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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幽霊タクシーに乗った男の話

作者: 久良 楠葉

 一つ怖い話をしよう。俺の体験談だ。月並みな話かもしれないが、まあ、最後まで聴いてくれ。


 曇った夕暮れ時だった。俺は山道にいた。獣道じゃあない、ちゃんと舗装されて崖っぷちにはガードレールも設置されたイイ道だ。まあ、ほとんど車も走らない田舎なんだけどな。

 俺はそこで迎えを待ってたんだ。車が壊れちゃってさ。町中まで歩いて戻れるような距離でもないし、こりゃヤバイと思って友だちに電話したんだよ。そしたらアイツ、びっくりした声で「どこにいるんだよ!」なんて叫ぶもんだ、逆にこっちがびっくりするって話だよ。

 で、待ってたんだ。ん? 車が壊れたなら普通ロードサービス呼ぶだろって? まあ、普通はそうかもしれないなあ。でも、俺は呼ばなかったんだよ、まあいいじゃないかソレは。

 とにかく待ってたんだ、迎えが来るのをさ。いやあ、きついよなあ。車の一台も通らない山の中、あたりはどんどん暗くなってくる。焦ったよ。ケータイの電池も切れちゃったしな。


 そんな時だった。タクシーが来たんだ。黒いセダン、俺が居る側の車線を、山を下る方へ向かって。

 天の助けだと思ったね。俺はガキんちょみたいにぶんぶん手を振って呼び止めたさ。すると俺の目の前でタクシーは止まって、後部座席のドアが開いた。俺はもちろん飛び乗ったさ。

 うん? なんだよ。ああ、「怖い話」で「タクシー」って時点でオチが見えたって? まあまあ、そう言わないでくれよ。ありきたりかもしれないけど、俺は本気で怖かったんだからさ。頑張って上手く話すから最後まで聴いてくれよ。頼むからさ、ほんと、お願いします。


 さて、タクシーに乗った俺は、運転手のおっさんに家まで行ってくれるように言った。つっても細かい住所言うのも面倒だったから、わかりやすく最寄駅の名前にしたけどさ。

 いやあ、先に呼びつけたアイツにゃ悪いけど、ホント助かったと思ったよ。街灯も無い山の中を走る道だから、お日様が沈めば真っ暗。案の定、窓の外はあっという間に真っ黒になったからな。ヘッドライトが照らすのが異様に明るく見えたっけ。車内もうすぼんやりとして……ま、そんな感じだった。


 ところでさ、タクシーの運転手ってよく喋ると思わないか? でも、この運転手は寡黙な人だったよ。後部座席から見える横顔じゃあ、ナントカっていう渋い俳優そっくりで。つっても、肝心の名前忘れちまったから伝わらないよなあ、悪い悪い。

 ここでも助かったと思ったよ。あんまりアレコレ喋りたい気分じゃなかったんだ、やっぱり疲れてたしさ。

 それで俺は左側の窓に頭をつけて、ちょっと寝ようと思ったんだ。すると、ちょうどサイドミラーが俺の目に入った。助手席が映ってた。


 そしたらさ。見ちまったんだ。


 ……助手席に生首が乗ってるの。

 しかもグズグズに焼けただれた、はっきり顔も見えないような、グロの極み。


 いやあ、叫んだね。人生でこの上ないくらいの悲鳴をあげたね。絶叫にプロとかアマがあれば、俺プロになれるわ……あ? そんなことどうでもいいからさっさと話を続けろ? オッケー、そうしよう。

 俺があんまり叫ぶものだから、さすがに無口な運転手も声をかけてきたさ。


「お客さん、どうされました?」


 ってものすごい冷静にね。俺が声ひっくり返して「お、オバケ……!」なんて情けない声上げても、「はあ」とかつまんなそうな返事するだけ。

 俺パニクってたけど、さすがにそのリアクションがおかしいって思ったよ。もしかしたら俺が見間違えただけじゃないかって。ああ、きっとそうだよ、俺眠かったしさ。すっかり眠気は吹っ飛んじゃったけど。

 だから俺、目をこすってもう一回確認した。ミラー越しじゃなくて、今度は直接覗き込んで。


 そしたらさ。


 やっぱりいたんだよ……! 赤黒いぐちゃぐちゃの顔が、俺の方を向いて、ぽっかり空いた口でケタケタ笑ってたんだ!

