attack8
月曜日、昨日デパートで買った菓子屋の袋を片手に、理沙は意気揚々とエレベーターに乗り込んだ。
勿論このお菓子はウィスパーキューピッドに捧げるお供え物だ。誰かさんと違ってプチシリーズなどとケチなことは言わず有名店の高級菓子だ。自分の為になら絶対買わないような高いお菓子。これがあれば絶対うまくいくだろう。
(これぞ本当の先行投資よね)
理沙は到着したエレベーターから降りながら、一人ニマニマと笑った。ロッカールームへと足を踏み入れると、一足先に来ていた友人の姿が見えた。
「おっはよん、理沙♪」
先週末の別れ際と同じく今日もテンションが高い。どうやら初デートはうまくいったようだ。やたら肌つやがいいのが癇に障る。
「おはよ」
さっきまで華やいでいた気分が、この目の前の幸せオーラを纏っている友人の姿を見たとたん急にしぼんだ。理沙はぶっきらぼうに挨拶を返しつつ、見られないようにそそくさとロッカーに菓子の袋を入れた。
「あら、その袋ってもしかして……並ばないと買えないっていうお菓子売ってる店のじゃないの?まさかあんた並んだの?」
見られないようにしたつもりが、ばっちり見つかったらしい。さすが流行り物には敏感なだけある。目ざとい友人に理沙は苛立った。
「まあね。ちょっと食べみたくて」
言い訳がましくそんなことを言えば、目の前の友人はしたり顔で「ふぅん」と言った。絶対バレていると思ったものの、理沙は知らないふりをしてロッカーの鍵をかけた。
「じゃ、あたしお茶当番だから、急ぐね」
言い捨ててロッカールームを出る時後ろから「見栄っ張りねぇ」と笑いを含んだ友人の声が聞こえたが無視してドアを閉めた。
本当はお茶当番などではないのだが、フロアが違う友人にバレることはない。そんな心配より理沙にはこれからやることがあるのだ。
総務部のある部屋に入ると、理沙はさっさとタイムカードを押し、上司へと朝の挨拶をすませ、自分の席につく。すぐに目の前のパソコンを起動した。
パスワードを入力していると、今日の本当のお茶当番がコーヒーを持ってきてくれた。それに対して「ありがとう」と返し、システムが起動するのを待ちながら一口コーヒーを口に含んだ。本当は砂糖もミルクもたっぷり入れたコーヒーが好きなのだが、ダイエットの為に今は我慢してブラックだ。苦いけど我慢我慢と自分に言い聞かせる。
システムも起動し終えたので、今度はメールソフトを起動した。業務のメールが何通も入っているが、まずはそれを放置して新規メールの作成画面を開いた。アドレス帳をさぐって「春名真冬」を見つけた。
龍一郎は借りていた資料を返却するべく資料室に向かっていた。同じフロア内にあるとはいえ、システム開発課のある場所からは少し離れている。面倒だからまとめて借りたのだが、返却する時もまとめて片付けなければならず結局は手間がかかる。
両手に何冊もの資料を持っていたせいで、うっかりすれ違った女性にぶつかってしまった。
「お、すまん」
「いいえ、大丈夫です」
このフロアでは見ない顔だ。とりあえず詫びもしたことだしそのまま歩き始めた。
「あ、あの手伝いますか?大変そうなので」
先程ぶつかった女性が親切にもそんなことを言ってくれた。だが、人見知りが激しく面倒ごとも嫌いな龍一郎としては迷惑このうえない。
「いや、間に合ってるから結構」
それだけを言ってそのまま親切な女性から離れていった。
資料室のドアの前まで来ると人の声が聞こえた。
(この声は大宮君か?)
両手がふさがった状態だったので、知り合いの声が聞こえ龍一郎は一安心した。ドアを開けてもらって尚且つ手伝いを頼もうと画策する。
(いいタイミングで来たもんだ)
足でドアを叩いてやろうとしたときだった。とんでもない言葉が聞こえて隆一郎は固まった。
「真冬、お前俺の気持ちわかっててあんなことしたんだろ?」
「あんなことって何かしましたっけー?」
「何かじゃねーよ、イケメン店長の時といいこの間といい、確実にわかってやってるだろうが」
大宮の気持ちがわかっててイケメン店長と?どういうことだ?と龍一郎は上げかけていた足を下ろした。
「そうかと思えば今度は日吉主任と約束なんかするから――」
自分が真冬と誕生日の約束をしたことが問題になっている?今まで邪魔をしてくる花井の相手で精一杯だったが、まさか大宮も真冬のことを?
