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第3楽章 赤頭巾の夜想曲
物語で 血がキレイなんていうけれど そんなふうに思ったことは一度もない

アレは汚くて 臭くて 落ちにくい

本当なら できるだけ触りたくないけれど 作品をつくる都合上仕方ない

粘土に触れない陶芸家がどこにいる

刃物を持たない彫刻家がどこにいる



残念なことに わたしの作品は目に見えないがね

高音の悲鳴に 震える命乞い

そして 断末魔

最後の最後で人間が振り絞る その凄絶な音の美しさといったら









冷え込む夜だった。

明日は憂鬱な木曜日。

リジーは、自室の暖炉前で、物思いに耽っていた。

ここのところ、リジーを悩ませているのは、猟奇殺人鬼たちの変化のことだ。

フランチャコルタのキオ奪還は、はっきりいって完全な気まぐれだった。面白そうだから参加しただけで、後々笑い話になると思っていた。ほんの少し前までは。

おそらく、他の5人もそうだったに違いない。

青髭は、退屈しのぎでか、キオに手を出そうとしていた。女は勿論だが、奴は同性でも、四本足の動物でもかまわない変態だ。潔癖そうな修道士をどうこうしてみたかったのだろう。

束縛を嫌う笛吹き男は、なにかとキオに反発していた。ビデオのテープを全部引っ張り出したり、クッションに次々穴を開けたりしていたが、それはいつの間にか止んだ。

灰かぶりは、ほんの数ヶ月前まで、キオを殺したがっていた。自分より年下の男に、指導をされるなんて、我慢ならないヒステリックな女だから。

言葉を持たない醜いアヒルの子は、キオどころか屋敷にいる殺人鬼全員を血走った目で観察していた。当初、奴の殺戮本能は、正常に機能していたのだ。

感情を仮面に隠した猫は、生きている人間には興味がない。それでも、腐ったって殺人鬼。あんまりキオがうっとうしいなら、野放しにしておきはしないはずだ。



なんにせよ、初対面時、呪いなんてものにかかっていなければ、キオは八つ裂きを免れなかったに違いない。猟奇殺人鬼の誰かが、殺していただろう。



なのに、キオは、まだ死んでいない。



リジーにとっての問題は、そこではなかった。どちらかというと、他の連中はどうなろうが知ったことじゃない。キオに感化されて愛に目覚めたなら、どうぞご勝手に、といったところだ。問題は、自分。

フランチャコルタで、衛兵を殺し損ねるのは、まったく自分らしくなかった。

本当は、存分に悲鳴をあげさせ、バラバラに刻んでやろうと思っていた。全員はダメでも、一人くらいなら女神も見逃すだろうと思ったから。

なのに、殺さなかった。

なんでだっけ?

リジーは、むぅっと口を尖らせた。



控えめなノックの音がしたのは、そのとき。

「リジー?まだ起きてるんですか?」

なんて、いいタイミングに現れるんだろう。

「うん、ヒマだから入っていーよ」

1オクターブ高い声で応じると、キオが「失礼しまーす」と言いつつ入ってきた。

「眠れないんですか?」

「ちょっとね」

「ホットミルク作りましょうか」

「わーい!飲む、飲む!」

あの首筋に鎌の刃を食い込ませたら、キオはどうするだろう。

キッチンに出て行くキオを目で追いながら、悪趣味なことを考える。

信頼していたのに、とその目は言うだろうか。

やっぱり、と諦めた表情を浮かべるだろうか。

どちらにしても、キオは泣き叫ばない気がする。

何故そう思うんだろう。







しばらくして、マグカップを2つ持ったキオが帰ってきた。

「僕もご相伴に預かりますね。考え事してたら、寝付かれなくなっちゃって」

「考え事?」

湯気がゆらめくマグを受け取りながら、リジー。キオは、言おうか言うまいか、一瞬考えた。ほんの一瞬だけ。

「……人が人を殺したいときって、どんなときかなって考えてたんです。すごく嫌いなときか、すごく好きなときか、それ以外か」

なるほど、我々のことで、その小さな胸を痛めていたわけだ。

「ライラ・ドビュレみたいだね」

リジーは、唇の端を吊り上げた。

「『永久の迷路』を書いた作家。『私はいつでも考える。あの人の去った理由は、私かあの人自身か、あるいはそれ以外のなにかにある』つまり、どれにも確定できない」

キオは、目を丸くしたまま、つぶやいた。

「リジーって……何歳なんですか?」

「なんで、そんなこと聞くの」

「だって、普段は見た目相応な態度だけど、猟奇殺人鬼スイッチが入ると急に難解なこと言うじゃないですか。それに、今時の人でライラ・ドビュレの『永久の迷路』を知ってる人ってあんまりいませんよ?何年か前に絶版になったし」

