猟奇殺人鬼の交響曲(27/68)縦書き表示RDF


少々、品のない表現がございます。
ご了承ください。

猟奇殺人鬼の交響曲
作:三月



第4楽章 街道のリゾルート


絹を裂くよな女の悲鳴……って、そんな、映画じゃないんだから!!



キオは、動揺のあまり、つまづきそうになりながら、後来た道を大急ぎで舞い戻る。

角を曲がると、さっきまで歩いていた大きな道。その少し先に、わずかな人垣が見える。見物のために、歩く速度を少し落としている連中が、人垣に見えるのだ。

ぎゃあぎゃあ騒いでいるのは、声からして間違いなくイヴだろう。

慌てて、人をかき分け乗り込むと、イヴが4人の憲兵に囲まれているのが見えた。

「イヴ!」

正直なところ、最初はイヴが、なにかやらかしたのかと思った。なにせ彼女の態度は、およそ淑女的だとはいえないから。それに、憲兵は腐っても国家公務員だから。

しかし、どう見ても、そう思えない。

イヴが「離せよバカ」とショールを引っ張ると、別の憲兵がイヴの髪を思い切り鷲掴みにした。柔らかそうな髪に、がっしりと指が食い込んでいる。

途端、頬のあたりがカッと熱くなった。普段ならめったにないこと――怒りを露にするどころか、不愉快に思うことすら、本当にないキオだが、このときばかりは気付けば怒鳴っていた。

「ちょっと!なにやってるんですか!」

突然現れたキオを見て、憲兵は、お互いに目を見合わせ、なにが愉快なのか、ふきだした。イヴの髪を掴んだ憲兵が、からかうようにキオを見下ろす。

「この女のオトモダチかい、坊や」

キオは、答える前に、イヴの髪にかかる憲兵の手を振り解く。手は案外あっさりと離れたが、粘着質な猫なで声に、相手が、そう良い人柄ではないのだと知る。

「北方貧民の売春婦を、あんまりダリでうろつかせるわけにいかないんでね。すこーし話でもしようと思っただけ」

話をしようとした?それだけで、イヴがこんなに怯えるわけない。
それにあの扱い!!

彼女は、俯いたまま、なにも声を出さない。キオは、イヴの手をとり、その場を離れようとした。

「ちょっと待ってよ、ボクぅ。まだ、お話が終わってないんだけどぉ?」

憲兵がふざけて肩を掴むのを、キオは力任せに払いのけた。振り向いて、睨みつけるが、相手は怯む様子がない。むしろ、こちらの反応を面白がっている節がある。

普段なら相手にしないキオも、つい声を荒げた。

「こんな女の子に乱暴して、恥ずかしいと思わないんですか!」

仲間が、正義の味方ぶる子供を、どうからかうのかと期待していた男たちは、不快げに眉をひそめる。

「格好ばっかり立派で、中身は最低ですね……国家憲兵隊なら、こんなところで遊んでないで、名前通り国家のために働いたらどうですか!?」

キオの言葉に、4人の憲兵は、にやけていた笑いを完全に消した。殺気立った目に、キオの体温が一気に下がる。相手は、子供のたわいない悪口を許すほど、広い心の持ち主ではなかったようだ。

……はうぅ……い、言い過ぎたかも。

じりじりと下がり、逃げようとしたが、いつの間にか囲まれている。

「……あんま調子にのんなよ、クソガキ」

憲兵の大きな節ばった手が、するりと腰の警棒に伸びる。

さっきまで見るともなしに様子をうかがっていた野次馬は、それぞれキオと目を合わせないよう散っていく。

いざとなったら、イヴだけでも、とキオは震える足で、地面を踏みしめた。



カツ――――ン……



「おやおや、なんの真似かな。ギルシアン憲兵隊の諸君」

石畳に打ち付けられたステッキが、ガス灯の光にきらめいている。

元々長身のうえに、シルクハットをかぶっているため、伸びている影はこちらの足元にまで届いている。長く肩に流れる金髪と、細身の黒いコートを彩る、蔓草つるくさの銀糸刺繍が、夜目にも鮮やかだ。

