冬の雨。蒼く憂鬱な空の色を仰いで泣く子等の正常な痛みを伝える術はなく、電信柱の陰に隠れて、一寸先を凝視する野良犬の、彷徨のような瞳。
千円札を後ろポケットにしまい込み、黄色いビニール傘を差しているあの子。
何故、こんなに哀しいのだろうか。私は迷い子になったかのように不安を覚える。
あぁ、そういえばこんな感覚だった。
私は知らない街に居る。見知った人も音も匂いもない。
私は幼い頃、そうしたように、不安を紛らわせようとして口笛を吹いた。
けれどそれは、空気を微かに震わせて、掠れた物悲しい吐息になって消えた。
薄暗い地面の灰色と、水銀のように輝く水の世界。
往来する車のヘッドライトに照らされる度に、浮かび上がってくる自分の影すら、何か恐ろしいもののように思えてならない。
私は今、レインコートを着ている。肌に直接触れそうな雨の冷たさと不快感が鬱陶しい。
私の身体の輪郭をなぞるように滑る雨垂れの一滴が宝石のように光り、次の瞬間には消える。
宵闇の中で、不意に片方の手を掴まれる。私はそれを見ない。見てはいない。
「ねぇお姉ちゃん」
いつでも私は私自身の為に手を差し伸べていて、その感触で安心できた。
「帰ろう」
私は、子供の私に向かって言う。私なら帰れる。道なら既に知っている。
哀しいのは雨のせいじゃなかった。私が哀しかったのだ。彼女が寂しかったのだ。
私が送り届けてあげる。今ならそれができるから。
犬は居なくなっていた。黄色い傘のあの子も、もう家に帰った頃だろう。
街灯は青い炎のように淡い閃光を放ち、私は濡れた右手を額に当てる。
「冷たい」
夜のネオンが霞んで見えるのは子供の私が泣いているからだ。
溢れてくるものは熱を持っている。肩の震えが止まらなくなっている。
水になった哀しみが、雨に溶けて滲んでいくのが分かる。
掴んだ手の体温は確かにあの頃の私のものだった。
幼い頃に置き去りにしてきた寂しがり屋の私を連れ帰る。
私達はマンションの自動ドアを潜った。見慣れたエントランスの床が二人分の足跡と涙で濡れている。
玄関から入った所にある大きめの鏡の中で少女が
「ありがとう」
と言った気がした。
部屋の中は静寂に包まれている。こんな夜は昔みたいに部屋を明るくして寝よう。 |