リジーは苦笑した。

口を滑らせたな、と思ったからだ。

キオって、バカじゃあないんだよな。ただ、ここぞってときに役立たずなだけで。

「だって、わたし頭いいからね」

「あ、猟奇殺人鬼スイッチ切りましたね?ずるいですよ!」

「別にずるくないよ」

「あ、スイッチ戻った」

キオが、へらりと笑う。

「……実は、もうひとつ眠れなくなった原因があるんですよね。ちょっと、ある本を読んじゃって……」

リジーが、マグで手を温めながら問う。

「なんの本?」

キオは、少し口ごもった。

「みんなのことが書いてある本です。犯罪歴とか殺害方法とか色々……」

「で、どうだった?」

「少し、落ち込みました。なんか知らない人たちのこと、書いてあるみたいで」

リジーは黙ったまま、キオの反応を見ている。

「……僕、いまいち分からないんですよね」

「?」

「なんか、みんな、いい人だと思うんですよね。癖はあるけど、悪い感じじゃないというか……」

「でも、人殺しだよ?」

「そうですけど……なんか原因があったんじゃないかな」

「例えば?」

「なにか、こう……嫌な過去があったとか」

「イイ線いってるかもね」

リジーは、ホットミルクを冷ましながら、言葉をつなぐ。

「でも、ひどい過去を持ってるからって、誰も彼もが犯罪者になるわけじゃない。それを克服して平和に暮らしてる連中も大勢いる。普通の人間は、犯罪者に動機を欲しがるけど、それは単に『あぁ、この人たちが犯罪を犯した背景には、こんな辛いことがあったのね』なんて、犯罪者と自分たちマトモな人間との違いを確認したいだけだよね」

確認。

キオは、心のなかで繰り返す。

「従来の犯罪者と猟奇殺人鬼の決定的な違いは、ここかもね」

キオは、マグカップを両手で包んだ。

「動機がないってことですか?」

「いや、動機はある。ただ、自分たちで、なにが動機か分かっていないんだよ」

リジーは、人差し指を立てる。

「たとえば、お金に困っている男がいるとする。その男の前を、大金持ったバアサンがよたよたしてたら、十中八九奪うだろう。ことによっては殺すだろう」

それから、親指。

「嫉妬深い女がいたとする。愛している男を、別の女に盗られ、男が自分のもとに戻ってこなかったら、仕返しするだろう。もしかすると、殺すかもしれない」

次は、中指。

「なにかにムカムカしている少年がいるとする。少年は思ってる。自分は人と違う、そのうちなにか大きなことをするはずだ。なのに、誰もそれを認めない。少年は、証明と自己満足のために通り魔に走った」

その例は、どれも実在した事件だ。リジーは続ける。

「どれも犯罪を起こす要素・原因があって、自分の欲望を叶える対象を狙い、殺すに至ってしまった。殺す相手を、自分が優位に立てるよう選んでる」

リジーは、指を折りたたんだ。

「でも、そういう順番が、猟奇殺人鬼にはない」

「なるほど」

「対象の基準が、ズレてるしね」

通り魔なら、殺しやすそうな相手を対象に選ぶし、怨恨なら憎い相手を手にかける。

だが、猟奇殺人鬼は、対象選びが非常にいい加減だ。しかも、各々のズレた性癖のためなら、どんなに殺すのが危険な相手でも、どうにかして自分のものにしようとする。

どうせ殺すだけでいいなら、殺しやすい相手を選べばいいのに。

「……ニール・ケンパー、死刑執行されたんですってね」

キオが、つぶやいた。これは新聞で読んで知ったことだ。女性ばかり4人も暴行し、死に至らしめたシリアルキラー、ニール・ケンパー。15年前に逮捕され、今年の5月、銃刑に処されている。リジーは、懐かしい名前だね、と笑った。

「ニール・ケンパーは、すごく人見知りでね。生きてる女の子とは、話はおろか目を合わせることすらできなかった。でも女の子とお付き合いはしたかったんだよ。そこでアイツは考えた。死んだ女なら、好きにできるって」