シルエットの男は、わずかに首をかしげた。

「うちの使用人が、なにか、粗相でも?」

ジルに目配せされ、キオは慌てて口をつぐんだ。「使用人」が主人を名前で呼ぶことなど、ありえない。

しかし、戸惑いを隠せないのは、憲兵たちも同じである。格好を見るに、相手が中流市民より上であることは、明らかだ。

イヴとキオを囲むようにしていた憲兵たちは、そわそわと輪を解く。しばし、顔を見合わせていたが、ひとりが軽く咳払いをし、ジルの前に進み出た。

「このふたりの、関係者、いや……すみません、失礼ですが……なにか身分証のようなものをご提示願えないでしょうか?」

憲兵は、幾分丁寧な声音にはなったが、高圧的な態度であることに変わりはない。引くに引けなくなった憲兵の敵意を受け流し、ジルは鼻先で笑った。

「やれやれ、君らは外の女を買ったことがないのか?女性と楽しく過ごそうと考えるときに、なんでそんな無粋な物を持ち歩くと思うんだ?そんな警棒をぶら下げて、声をかけるのは、オススメできないな……コンプレックスでもあるのかと思われるぞ」

憲兵は、ジルの揶揄やゆに、頬の肉を震わせた。様子を眺めていた数人の通りすがりが、かすかに笑う。

「ご忠告どうも……しかし、お手を煩わせて申し訳ないとは承知しておりますが、規則ですので!こちらとしても面倒なことになると困りますし、お願いします!」

鼻息を荒くする憲兵に、ジルは優雅に会釈した。

「分かってるよ、この寒いのに大変なことだと同情したいくらいだ。さて、身分証になるのかどうか知らないが、これでどうかな」

言いつつ、コートの下から、金鎖を引き出す。

その先には、見事な細工の懐中時計がついている。蓋には先が三又に分かれた剣と、幾重にも花弁をたくわえた薔薇が、精巧に彫られていた。まるで騙し絵のように、薔薇の蔓が、鎖に絡みつくようなデザインを施されている。

憲兵は、言葉を詰まらせ、一瞬後深く頭をたれた。

「これは、失礼致しました!ロゼラノエラの方だとは、露知らず、とんだご無礼を……」

「いやいや、こちらが悪かったよ。使用人のマナーもなっていなかったし」

ジルは、途端に恐縮しはじめた憲兵を、気分よく見下ろしている。腰を低くしたまま、憲兵のひとりが、おずおずとジルに問う。

「あの、立ち入ったことで申し訳ございませんが、何故あんな、小汚い娼婦を」

キオの後ろで、イヴがかすかに震える。キオが思わず突っかかろうとするのを、ジルが後ろ手に制し、憲兵の唇を、指先で押し留めた。

「失礼があったのはこちらだ。しかし……女性の好みにまで、口を挟む権利があるとは思えないがね」

憲兵が、目を見開く。

「申し訳ございません!北方貧民は物騒なので、つい……」

「物騒?私が見る限りでは、そうでもなさそうだが……いや、君らの周りでは、さぞ危険がつきものなんでしょうな。かよわい女の子ひとりも、どんな導火線になりえるか分からない――まったく、素晴らしい観察眼と愛国心だ」

