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第5楽章 キャラメルクラウン
アイリーンは、ベッドの固い感触に、顔をしかめた。

なんで、ジルは貴族のくせに、こんなアパートメントで普通にしていられるんだろう。

寝そべったまま、部屋のあちこちに目を走らせる。

長方形の部屋は、左右にベッドがあり、奥の窓際にテーブルセットが置かれている。
窓の左脇ドアがバスルーム。窓の右の、アーチ型にくりぬかれた短い廊下奥に、小さなキッチン。

アイリーンは人の家を渡り歩く生活が長かったため、自分で部屋を借りたり、買ったりしたことはない。それでも、変わった間取りだなくらいは思う。

「はぁ」

目に被さる髪を耳にかけ、アイリーンは向かいのベッドに目を向ける。うつ伏せに寝転がったリジーは、聖典を読みながら、キオの揚げ足を取れそうな教えを探していた。

「ねぇ」

リジーは、アイリーンの方を向かないまま、「んあ?」と返答らしき音を出した。

「最近、キオの動きが、変だと思わない?」

ここのところ、キオはいつも出掛けている。それも一人で。

キオがいない間は好きに行動できるから、楽といえば楽だが、ちょっと妙だ。

最初は、図書館か教会あたりに行ったのだろうと思っていたが、逃亡先でまで、毎日そんなところに行くわけがない。今日など、夕飯時間を1時間も過ぎてから帰ってきたのだ。どう考えてもおかしい。

帰ったキオに聞くと、バスで遠乗りしてきたのだという。
詳しく聞いても、要領を得ない答えばかり。

「動きが変って?反復横飛びでもしてた?」

リジーは、本から顔をあげもせず、パタパタと足でベッドを叩いている。

「……真面目に聞いて」

アイリーンは、少し言いよどんだ。

「なにか……コソコソしてる感じしない?」

「そっかなー?」

直角に首を傾げるリジー。アイリーンは、ムッとむくれる。

「猟奇殺人鬼スイッチ、オンにして」

リジーの目と眉の間隔が狭くなり、足が動かなくなった。

「わたしが同意すれば満足するのか、アイリーン?」

アイリーンは、ますます顔をしかめた。

「そうじゃなくて、アンタはどう思うのかって聞いてるだけよ」

リジーは、緩く口角を上げる。

「そうだねぇ……思うねぇ」

「でしょ?毎日ひとりで出掛けるし……まぁ、まだ3日だけど」

1日目は、入居準備でそれどころじゃなかった。キオが出掛けるようになったのは、2日目からだ。

「……なにやってんのかしらね。アタシたちに、なにも言わないで」

アイリーンは、横向きに寝転がったまま、自身の髪をくるくる弄んだ。目尻の切れ上がった黒曜石の瞳は、どこかぼんやりと遠くを見ている。

リジーは、人差し指で頭をかいた。

やれやれ……ヒステリックな女が、一度感傷的になると始末が悪いな。

「まぁ、気にすることないと思うよ」

「そう?」

寝そべったまま、上目遣いでリジーを見る。
拗ねた声音に、赤頭巾は彼女らしからぬ、やんわりとした言い方をした。

「キオにも、気になることがあるんじゃないかな」

「気になることって?」

だから、その拗ねた顔はやめなさいって。

「アイリーン、ここはディトラマルツェンだよ?」

「つまり……ディーンのこと?」

アイリーンの眉間に入っていた力が抜ける。

「そっか、ディーンのこと調べてるってわけね。そんなこと知ったら、アイツ、またうるさくするもんね。でも、アタシたちに秘密にしなくたっていいのに」

そこまで言って、アイリーンは、フンと鼻を鳴らした。

「ま、別に、キオがどこへ行こうが関係ないけど」

声にいつもの張りが出たのを確認し、リジーは聖典に顔を戻した。

アトランテルに着いて、すぐディトラマルツェンに来た。
ギルシアから、より離れるためだと、キオは言っていたが、それは建前だろう。

ディーンの過去を知りたいなら、奴の故郷にいるほうが都合良いに違いない。
だが、調べてどうなる。どうする気だ。

そこで、リジーは以前のキオの言葉を思い出した。


『動機が分かれば、殺害衝動も止むのかな』


リジーは、指先で顎を撫で、喉の奥で唸った。

余計なことはしないほうが、いいと思うけどねぇ。






「ヤダ」

ぼふっと飛んできたクッションを避け、ジルは不機嫌に振り返った。

「なにがだ」

「ソレ」

ペーズリーの指差したのは、ジルの手の中にある小さな香水瓶。

「クサイ ヤダ」

ジルは、鼻先で小瓶を振る。

「別にくさくはないだろ」

ペーズリーは、フーン!と長く鼻を鳴らす。不満で仕方ないようだ。

その反応が面白かったのか、ジルはベッドに陣取っているペーズリーの前で、軽く瓶を揺らしてみせた。即座にペーズリーの手が伸び、ベシッと叩き落す。
哀れな香水瓶は、床に到達する前に、ジルの手で受け止められた。