「……それで、殺して好きにした?」

「その通り。この発想の飛躍、幼稚で短絡的で救いようがない」

上機嫌に言ったあと、リジーはふっと笑った。

「でも、猟奇殺人鬼の多くは、きっと幼稚なんだよ。心の底では動機が分かっていても、それを見ないように、気付かないようにしてるんだからさ」

キオは、小さくうなった。

「……リジーは、他のみんなの動機、分かります?」

ううん、と赤頭巾は肩をすくめた。

「さぁ、知らない」

「そうですか……動機が分かれば殺人衝動も止むのかな」

キオは、組んだ手をじっと見つめている。

能天気な顔が、真剣みを帯びると、15歳の男の子の顔になる。

「自分たちでさえ、どうして殺すのか分からない。そういう連中をキオは、理解できる?」

「努力はします」

「模範的な答えだね」

リジーはトランクを足で引き寄せた。

キオは気付いていない。

「理解っていうと、なんか重たい感じですけど……うぅん、できるかできないかでいうと、きっとできないと思います」

おや、前言撤回?リジーは、首を傾げた。

「でも、ハンデを背負わされているわけですよ」

「ハンデ?わたしたちが?」

「そうです、人を殺せないというハンデを。今までは、自分のなかで人殺しによって保たれていた部分があると思うんですよね。なのに、急にそれがなくなった。みんなは『遺族に殺されてもかまわない』と言ってたけど、それはハンデがない状態のときの話でしょう?向こうは殺せるけど、こっちは殺せないわけですから」

キオは、慎重に言葉を選んでいる。

「僕は、そのハンデを補う必要があるんですよ。そのために理解が必要になるなら、頑張ります!ってことです。理解が最終目標ではないんです。だから、つまり、なんか自分でも言いたいこと分かんなくなってきちゃったんですけど」

キオは苦笑した。

「ドビュレの言葉を借りるなら、『そこを永久と思えば、その一瞬は間違いなく永久なのである』ですね」

おいおい、リジーは密かにつぶやいた。

こいつ、頭悪いどころじゃない。翻訳本では「そこを永久と思うから、永久なのだ」に改訳されていたはずだ。原本で読んだのか。

「なんか、みんな自分のことを知らなさ過ぎるんですね。誰も『あなたはこういう人だ』っていうの、教えてくれなかったんじゃないかな。だから、それを変な形で埋めようとして、犯罪に走ってしまった。でも、そんなことでパズルのピースが、はまってくれるわけない。だから、次々と新しい犠牲者というピースが欲しくなる」

キオは一息つくと、リジーの瞳を見つめた。



「たぶん、僕は、彼らに彼ら自身の本来の姿を思い出させるために、導き手に任命されたんだと思います」

優しいと感じれば、そう伝えよう。

素晴らしいと思えば、褒めよう。

悪いことは、おもいっきり叱ろう。

これまで、誰も写してくれなかったなら、僕が鏡のかわりになろう。

「すごく希望的観測ですけど」

いつもの、しまりのない顔に戻る。





赤頭巾は、トランクを足で押しやった。

なんて楽天的なんだろう。

リジーは、ぬるくなったホットミルクを、喉に流し込んだ。

もしも、キオがカリスマ性にあふれる人間だったら、きっとこうはならなかった。

わりと凡庸で、目立たなくて、努力はしてるのに報われなくて。

なんて、カワイイ現実を知らないロマンチスト。

あんまり甘く夢物語を語るから、酔いそうになるのかねぇ。

「ホットミルク効果絶大」

「あ、眠くなってきました?」

ウソだよ。むしろ目がさえたっつの。

「僕も、眠くなってきました。リジーに相談したからかな」

リジーからマグカップを受け取り、背伸びするキオ。

「考えすぎても疲れるばっかりですね!気持ちは切り替えなきゃ!」

「明日は、木曜だしね」

「そうそう、初めての施設訪問です!暴れたりしないでくださいね?」

リジーは、おどけて舌を出した。

「努力はしまーす」

「お、模範的な答え!」

キオが、おやすみなさい、と扉を閉めたあと、リジーはズルズルと背もたれによりかかった。

見くびってたな……そりゃあ、みんなが手こずるわけだ。

リジーは、目を閉じた。心なしか、楽しそうに。



もう、今夜は、このまま朝を待とう。




ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。どうにか今週中に、第3楽章を終わらせることができました。これも、貴重なお時間を使って、拙作をお読みくださった皆様のおかげに他なりません!
次は、かねてよりお知らせしていた「間奏」となります。
本編から少し離れた設定説明などになりますが、よろしかったら、目を通してみてくださいませ。


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