会社の業務内容等につきましては、
私の妄想の産物ですので現実の会社がどうこうはわかりません。
かるーくそのあたりは流しつつ読んでいただけると有り難いです。
attack1
花井郁美は苛立っていた。
資料のコピーが終わって席に戻ろうと思ったならば、自分の席に別の部署の女性が座っていたからだ。この女性の目的が自分ではないことなどわかりきっている。
彼女の目的は郁美の隣の席にいる同僚であり仲の良い友人でもある春名真冬だ。郁美の椅子に座った状態で真冬と話をしているのが見える。真冬も真冬だ。今日が期限の仕事をしている最中だというのに、律儀に相手をしている。
これが仕事に係わる内容の話ならば郁美だとて苛立ったりなどしない。そこまで狭量ではないつもりだ。だが、彼女の目的が仕事の話などではないのは一目瞭然だ。手に持っているポッキーの箱が良い証拠だった。
真冬が「ウィスパー・キューピッド」なとど呼ばれて社内の恋のお助け役となっていることは郁美も勿論知ってはいた。最初聞いた時はなんだその『ウィスパー』というのはと思ったのだ。よくよく聞けば最初は「ウインスプのキューピッド」と呼ばれていたらしい。つまり春名真冬の姓名の最初と最後の文字「春」と「冬」を逆にして略した隠語だ。それがいつしか人伝いに「ウィスパー」になったと。確かにウィスパーキューピッドなら恋の問題を囁いて解決してくれそうな名前にも聞こえなくはない。
だからといって、それとこれは話が別だ。入れ替わり立ち代り押しかけるようにやってくる女性たちのお陰で真冬はいつも仕事が終わらないのだ。自分が悪いからと残業の申請さえ出していない。いわゆるサービス残業だ。誰かの為に自分が犠牲になるなんてとんだお人好しもいいところだ。郁美としてはそんな真冬を放って置けるはずもなく――。
「ちょっと、人の部署まで押しかけてなんなの?仕事の話じゃないならとっとと出てくれない?」
自分の席の横に立った郁美は、席に座る女性へとそう声をかけた。
郁美に声をかけられた女性はその声にビクリと肩を揺らして振り返った。確か彼女は1フロア下の階にいる人間だったはずだ。
「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃって」
郁美の不機嫌さが伝わったのか、その女性は慌てて立ち上がって椅子を郁美に向けた。
「ええ、本当に邪魔だったわ」
謝る女性に対して我ながらキツイ態度だとは思ったものの、その態度を改めるつもりなどない。案の定、目の前の女性は顔を歪ませたが、郁美とそれ以上話をするのも怖いとばかりに真冬へと体の向きを変えた。
「あ、あの春名さん、またあとでゆっくり話聞いてもらえるかな?」
「はいー、いいですよぉ」
お人好しの真冬は邪魔されたとてそれを責めるわけでもなく、おっとりとそう言った。
真冬の表情に安心したのか、ペコリと礼をするとポッキーを真冬に手渡してそそくさと部屋を出て行くのだった。
「あれ、ポッキー忘れて行ったよ」
手にしているポッキーの箱と先程の女性の背中を交互に見ながら癖のあるおかっぱの髪を揺らしつつ真冬はそんなことを言っている。
「手渡しといて忘れて行ってるわけないでしょうが。あんたへの贈り物でしょ。ありがたく食べておけば?」
「いいの?」
「あたしが許す」
「わーい。じゃ早速いただきまーす」
郁美の許しが貰えたことで安心したのか、すぐさまパッケージを開けている真冬に笑みが漏れる。確かに仕事中にまで押しかけてくる他の部署の女性は邪魔だが、この笑顔が見れたのでよしとしようと郁美は思った。なんといっても真冬の笑顔は癒される。嬉しそうに笑う真冬の笑顔を見ながら郁美はうずうずしてきた。
「まふゆー♪」
ポッキーを口にした真冬に郁美は突然横から抱きついた。むぎゅーと音が聞こえそうなほどだ。
ちょっとぽっちゃりしている真冬は最高の抱き心地なのだ。愛らしい小動物や子供を見てるときと一緒で、真冬にはどうしても触りたくなる。
「むー、郁ちゃんポッキー折れるー」
