きたがりなんだから、まだ、離れがたくて、その辺にいるはずだわ。

どうして昨日の夜に、引き止めてかなかったんだろう。
背中の気配が離れた瞬間に、捕まえておけばよかった。

「……私、どうしても会いたいのよ」

感情的になるあまり、声が裏返りそうになるのを堪え、ヘレンはスコッチに訴えた。ディーンの仕掛けた悪戯の意味は分からなかったけど、まだ悪戯が済んでいないなら会える可能性はある。

「お願い……知ってるなら教えて」

ヘレンの薄茶色の瞳が潤み出し、スコッチはうえぇぇ!?と叫び声をあげる。

「あぁ、もう!分かったよ!別に、泣くことないじゃん!」

ホント、ヘレンってば大袈裟(おおげさ)だ。

これ見よがしに溜息をつくスコッチと対照的に、ヘレンの表情はみるみる明るくなる。

「ディーンのとこに連れて行けばいいんだろ?」

ヘレンは小さく声を上げ、スコッチを抱き締めた。じたばたともがくスコッチをひとしきり撫で回し、ヘレンは頬を紅潮させて、満面の笑みを浮かべた。

「ディーンがね、私のキライなものが消えるって言うの。だけど、一体なんのことだか!絶対捕まえて聞き出してやる!」

どうやらヘレンは気付いていないんだな。
あーあ、せっかく上手くいったのに。

肩にしがみついたまま、飛び跳ねるヘレンに、スコッチは頭を掻いた。

その後、すっかりいつもの調子を取り戻したヘレンを連れ、スコッチはラトゥールを出て、チョークレトラ山脈の麓に広がる森へと向かった。

昨日の夜中、降り続いた雨のせいで、森の小道はぬかるんでいるが、ヘレンは気にしていない。長いスカートの裾を泥で汚しながらも、しゃべり通しである。

「ねぇ、ディーンのいるところ、どこなの?まだつかないの?」

幾度目か、杖が土くれに引っかかったところで、へレンが言い出した。
チョークレトラの森に入って、10数分、目印も超えたし、目的地まではそろそろである。

「昨日の間に見つけておいた洞窟だよ。そこにちゃんといるって」

「へぇ、だから、昨日は会わなかったのね。でも、なんで、そんなところ」

ヘレンの声が不自然に途切れた。しばらく待っても、彼女の声は続かない。

「なんだよ」

訝しげに振り向いたスコッチは、離れた場所で、突っ立っているヘレンに、首をかしげた。

「……ねぇ、なにか聞こえない?」

なにかって?と問う前に、スコッチの目が細められる。

なんだ、これ。

例えるなら、何千何万匹ものネズミが、地下水道を駆けてくるような音。震動。

突然、銃撃されたように飛び立った小鳥たちが、木々の隙間から覗く空を、一瞬で埋め尽くした。異変は徐々に大きくなり、身体にはっきり響くほど。

刹那、身体の芯が、ぐっと引き抜かれるような感覚に、腕が粟立った。

「ヘレン!」

杖を放り出したヘレンとスコッチが、手近な樹木にすがりついた途端――

――大地が波打った。





「……つまり、それは地震だったわけですよね?」

キオは、6年前の新聞を、確認しておかなかったことを悔やんだ。

ディトラマルツェンに限らず、ユーロパ地方は地震が少ない。だからこそ、この国では、材木を階毎(かいごと)に継ぎ足す建築方法が盛んなのだ。
ヘレンの話を聞く限り、かなり揺れは大きかったよう。おそらく大々的に1面を飾ったはずだ。

キオに話しながら、ヘレンは、あの足元の揺れを思い出し、身震いした。

時間にすれば、20秒もなかっただろうが、今でも鮮明に、あの瞬間を思い出せる。

「地響きがしたあと、どうしたんですか?」

「ヘレン!」

小さな手にすがって、ヘレンはやっと起き上がった。

木にしがみついたものの、下の道まで滑り落ちた彼女は、放心状態でスコッチに支えられている。高いところから落ちた後のような、奇妙な浮遊感が全身を支配しており、まっすぐ立っていられないのだ。

本当に、地面が寝返りでも打ったようだった。

「い、今の、何……?」

搾り出した声が掠れていた。気付かぬうちに叫んでいたのかもしれない。

「わ、わかんない……」

スコッチの言葉も震え、声の発信源が右へ左へと移動している。スコッチも、あたりを忙しなく見回して怯えているようだ。

自分がしっかりしなくては、と思うのに、足が萎えて言うことを聞かない。

「とにかく、戻りましょう。町へ戻って……それから……」

ヘレンの頭から、ディーンのことは抜け落ちていた。彼女は、ただもう一刻も早く、歩きなれた石畳の道に戻りたかった。

「やだ……杖がない」

手を突いて、土に手を這わせるが、なかなか見つからない。

「上の道かも……見てくるよ」

落ち着いてきたのか、スコッチの声に張りが出てきた。
ガサガサと伝い、上の道に戻っていくスコッチ。

「ねぇ、どう?あった?」

スコッチからの返事がない。

「……スコッチ?」

すぐそこにいたのに、何故返事がないのだろう。

ヘレンは様子の分からない焦燥感に、木を叩いた。

「どうしたのよ!なにかあったの?」

振り乱した髪が木の枝にひっかかって、ブチブチと何本か引きちぎれた。

「スコッチ!!」

ふいに、思っていたところとは違う場所から、葉が擦れる音がし、ヘレンは、ひっと息を呑んだ。

「ねえちゃん!おれだって!」

幼い声に、ヘレンはべそをかきながら、激しく頷く。

「探してみたけど、杖がないんだ。おれが大人を呼んでくるから、悪いんだけど、ねえちゃんは、ここにいて」

スコッチの声は、どこか緊張し、固い。

「どうして?ねぇ、どうしてよ!杖がなくたって帰れるわよ!」

多分、自分より取り乱した私を見て、スコッチは冷静になれたんだ。
普段は甘えたれのくせに、時折妙に大人びていた少年は、ここでもその部分を垣間見せた。
私がこれ以上パニックにならないよう、最悪の事態を知らせないでおいてくれたのだから。

「あちこち、めちゃくちゃなんだ。ねえちゃんを連れて行くと、町に着くのが遅くなる。それに」

スコッチは素早くヘレンの手を引いて、森の出口に急いだ。

「なに?なにかあったの?」

ヘレンは、置いていかれるのが怖くて、泣き声をあげることしかできない。

「とにかく、おれが戻ってくるまで、ここにいて」

スコッチは震える声を押し殺して言うと、森の入り口でヘレンを待たせ、一目散に町へ引き返していった。

「……それで」

子供たちは消えていたんですね、と続けようとして、ヘレンの濡れた頬に気付く。

「そう、それで、スコッチは帰ってこなかった」

え、と声が漏れ、キオは、持ち上げかけたカップを、受け皿に取り落とした。

「彼は3日後、パネットーネ川の下流で見つかりました」

聖夜祭翌日から降り出した雨は、川の水を肥え太らせ、小さな少年の身体を散々押し流して隠した後、ぷっかり浮き上がらせたのだ。水で膨れ上がった少年の手に握り締められた孔雀の羽。見つけた下流の町の住人は、気味の悪さに震え上がったという。

「スコッチ・モーレンコップフは、笛吹き男に殺されてしまった」

どうしても気に入らない部分があり、修正したため、掲載が遅くなりました!
申し訳ありません!