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attack28
 目の前で女性によって連れ去られた真冬を追って、一成は慌てて店を飛び出した。飛び出しながらも思う、後払いの喫茶店などにいなくて本当に良かったと。
 女性の足に追い付くのは思った以上に簡単で、あっという間に二人に追い付くことが出来た。すでに二人は足を止め、通行の邪魔にならないようちょっとした路地に入り話をしているようだ。ぼんやりと立つ真冬の前で、バッグを腕にかけたまま腕を組み、傲然と顎を上げた状態で話をする女性の姿が見える。まるで真冬を責めているかのような構図に一瞬顔をしかめたが、とりあえず逃げる気配がないのに安堵した一成は、ゆっくりと二人のいる場所へと向かっていく。近づくにつれ、真冬を連れ去った女性の顔が顕わになっていく。そして、その女性の顔が見えた一成は驚きの声を上げた。
「あれ?椎名さん?」
 その声に二人の女性が振り向いた。やはり椎名で間違いないようだ。店以外で会うことなどないので、さっき一瞬目が合った時は気付かなかったが、よく見れば見知った顔。何故彼女がここにいるのだろうかと一成は不思議に思ったものの、知らぬ相手ではないので挨拶をしないわけにもいかないだろう。
「こんばんは。久しぶりですね」
 営業用の笑顔で挨拶をすれば、椎名はほんの少しバツの悪そうな表情をしながら組んでいた腕を解いた。
「う、うん、久しぶり店長」
「奇遇ですね、真冬さんに急用でしたか?」
 何気なくそう問えば、椎名はぐっと口を引き結んだ。何も言うつもりはないと言わんばかりだ。ふと真冬を見れば、二人を交互に見た後首を傾げ「あ、そっか」などと呟いている。
「真冬さん、何かあったんですか?」
「えーとー、うんとー、うーん」
 今度は腕を組んで考えるそぶりをしている。何が何だかわからない一成は様子を見るしか出来ない。
 もう一度椎名を見ても押し黙ったままで動く気配もなく、しばらく待ってみたが特にその状態が変わる様子もなかった。
(さて、どうしたものか)
 と一成は独りごちた。いい加減こんなところで睨めっこをしているより、真冬と二人食事に行きたいと言うのが本音であるが、椎名も大事な店の常連客、放っておくわけにもいかない。真冬と同じように考えるかの如く腕を組んだ。すると、突然一成の携帯電話が鳴りだした。真冬といる時は携帯電話を切るのだが、今日は突然の展開で切るのを忘れていたようだ。「失礼」と言って慌てて電話に出た。
「もしもし」
『あ、店長ですか。忙しいところすみません、ちょっと問題起きまして』
 珍しくも副店長からの電話だった。何かトラブルが起きたらしい。
「何かあった?」
『それがですね、いつも来てくれてる椎名さんって女性いるじゃないですか』
「あ、ああ、うん」
 思ってもみない人物の話に、一成はその本人をちらりと一瞥した。ここにいる彼女が何故店のトラブルに関係するのだろうか。
『なんか新人の対応に粗相があったようで、怒って帰ってしまったらしいんですよ。どういう粗相したのかはその新人も全然わからないって言うんですけど』
「新人って、まさかあの女の子つけたの?」
 それ以外に新人と呼べる人間などいなかったはずだ。オーナーのボーイズバーじゃないとの言葉を受け、新たな試みで女性スタッフも入れてみたのだが、どうやら早速問題が発生してしまったようだ。
『そうなんですよ、たまたまみんな手が空いてなくて、彼女が対応したみたいなんですけど、女性同士で会話も弾むかなと安易に思っていたら逆だったみたいで』
「ああ、成程」
 女性同士という観点で誰でも仲良くなるなら話は簡単なのだが、男性スタッフと話をすることを目的にきたおひとり様には女性客の対応は面白くはなかっただろう。特にあの新人スタッフは新人とは思えないほど言いたいことをいうところがあるしと一成は思い浮かべた。面接したのはオーナーだけに文句は言えないが。
『どうしたらいいと思います?もう来なくなったりしますかね?』
「うーん、どうだろう。その時はその時だけど」
 来るもの拒まず、去る者追わずが一成の座右の銘だけに、大した問題とも思えなかった。
『店長、連絡先知りませんか?なんなら俺謝りに……』