いやらしい言い方をさせれば、天下一品のジル。相手の憲兵は、なにを言ってもご機嫌を損ねてしまうことに、すっかり萎縮してしまっている。

ジルは、これ見よがしに時間を確認し、懐中時計を閉じた。

「さて、もう行っていいかな?まだ、用があるなら、勿論伺うが」

「いえ、滅相もございません。どうぞお引取りくださいませ」

主人ご所望の娘を使用人が探していた、という即興シナリオは、うまくいったのだろう。憲兵たちは足早に、人の輪から離れていった。

「ジル、どうして、ここに」

憲兵の姿がなくなったのを確認し、キオはジルを見上げる。

「5時過ぎたのに戻ってこないから、探しに行けってアイリーンが。それより、キオ?お連れのお嬢さんを紹介し」

「ダメです」

「そんなに警戒しなくても……」

イヴは、どこかぼんやりと宙を見たまま、ショールにくるまっている。

「イヴ、大丈夫……?」

声をかけ、肩をさすると、ようやくキオに焦点があった。

「う、ん……ちょっと、びっくりして」

つり気味の勝気な目が、わずかに潤んでいる。気丈に振舞っている姿に、改めて憲兵への怒りを感じた。

イヴは乱れた髪を直し、気後れしたように囁く。

「あの、お礼言っておいたほうがいいかな……?あんたの主人に」

興味深い見世物が終わったと、再び歩き出す人々から、さりげなく二人をかばうジルを見て、自分もあんな風ならなぁ、と思ってしまうキオである。

「えぇと、主人というか、雇用主というか……」

キオの言い方に、イヴは首を傾げる。

「僕は、あの人のお屋敷で雇われてる、修道士見習いなんです……お友達と一緒に、宗教的な面の造詣を深めたい、ということで勉強を教えています」

間違ってはいない。

「そっか……やっぱり修道士なんだね」

イヴは、鼻をすすり、よろよろと姿勢を立て直した。

「お礼は僕から言っておきます。……近くまで送っていきましょうか?」

おぼつかない足取りに、思わず申し出るが、イヴは首を振って、せいいっぱい笑う。

「ううん、すぐそこだから。週単位で部屋を貸してくれるとこがあってさ、今はそこに友達といるんだ」

「そうですか……なにかあったら、すぐ言ってくださいね!力にはなれないかもしれないけど、なれないなりに頑張りますから!」

イヴは、複雑な表情で、キオを振り返った。

笑いたいような、泣きたいような、そんな顔だ。

「ありがと、キオ!おやすみ!」

ほっそりとした頼りない後姿と、ハイヒールの音が遠のき、消えていく。淡いピンク色のショールが、いつまでも目にちらついていた。



「春だねぇ」

見物人を追い払ったのか、少し離れた場所でふたりをうかがっていたジルが、キオに歩み寄る。立っているだけでも様になるジルが、ちょっぴり羨ましい。

「そ、そういうんじゃないですよ!それより……さっきのってギルシア国家憲兵隊ですよね?」

「あぁ、前も見かけた」

それを見越し、牽制の意味もかねて、わざわざ盛装してきたのだ。

「憲兵隊って、初めて見ました。デュッセルオーヴは、国家警察しかいないから」

ダリ・ボジョレも確か国家警察の管轄下だったはずだ。なぜ、このあたりにいたのだろう。

先ほどまで、ただもうムカムカしていたが、改めて考えると不自然だ。

「あの……ここに、憲兵隊が来るってことは、ひょっとして」

「私たちの居場所が、バレたと思ってるんだろう」

キオは、激しく頷いた。

最初はジルもその可能性を考えていた。カリギュラの心変わりで密告でもされたかと。

「安心しろ。それはないようだから」

カリギュラの誕生際で、ジルはブルノーではなく、ロゼの印章を使い、城館に潜り込んだ。ロゼラノエラ家の系列で、金髪の独身男性と辿れば、ジル・ヴィクトール・F・ド・ブルノーに行き着くのは容易である。

もっとも、自分の名前が、まだ系図にあるのならばの話だが。

「ロゼの流れを汲んだ家系で、金髪の男は、私と、パーペチュアル家に数人しかいない。もし、カリギュラの件で足がついたなら、私はあの場で捕まっていたよ」

ロゼの時計をちらつかせたのは、その確認のためだ。

あえて泳がせて、私を含め犯罪者6人を一網打尽にするというのも、考えられないことではないが、国家警察ならいざしらず、組織系統が乱れがちな憲兵隊が、そこまでするとは思えない。