ポッキーの箱が潰れないように避けながら真冬はじたばたしている。あたしよりポッキーの方が大切なの?と聞いてやりたいくらいだ。
「いいじゃん、折れても食べれるって」
「それもそうか」
折れても-ポッキーはポッキーだもんねーと、暴れるのをやめ、郁美に抱きつかれた状態のままポリポリとポッキーを齧る真冬はまるてリスのようだ。
「ぷぷ、真冬リスみたい」
「えー、リスー?あんなにほっぺ膨らませてないよー」
そんなことを言い合いながら顔を寄せて二人でクスクスと笑う。
「また、お前らは……恥も外聞もなくイチャつきやがって……レズカップルか」
二人の背後から呆れを含みまくった男性の声が聞こえてきた。郁美の同期である大宮だ。
「何よ、大宮。イチャついてるあたし達を僻んでるの?妬んでるの?」
真冬に抱きついた状態のまま、顔だけを向けてニヤリと笑った。
「疎んじてるが正解」
「あっそ」
呆れたような言い回し同様に、確かに表情からも呆れが窺える。黙っていれば程ほどのイイ男といえないこともないのだが、なにせこの男は口が悪い。大宮ごときに疎んじられたところでどうってことはないが、そろそろミーティングを終えた人間たちも戻ってきていることを考えると離れた方がよさそうだ。
(いい加減、真冬にも仕事させないとね)
名残惜しくも真冬から離れると、長い髪を後ろに払いすぐさま自分の席についた。
「で、どうだったのミーティング。うまくまとまった?」
同じシステム開発課とはいえ、郁美と大宮はチームが違う。郁美のいるチームは既存品のサポートシステムを開発するのが仕事であり、大宮のチームは新製品の開発をするのが仕事だ。だから大宮はつい先程まで企画課の面々と新製品についてのミーティングをしていたのだ。
ぽりぽりぽりぽりぽり
ちらりと真冬を窺えばポッキーを次々と口に入れながら、パソコンに向かって仕事を始めている。真冬はこのシステム開発課では雑務的な仕事を任されており、システム開発には直接係わっていないので二人の話には参加しない。
「ああ、とりあえずは。あとはコストの問題がどうので上がまた更に検討中ってところかな」
ぽりぽりぽりぽりぽり
「ふぅん。じゃいつから始めるかもまだ決まってないのね」
郁美としても直接的に関係がある話ではないが、間接的には関係ないといえないこともないので、今回のミーティングの結果は気になっていたのだ。
ぽりぽりぽりぽりぽり
「そういうこと」
大宮は何のためのミーティングだったのかとでも言いたげに肩をすくめた。
ぽりぽりぽりぽりぽり
「じゃ、余裕があるうちに、例の企画を進めますかね」
ぽりぽりぽりぽりぽり
「うん、進めていいんじゃないの」
ぽりぽりぽりぽり……「うっ」
うっ?とはなんだろう。うめき声だろうか。
「真冬!?」
「なんだ、どうした?」
二人そろって真冬を見れば、真冬は顔を赤くさせて胸元を叩いている。明らかにポッキーを詰まらせているのが丸わかりだ。
「ちょっとー、それこそリスでもあるまいし詰め込みすぎよ」
慌てて郁美が真冬の背中をドンドンと叩いてやれば、大宮も慌てて自分の持っていたお茶のペットボトルを差し出した。
「これ飲めませろ」
「飲みかけじゃないでしょうね、あたしの真冬に変な病気移したら酷いわよ」
真冬の背中を叩きながら大宮をじろりと睨んだ。
「あほか、未開封だっつの!」
「なら許す」
郁美の許しが出たことに安心したのか、大宮はすぐさまペットボトルのキャップを開封して手渡してきた。
「ほら、真冬これ飲んで!」
口元にペットボトルを差し出してやると、真冬は勢いよくそれを掴んで喉を潤した。ごくごくと勢いを変えることなく飲み干す様子を郁美と大宮は心配しながら見つめていた。
ぷはぁと言いながら真冬はペットボトルから口を外した。そして何事もなかったかのように――
「はぁーおいしかった。やっぱり喉が渇いたときはお茶が一番だねぇ」
心配していた二人は同時に脱力したのだった。
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