「あぶないな」

「キオ イウ」

ジルの意地悪をキオに言いつけようと、ペーズリーはのそのそ戸口に向かう。

「わかった、わかった、つけなきゃいいんだろ」

ペーズリーは、不信の目。

「ソレ ツケナイ?」

「つけない」

ペーズリーは、長く鼻を鳴らす。これは、多分、了解の意味だろう。

ジルは下ろした前髪を軽くかき上げ、ベッドに腰掛けた。相部屋になるのが、アイリーンかキオだったらよかったのに、と先程まで不埒なことを思っていたが、よく考えたら、これまでペーズリーといる機会は少なかった気がする。

ひょっとして、この部屋割りも、キオの密かな策略だろうか。

ジルは、新鮮な気分で、ペーズリーの姿をじっくり眺めた。

ペーズリーは、ちらとジルを見て、居心地悪そうに膝を抱える。なおも観察していると、今度は、もぞもぞと壁側を向いた。

「……わかったって。もう見ないよ」

ジルは、吐き出すように呟き、そのままベッドに入った。

しかし、ペーズリーは、壁を見たまま一向に動かない。

彼は、靴の匂いを嗅いだり、服を噛んだりするのが好きで、それらと同じくらい人の髪を触るのが好きだ。キオのちょっと癖のある髪も好きだが、アイリーンのもしゃもしゃと豊かな灰髪も、結構気に入っている。

ジルは油断ならなくて嫌いだが、前から、あの金髪が少し気になっていたペーズリー。

眠っているときなら大丈夫、そう思ったペーズリーは、ジルが寝入るのを待っているのだ。

数分たってから、ペーズリーはジルの背中を盗み見た。
ゆっくりベッドを下り、足音を忍ばせ近づくが、反応はない。

金色の長い髪は、間近で見ると、さらさらして、実に手触りが良さそうだ。
さて早速触ろうと、蜂蜜色の束に手を伸ばし……しかし、その腕は脇から現れた手に、がっちり掴まれていた。

「なにをやっているのかな?」

ジルの青い瞳が、してやったりと笑っている。至近距離の視線に慣れていないペーズリーは動揺し、とりあえず手近にあったクッションでジルの顔をふさいだ。

「フーン!」

せっかく触ろうと思ったのに。

ペーズリーは、不満の鼻息を出し、手を払った後、自分のベッドに潜り込んだ。






グランは、ひとりきりの部屋で、本を読んでいた。
ベッドは小さすぎるため、外に出し、床にマットレスを敷いている。

狭い部屋も、新しい町も、グランには少し窮屈だった。

着ぐるみは持ってきたけれど、町では否応なく浮いてしまう。ベリードロップは小さな町だから、妙な噂が広まっても困るのだ。だから、グランは買い物にもついて行けなかったし、部屋からもあまり出られない。

本当は、少し淋しい。

それでも、グランはディトラマルツェンについて行きたかったし、キオも喜んで荷造りをしてくれた。ルベルコンティに残っていることもできたが、それは端から考えなかった。

グランは、本から顔を上げ、出窓のゼラニームの鉢を見た。窓から入る眩い月光が、床を四角く切り抜いている。

どうして、ひとりでまつの、いやだったんだろう。
キオと、いっしょにいたかったからかな。
それとも、みんなでいたかったからかな。

昔、ひとりでいたときも、こうして月を見たはずだ。でも、こんなに安心した気持ちでは見てなかっただろう。ひとりではないから、安心しているんだろうか。

グランは、本を閉じ、毛布を顎の下まで引っ張りあげた。

きっと、りょうほうだ。





ディーンは、バスルームから、まだ出てこない。
大方いつものように、ろくに身体も洗わず、アヒルや船のオモチャで遊んでいるのだろう。

キオは窓際のテーブルで、いつものノートを開いていた。

ページのあちこちに目立つのは「笛吹き男」の文字。

これらは、本屋の店長に睨まれながら、「笛吹き男伝説」に関連する本から抜粋し、ノートに書き写しておいたものだ。昨日、今日で随分集まった。

それを読み返しながら、キオは気になったところに、アンダーラインを引いている。

本を読んで初めて知ったが、伝説には何パターンもストーリーがあるのだ。

口伝えだったからからだろうか、大筋は同じだが、細かな点で違いが見られる。

例えば、ディーン・クレンペラーが現れたのは、聖夜祭の朝だったはずだが、それが聖夜祭の夜だとなっているもの。

耳の不自由な子供と、目の不自由な子供は街に残っていた、という記述が、耳の聞こえない子供は殺され、盲目の少女だけが助かった、となっているもの。

地響きが聞こえた後、洞窟が口を開け、子供を飲み込んだというもの。
逆に、地響きによって、洞窟が閉じたというもの。

「……やっぱり、ラトゥール出身の人に直接聞くのが、ベストだよなぁ」

今日、マシューマルロに向かったのも、ラトゥールの住人が残っているかもしれないと思ったからだ。しかし、不吉な伝説のある地に、いつまでもいる人は少ないかもしれない。

「もう一回だけ、行ってみよう」

住人の消息くらい分かるかもしれないし。

ディーンが出てくる気配を感じ、キオはノートをそっと閉じた。



ギルシアなどで、一般的に伝わっている、笛吹き男伝説は次話にて。


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