捕まえたあとで吐かせればいいという、短絡的な方法しかご存じない、「待て」の出来ない犬からだ。

「まぁ、そんなに心配しなくても、大丈夫だろう」

「ですかねぇ」

キオは、まだ、どこか腑に落ちない様子だ。そわそわと寝癖のついた頭を撫で付けている。

ジルは、キオの肩を腕に抱え込んで、耳元で意味ありげに笑った。

「それで、ちゃんと連絡先は聞いたのか?」

予想しなかったところから、話をまぜかえされ、キオはみるみる赤くなる。

「会って間もない女性に、そんなこと聞きませんよ!ジルじゃないんだから」

「そういうなよ、とっておきの口説き方を伝授してやろうと思ってるんだから」

目を付けられた理由があるとすれば、あの娼婦の娘。

最近街で見る北方貧民の数は、一目でわかるほど増えている。毎年のように警察で宿を世話してもらっているのは、どれほどに及ぶか分からない。
臭いものには蓋の原理をそのままに、南にくる貧民はそれなりに取り締まられている。

今年は、例年より貧民が多かったから、憲兵隊にも応援を頼んだというなら納得は出来る。しかし、それにしては巡視が甘い。

「いりませんよ!口説くとか、そんな……」

ジルはなにも言わず、口ごもるキオの頭をわしゃわしゃと掻き回した。

「ちょっと!なにすんですか!」

「いや、なんとなく」

なんとなくで、頭をいちいちメチャクチャにされては、かなわない。キオは再び髪を撫でつけながら、思い出したように尋ねた。

「そーいえば……金髪って貴族には少ないんですか?」

む。聞いてないようで、聴いてるじゃないか。

「うちは、元々黒髪が多いんだ。ブルノーもロゼラノエラと同じように騎士家系だからな。軟弱者のイメージがあるもんで、金髪の男は少ないんだろう」

「騎士家系なんですか!?」

思いがけないくいつきに、ジルは目を丸くする。

「ん?うん、騎士家系」

「カッコイイじゃないですか、騎士って!全然知りませんでした!」

「大遠征時代、薔薇を旗印にしたロサ・クロージュ・フルーレっていう騎士団がいたろう?あれの騎士団長が、ロゼラノエラ家だったから、あの家の印章は今でも薔薇と剣なんだぞ。それに、ロゼの配下貴族は、どの家も薔薇が入ってるじゃないか」

いわれてみれば、手紙にあったブルノーの指輪印章も、すみっこに蔓薔薇の彫り込みがあったような……てっきり、貴族は薔薇が好きだから、薔薇ばっかり使うのだと思っていた。

ひとり思案するキオを、ジルが鼻で笑う。

「……お前、歴史はちゃんと勉強しなかったな」

キオは、痛いところを付かれ、小さく呻いた。

説教のとき不可欠なのは、歴史である。宗教史として習得しておかなければならない分野だが、まだまだ勉強が足りない。特に戦争に関連する事項の知識になると、キオの暗記能力は、著しく低下する。

「……これから勉強を深めていこーと思ってたんですよ……でも、いいですよね、騎士家系。なんとか家系っていうの憧れますよ。学者家系とか」

「そんなにいいものでもないさ。過去の栄光が大きいほど、後々の体裁を繕うのに苦労するからな」

そういうものだろうかと顎を撫で、はた、と思い出す。

「……あの、ジル、さっきは、ありがとうございました」

頭を下げ、大きく溜息。

「僕だけじゃ、どうにもなんなかったと思います」

言ってて、情けなくなってくるキオである。男として格の違いを見せ付けられたのが悔しいし、それ以前に自分だけでは、守るどころかイヴを逃がすこともできなかったと、悲しい。

もし、キオにネズミの尻尾があれば、元気なく垂れ下がっていることだろう。

しょんぼりと肩を落としているキオを、ジルは優しく慰めることにした。

「じゃ、お礼といってはなんだけど、セーラー服着てく」

「ヤです」

……即答か。

慰めは、遠まわしすぎたのか、あまり上手く伝わらなかったようだ。





アダージョは、「ゆるやかに」。
リゾルートは、「決然と」。
どちらも、演奏記号から取りました。



ただ今、試験とレポートが立て込んでおり、今後更新が停滞する恐れがございます。
28日以降になれば一気に身軽になるので、少しの間お待ち頂ければ、と思います。
たびたびの更新停滞、申し訳ございません。


感想などは、随時チェック致しますので、なにかありましたらどうぞ。
なくても、全然どうぞ。
私が卒業できるよう、一緒にお星様に祈ってくださる方も、随時募集中です。(何このダメ人間!)






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