 見間違いなんかじゃなかった。俺は、俺は……バケモノと一緒にタクシー乗っていた。


 止めてくれ! 俺は運転席を叩きながら、何回も叫んだ。するとタクシーのスピードが落ちていった。でも、完全には止まらなかった。


「どうしたんですか、お客さん。さきほどから」


 渋い良い声だった、でもそんなことどうでもいい。俺は一生懸命説明した、助手席に何か変なものが乗ってる、オバケが乗ってるって。見えてないんですかって風にも聞いたと思う。パニックだったから、正確には覚えてないけど。

 そしたら運転手さん、なんて言ったと思う?


「ああ、それのことですか。別に問題ないですよ。ずっと前から降りないのですが、悪さもしないので」


 ……だってさ。さらっと言ったけど、めっちゃ怖いって。


 確かにさ、タクシーに幽霊乗ってるって、べたな話だよ。実際、俺の話聞き始めた時だってそう思ったでしょ? 俺だって、あの時はそう言うことなのかなった思った。この運転手さん、幽霊見慣れちゃってて感覚がマヒしてる。タクシーのスピードもまた上がっていったし。

 でも俺にはたまったもんじゃない。誰がこんな幽霊タクシーに乗りたがるって言うんだ、運転手さん頭おかしいんじゃないのか。怖いを通り越して怒りが沸いてきた。想像してみてくれよ、疲れてへとへとでタクシー乗って、一緒に気持ちの悪い生首が乗ってるって。冗談じゃないだろ?

 お客の俺が真っ青になって縮み上がってるのに、運転手さんは黙ってアクセル踏んだままだ。一体どんな顔して走ってるんだか、気になった俺は覗いてみた。

 気持ち悪いくらいに平然としていた。青白い顔をしてまっすぐ前を見て。目だけをちらっと動かして俺の方を見たけど、冷たい感じがしてぞっとしたよ。

 それ以上に、例の生首がコソコソなにか呟きっぱなしの方がずっと寒気がしたけど。エンジン音にかき消されて、言葉ははっきりとは聞こえなかったけど、喉が潰れた女の声が、ずーっと俺に向かって話しかけてくるんだよ……。


 俺は一生懸命助手席を見ないようにした、何も無かった、俺は何も知らない、そういうことにした。

 運転席の真後ろに移動して、ミラーも見ないように顔を伏せて。早く目的地についてくれって祈っていた。

 でも、それでずっと黙っているのもつらかった。エンジン音に紛れて、その生首の囁き声が聞こえる気がしたんだよ。

 だから俺、思い切って運転手さんに話しかけてみた。「オバケ乗ってて怖くないんですか」って。もっと全然関係ない話振って気を紛らわせた方がよかった、そうかもしれないけど、あの時はそんなこと考えてる余裕なんてなかった。あんたも聴いてるだけじゃなくて、一回同じ目に遭ってみれば俺の気持ちわかるさ。

 これでも運転手さん黙ったままだったらどうしよう、ちょっと不安もあったが、その心配は無かった。


「ええ、全然」


 感情のない返事だったよ。それに、それで終わりじゃなかった。静かに運転手さんが続けた。

 俺は、正直、聞いたことを後悔したよ。あ? 何て言ったか早く教えろ? いいぜ、教えてやるよ。運転手さんのいうことにゃ──


「私は幽霊を送迎するのが仕事ですからね」


 ……だってさ。


 最悪だろ? 幽霊と同乗どころか、幽霊のタクシーにつかまった。送迎するって、あの世に連れて行くってことじゃないか。

 嫌だよ、俺死にたくない。地獄か天国か知らないけど行きたくない、まだまだこの世でやりたいこと一杯あったんだ。

 連れていかれてたまるか。俺はその思いで、降ろせ降ろせって叫んだ。前に乗り出して、ハンドルも奪おうとしたっけ。

 そうしたら初めて運転手さんが慌てた顔をした。俺のことを後部座席に押し返してきた。その手の冷たいこと冷たいこと、氷を押し当てられたみたいで、ああ生きた人間じゃないんだなって、身をもって知ったさ。

 しかも見た目に似合わないすごい力で、俺はあっけなく後部座席に逆戻り。例の生首がガラガラ声で笑ってたよ、嘲るようにな。


「お客さん、乱暴は困ります。だいたい、こんなところで降りてどうするんですか」 


 運転手の困った感じは本物だった。そうやって言われて、外を見て、俺、やっと気づいた。

 外、真っ暗なんだ。夜だからって話を越えている。月も星も見えないし、遠くに町の灯りが見えたっておかしくない。だいたい、もう結構走ってるんだから、街灯があるような道に出ていてもおかしくないんだ。それなのに、絵の具で塗りつぶしたみたいに、真っ黒だった。どこまでも、どこまでも。


