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第4楽章 憲兵隊と船上のプレスト4番
「あ〜あ、なんでこうなるかねぇ」

船の最上甲板を、ぶらつきながら、スコールは耳を掻いた。この貨物船は、おそらく木材やチップの運搬船なのだろう。甲板にも切り出したばかりの香木が、雑多に積まれている。

「そもそも、こんなバカみたいにでかい船作るから、面倒なことになるんだよなぁ」

不満たらたらのスコールは、6人班の憲兵を適当に散らす。

「とりあえず、お前ら、適当にそのへん見といてねぇ」

大佐は、例の乗組員の一件で、侵入者がいると思っているようだが、本当にそうだろうか。侵入したところで、なんにもないのに。あんのは――北方貧民?

「まさかねぇ」

スコールは、煙草をくわえた。一服しつつ、考えをまとめるのがスコールの癖である。

ごそごそと、あちこちを探るが、マッチはない。躍起になって憲兵服を手ではたいていると、顔の脇からすっと手が伸びた。

片手だけの長い指が器用に、マッチを摩る。

「お、悪いねぇ」

火に顔を近づけ、煙草に火を移そうと――。

「おぉぉおおお!?」

煙草は、口元からポロリと落ちた。

「な、なんだ、お前!ここは、軍借用の貨物船だぞ!」

香木に腰掛けた、金髪の男は、マッチの火を吹き消した。目を見開いて、一挙一動を見守るスコールの前で、彼はゆっくりと立ち上がる。

「貨物船、ですか」

マッチをしまった男は、不思議そうに繰り返した。毒気を抜かれる穏やかな声だ。

「お?おうよ!今はギルシアン憲兵隊が借りてるけどな!なんだよ、間違えて乗ったのか?」

増設を繰り返したダリ港は、ややこしい。観光客などは、よく北埠頭と南埠頭を間違える。

「対岸の船に行くには、別の道から入んないとダメだぞ。看板あったろ?」

「どうだったかな……できれば、近くまで案内して頂けませんか?」

いつもなら、港の監督官の元、美人の案内役がいるのだが、今はいない。今夜の船の出入りを禁じているうえ、憲兵隊が居座っているため、監督官もそっちに気をとられているのだろう。別に、ずっとついていなくたって、物を壊したりしないのだが、ずいぶん嫌われているものだ。

スコールは、煙草をしまい、立ち上がった。

お金持ちのご機嫌、とっておいて損はなし。大佐なら絶対断るだろうけど。

「別に、いいっすよ。パーティかなんかっすか?」

幾分腰を低くし、さりげなく相手を観察するスコールに、金髪の男は、軽く頷いた。

「あぁ、友人のね」

シルクハットに、長い金髪に、多分バカ高い服装に、香水。背景に薔薇の花とか似合いそうな、気障っぽい男だ。スコールは、男のステッキに目を留めた。純銀の持ち手には、蔓薔薇が絡んでいる。

ほら、やっぱ、貴族にはバラなんだよな。

目線を感じたのか、軽く眉を上げる相手に、スコールはへへと笑いかけた。

「いや、持ってるもんが違うなぁ、と思って」

言いつつ、ヒュウと口笛を吹く。

「パーティだから、一発芸でもやるんスか…………その仕込み杖で」





次の瞬間、シルクハットが空中に飛んだ。





……こんな至近距離で、かわされた!?

確かに、普段の得物より、多少使い心地が悪いとはいえ、素人がスコールの太刀筋をかわすのは、ほぼ不可能である。対面していてもそうなのだから、視界で捉えにくい真横なら尚更のはずだ。

払った警棒の長さがギリギリ届かないところで、金髪の男は、落ちてきたシルクハットを受け取った。

「……やれやれ、乱暴な案内人だな」

スコールは、一足飛びに距離を詰め、目線の高さに警棒を突き上げる。避けるも受けるも厄介な位置のはず――しかし、またもや、かわされる。ほとんど動いていないということは、すんでのところで、見極められているのだろう。

「あぁ、クソ!ちょろちょろ逃げんな!」

スコールの瞬発力は、ブレーメンでも1、2を争い、憲兵隊全体ではトップクラス入りが間違いない。なのに、続けざまに2度も外れた。

警棒を使い慣れていないスコールが、相手への目測距離を測り間違えたにしても、接触くらいはするはずだ。貴族が(たしな)み程度で(かじ)った剣技では、目で追うことすら難しい速さなのだから。