「俺をじらしてそんなに楽しいか!」
じらして楽しいかということは、まさか真冬も大宮のことが?
(まさか、俺は当て馬か?)
衝撃から腕の力が抜けた龍一郎は持っていた資料のファイルを全部落とした。
「あれ、外に誰かいるみたいですよー」
「お前それで逃げれると思ってるのか」
「別に逃げませんってばー」
そんな声が部屋の中から聞こえてくるのを呆然と聞きながら、龍一郎は一つ一つ資料を拾い上げる。と、手に取ろうとしようとした資料に別の手がかさなった。
見れば先程ぶつかった女性だった。どうやら手伝ってくれようとしているらしい。だが、先程の衝撃でむしろその女性への苛立ちしかわいては来ない。
「勝手なことはしなくていい、自分でやる」
冷たくそう言うと、ビクリと肩をすくませ慌てて手をひっこめた。
「ご、ごめんなさい」と言ってその女性は離れて行った。
「あれー、日吉主任だったんですかー」
ドアが開き暢気にそんなことを言っているのは言わずと知れた真冬だ。
「あ、ああ」
「ああ、大変だぁ。手伝います」
真冬もしゃがみこんで拾うのを手伝ってくれる。本当は先程の女性に言ったように「勝手なことはするな」と怒鳴りたい気持ちでいっぱいだったが、惚れた弱み真冬に対してそれをすることは出来なかった。
ドアから出てきた大宮も慌てて手伝いを始めた。
「あの、日吉主任まさかさっきの話……」
「い、いや聞いてないぞ。何も聞いてはいない」
「日吉主任―、その慌てっぷりじゃ聞きましたってバラしてるようなもんじゃないですかー」
真冬にそう言われたことで自分の演技力のなさを痛感する。
「す、すまん、立ち聞きするつもりでは……」
立ち聞きするつもりどころか、むしろこんな話は聞きたくなかったと龍一郎は唇を噛んだ。
「そ、そうですか、やっぱり聞いてしまいましたか。すみません日吉主任のせいになんかしてしまって」
大宮は顔を赤らめばつが悪そうに言った。確かに弄ばれるさまを人に聞かれては立場がないだろう。対する真冬はいつもどおり変わらずのほほんとしているのに。男心のわからんやつめと自分が衝撃を受けたことはこの際置いておいて大宮に同情をした。
「日吉主任、さっき聞いたことは内緒ですからねー。特に郁ちゃんには」
「あ、ああ」
花井に言えば邪魔されるからかと龍一郎は思った。そこまで話が進んでるのなら自分はもう何も言うまいとがっくり肩を落とした。
「あれー、主任具合悪いですかー?大丈夫ですかー?」
能天気な真冬の言葉が可愛らしいと思ったことはあったのに、憎いと思ったのは今が初めてだった。
「真冬、ランチ行こう♪」
その言葉に真冬はビクリと体を揺らした。なんだか様子がおかしい。
「え、もうそんな時間―?」
あからさまに驚いた様子で真冬は時計へと視線を巡らせた。
「あ、あのね、今日ちょっと行かなきゃならないところ出来てね。ちょっと昼休みは出かけてくるねー」
真冬がランチの誘いを断る時はめったにない。なのに確か先週も一度そんなことを言って一緒にランチをするのを断られたのだが。
(なんか怪しい)
真冬は普段嘘をつくことはない。郁美に対しては特にその傾向が強いのだが、今回は何かを隠しているなと直感した。
「まーふーゆ、あたしに隠れてどこに行くつもりなのかな?」
「えーと、えーと、あ、いけない時間ないや。郁ちゃんごめんー」
そう言うなり普段ののんびり具合からは想像も出来ないスピードでまさに脱兎のごとく真冬は走っていった。
「うそっ、あたし、真冬に捨てられた」
郁美は呆然とその姿を見送ったのだった。
(まさか、日吉主任と出かけるわけじゃないわよね)
日吉の席を見てみれば、すでに姿はなく――。
(出し抜かれた……)
「おーおー、先週も捨てられ、今週も捨てられ、可愛そうな花井さんを俺がランチに連れて行ってやりましょうかねー」
捨てられた郁美に追い討ちをかけるように表われたのは大宮だった。
(こうなったら大宮に高いものご馳走させてやる!)
「連れて行ってもらおうじゃないの。あたしお寿司食べたい」
「げ、昼からそんなもん食うのかよ」
「うるさい、連れて行ってくれるんでしょ、とっとと行くわよ」
(真冬めー、今日は一体なんのご馳走につられたのかしら)
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