「お客さん、ここはまだ、あの世とこの世の境です。今降りたら、天国にも地獄にもたどり着けませんよ」


 運転手のやつはそう言った。でもさ、そんなこと言われてハイ、ソウデスカってすごすご大人しく引き下がれるか? できるわけないよな。どっちに行ったってこの世とお別れなんだ、連れていかれたらおしまい。そうだろ。

 裏を返せば、あの世とこの世の境ってことは、まだ戻れるってことだ。……戻ってきたからこうやって喋ってるんだろうが、もったいぶるなって? ハハッ、そうだな。でも、ここまで来たらそういう野暮なつっこみはやめてくれよ。


 まだ戻れる。それを信じて、俺は半狂乱で震える指でドアのロックを外して、開けた。

 外から吹いてくる生ぬるい風が気持ち悪かった。そして地面も何も無い、真っ暗な闇だった。その中を猛スピードで駆けていくタクシー、不思議な感じだったよ、闇の中で浮かんでいるみたいにさ。

 でも確かにタイヤは回っているんだ。だから、足がつくはず。

 そう、飛び降りようと思ったんだ。このスピードだ、怪我するに決まってるだろうけど、それでも、このままタクシーに乗っていて、あの生首もろとも死後の世界送りになるなんて勘弁だ。

 運転手が騒ぐ声を聞きながら、俺は生唾を飲み込んで、走るタクシーから飛び降りた。


 まあ、お察しの通りだよ。俺は真っ暗な中にゴロゴロゴロって転がって、それでも幽霊タクシーからは解放された。タクシーはどんどん遠くなっていく……と思ったら、急ブレーキの音が聞こえた。

 やばい。俺は慌てて飛び上がって、タクシーとは逆方向に走り始めた。道がわかったわけじゃない、でも、来た方向に戻ればきっと戻れると思ったから。

 俺は走った。走った。とにかく無我夢中で走った。捕まるのはごめんだ、俺はまだ死にたくない、俺はまだやらなければいけないことがある、やりたいこともいっぱいある。必死だった。こんなに早く走れるのかって、自分でもびっくりするくらいだった。死ぬか生きるかってなると出る、火事場の馬鹿力ってやつかな。


 あんまり必死だったから、いつそうなったのかはわからない。気が付いたら、俺は元の山道に戻ってきていた。場所は乗ったところとちょっと違うけど、ガードレールも、街灯のない舗装道も、よく見覚えのある物だったよ。もっと言うなら、時間も夕暮れ時に戻っていた。

 俺はその場で崩れ落ちた。みっともないけど、泣いていた。


 これで俺が幽霊タクシーに乗った体験談は終わりだ。今あのタクシーがどこを走っているのかは知らない。そうだな、誰かの葬式の時に、参列者の送迎に混じってひょっこり現れるかもな。

 俺は二度とごめんだけどね。なんだかんだ、この世が気に入ってるんだから。



 ……あ? なんだ。話は本当に終わりかって? いや、まあ、うん、タクシー乗った話はな。

 それとも気づいてくれたかい? 察しがいいねえ。


 そう、あのタクシーは運転手のおっさんいわく幽霊を乗せるためのもの。乗客は幽霊じゃなくちゃいけない。

 だから、あのタクシーに乗せてもらえたってことは。


 死んでるんだよね、俺。


 アッハッハハハハ! ああ、そうだよ、びっくりだよ。俺だって気づいた時は真っ白になったさ。血の気が失せた……幽霊だから、血なんて流れてないんだけど、気分の問題でね。


 さて、続きを話そう。ちなみに、タクシーに乗ってる間は、俺も自分が死んでることなんて全然気づいてなかった。生きてるって信じてたよ……。


 こっちの世界に戻ってきた俺はタクシーに乗った場所と違うところに出た、それは確か言ったよな?