「ス、スコール准尉!」

見回っていた憲兵が、騒ぎを聞きつけたのか戻ってきた。

「こいつは、オレがどーにかすっから、お前ら手ぇ出すなよ!甲板に変なのがいましたって、大佐に連絡しろ!」

スコールに言われ、あたふたと無線を引っ張り出す憲兵たち。

「どうにか、ねぇ?なら、せめて、当てるくらいはしてほしいもんだが」

うあ、ムカつく。バラ()(勝手に命名)のくせに。

ふっと短く息を吐き、警棒の端を軽く握ったまま、片手で突く。なにげないと思えるほど軽い仕草。一瞬遅れ、そこを離れた男は、おや、というようにスカーフをつまみ上げた。

ロイヤルブルーのスカーフを挟んでいた留め具が、外れている。



カシャァアン



一瞬後、甲板の床に、甲高い音が踊る。スコールは、落ちた留め具を拾い上げた。

「悪い悪い、当たっちゃった?」

挑戦的に、唇の端を引き上げる。
相手は目に驚愕の色を浮かべたが、それはほんのわずか。

「なるほど……少し、見くびってしまっていたかな?」

男が、仕込み杖に触れる。だが、抜きはしない。

「せっかくだから、使ったら?飾りじゃねーんだろ、そのお腰の物はよ」

「お若い騎士殿は、ずいぶん挑発的でいらっしゃる」

バラ男は、気取った仕草で、ステッキを振ってみせた。

「どうせなら、抜かせてごらん、坊や」

もう怒った。マジで怒った。

甲板は、数時間前まで降ったり止んだりしていた霙のせいで、濡れている。足場は最悪だ。しかし、すっかり頭にきたスコールは、それを気にする様子もない。無線を扱っている憲兵の腰から、警棒を抜き取る。

腹のあたりで、2本の警棒を交差させる構えに、男が首をかしげた。

これが、スコールの本来の戦闘方法である。元々は大振りな動きを、カバーするためのものだったが、性にあっていると気付いてからは、ずっとそれでやってきた。

指先だけで支える、奇妙な握り方が特徴的な構え。
型にはまらない、臨機応変にして、自由奔放な完全独学の2刀流。

右の警棒が胴を突くのに気をとられていると、反転した背中側から左が払いに回り、右で攻撃を受けたかと思うと、左に足元をすくわれる。一見、乱雑だが、急所は的確に。

右左で全く違う動きをみせるため、自分のリズムを狂わされ、巻き込まれてしまう。

それは、どうやら今回の相手でも、通用したようだ。

最初は、避けられていたが、徐々に相手の動きが乱れてきた。そもそも、警棒とステッキでは強度が違う。受けられるのにも限度がある。

胴体、足元、頭、と法則性がない攻撃に、男は、だんだん船縁に追い詰められる。

「逃げてるばっかじゃ、芸がねぇぞ、お貴族サン」

背が手すりにつくのを見計らい、喉元を狙う。かわされはしたが、相手に、逃げる余裕はない。

一気に畳み掛けようと、指先に力を込め――。



「わぷぁあ!?」



突然、目の前が真っ暗になり、スコールはたたらを踏んだ。スコールの唯一の弱点――それは、すぐに熱くなるところである。例えば、今いるところが船の上だということを、忘れてしまうほどに。

顔に張り付いた布をはがそうとする前に、背中に衝撃が走り、嫌な浮遊感がスコールの全身を襲った。と、同時に闇色のコートが取り払われる。

「へ?」

首をひねった先で、バラ男が、手を振っている。

「うぇぇええええええ!!??」




ダッパ――――ン





「スコール准尉ぃぃいいいいい!!!」

夜の海に投げ出された(というか、自分から突進していった)上司を、憲兵たちの叫びが空しく追う。

「風邪をひかないようにな」

浮き沈みする案内人に、ジルはにっこり微笑む。チクショーとかなんとか言っているが、聞こえないことにした。なにはともあれ、時間稼ぎには十分だったろう。

あの坊やが、貨物船を迂回し、岸に上がる前に、他の憲兵を片付けておこう。

ジルは、コートの襟を正すと、再びステッキを振った。



「……さて、他に挑戦者は?」









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