「ああ、そこまでしなくてもいいよ」
『でも!』
「彼女今ここにいるんだ。だから僕から謝っておくから大丈夫」
『え?店長と一緒にいるんですか?』
「うん、だから安心して店の方を頼んだよ。じゃ、後はよろしく」
 そこまで言うなり一成はあっさりと電話を切った。副店長にしただけあって、彼は真面目でよく気が付くと感心した。電話も落ち着いたところでまたしても二人の様子を覗えば、さっきまでとは違い逆に二人揃って一成の方を覗っていた。
「あれ?もしや待たせてるの僕でした?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
 そうして椎名はまた口ごもった。
「ああ、そうだ、椎名さん今店から聞いたんですけど、うちの新人なにか椎名さんに粗相したみたいで、大変申し訳ありませんでした」
 目の前にその客がいるからには、店長としてはしっかりと謝っておかねばならないと、一成は深々と頭を下げた。
「え、え?なんで?」
 驚いたような声に顔を上げれば、椎名は本当に驚いたようでオロオロしている。
「椎名さんが突然帰ったので、何か怒らせてしまったんじゃないかと連絡が来たんですよ」
「え?ええ?あたし?いや、怒ってないし。ちょっと急用思い出しただけで」
「ああ、それが真冬さんですか」
 納得したように一成が頷けば、椎名はあからさまに目をそらした。どうやらそういうこととも違うらしい。首を傾けた時だった、突然真冬が口を開いた。
「あ、そうだ。急用といえば、私も急用ありました」
「え?」
「こんなことしてる場合じゃなかった。一成さんごめんなさい、今日のところはキャンセルで。あ、そうだ椎名さんの方が美味しい店とか詳しそうだから、リサーチにはいいかも。じゃ、ごめんなさい。また!」
「え、ちょっと真冬さん!」
 矢継ぎ早にそう言い残すと、真冬は脱兎のごとくその場から姿を消した。一成が止める隙は全くなかった。
 茫然と真冬の消えた方向を見ていた一成だったが、次の椎名の言葉に我に返った。
「一成さん、真冬さんって名前で呼び合う仲なんだ?」
「は?」
「知ってる?彼女って何か御馳走してくれた人の名前しか覚えないんだよ」
「そうでしたっけ?」
「うん、つまり店長と春名さんって一回とか二回しか会ってないってわけじゃないんだよね」
「まあ、そうですかね。今日で四度目くらいですね」
「ふうん、四回も。あたしは連絡してねって名刺も渡したのに一度も連絡くれないよね」
 そこまで来て一成はしまったと思った。そういえば椎名は前々から自分に気があるそぶりを見せていたのだった。真冬のことと仕事のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。
「すみませんね、特に椎名さんを煩わせる用事もなかったもので」
 用事も何も最初から連絡する気などなかった。居酒屋スタッフと客、ただそれだけの関係であってそれ以上にする気など全くなかったからだ。
「煩わせるじゃなくて、自分が煩わしかったってことでしょ」
 静かにたんたんと語る椎名の表情は俯いていて見えない。
「そういうわけではありませんけど」
「だって春名さんとは一緒に食事行くのに、おかしいじゃん、前々から店にいってるあたしは放置なんて」
「別に放置したつもりもないんですけど」
「せめて、せめて……あたしよりずっとキレイで可愛い人だったら許せたのに……」
 何をどう許すという話になっているのだろうか。色々な修羅場はくぐりぬけているつもりでも、相変わらず女性の考えることは良く分からないと一成は思った。椎名の呟きはまだ続いていたが、そろそろ面倒になった一成はその場を去ることに決めた。
「すみません、そういうことで僕も帰ります。では失礼」
 拉致の開かない問答などうんざりだ。そう思って椎名に背を向けた一成だったが、力強い握力で肩を掴まれた。
「ちょっと待って、このまま帰ろうったってそうはいかないんだから。こうなったら今日はとことん付き合ってもらうんだから!」
 目を爛々と光らせ引きつった顔でそう言った椎名の地を這うような声に、一成は逃げられないことを悟った。

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