 その場所もガードレールがあった。ただ……急カーブの部分で破れてた。崖の下に向かって、でっかいものが飛び出したみたいに。

 何だろうって思うよな、普通。俺も思った。きっと事故だろうなとも思った。そうして覗き込んだ。

 下にあったのは、やっぱり事故った後の車の残骸だった。ぐっちゃぐちゃの真っ黒焦げで、ああ、乗ってた奴絶対死んだな、そう思わせる無残なものだったよ。

 だけど、気づいちゃった。ちょっとだけ燃え残ったボディでわかった色とか車種とか……あれって、俺の車だって。


 俺、慌ててたんだよな。急いで次の場所に行かないとって、焦ってた。それで自分が死んだことにも気づかないで、いや、多分事故ったことにすら気づいてなかったんだろうな。車壊れた、まじだりぃ、そんな風にだけ思って歩き続けていたのさ。

 事実に気づいたら、いろんなこと思い出して。俺、途方にくれて、泣いていた。

 ……あの運転手ももっとはっきり言ってくれればよかったのにな。死んでるって。でもまあ、あのまま乗って地獄行きも嫌だよな、そう思うと、幽霊でもこっちの戻って来て良かった。そう思うよ。

 だから俺はこうして幽霊のままさまよっている。迎えが来てくれるまで成仏なんて出来ないが、まあ、俺は二度とあのタクシーには乗りたくないからな。行くなら天国がいい、だから例えば神様直々に迎えに来るなり、絶対にそっちに行ける保証が無い限りはあの世に行くつもりない。あんたにこの話をしようと思ったのも、ただの暇つぶしだ。ありがとな、聞いてくれて。


 ……うん? なんでタクシーじゃ地獄行きが決定しているのか、それ知りたい? 確かにそうだ、あのおっちゃんはあの世に連れていくって言っただけだもんな。

 それはまあ、俺の事情だ。……そうだなあ、ついでに話しちゃおうか。怖い話ってのからは外れてないしな。

 俺、慌ててたって言っただろ? あれ、さ。

 人を殺してバラバラにして埋めて回ってる、その途中だったからなんだよね。


 ついカッとなってさ、付き合ってた女を殺しちゃったんだ。やばいなあって、俺の人生まだ終わりはごめんだ。そう思って、隠した。

 胴体は海に捨てて、足と腕を山の中で別々に埋めて。最後に頭を別の山に捨てに行く、その途中だったんだ。そこで、俺は死んだ。あの女の首もろとも、崖の下に落っこちてな。

 そんなことして地獄に落とされないわけないだろう? だから俺は二度とあのタクシーに乗りたくない。あの時と別の意味でね。


 そういうことだ。いやあ、人間悪いことはできないよな、死んでからも付きまとわれるんだから。あんたも気を付けなよ。

 だって、俺、今だって付きまとわれてるぜ、その殺した女に。ずるずる、ずるずるって、俺の後を追ってくるんだ。ずーっと、ずっと。俺が幽霊になって、もう十年以上たつのにさ。

 首だけになって、焼け焦げてぐちゃぐちゃの顔で、俺のこと睨んで、時々気が狂ったようにケタケタ笑いながらさ。どうやって動いてるのか? 知らねぇよ、幽霊だもん、なんでもありさ。

 ああ……そうだよ、あのタクシーに乗ってた生首だよ。あいつもタクシー降りて追って来た、あの山道で呆然としてたら、タクシーでみたグロテスクの塊が来たんだよ。俺、またプロ並みの絶叫しちゃったぜ。

 今なら、タクシーの中であいつがなんて言ってたかわかる。


「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」


 ……ハハッ、あんな風になっても、俺のことが許せなかったんだろうね。あのまま行けば、あいつは天国に行けたかもしれないのに。

 でもまあ、捕まってやる気はないよ。どうなるかわかんないし、怖いじゃないか。だから俺は今も逃げ続けているってことだ。



 じゃあ、本当にお話は終わりにしよう。もうネタも切れたし。そろそろあの女が追いついてくるだろうしな。逃げないと。

 じゃあな、ここまで付き合ってくれて感謝するよ。嬉しかったぜ、俺の月並みな心霊話になんか付き合ってもらって。

 ま、あんたも気を付けなよ。幽霊の乗ったタクシーに。それと、幽霊が運転するあの世行きのタクシーにも。

 死んでから拾われるならいいよ。それがあの運転手の仕事だし。

 でも……もし生きてるのに間違えて乗っちまったら。それか、生きてるはずなのにあのタクシーに出会ってしまったら……その時は、ご愁傷さま。

 大人しくあの世に行くか、それともこの世で幽霊として永遠さまよい続けるか……どっちがいい?


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 よくある話と見せかけてそう来たか!って感じでした。特に「見つけた見つけた見つけた見つけた」のところはゾッとしました。
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